池袋でParisから一時帰国したOCHAMIちゃんと会った。たったの数時間だったけれど、嬉しかった。会えただけで、たくさんをもらったような気がする。全然、話たりてない。 次に会うのは東京?Paris?どこで会えるんだろう。けど、どっちでもいい。ただ、彼女の家族を撮りたい。
友達ってすごいなって思う。私にはないものを沢山持っている。「え?…あ!そうか。」って発見の連続だったりして、こうして好きな友人に会うのは楽しい。体の中で心が飛び跳ねる感じがわかる。
カテゴリー: Journal
1月27日
昼食は周ちゃんの余り物チャーハンだった。出張から帰って、アレルギーと風邪のダブルパンチで自律神経が乱れているのかだるさがとれない。今日は、近所のたまちゃんとお茶する予定だったけど断った。少し偏頭痛もしていて、調子がやっぱり悪い。
昼食後に大学院のスケジュールを周ちゃんに見せて、少し話をした。周ちゃんのオンラインMTがはじまるギリギリまで。周ちゃんはいつも理想論ばかりだ。前はそれが他人事のようで腹が立つけど、私の人生だ。反対されるよりはいいし、そもそも、周ちゃんの明るいところ、前を、未来をみている人だったから好きになった。だから、これでいい。結婚にまた依存しようとしているのは、私だったのかもしれない。
結婚する時に決めたことがある。私は自分で自分の責任をとるし、出来れば、いつも、私の方がすこし損してるぐらいがいい。この結婚では、私は私のままでいたい。一緒になるのは法的に、家庭の中だけでいい。相手に委ねてしまったものを取り返すのは、時間だけでなく、心が、心?が、心、、 がどうにかなってしまうから。
夜は早めにベッドに入って読書をする予定だったのに、たまたま開いたyoutubeでちゃんみながプロデュースしたHANAっていうガールズユニットに釘付けになった。気づけば何時間も同じ体勢で夢中で見てた。右腕は完全に痺れてる。じわじわと腕の感覚が戻る中で思った。やっぱり、音楽はいい。音楽は明るいことだと思う。悲しい唄でも、その人から表現されるものは力強く、生き生きして見える。
長い間、音楽は、記憶が刺激されて辛いからと少し避けていたけれど、また聴きたいと思った。どういう訳か、私の周りには音楽をつくる人が多かった。前の結婚でもそう。 師匠もミュージュシャンだった。全部、たまたまの偶然のように見えて、私のどこかが図っていたのかな。音楽をつくる人間性をもとめて。
これまでの色々、変わろうと必死にやってきたこと、だけど戻りたいと思ったこと、上手にいまだに整理できないものを、”取り返す”のではなくて、別の形でインストールしなおしてるのかもしれない。
牡蠣のバター醤油スパゲッティ

自律神経?寒さのせい?猛烈に滅入ってる。ぐちゃぐちゃだった。HANAのPVを見て心を休める。
牡蠣フライ

今年の周ちゃんのふるさと納税は牡蠣。昨年は周ちゃんがあたって大変だったのに、また牡蠣にしたらしい。周ちゃんは同じことを続けてしまう性質があるのだけど、そのルールは基本的にわたしが激しく止めない限り続く。過去に激しく止めたのは2度。メニエールになった時と、アキレス腱切った時。周ちゃんはすごく変わってる人だなと思う。
人っておもしろい。私は心理学を勉強してから益々、人に興味を持ってる気がする。一昨日、OCHAMIちゃんにも「よしみちゃんって研究者みたいよね」って言われた言葉を思い出す。
人だけに限ってだけど、どうしても気になってしまう。料理もそう。人が作るからおもしろい。
温まる白菜のスープ

