昨年に体調を崩してホルモンの薬を飲み始めてから、この身体は男になった気がしてる。どれが本当の生理でどれが本当の生理じゃないか、今はもうわからない。だって、女の波瀾万丈な毎月の色々がない。イライラもしなければ不安になったりもしないし、やけに高揚感が溢れたりも、無性にセックスがしたいとも思わなくなった。それは、ちょっと不気味な気もするけれど、なんだかまるで、この体が別の何か、たとえば人形を羽織ってるかのよう。
だけど、今日は久しぶりに違かった。朝から無性に不安になって、肩をぶつけた鏡に泣きそうになった。痛いんじゃない。肩ぐらいぶつけることなんて幾らだってある。なんだか、悲しくて悲しい、ぐちゃぐちゃなんだ。とりあえずと思ってコンビニに濃いめのコーヒーを買いにいく。いや、違うよ、全然美味しくないもの。今日はやっぱり不安で仕方がない。車で海でも行く?いや、違う。髪を切ろう。なんか、私だめだ。
けど、今日は周ちゃんの病院の見舞いの約束もしてるし、大学へ本を返さなきゃいけない。あ、瞳ちゃん。時間はまだ7am。何も考えずに瞳ちゃんにLINEした。昨年のアメリカのお土産をまだ渡せてないし、こないだオイルを送ってもらって、その瓶もお返ししたい。直ぐに返事があって、青山でランチをすることになった。美容院はその前に原宿で切ることにした。今日はいつもと違う髪型にしよう。
何を話したんだか、いっぱい話したいことはあるけれど、色々を話した。大体は最近のことで、あとは勉強のこととか。私は、やっぱりなんだかどうして進学するのか理由が見つけられなくて不安だった。未来のことを考えて行動したことなんて今まで一度だってなかったのに、今もそれほど考えてはないけど、急に昨日から不安になった。周ちゃんの手術を執刀した先生からの電話が予定よりも遅くにきたからだろうか。全部が一緒にごった混ぜになって不安だった。
大事な日の前日は、たまたまかもしれないけど、瞳ちゃんに会うことが多い。別に、特にその事について話したり、応援してと頼むわけでもないけれど、そんなことを考えながらお茶なんかを飲んでる。青山あたりで。そして、じゃあね。と言って笑顔で別れる。今日もなみなみと注いだワインみたいに、たっぷりになって電車に乗りこんだ。
やっぱりやろう。落ちることが怖いんじゃなくて、頑張った先に何かを見つけようとしてるから怖いだけだ。別に私は今のままで十分に幸せだし、欲しいものといえば、書斎にVernerPantonの7万の照明を買いたいぐらい。とってもお安い人生である。
さ、頑張ろう。いいとか悪いはやってみないとわからないし、嫌ならいつだって好きにやめたらいいこと。だって、私の人生だもの。それに、やる前から不安だなんて、妄想も過ぎてる。
カテゴリー: Journal
9月16日

特別なことじゃなくて、普通の毎日でいいと思う。今は、どういうわけか、40にもなって大学に入って、これから院試まで目指そうと決めたけれど、正直、なんでもいいなとも思う。今月は頭の中がぐちゃぐちゃだ。大学の卒業が見えてきたと思ったら、写真のことも仕事のことも色々が棚からバサバサと音とたてて落ちてくる本みたいで、私は今、その中に埋もれてる。
ちょっと前に周ちゃんに話したら、嫌そうな顔をしてたけど、母数の多い場所にいたいと思う日がある。東京にいる人々のことを、帰国した姉だとかはみんな瓜二つだと言うけれど、確かに田舎者の集まりの東京は同じものを求めてる人が集まる場所だ。だから、同じになるのは自然なこと。何かが流行ればみんなその場所に行きそれを食べそれを着る。けど、それが私は案外好きだ。出来るだけ多くの母数の中で共に安全に暮らしたい。奇抜なものは全部、ピンで抜き去って丸くつるつるになればいい。
周ちゃんは今日から入院。周ちゃんは家にいないともっと好きになる。
素麺とかぼす

予備校からのメール。一気に気持ちが落ち込んだ。何食わぬ顔をして今日を過ごしてるけど、やっぱり落ち込んでる。
山若くんなにやってんだろう。今日は新宿のスタジオ。山若くん家の近くだ。窓の外の青い空とぼこぼこと立ち並ぶビルを見ながら思った。
“今日は外で打ち合わせあるから、夕方なら。” と、LINEからの返答。私が田舎に移り住んでから、全然友達に会わなくなった。一度、山若くんとふみえさんが写真合宿とそうして、泊まりにきてくれた。あれは、もう2年前の夏のこと。
寂しいな。寂しいときは友達に会いたくなる。あ、広瀬さんなにやってるかな。写真の話がしたい。
写真家の広瀬さんは、最近何を撮ってるのかしらない。こないだ川内倫子さんが、広瀬さんには家を教えてくれないって話をしてた。広瀬さん、川内さんと友達なのか。今や世界的なアーティストだけど、二子玉に住んでたと、昔、何かで読んでから、親近感がある。
広瀬さんもやっぱり忙しいとのことで、今度、夜にしようって。
夜に余ったワインに炭酸を入れて呑んだ。周ちゃんと、結構長いこと話した。不安だと、受験はやっぱりやめようか、と、泣き言を並べた。だけど、大学に入れたことだけでも奇跡だとも伝えた。それに、卒業だって、絶対にわたしの学力じゃ無理だと思っていたけど、このまま行けば春には卒業できることも。
私は今のままで十分に幸せで満足してる。だから、別に落ちたっていいんだった。研究してみたいことがある。大学院へ行ってみたい。私の頭で入れなかったら、それはそれでもいい。だって、今のままでも満足してるんだもの。じゃあ、やってみよう。院試、やっぱり止めないって伝えた。
鯵の干物、茄子の炊き込みご飯、やさいとすだちの味噌汁など

