






年末に行ったL.A。ゆっくりと家族で過ごした。
産まれた時から知ってるヘレナ。日本でもシドニーでもL.Aでも一緒に過ごした。
どういう関係って姉妹みたいな感じだと思う。違うかな、家族っていう感じ。最近また少し写真を撮らせてくれるようになったかな。







年末に行ったL.A。ゆっくりと家族で過ごした。
産まれた時から知ってるヘレナ。日本でもシドニーでもL.Aでも一緒に過ごした。
どういう関係って姉妹みたいな感じだと思う。違うかな、家族っていう感じ。最近また少し写真を撮らせてくれるようになったかな。

ほぼ日から出版されてる飯島奈美さんの”LIFE”のナポリタン。うちのナポリタンとは全然違う作り方で、味もちょっと違う。これは美味しいです。これは売れています。これは有名です。っていう名詞的な事柄よりも、そうなるプロセスの中に潜る方が好きだなって思う。プロセスの方がその人となりが出ていて、味深くて、そのところどころのへんてこなパーツにぐっとくる。

かるべけいこさんの、”自然がくれた愛情ごはん”を最近読んでる。ものごとがシンプルに運ぶ理由が舌でよくわかる本。


お家のご飯はやっぱりほっとする。




出張三日目。生きたり死んだり、そういう事をものづくりの現場で勉強した。

害獣駆除や、土へ還る皮製品を作っているPortierraさんのラボで写真を撮ってる。こうやって一つのものが出来る工程はとても美しく感じる。食べるものと同じで生きるっていうのはこういうことなんだなって、世界は思っている以上にずっと美しいサイクルで回っていて、すんなりと感じて感動してる。





最期の日に、みんなでビーチに行った。
私が三脚に担いでるハッセルを見て、知らないおじさんが声をかけてきた。
私が写真を始めたのは、Joel Meyerowitzさんっていうアメリカの写真家の影響。アメリカで大判カメラで撮った海の写真に高校生だった私はあまりに美しい世界に釘付けになった。
あれから何十年経ったんだろう。
中盤担いで、アメリカで海を撮るなんて思ってもみなかった。
アメリカの色が好き。

京都へくると必ずライブの前に行こうよ。と、夫に連れていかれるお店がある。古い木造のお化け屋敷みたいな酒屋さんで、中に入るとおっちゃん達が勝手に冷蔵庫から缶ビールやら缶チューハイやらを出して飲んでいる。お会計の時はおばちゃんが大きくて分厚いそろばんを持って来て、食べ散らかしたものをみてパチパチやってお会計となる。何だか物語の中みたいなその世界に、何度来てもワクワクする京都のかくうち。

京都に到着してとりあえず入ったスターバックスで大きな紙袋を見つけた。何だろうって思って覗いたら、ネガのあがりが大量に入っていて何の心のどよめきもなく店員さんに伝えた。紙袋の忘れものがありますよ。って。大人になって良いことは世界が恐くなくなったこと。大量のネガの入った袋をみてもどよめかない。


毎日喧嘩ばかりで嫌だ。昨年の秋からまたお酒が始まってる。
もうやめるって言ってた音楽も急にまた始めた。春まで地方ツアーを入れて殆ど家にはいないそう。「どうして話してくれないの?」って言ったら、「とにかく黙って、やらせて。何も言わないで。」とだけ。
哀しいけど、哀しいと言えない。
「うん、わかった。」と、応援しか出来ない。
いつだって好きな事を思いっきりにやって欲しい。
だけど、何が正しいのかわからない。
もう喧嘩もしたくない。私も変わろう。夫に腹を立ててばかりいても、目の前の景色は変わらない。きっと祈りみたいなものでいいんだと思う。私が彼を変えるような行動をしちゃいけない。
結婚しなきゃよかったなんて思ってない、夫が稼げないとも思ってない。
売れない音楽だなんて思ってない。

何で何回言ってもわかってくれないんだろう?嗚呼苛々する!!そんな事を年始早々に繰り返してた時にふっと思った。私が変えたいと思う現実じゃなくて、私とか関係なくして、彼と出会ったこの4年間で目の前が変わったシチュエーションをカウントしてみよう。そう思って手帳に1から書き始めたら、あっという間に10を超えて、そのうち段々と楽しくなってきたら、そのうちに段々と感慨深くなってきて、そのうちにその毎日を愛でていた。毎日の続きは結構いい感じだ。フライパンについた焦げみたいに、その焦げがパンケーキをまた焦がしてしまうように、そうやって毎日はまた続いていく。