温まる白菜のスープ
オレンジ白菜
ウィンナー(or ベーコン)
コンソメ
醤油
肉じゃが

フライパンひとつで作れるケンタロウさんの肉じゃが(アレンジ)
豚バラ
玉ねぎ 1
馬鈴薯 大3
調味料
胡麻油
醤油 大2
酒 大1
砂糖 大1
金平牛蒡

金平牛蒡
胡麻油
醤油 小1
ナンプラー 小1
甜菜糖 大2くらい、甘め
牛蒡
蓮根
新年会

今日は新年会。近所に引っ越してきたしみる家で、いまむちゃんと周ちゃんと。たまちゃんが富山の実家からもらったという、かぶらずしや、蒲鉾、鯛の昆布締め、あと台湾風の酸っぱい白菜の鍋を頂いた。富山の郷土料理は、数年前にシェフインレジデンスで滞在した時に食べた以来。まさか、東京で食べられるなんてね。正月早々、贅沢なご馳走とお酒を少々、そして、いつもの様にダラダラとお喋りを続けた。正月らしい正月。
ここは、なんて平和で安全な場所にいるんだろうかと思う。こないだ、読書会で中村さんが「ここは安全な場所ですから」と言った言葉がシンクロする。来週は、トラウマ治療がテーマだ。課題図書を読み始めているけれど、またひとつ、トラウマの概念が自分の中でも変わってきてる。それは、トラウマの内側ではなく、外側でもなく、上から見て初めて気づくことだ。
今年も、友人が家族が健康で平和で安全でありますように。
ぴんくご飯

大晦日に姉に電話して、アメリカにいる母にぴんくご飯のレシピを聞いた。ハレの日に食べる我が家のちらし?なのかな。電話の向こうで姉が「あれ、大好きなんだよね」と言い、「いやいや、私も大好きだよ。」と話した。私たち家族が大好きなぴんくご飯。母の祖母が子ども達に沢山のおかずを食べさせたくて考案したのだそう。
うちには幾つかの祖母の伝説があって、近年一番笑ったのは糸リフトを入れてたって話だ。それも、今から30年以上の前の話。お金、女性が働くこと、強くあること、品よく生きていくことを教えてくれたのはおばあちゃんだった。「今でも生きてたらよかったのに。」が、私たち家族の口癖で、とんでもなく素敵で勇敢な人だった。
ぴんくご飯
炒める具材は、
細かく切り大さじ3のごま油で炒める
厚揚げ
薄くスライスしたレンコン(酢水にさらす)
ささがきした牛蒡
椎茸
人参
筍
油揚げ
ちくわ
調味料
酢
砂糖 大さじ1
醤油 大さじ1
紅生姜と汁
最後に散らす
薄くスライスしたなると
さやいんげん
海苔
錦糸卵
おせち

昨年のわたしへ、
わたしと戦ってくれて、諦めないでいてくれて
ありがとう。
すき焼き

一昨日見た新宿でのラリー・クラークの展示、よかったな。いつの間に私ったらこんなにつまらなくなっちゃったのかしら?と思った。けど、なんだか少しホッとしたし、あ〜世界はやっぱり生きづらいっ!と、うまく締めくくれた気がした。
今年があと数時間で終わる。もみくちゃにされた1年だった。父がいなくなり、私はほんとうに大学院に受かってしまった。色々が大きく変わったけれど、今思うことは「これまでの自分に」ではなく、スタンダードに戻ろう!だった。
学生しても、写真は写真のままでいい。これからは、友達も変わるだろうし、行く場所も、会う人もどんどん変わるんだろう。けど、どれも自分。景色が変わることに恐るべからずだ。
Hello, あたらしい自分。
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すき焼き
しいたけのじく
しらたき
焼き豆腐
まいたけ
ねぎ
春菊
白菜
牛肉
[割り下]
醤油 1/2カップ
みりん 1/2カップ
水 1カップ
甜菜糖
2回目は白菜を煮込んでくたくたにしてたべる。
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鮭のソテー

夕飯は、生春巻の予定だったけど、周ちゃんが遅いとゆうから高山さんの「18番リレー」のレシピ、鮭のソテーとご飯、味噌汁、余っていた赤ワインにした。
ここ数日、急にバタバタと年越の準備を始めた。Xmasカードを送ったり、プレゼントを買ったり、年賀状用の写真を探したり(ラダックで撮った馬にした)、鏡餅をスーパーで買ったり、。
今年は、大変な年だった。家族や生きることについて沢山考えることが出来た大切な1年となった。私だけじゃなくて、私達家族にとっても。悲しくて苦しくてよく泣いたけど、今は笑ってる。
ブランチ