「アキレス腱断裂してたみたいで、手術するか、保存療法だって。たいしたことないらしいのだけど、、保存療法でも治るみたいだから、保存療法にしようかなと思う。」
病院に出かけた周ちゃんからの電話。労災でるなら手術がいいよ。ちゃちゃっと治したら?と伝えると、
「う、うん」って。
北京で断裂したアキレス腱の手術は来週の火曜日。「過信するな」と、帰国する前日に送ったわたしのLINEが哀しいことに予告となった。
もちろん今週と再来週の出張もとんだ。冬のNY出張の話も、新しいプロジェクトもきっと全部とんじゃうのだろう。さぞ、悔しかろう。
身体と心は繋がってると言うけれど、それは、まったく平等な関係じゃない。どちらかと言えば、身体の方が素直で正しい。大学で心理を勉強しはじめてよくよくわかった。身体には限界があるのに、人の心は強い。時に、驚くほどに強くなったりもする。
けど、だから、一番近くにいる者が、見ていてあげる必要があるんだとおもう。例えば、自分とか。
わたしを幸せにしてくれるのはわたしだと、わたしは思う。逆に言えば、わたしを不幸にするのもわたしだ。
「過信するな」ってのは、身体のことというより、こころの話だった。そんなことは敢えて伝えないけれど、本人が一番きっとわかってるはず。わたしたちは、悲しいかな、どこまで強くなれてしまう生き物。だけど、べつに強くならなくたって、十分幸せになれる生き物だなとわたしはおもう。
夕飯

ちゃんぽん

昼はゆうや君と三宿のスタジオで撮影して、帰りに渋谷駅で偶然ミオちゃんに会った。友達が生活の中にいるのは、東京らしくて懐かしい感じがした。けど、田舎暮らしが恋しい。引っ越して1ヶ月。ここは、とにかく便利だけど、やっぱり田舎暮らしに比べると味気なくて、平坦だ。簡単に何かに迷ったり、簡単に挫けたり、簡単に萎れてしまったり、そうやって、色々を誰かや何かのせいにできちゃうのが東京だったよなと思い出した。
今日のスタジオは前住んでいた家のすぐ近く。渋谷からも歩いて帰れる場所で、中目黒や三茶へもよく歩いた。梃子と毎朝散歩した道や、いつも行くスーパー、図書館、ジョギングしていた公園に、今とは違う家族との生活の沢山がある街。だから何ってわけじゃないけど、特別に何かを想うわけでもなく、怯えるわけでもない。散々なこともあったけれど、ここで幸せに暮らしていた時期も会った。誰も知らないような小さな店も知ってるし、住んでる人しか通らないような道も知ってる。
久しぶりのゆうや君もミオちゃんも元気だった。会えて嬉しかった。
夕飯

今日は久しぶりにやっちゃんとネギが家にきた。朝の4時半から勉強、合間に仕事をして、また勉強、と、いつもよりも更に予定をぎゅうっと詰め込んだ。寝たのは2時。あとちょっとで24Hフル稼働してしまうところだった。疲れた?いや、とっても楽しかった。
こういう風に友達とゆっくりと食事をするのは、どれぐらいぶりだろうか。二人とはIDEEのバイトで出会った。まだ、みんな20歳そこそこの大学生で、恋だって数えるぐらいしかしてなかった頃のこと。あれから変わらないと言えば変わらないし、変わったと言えば変わった。それなりに、きちんと大人になった。
まさか、こんな今になるなんて、誰しも自分の人生を1ミリだって想像してなかったとおもう。きっと、想像よりもずっとずっといい人生が今にある。そうやって人は夢を見て、幸せになるために今を生きる生き物だ。過去の方が時々よく見えることもあるけれど、それは大体、今を放棄してる時のことだ。放棄しなきゃいけないくらい、辛いことがあった時だ。
恋の話をするのは挨拶みたいなもので、悩んだり迷ったりするのも、食事のお口直しのようなもの。次に会った時はまた別の男が好きになっているし、悩んでいた色々も別の悩みに変わってたりする。だけど、そうやってみんないい女になったんだとおもう。いいことも嫌なことも、数えきれないぐらいにあったけれど、大体は忘れて、今日がある。
なんだか嬉しかった。そして、どんどん変わっていこうとおもった。
蕎麦とつまみ