Xmasの後くらいから、兄妹喧嘩をしてた。年の離れた双子の兄と姉がずっと啀み合っている。私たち三人の時差は16h。LAの姉の家から戻ったばかりの私はジェットラッグでその真ん中を行ったりきたりしながら気づけば喧嘩は終盤戦。午後を過ぎた頃、大晦日に少しへそを曲げた兄がかぼす胡椒を作ったと私にくれたのをふと思い出して瓶の蓋を開けたら、ぴりっと爽やかな香りがした。親戚周りをしている兄から兄妹のグループLINEに子供の頃の写真が沢山送られてきて三人の会話に花が咲く。うちは3人兄妹。こうして、じじいやばばあになっても仲良し。

一昨日、三茶の寿司屋で夫と口論となって鉄火巻きを投げつけられた。
生きてると色々な事がある。怒ったり、笑ったり、泣いたり、思いっきりをして、思いっきり鉄火巻きを投げつけられたのならば、私はそれをキャッチして思いっきり食べてやる。
今年は本当に本当に楽しかった!
来年も、沢山の友人や、お仕事の人、家族、私の大好きな人たちと
沢山のハプニングを思いっきりしたい。

元気な日も、食欲の無い日も、忙しい日も、嬉しい日も、寒くても暑くても、カレーっていつだって食べたくなるからすごい。最近の流行りは高山なおみさんとケンタローさんのレシピを1/2で割って足して掛けたものが気に入ってる。


季節物で安い食材があったらとりあえず沢山買って、何となく作り置きをしておく。寒くて外に出たくない日とか、早く夜が来てしまって買い物に行きたくない時なんかに、こういう作り置きが結構役に立つ。

今年最後に一つだけやり残したことがあって半年ぶりくらいに師匠に会った。
仕事や作品をまとめたブックを見てもらったり写真の事、仕事の事、たわいもない事、色々話した。最後別れどきに、「たまに帰ってくる娘みたいだね」って。
出会って8年。今も、こうして写真の話が出来るのが本当に嬉しい。何だか、とても、冬の光みたいな気分。


スパゲッティの最初に口の中を火傷しそうになりながら頬張るのもだいすきだけど、最後の残ったソースを皿を刮ぐように食べるのも好き。最後にぎゅっと濃縮したソースが「もう最後だよ、だけど最高だから。」って言ってる気がして、終わっちゃうのは寂しいけど、一気にスプーンでたいらげる。

大学で日本語を勉強してて、すごく面白いなって思った事を今でも大事にしている。
「「超」や「マジ」とかって大人は汚い日本語だとか、日本語じゃないっていうけど、これは今の日本語です、例えるなら平安時代でいう古語で、今使っている生きている言葉こそ、私たちの言葉です。」と金田一先生に教わった。
今っていうのは、すごく大事な事。

ベランダで数日乾かしていたドライトマトにオリーブオイルを浸したら、不安を覚えるような魅力に飲み込まれそうになった。綺麗。

夜のドライトマト、綺麗だった。


くよくよしない。強く生きよう。
私は梃子を絶対に幸せにする。
夫を本当に好きなのかな。
私や梃子を、家族を大切にしない人が厭だ。

呑んで深夜の帰路、遅くまで空いてる居酒屋とか、バーとかに呑みにいくのはなんか違う。コンビニで未だ飲むんですか?って顔で若い店員さんのレジを待つのもなんだかしっくりとこない。湯を沸かし、そこに鶏ガラスープの素と、ニラ、ナンプラー、卵、片栗粉を順々に入れて最後に胡椒をたっぷりたっぷりと。今日喋ったたくさんの話しのことや、会いたい人の事を考えながら、お腹が温かくなっていくのを片栗粉でこっくりとしたスープを啜りながらゆっくりと感じよう。こういう夜もいいな。

我が家ではオイスターソースは李錦記の子供が船漕いでるイラストのやつと決めていて、あれが見つからない時はオイスターソースが入荷されない日々を過ごす。今回は中々手に入らずで、久しぶりの李錦記飯は焼きそばを作った。冷蔵庫にある焼きそば用の麺と、ネギ、生姜を炒め蒸しにし、最後にニラを入れ、李錦記と白胡椒をたっぷりかけるだけ、ペロリと2玉は食べれるくらいやみつき焼きそば。