遅い朝に炊き込みご飯と味噌汁、赤大根とカリフラワーの糠漬けを食べた。午後は野澤さんが近所の珈琲屋さんに来てくれて、3時間くらいお喋りした。正確な年齢は聞いてないけど、ずっとずっと年上な事は確か。色々な話を絶え間なくした。
駅に送り、さよならする前に「野澤さんは、どんな自分で大学院に行きたいですか?」って聞くと、しどろもどろ…答えてくれた。そして、また、帰ってからだろうか、もう一度、しっかりと野澤さんの言葉をメールしてくれた。
胸が、とても、ほくほくする。
ワンタン麺

今日も高山さんのレシピ。「自炊」に載っているワンタンを作った。それから、持っていない高山さんの本を図書館で予約した。好きが加速した毎日を生きている気がする。時間や何かに終われないと、自分から英語の論文を読んだり、本を手に取ったり、今日は何を作ろう?なーんて事ばかりを考えてる。
みっちみちのスケジュールに追われないことが、こんなにも幸せだなんてね。けど、春から大学院が始まる。もちろん、授業はしっかりと皆勤賞取れる自信はあるけど、私の心が生きていけるのかな。
いや、大丈夫でしょ。だって、死ぬほど勉強したし、写真と勉強の両立の苦悩も散々やったし、何と言っても出来ないことへの劣等感、、。40歳でまたゼロから、みたいな感覚は辛かったなぁ。けど、卒業です。そういうの。
夜は通学用のバックをgoogleで検索した。春から使う予定のお弁当箱と水筒は書斎の棚に飾ってる。お弁当日記でも書こうかな。
高山さんのワンタン
豚ひき肉
生姜すりおろし
刻みネギ
パクチーの茎(高山さんのレシピにはない)
カリフラワー

色々なことを考えてる1週間だった。週末は、院生仲間の野澤さんと近所の珈琲屋でお茶をする約束をした。予定よりも早く院試を終えて、時間を持て余しているようで意外と忙しい。ようやく自分の世話ができると思うと、放っておいた雑用だけでなく、溜まっていたものを心を整理するかのように片付けてる。
一番に気づくことは、2年半ぶりにまた普通の生活に戻った私から出た最初の言葉が “さびしい” だったのに、数ヶ月経った今はもうケロッとしているということ。そして、大切にしてきた過去に触れる度に「ありがとう」という言葉が現れる。その裏側にはちゃんと「さよなら」もくっついて。
朝一番で近所のJAに行き、今日も立派なふさ付きのカリフラワーを買ってきた。カリフラワーの糠漬けにハマってる。出張続きの周ちゃんはまだこの美味しさを知らない。
高山さんの肉団子

本棚を整理してる。参考書だけでなく、仕事の本も整理してる。なんとなく?捨てられない本たちが想像以上に本棚を占領していた。それは、”いつか”とか、”せっかく”みたいな言葉が前につきそうな本。けど、さっぱりと処分した。
今日は、夕飯に高山なおみさんの肉団子を作った。高山さんの料理は心地がいいからよく作る。なんせ感触がいい。それは味のことだけではなくて、空気感みたいなもの。
今月からはじめた院生仲間との読書会は、想像以上に楽しく、「感」についても話しあったばかりだ。「感」は、写真でも見えるもの。わくわくしてきた。
高山さんの肉団子
豚肉
むきえび
長ネギ
生姜のすりおろし
酒 大さじ1くらい
片栗粉 大さじ1くらい
塩・胡椒
夕飯

最近、ちょこちょこチャーシューを作るようになった。youtubeで見たコーケンテツさんのレシピを少しアレンジしたもので、フライパンで簡単に作れていい。
昨日の芋煮
たこの炊き込みご飯(無印、周ちゃん土産)
赤大根のサラダと柚子
チャーシュー
納豆
糠漬け
一人晩酌