あれだけ「寂しい、寂しい、、。」って言ってたのに、2日も経たないうちに、周ちゃんのいない生活を満喫してる自分がこわい。まるで梃子じゃないか。薄情?いや、私たちは女だから。
女ってのは、私に限らず男が思うほど柔ではない。その10倍は図太いと思っていい。それぐらいに、カラッとした生き物だと思う。女をめんどくせぇーっていう男が時々いるけど、それは、きっと気のせい。実際のところ、大体はぶってるだけだ。美味しいアイスクリームか、イケた男を目にした途端、すっと気は変われるのだから。
そういうわけで、周ちゃんが帰ってくるまで後1週間ぐらい。きっと、あっという間なんだろうと思う。私も梃子も新居で通常運転、元気いっぱいだ。それに、この時間を使って、来年のスケジュールを立てたり、残った引越しの片付けをやったりと、やることリストを書けばあっという間に、紙は真っ黒になる。
そして、結局、今年は夏をしてない。だけど、言うほど不満でもない。それよりも、今はもっと大事なことがあるから、それどころじゃないと心のどこかでわかってること。
今朝、ミオちゃんから “いつ死ぬかわからないからね” と、LINEが入った。本当にその通りだなって、電車に揺られながら、しばらく、ふんふんと頭の中で色々をこねくり返して考えてた。「どうせ死ぬなら、、。と言って、写真を初めたり、「どうせ死ぬなら、、、」と大学に入った。あの時も、あの時も、死にそうだったけれど、結局、死ぬことを理由にしなければ、実際には始められないようなことだった。
そう、いつだって、そのタイミングは全部自分で勝手に決めたことに過ぎない。
夏が来ようが、冬が来ようが、なんでもいい。今っていうのは、誰かや何かのタイミングじゃなくて、私の今が今なんだ。花火がどんどん鳴ってたって、私の今が違うなら、別に見なくてもいい。みんなが見ていたとしても、私だけが見れなくても、それが私の今だ。
恋と一緒だな。私の胸が熱いから、したい。ただ、それだけのこと。だって、私が好きだからやってる。私が好きで選んだこと。あんな男やめなよっていう友人とは、結局、今は仲良くない。その人と、例え離婚したとしても、それが不幸かどうかなんて私が決めることだ。それに、離婚しなかったら周ちゃんとも出会えなかった。夏、さよなら。私は、このまま今を走っていくよ。読み途中の参考書を片付けて、納品も終わらせなきゃ!
明日はやっちゃんとネギがくる。そのあとは、周ちゃんが帰るまで追い込みだ。
8月19日
まだ引っ越したばっかり、と思っていたけど来週で1ヶ月。色々があまりに慌ただしく過ぎて、沢山を感じたり、思ったりしているはずなのに、日記を書く暇もなく夜がきて朝が来て夜が来た。今日もまたスコールみたいな雨が降ってる。さっきミオちゃんとメールしていて、全く夏らしいことをしてないって言ったら、ミオちゃんは一応フェスだとかなんだとかは行ったと返信があった。
夏が終わるのか。海に行かない夏は久しぶりかもしれない。多分。家のことで頭がいっぱいだし、今日は最後のレポートをに取りかかった。大学最後のレポート。友人と同じ大学に入ったのだけど、彼女とは私が大学に入ってから連絡が取れなくなった。私が悪いのかなとも思うし、関係ないかなとも思う。離婚しちゃえばいいじゃんって私が思ったから悪かったのかな。それとも、私が大学を彼女より早く卒業してしまうからだろうか。でも、私の方が多分ずっと馬鹿だと思うんだけどな。人って何が良くて何が嫌なのか誰にもやっぱりわからない。
昨日、周ちゃんがまた麺つゆを薄めずに出してきた。周ちゃんは人の話を聞かない。悪気はないと思うんだけど、薄くした方がいいよって言っても、聞いてくれない。多分、周ちゃんにとって、私っていう存在は薄いんだろうなって思う。結局、人ってそんなもの。
周ちゃんのことは大好きだけど、別にそれでいい気もする。私だって適当で、私の見え方でしか世界を見てないのだから。
そば