撮影でいただいたおかずと酢飯
大根の葉っぱを醤油麹で炒めたもの
ミードル
カリフラワーの糠漬け

11月30日
こないだ田村さんと代々木公園をお散歩した。もう12月だというのに、コートを脱いで暑い暑いと言いながら西陽が当たるベンチでお喋りを続けた。大学院のことを報告したり、心理学の話をしたり、写真展の話を相談したりした。田村さんからはナラティブ・セラピーの話を沢山聞いた。
写真展のことは「素人ではなくこれまで写真をやってきたよしみさんの作品は、大切にされるべきものだから、公民館みたいな場所ではなくてちゃんとした場所で見られる方がいいし、守られて欲しい。」と言ってくれた。それから、「見てみたい」とも。
院試を終えてからも、頑張らなきゃ、とか、やらなきゃ、ばかりが先行して、写真から少し離れていた時間を急いで取り戻そうと焦っていた自分に「私の写真を大切にしてあげたい」なんて気持ちが1mmもなかったことに気づいた。そして、何よりも一番大事なことな気がした。
うん、決めた。写真展はやらない。今の私には、作品ときちんともっと向き合う時間が必要。焦らない。誰のためでもなく、先ず自分のためにやるべきだとおもう。そうでないと、伝わるものはできないから。
田村さんは、私の知り合いの中でも異色だ。声は小さく、控えめで、自分から何かを強く主張したりしなんてしない。派手な仕事をしているわけでもなく、流行りの服も着ない、勿論、目をひくようなネイルだってしてない。自分の中でゆっくりと歩いてる。だからか、感情は平坦だし、笑い声にしてもふわっと消えてしまいそうなくらい。けど、田村さんが撮る写真も田村さんも、その内側にあるものの輪郭はしっかりとしていて、か細く発せられた言葉は、どうしてか潔く心に残る。
田村さん、ありがとう。
糠床

今週はひどい。とにかく、だらだらと過ごしてる。
忙殺されていた夏は、私の身や心だけでなくって糠床もしっかりと駄目にした。急に受験が終わり、手持ち無沙汰になったのか、毎日せっせと手にかけ育ててきた糠床(とにかく色々と試した)は、愛情たっぷり?みるみると元気になり、ついにいい感じの酸っぱさと、どういう訳かフルーティーな香りのする糠床へと変身した。
さらには、一昨日にかぶと一緒に柚子の皮を入れてみると、冬の香りがふわっと優しく残る逸品に。まったく信じられない。だって夏はセメントそのものだったのにな。
はっきり言って、人生最高の糠床かもしれない。
糠を復活させるのに入れたものたち
干し椎茸
昆布
山椒の実
赤唐辛子
長らく味噌のしきりにしていた昆布
とにかく捨て野菜
ゆずの皮
11月18日

朝一番の撮影は山若くんだった。周ちゃんも大好きな山若くん。私より好きなんじゃないかなって思う。出かける前に「今日は山若くんだよ」と言うと、嬉しそうだった。
山若くんは会わなかった間に体調を崩していたと聞いた。それから、来年に本を出版するってことも。タイトルは忘れちゃったけれど、山若くんらしいネーミングがよかった。
私たちも大人になったものだなと思う。昔は、この世にないものの話をよくしてた気がする。例えば、UFOみたいな話とか。だけど、今日は社会についての話をした。撮影終わりに喫茶店で、グラタンなどを食べながら。
長い時間会っていなかったけど、また、こうして交差点を行き交う車のように出逢える。それぞれが別の場所を目指していたとしても。
ユンギリアンな予備校の先生も言ってた。「ユング的に言えば、布置では決まっているんですよ。」って。先生は別に霊媒師でもなんでもなく。国家資格を持った心理士だ。
進路に悩む私にかけてくれた言葉、「布置」は、まるで星座の配置のように、私たちの心に本来備わっているものが、ある状況のもとで自然に立ち上がってくることを指している。
11月15日