引っ越してから、食費は毎月4万円までと、切り詰めることにした。
ポキ

試験が終わったらイッチーとなちちゃんと3人で北千住の銭湯へ行く予定だったけれど、昨晩の地震のことを考えて、やっぱり今日は早めに帰ろうとなった。なちちゃんは、夜のデートも無くなったし、「じゃあ、私は東大に行ってくる。」と、それぞれがまたそれぞれの場所へと戻ってゆく感じがした。
2ヶ月前のスクーリングで声をかけてから、二人とは急激に仲が縮まった。あの時も試験が終わってからで、かなりディープな居酒屋で恋話なんかをしていたけれど、二人は、正直、私が今までの人生でまったく触れたことのないタイプの人種だ。
私の人生を後悔してるわけじゃない。だけど、無知は不自由だったのかもしれない。結構な大人になるまで、いつからかわからないけれど、中学受験を終えて、生理もだいぶ慣れてきた頃だろうか、長いこと生きづらいなと、誰に言うことなく黙って黙々と歳を重ねてきたように思う。ようやく自分らしく、というか、好きなように好きな方へ歩きだせるようになったのは30歳ちょい前ぐらいで、そこからは馬鹿みたいに生きた。
私が右往左往と道なき道を彷徨っていたとき、彼女たちは一体どこで何をしてたんだろうか。正直、羨ましいなと思った。それに、なんだか考えれば考えるほどに惨めにさえ感じた。
ここ数年で読書デビューしたような私が、彼女たちと、同じ土俵で同じように次の進学を目指していいのだろうか。2人が1回でわかるところを、私は20回、、30回やってようやく少し理解できるようなものだ。それなのに、こんな私でも研究なんてできるのだろうか。
講義の合間に先生に声をかけると、色々を丁寧に聞いて、たくさんを教えてくれた。なんだかちょっと写真に似てる気がした。写真家になるにはどうしたらいいのかわからない。どうやってそれで食べて行ったらいいんだろう。なんだか、写真を始めたときと同じ気持ちとゆうか、あの時の不安や戸惑いに似てる。
先生は、わからないことはとてもいいことで、わからないことを続けて、わかるになってくる。そうやってあなただけの答えが見つかるから、頑張ってください。それから、と、付け加えて、私が興味のあること、写真や記憶のことについて、ヒントをくれた。
「音象徴仮説について調べてみると、何かわかるかもしれません。」
先生はオノマトペの研究をしてる。先生の論文をいくつかネットで拾ってきて読み漁ったけど、面白かった。形にならないけど、ここにはしっかりと感じることができるものがあること。それは、先生の研究してるオノマトペの一つだ。
正直、全然わからないことだらけだ。だけど、たぶん、今写真を撮ってるのと同じで、ただ、ひたすら歩き続けていれば、きっと何処かへ行き着くはず。
8月5日

梃子はまだ新しい家には慣れてくれない。なんだかずっと不安そうな顔をしてる。なんだか、なんだろう。可哀想なことをしてしまったのかもしれない、と今更、もう遅いのだけれど、少し悲しくなった。梃子は田舎での暮らしがきっと好きだったと思う。山を走ったり、湖に行ったり、苦手だった車にも乗れるようになって、それこそ人生がガラリと変わった。
月末にやっちゃんが泊まりに来てくれると言うけど、それまでに片付けの整理を終えられるのだろうか。そして、私たちの生活がここに、ぴたりとはまってくれる日はいつ来るんだろう。陽が暮れるころの空がピンク色で窓辺が綺麗だった。
煮浸し

来週とか、少し時間ができたら新しい暮らしのことを考えてみようと思う。とりあえず、今は今が過ぎていくだけで、想うことは膨大にあったとしても、日記にはゆっくりと書く暇もなく、フランスに住む友人が「赤ちゃんが産まれたんだけど、いまだに実感ない。」っていう言葉にだって、言葉はたくさん溢れてくるのに心の中だけで「わかるよ。」と頷いてる。
少し忙しい日々は続くし、不安なこともある。だけど、しっかりとやっていこう。出来るだけ、沢山の今までを捨てて新しくしながら。せっかく引っ越したのだし。ここでの暮らしをちゃんと好きになろうと思う。
夕飯

朝は庭と駐車場の片付けをして、そのまま引越し関連の書類の手続きや、カーテンをつけたりして、周ちゃんと忙しなく家の仕事をした。昨晩は深夜手前まで大学の友達と麦酒を飲みながら研究課題について意見交換、とは言っても、なんだかんだと私のレポートの考察を話して、そこからモール信号の心理的影響みたいな超難しい論文の話で終わった。なので、今日はしっかりと睡眠不足。
結局寝坊して、週末に終わらせるはずのレポートが2本。明後日は映像のプレビューがあるのに、まだ途中までしか終わってない。わかってる。私が安直過ぎたことぐらい。それなりに、いや、考えてなかったからこうなる。多忙を超えて、余裕というか意識外に到着した模様。とにかく疲労困憊で、口の中の上と下に口内炎ができてるのは確か。
ああ、疲れた。2LDKぐらいの、いわゆる東京の小さなマンションに引っ越す予定が、倍以上の一軒家に出会い不動産屋に直談判し、バタバタと引越してしまったのだから、この家はいくつ窓があるんだって数えてもいないけれど、どう考えたって、色々が超えすぎてる。だんだん、わかってきたけれど、私は本当に馬鹿なんだなと思う。こうやって後先考えずに、超えた場所にきて、やっちまったなって。後悔はしてないけど、どう考えたって時間が足らないし、仕事も大学も、引越しの片付けも、終わってない。
引越して1週間ぐらい経ったけれど、毎日適当な食事が続いてる。今日もやっぱり適当な夕飯だった。そして、どうやら8月も勝手に始まったようで、ああ、もう今年も終わるんだなって。
昨日、今日で思うこと。梃子と周ちゃんのことを大切にしなくちゃダメだ。仲が良くなればなるほどに近づける距離が思っている以上に狭くなればなるほどに、私は勘違いをはじめる。思い通りの今日をやりたいと考えるようになって、思い通りにならないとイライラしたり、疲れた顔をしはじめる。日常なんてものは、うまくいかなくて当たり前なのに。
だから、ちゃんと考えようと思う。これでいいんだってこと。私の人生だけを生きようなんて夢は、そもそも幻想なんだってこと。世界は膨れていくほどに、私の好き勝手から離れていくものなのだから。
大丈夫。どこまでも諦めなくていい。さ、がんばろう。
寿司
とにかく疲れた。くたくたで、もう、心身ともに目一杯なのがわかる。昨日は寝たんだか寝てないんだか、今朝は9時から大学のオンライン試験。すごい大事な試験で、webのシステムがいつもの挙動と違くて、心配になって事務局に問い合わせてしまうくらいにセンシティブな試験だった。卒業がかかってる。
終わって、つか沼、慌てて来週の撮影の絵コンテの続きを終わらせてメールして、ああ、終わった。と、胸を撫で下ろして、そのまま、駅までダッシュして閉店前のお店に新居のカーテンの手配をしに走った。わたし、何でこんなに頑張ってるんだろうか。ぼろぼろで、今、自分がどんな顔でどんな髪型をして、Tシャツのヨレヨレ具合がどれくらい酷いかもわからない。
そんな時に周ちゃんからLINE。 ”高橋くんが隅田川の花火に行かないかって。引っ越した次の日なんだけど。” LINEを一回閉じて、とりあえず全身の力がドバッと抜けた。私と周ちゃんはあまりに違いすぎる。周ちゃんは頭がいいし、色々知ってるけど、実際は、この人スーパーバカだなって思う。いい加減にしてくれと腹が立つくらいに思う。結構有名な会社でディレクターっていう仕事をしてるけど、家では120%、私の方が頭がキレるし、ここが会社ならば完全に経営者と平社員だ。逆を言えば、私たちの職業は逆の方がいいのではないかと思うくらい。
ああ、腹が立つ。どうして私は恐ろしく忙しいのに、こいつはコロナを移してそのまま出張に出かけて能天気に花火とか誘ってるんだろうか。しまいには、カーテンの採寸を間違えたかも?と言い出してる。もう、何も言うことがないし、どんなに酷いことをされようが「わかった、有り難う。」とだけ伝えて、湧き上がる何かを必死に堪えるやつだ。
けど、こないだ周ちゃんに「俺はよしみのお母さんみたいにはなれないから。」って言われて、は?って思った。いや、はっとした。いつ、そんな事言ったんだろうか。いや、言ってたんだろう。なんだか、こいつうざったいこと言うなって腹が立ったけれど、全面的に私が悪いと思う。申し訳なくて可哀想になった。周ちゃんの言うとおりだ。多分、何かを押し付けてるんだろう。そして、それは私にも同じようにきっと押し付けてるものだ。
年末に姉と喧嘩して、こないだ姉と会って、もちろん、姉が大好きだなと思った。だけど、きっと大嫌いでもある。母のことも同じで、大好きで大嫌いだった。私にはできない。子どもの頃に思ったことが今でもきっとずっとあるんだろう。今でもずっときっと憧れてるのだろう。正直、そんな気はないのだけど。アメリカが好きだって言うのも、結局、私が姉が好きなだけだと思う。13歳とか14歳とか、ティーンになる頃に出会ったアメリカに憧れていたんじゃなくて、きっとずっとアメリカに行った姉に憧れてた。だって、私が好きなのは姉が住むLAオンリーなのだし。
大学に入って勉強をするようになってから待望することが失くなってきたように思う。たぶん、予測できるようになって、待望する必要がなくなった。夢を見なくなった。現実に確実に知ってることが増えていくと、できることと、できないこと、あの人やその人が何をやっているのか、どこに向かってるのか、が見えてくる。自分だけのことを考える人、人のことやもっと多くの人のことを考える人、調子がいい人、適当な人、投げやりな人、優しい人もいるし、経験が深い人もいる。大体は年長者は懐が深いけど、そうでもない人もいる。若い人は自分探しで精一杯な印象だけど、それが若い人の仕事だ。むしろ若いうちから大人ぶってる人は誤るように思う、人生を。色々な人がいる。心理学を勉強してるからカテゴライズしやすくなったってわけじゃなくて、きっと自分の感情と他人との関係を分別できるようになったんだと思う。
昼に今だと慌てて書いたPARISのまゆみちゃんへの手紙。なんだかちょっと人生のことを書いた。何ってわけじゃないけど、不意に思ったこと、例えば、人生って簡単に変わるんだよねって。まるで嵐のようにきて去っていくような内容で、ほんの数分で書いた。体調はどう?とか、バカンスはどこへいくの?みたいな話は一切書いてない。だけど、今日もまゆみちゃんは私の心のオアシスだった。PARISには私を責める人は誰もいないと信じてるのだろうか。誰にも言わないこと、私自身にだって言わないようなことを不意に書いて驚くことがある。
7月も、もう終わる。梅雨はいつ始まっていつ終わるんだろう。今年のことは全然知らない。ちょっと疲れすぎてる。今日はとにかく寝よう。
トマトとバジル

今日も雨、だけど、日に日に身体が宙に浮いてるんじゃないかってくらいに、体調は良くなってくる。色々が軽快にすすんでる。
メロン

母にコロナになった。とメールしたら、直ぐに段ボールいっぱいの野菜と果物が届いた。母は何かあると、必ず食べ物を送ってくれる。だけど、結局、メロンが食べれるようになったのは大分良くなってからだった。よく完熟していて、今年一番のメロンだったと思う。姉がLAに帰ったら、二人で中華食べに行こうって約束してる。
ミートソース風スパゲッティ