周ちゃんは台湾から帰ってから展示の準備で出張続きだ。昨晩も夜遅く帰宅したというのに、土曜日の朝から埼玉のドレス屋で結婚して3年も経つ奥さまのウェディングドレスのフィッティングに付き合わされている。
「これだね!」
あれだけ、結婚式だのなんだのってものには興味がないと言っていたのに、周ちゃんは「夫」みたいな顔して、「夫」のように、私のドレスを判別してる。事実、周ちゃんは私の夫なのだけど。
コロナ禍だったからじゃなくて、私は結婚(式)2回目で、彼は興味がないという理由で結婚式はあげなかった。だけど、父の死を見て決めた。リビングに飾ってある父と母の結婚式の写真は私も大好きだったから。母と父、その隣に立つ親友のヘスや仲間たちが笑顔でこちらに向かって、それがずっと今日までずっと笑ってたから。そして、父がいなくなっても、あの日はずっと今日も幸せのままここにある。そう思うだけで、なんだかすごく安心して、世界が嫌いだとは思えなくて済んだからだ。
父が死んでから写真への見え方がまた一つ変わった。
夕飯

11月14日

今日は朝一番でモミの木を植えた。庭のことができるなんて、幸せすぎる。台湾から帰ってから書斎には殆どいない。仕事から帰ったときにデータを入れたりするくらい。朝から晩までリビングで梃子とだらだらと過ごしてる。大学院の準備や読んでおく本を調べたりはしてるけれど、合間に新しい水筒を買ったり、来年のほぼ日はどうしようかな、とかどうでもいい事をしてる。
「ホットカーペットつけると、お尻が動かなくなるんだよ」
こんなどうでもいいLINEを仕事中に送っても周ちゃんは怒らない。パリのまゆみちゃんに手紙を書いて、お風呂に入ったあとにコンビニにワインを買いに行き、適当にドラマを見てから寝た。周ちゃんは来月の展示の準備で忙しくしてる。
11月11日

完全休暇ではないけど、休暇みたいな2日目。嘘みたいなボーナスデー。2年半ぶりの、そしてまた5ヶ月後にやってくるハードモードなフォトグラファーと大学院生というミスマッチな掛け合わせな日々までのご褒美と言っても過言じゃない日常が始まった。
大学に入るまでの日常は今や非日常になった。よくやったもんだなと思う。ほんの1ヶ月前までは、まだ街が寝静まった朝の3時や4時に起きて、真っ暗な中、英語の長文を読み続けたりブツブツと英単語の暗記をして、眠くなったらチョコレートとコーヒーを繰り返す。そして、太陽が登れば、家事や仕事がはじまり、合間に勉強。勉強。勉強。ベッドまで単語帳を持ち込んで、記憶を失った時が今日を終えるとき。今日と明日の境目がまるでないような毎日だった。
ここ最近は適当に起きている。とは言えベッドルームが明るくなる頃にはしっかりと目覚めてる。今日は6時過ぎにぼんやりと起き、リビングでノートPCを広げて時間など気にすることなくデスクワークをこなした。なんとなく飽きたら、駅前に自転車で買い物にゆき、生協の勧誘のお兄さんと玄関先で話し、午後は姉と電話しながらzarahomeで買った冬用の絨毯を受け取ったりした。そして、夕飯用におでんを仕込み、夕方にコンビニにワインを買いに行った。「悩んでる暇あるなら、見て」と聞いた、Netflixのオフラインラブというドラマをローソクを焚き、おでんを皿にたっぷりと盛り、強くつけ過ぎた和からしに、鼻をギュゥっと摘みながらだらだらと大阪から帰る周ちゃんを待った。
帰宅した周ちゃんに「4時間もNetflixを見ていた。」と言うと、「Netflixを4時間も見れるなんて、ご褒美だね。」と嬉しそうに笑っていた。まるで夢のような日々だよ。空気になったみたいで最高。時間に追われない課題にも宿題にも追われない日々。自由気ままに写真だけを撮っていた前の生活みたい。
夕飯