6月19日
朝6時半に梃子を膝に乗せて、車で周ちゃんを駅まで送った。今日から3日間の大阪出張。そのあとは、直ぐにシンガポール。最近、周ちゃんの一言に腹が立つ。その度に、元夫を思い出してしまう。まさか戻りたいなんて思う訳でも、今でも好きだなんて思う訳でもないけれど、あの人ならこんなちっちゃいこと言わないし、絶対にしない。って、思ってしまう自分がいる。正直、うざい。どうしてこんな気持ちになるのかわからないけど、そうやって元夫が日々私の中でいい男みたいな顔をしてやってくる。
そもそも、周ちゃんの態度に腹が立つのは、私が周ちゃんへの態度が悪いからだ。私の口の悪さや身勝手な行動に比べたら、周ちゃんのなんて可愛いもんだ。別に庇うわけじゃなくて、どう見たって私が悪い。
もし、20代で、いや30代だったとしても、周ちゃんとは絶対に結婚しなかったと思う。今じゃなきゃ結婚しなかった。こんなに素敵な人はいないって思うけれど、私が好む男じゃなかった。真面目で絵に描いたような、普通で退屈でどこにでもいそうな、かっこよくて背が高くて、仕事ができて、私にとってはとびきり冴えない男だった。元夫と比べ物にならないくらいに平坦でまっさらで安全な男。傷一つない、SEXだって十分過ぎるくらいに上手い。
一昨日も聞いた気がする。「私のこと好き?」これは、もしかしたら自分への問いなんだろうか、とも思う。結婚をすると、どういうわけか、鳥籠の中の鳥のような気持ちになる。ここからは二度と出てはいけないんだよって。そんな事、誰も言ってないのに、ついついそうだと信じ切ってしまう。
だからだろうか、余計に好きがどこにあるのかわからなくなっていく。というか、好きじゃなきゃいけないような気になって、それが少し、苦しくなる。いや、罪悪感のような、間違えた今日を選んでしまったような後ろめたさだろうか。
正直、好きとか嫌いなんて、歳をとればとるほどにどうでもいいことだ。家族でも友達でも、好きか嫌いかじゃなくて、大切かどうかの方がずっと大事。それに、大人になると、いちいち好きとか嫌いに振り回されてるほど暇じゃない。周ちゃんに想うこと、今日も一緒に生きてくれてありがとう。巷に転がってるようなありふれた言葉だけど、今のところ、これがしっくりときてる。
実習先が全く決まらなくて、鬱々としてた先月。もうダメだ、もう嫌だと、朝も夜も周ちゃんに話を聞いてもらってたいつかの夜に、私、毎月、まつ毛パーマして、ネイルして、美容院行って、週末は友達と話題の店で食事して、好きな服を買って、残業がない仕事して、給料は別にそこそこでもいい、それで、十分に幸せだと思うんだよね。実は、すごく、そういう生活に憧れてるって話したら、周ちゃんはとびきり変な顔をして、曲がった口で「本当に?」って言った。
驚いたけど、周ちゃんには周ちゃんなりの理想の女がいるらしかった。知らなかった。私たち、いい感じですれ違っている。もしかしたら、思っている以上に、ここには恋のような愛があるのだろうか。
夕飯

周ちゃんは明日から出張。正直、やっぱり毎度のことで、小さくうれしい。
醤のニラ餃子

5月31日。初恋の人の誕生日。夕飯は醤のニラ餃子。
結局、実習先は決まってない。だけど、なんだか吹っ切れてきた気もする。世の中うまくいかないこともあるってことだ。死ぬほど勉強したって、実習にいけない。これが現実だとしても、私は死なない。今日も美味しくビールを飲んで、大好きな餃子をたらふく食べれる。人生なんてそんなもんだ。こんだけ頑張ったのだから、とか、どうして私だけとか、可哀想な自分を見つけたって悲しさは減らない。だったら、無視すればいいんじゃないかと思った。今、目の前にある現実を。
だけど、実は、いいこともあった。色々な病院やクリニックと連絡をとるうちに、電話がそんなに苦手じゃないってことに気づいたこと。長年苦手だった電話。番号を押して相手が出るまでの時間。今か今かと、待つ間に、じわじわと手に汗をかく。あの時間が大嫌いだと思っていた。だけど、私が苦手なのは、たぶん、電話じゃなくて、うまく話そうと頑張ること。電話、そのものじゃない気がした。
それに、もうひとつ。病院はみんな一緒だと思っていたけど、全然ちがうってことを知った。まるで会社みたいにそれぞれ方針ややり方が異なっていて、いい会社もあれば、やばい会社もある、みたいに。今まで家の近くだからっていう理由で病院を選んでいたけど、美容院を選ぶくらい慎重になってもいい。それぐらいに違うし、万一、ハズレを引いたら、変な前髪とかになって、帰って泣くのは自分だってことだ。
周ちゃんは昨日も少し帰りが遅かった。最近、むちゃくちゃ忙しそう。6月の半分は出張だし、仕事がどんどん軌道に乗ってきているんだろうなと思う。私は私で新しい仕事が始まりつつある。それに、病院に連絡していく中で、なんだか、歩き始めてる気がした。
それに、写真を撮ってる時が一番さらさらと進めるってこともわかった。きっとすごく合ってる。周ちゃんに言うと、同じことを言ってた。どうしても好きで、20代最後に諦めきれずに始めた仕事だと思っていたけれど、右往左往、色々とやってきて就いたんだ。これが、私ならできる仕事だったんだって。
冷やし中華

おーいハンサムの中で食べてたしらたき入りの冷やし中華が食べたくなって、家にあるものでっぽいものを作った。
台湾の唐揚げ
右と左の子宮が痛い。そんな事ってあったっけ?普通は右か左、どっちか片方が痛むよね。もう、なんなんだろう。イレギュラーな毎日ばっかりがすぎていく。引越しも一旦ストップ。正直、それどころじゃない。
今日は散々だった。昨日も確かそうだったけれど、ソファーに倒れ込んだのは17時くらい。もっとすぎていたかも。もう、本当に無理。いや、ぜんぜん無理じゃない。どっちなんだかわからないけど、下腹部は痛い。なんだっていいけれど、とにかく実習先の病院が見つからない。もう無理だよ。
周ちゃんが一昨日言ってた。こないだ、高橋くんとご飯した時に私のことを褒めていたんだって。高橋くんは、今やってるアートのことで第一人者らしく、今の仕事をやめて早く本を書いて、アメリカだかヨーロッパだかの大学院へ行って、もっとしっかりと研究を深めた方がよいのだそう。だけど、そう簡単にはできないんだって。だから、よしみのことを褒めてたよって。
「え?」驚いた。褒めてくれるのはすごく嬉しい、だけど、。うーん。どうなんだろう。自分でも思うけれど、私ってバカなんだと思う。嫌なこととか、苦しいこととか、散々な目にあった筈なのに、また同じことを繰り返しちゃう。結婚なんて最たるもので、二度と結婚しないって誓った一年後に結婚した。離婚届を出したピッタリきっかり1年後に。そう、私はバカなだけ。大学だってそうだ。なんで、こんなに苦しい思いをしてまで勉強続けてるのかよくわからない。このまま実習先が決まらなかったら、単位は殆ど取れてるのに、卒業が延びる。
今夜は周ちゃんは立川で研修だから帰りが遅い。夕方にコンビニに行ってビールを買ってきた。そして、台湾風の唐揚げを作って、ビールでグゥーっと喉を潤した。こないだ野澤さんにいただいたスパイスセット。鶏胸肉にスパイスを揉み込んで揚げるだけなのにまさに台湾。
ああ、もう限界。こんな毎日から逃げ出してしまいたい。絶対に逃げたりしないけど、。いや、逃げたいよ。けど、勉強は絶対にやめたくない。やめる気もない。なんで頑張ってきたのに、実習先が見つからないんだろう。もう嫌だ。このやろう。
やることなすこと、上手くいかない。いや、ただ、そう見えてるだけなんだよ。わかってるけれど、そう信じきってる私がそこにしっかりとしがみついて離れてくれない。
ズッキーニと豚肉の梅肉蒸し

ケーキ

周ちゃんの誕生日。なんだか、周ちゃんが急にもっと好きになった。前々から思うけれど、誕生日って、その人がもっと好きになる日だって思う。
そーきそば

5月9日
「フォトグラファーやりながら、大学生ってやばくない?」
なおきさんに聞いた。え?って顔をしてる。そして、「全然っ」て。むしろいいなと思うと言ってた。そうなんだ。いいんだ。ひとり勝手に疎外されてしまったような気になっていただけなんだろうか。
待ち合わせは17時。神楽坂で清水さんとの打ち合わせが大分延びて30分遅刻。すぐ側にある西村へ入って、フルーツサンドと私はホットティ、なおきさんはカフェオレを頼んで話していた。
なおきさんは、文章上手いよね。って話をすると、驚いた目をしてた。「CINRAのみんな、誰も言ってくれないですよ。」って。確かに、人って、日々の中で見慣れてくることは口にしなくなる。それは、ある意味、もう当たり前になってしまったってことで、みんながそう見てるってことかもしれないけれど、一方で人はいつだって、今日、愛されたいと思ってしまう生き物だ。だから「私のこと好き?」そんな風に何度も何度も同じことを聞いてしまうんじゃないか。けど、そうやって限りなく、また初めてのように聞いてしまう方が自然な気もする。今日がいつまでも続くなんてことはないのだし。だって、今日って、あっという間に消えちゃうものだから。
みんなの話を聞いていたからだけじゃなくて、SNSでナオキさんの文章を目にした時に、ああ、いいなって思うことが何度もあった。「上手いとか下手とかじゃなくて、いい。」と私の文章を褒めてくれる編集のリリさんの言葉を思い出す。勿論、ナオキさんは私とは雲泥の差の上手さなのだけど、プロだし。そういう事じゃなくて、胸の奥にある何かをぎゅっと掴まれるような、、そんな感じのもの。
結局、あっという間に1時間ちょっとだらだらと話をして麗郷へ入った。少し遅れて村上さん、渉さんがきた。いつものメンバー。今日は西丸さんは来れないんだそう。会いたかったな。
それから、「デートしたいよね。」って話をしばらくした。なんでそんな話になったんだろう。たぶん、独身の村上さんに最近、好きな子いないの?って聞いたからだろうか。村上さんの答えは最高で、「僕はやっぱりギャルが好きなんですよね。」って。村上さんの時々言う言葉は最高なことはもう知ってる。前は、突然、僕は鬱かもしれないって言い出したし、うちで撮影してた時に、たまたま泊まってた美人な家庭的な友人を紹介したら、後に「僕、結構、バリバリ働いてる女の子がいい」って。なんだろう、毎回、拍子抜けして、だけど、なんだか納得してしまう。何を隠そう、私もギャルが好きだ。なんなら、ギャル関係の仕事がしたいと思ってるぐらいに。最近、疲れて何も考えたくない時に見るのは、youtuberのかじえりだし。だって、ギャルはいいよ。可愛いいもの。なんだか、それって平和の象徴みたいに見えるんだもの。
帰りに歩きながら渉さんのところの双子ちゃんの写真を見せてもらった。「もっと見せて。」ああ、本当に渋谷が好きだし、この街の夜が最高に好き、そして友人らも大好きだ。この時間が一生続いたらいいのに。渋谷のぼこぼこした道路を歩きながら思った。
そして、そう。結局、デートの話は、みんな、デートがしたい!ということでまとまった。村上さんは、既婚者の私たちに刺激が欲しいのか?と何度も聞いてきたけど、全員口を揃えて、「そうじゃない。」と、きっぱり。全然違うよ。刺激なんて別に、家族のいる毎日だって刺激的だ。そうじゃなくて、デートがしたいのだ。
いつもとは違うランジェリーを纏って、お風呂も念入りに入って、ちがう。別にセックスしたい訳じゃない。ただ、特別な服をきて、そして、そして、。なんだろう、何があるかわからない夜を、残り30分で終わる終電をわざと逃して、東京の夜の中でずっと終わらないような夜を過ごしたいだけなのだ。
夕食