11月7日

驚くほどに寝た。そして、咳が止まった。体調も快調!旅の終盤でinstaに大学院が受かったことを書いた。それを見た、友人や知人から、ささやかなメッセージが送られてくる。instaの便利なところはこういう所だなと思う。一つ一つの言葉がぐっと胸に沁みる。
けど、りょーこちゃんや、instaには繋がってない大学の友人には、直接LINEで報告した。
「頑張ったね。」心にライターの火を点けたかのように、ぼっと熱くなる。りょーこちゃんに褒められると、なんでこんなにも嬉しいんだろう。ああ、私、本当にこの子の事が好きなんだなと思った。大学の友人からは、「今夜、お祝いしようよ!」と、早速、お祝いのメールが入った。
先週に入学金や授業料を払ったけれど、まだ、自分でも信じられない。だって、私って超バカなんだけどな。親には大切に育てられてきたけれど、人生の殆どは野で育ったようなもの。けど、小さな不安を横に、「ちょっと面白いな。」とも思う。
だって、私みたいなのが大学院に混じってるなんて、面白くない?自由に楽しんでこよう。
ナポリタン

台湾から帰国し、いつものように、スーパー銭湯で旅の疲れを流し、車で実家に向かった。母が一人で住むには大き過ぎる私達が育った家に帰るのはやっぱり虚しかった。
大学院の合格通知は、新宿に向かう電車の中で知った。10月のどこかの土曜日。各駅停車の電車に揺られながら少しだけ泣いた。それから、ゆっくりと突然の朗報を味わう時間などなく、翌日に母を迎えに行き札幌へ向かった。ウニ?食べたかな、よく覚えてない。そして、帰国してまた直ぐに台湾へ飛んだ。心身共にくたくたになりながら、旅の途中で風邪を引き、ぶるぶると震え、激しい喉の痛みを癒すために3年分くらいの飴を舐めたと思う。
慌ただしく過ごした1週間を終えて実家に着いたの水曜日の夜。母に風邪をうつすといけないからと、用だけ済ませ、ラグビー部の大学生でも食べるようなナポリタンが大盛りに盛られた皿を母から受け取り、後部座席に乗せたナポリタンと一緒に帰路についた。最近、実家に車で帰るようになってから、母はタッパでなく、皿だとか、トレイにおかずがのった状態で食事を持たせてくれる。
二日目のカレーや二日目の味噌汁と同じ。二日目のナポリタンっていうものは、どうしてこんなにも美味しいのだろうか。少しケチャップが強めなのは、伯父さんの喫茶店で鍛えあげたからだ。翌朝、泥みたいな体で食べるナポリタンは、今日も生き生きと愛を奏でてるみたいに見えた。
多分、今のところ、母ほどに料理を好きな人は知らないし、この歳になっても思う。一生かけたってかないっこないって。だけど、母のような人になりたいと思い続けるのは、終わらない果てしない私の夢でもある。
人のために頑張ること、想いやること、小さなことでもやり続けることで、次第に大きな愛になる。母の料理は私にとって愛そのもの。近所の人だけじゃない、母の友人も、姉や兄の友人も母のご飯が好きだし、そして私たち家族も大好きだ。母がしていることは祖母と同じ。ただ、今できる精一杯の愛を送り続けること。愛しているよ。大丈夫だよ。大好きよ。今日もたくさんを味わって。
なんだか、怒涛の2週間だったな。
はぁ、疲れた。そして、ようやく日常がはじまる。
ポキ

ただいま、バーンアウト中。完全に燃え尽き症候群。結局、第一志望は呆気なく落ちた。試験受けただけ偉いよ、と言ってくれた周ちゃんの声をずっと大事になぞり続けてる。
身体だけじゃなく、心がオーバーヒートしても、そのサインを無視し続けた私への代償は想像以上に大きいみたいで、集中力の低下、否定的な認知、倦怠感、頭痛、微熱のような気怠さ、症状はまるで鬱のよう。なのに、体はまた頑張ろうとしてしまう。このまま続けたら、本当に鬱になる。
父の葬儀からだ。この夏は、ずっと絶え間なく走り続けてきた。「私は大丈夫」「私は負けない。」呪文のように唱えてきた言葉は呪いそのもの。一昨日、兄と泣いて、昨日、姉の電話で泣いて思った。
明日から、休もう。