試験が終わると、抜け殻みたいになる。夕方に武蔵境の物件を急遽見に行った。駐車場付きの一軒家。周ちゃんは気に入ってるみたいだったけど、わたしは、ぜんぜんだった。なんか、いい時は、いいって思うけど、そうじゃない時は、頭だけが動いてる感じ。駅からは何分とか、自転車置き場はとか。大事だけど、どうでもいいこと。
5月5日
今日は、ヘレナとやっちゃんの誕生日で、心理統計の試験日。朝から気分は落ち込んでる。あれだけ勉強したのに、ぜんぜんやる気がしない。80点取れたらいい。
好きとか嫌いに余りに振り回されてしまうように思う。もう、いいやとなると、まったくだめ。聞こえない、見えない、みたいにシャットダウンしてしまう。気持ちは頑張りたい筈なんだけど、頭ではわかってるんだけど、。
試験が終わったのは17時半。朝5時半から勉強を始めて授業をだらだら受けて、試験。もうこうゆうのにも慣れた。人間の慣れってすごい。10時間以上、普通にさらさらと勉強出来るようになった。ただ、気分がだだ落ちで、スランプ中なだけ。
聞きたいことがあって話しかけた子が、前に住んでいた池尻大橋のマンションのすぐそばに住んでるっていう編集者の女の子だった。ジャンルは違うけど、近い人。試験が終わると、さっき交換したばかりのLINEにメッセージが入った。「北千住でのんでる。」
周ちゃんに、少しだけ遅くなる、とLINEして、来た電車に飛び乗った。飲み屋街のずっと奥にある中華屋。こういう店、久しぶり。前の夫とは、この世の果てみたいな店の暖簾をよく、くぐった。
生温い麦酒と、季節外れのモロキュウ。中華屋だけど、ハムカツとアジフライ。どちらも真っ黒で、オススメの餃子は昨日から売切れなんだそう。愛想のいい中国人のおばちゃんと常連のオジサン。テレビはちびまる子ちゃんが流れて、丸い椅子はガタガタいって、今にも潰れてしまいそう。壁に書かれた294円均一とゆう紙。全部が嘘みたいな、夢みたいな、悪い冗談みたいな、懐かしい場所。
少し世代が若い娘たちと、ひとしきり話して、予定よりも2時間すぎて帰宅。最後に、同じ大学の博士号?だというおじさんが来た。虐待児の研究をしているのだそう。なんだろう。何かを追い求めるのはすごいと思うし、その姿勢に尊敬しかない。いや。ちょっと、わからなかった。
もう、そこから帰れなくなっちゃったんじゃないか。ハゲ散らかしたヘアーのことじゃない。人生って、正しいことを正しいと、正しいからとやり続けていくことが本当に正しいんだろうか、って。もちろん、人のため、いや、違う。きっとどうしても、自分の中で生きていく上で納得いかないことがあるんだろう。そうじゃないと、そこまで執着もって追い求めることなんてできないと思う。だけど、ちょっと寂しそうな気がした。
幸せってなんだっけ。帰りの電車で少し、さびしくなった。
5月4日
大学2日目。春に会ったスクーリングの子たちと実習について話をした。
そうか、みんなすごいな。同じタイミングで入った子たちと話せて嬉しかったけど、なんか、とびきり落ち込んだ気もする。わたし、なんで勉強してるんだっけ。話した二人は自分の目指す道があって、その為に学んでるし、だから実習にいく。
私は、臨床の現場でなにを学ぶんだろう。写真みたいに、ただ好きだけでは、通用しない世界だ。どうしよう。