
明日は試験で今日はスクーリング。

明日は試験で今日はスクーリング。

みつきさんを駅まで送って、そのまま周ちゃんとプールへ行った。昨日、今日と3時から勉強してる。ちょっと睡眠不足ぎみだ。リフレッシュのつもりで行ったプールだったけれど、思いの外泳いで、酸欠で頭がズキズキしてる。帰宅して横になると、気付いたら夜だった。
なんだかすごく疲れてる。駅でハグしたみつきさんは、思ったよりも小さかった。さっきバイバイしたばかりだけど、みつきさんにまた会いたい。


GWに行った千葉で買ってきた落花生。周ちゃんにピーナッツバターにしようか。と言ったら、週末にせっせと作ってくれた。私はといえば、ずっと勉強してる。

周ちゃんの妹のみつきさんが昨日から泊まってる。コロラドからトランジットでオアフを経由してきたらしく、「せっかくだから、少しだけ海に入ってきました。」と言っていた。丁度、うちの姉もバカンスしにオアフにいたみたいで、二人でLINEでやりとりをしていたのだそう。知らなかったけれど、姉はみつきさんと仲がいい。姉からみつきさんの話を聞き、みつきさんから姉の話を聞く。最近yogaを始めたのは、姉に自分のことを大切にしなさいと言われたからだとみつきさんに聞いて良かったと思った。私の姉と義理の妹。そういう仲があってもきっといい。なんだかとても素敵に見えた。
朝食はパンをきらしていたので昨晩のトウモロコシご飯と、春に作った麦味噌の味噌汁、残りもののおかず、納豆。それからメロンやグレープフルーツを切って並べた。日本らしい朝食が久しぶりだったからなのか、美味しい美味しいって嬉しそうに食べていた。
食後になんとなく他愛もない事を話し始めたはずが、二人して目を真っ赤にしていた。周ちゃんはさっきまでキッチンにいたのに、いつのまにか2階に上がったようだった。みつきさんに初めて出会ったのは昨年の6月。あの時も姉とみつきさんは泣いてた。みつきさんは私と同じような時期に離婚して、子供が3人いる。
「お姉さんは大学の勉強、カウンセラーになりたいんですか?」みつきさんの日本語は少し変だ。周ちゃんは気付く度にその間違いを指摘するけど、変な日本語には慣れてる。姉にしろ、ヘレナにしろ、ちょっと変な日本語は日常的だから。だけど、その独特な話し方は心地がいい。日本人同士でも相手が何を伝えてるのか本当に全てをわかっているとは思わないし、わかってるでしょ。わかってますよ。みたいな感じが、時々疲れる。だから、一層のこと半分くらいわかってるよ。それぐらいがいい。後は優しさみたいなものでカバーすれば、もっとコミュニケーションはスムーズになるんじゃないか。自分の心のことすらしっかりとわからないのだから、ことこまかな了解より、その色さえ感じられたら十分なはず。
みつきさんは今でもカウンセリングに通っていて、認知行動療法で治療を続けている。心の葛藤のことや、過去の事も。少しだけ話を聞かせてくれた。私はカウンセラーになりたいと思ってるわけじゃないこと、心理学が勉強したいから勉強していることを話した。
「どれくらい病院とか、どれくらいかかりましたか?」みつきさんが私に聞いた。みつきさんは数回、同じ質問をしてきたけどそれはきっと私の返事がよくわからなかったからだろう。私もわからなかった。途中までは覚えてる。だけど、その先の記憶がハサミでチョキンと切ったみたいに途切れてるみたいにわからなかった。
「なんか、酷いこととか、、忘れてるみたい。」「わかります。」同じじゃないけど、みつきさんの夫も心の病気だった。私達はきっと共に沢山話したい事があったと思う。だけど、うまく話せいまま時間だけが過ぎていく。本当はもっと助けになれるようなことを話したかった。だけど、なんでだろう。記憶が何も言ってくれなくて悔しかった。
昼過ぎに車で駅まで送り、別れ際にハグをした。これから秋田に向かうんだそう。小さくて華奢で、周ちゃんと同じ綺麗な目をしていた。

毎日のもの、例えばオムレツの形だとか、そんなことがあまりに愛おしく思えた日だった。
生理が近いのかな、今日は珍しく車に乗るのが怖いと思った。こういう日はなんでも怖い。胸のあたりがざわざわする。「やっぱり電車で行こうかな。」「もう免許とってから、半年乗ってるのだし、技術的に言えば何も問題ないよ。だけど、怖いと思うなら電車で行ってもいいんじゃない?」周ちゃんが言った。免許取り立ての頃は不安に思う日があったけれど、今日みたいな気持ちは久しぶりだ。
どうしよう。迷っているうちに時間だけは勝手にすぎていった。もう出る時間だ。急いで機材を積んで出発した。いつからそれが消えたのかはわからないけれど、車を走らせて10分も経たないうちに今朝いきなりやってきた恐怖はどこかへ去り、いつものように走っていた。畑には少し早く着いた。今日は映像の撮影。
映像を撮り始めたのは2年前。その時の映像を見た角田さんが声をかけてくれた。角田さんは、時々、驚くようなことを言う。知らない時間のことを知っているかのように話しだす。今日もまたそんなことを言ってた。
午後はキッチンでの撮影。和彦さんがいつものように角田さんのお手伝いをしてる。髪がさっぱりしていて夏らしかった。ふたりは時々、喧嘩してるのかな?って思うことがある。かと思えば、楽しそうにふざけあって話していたりする。まだ出会って半年くらいしか経ってないけど、たぶん喧嘩はしてない。じゃれてる。そんなことも少しづつわかってきた。
和彦さんがオムレツを焼いて、角田さんが、あ、いつものねって顔をした。「真帆ちゃん、あぶないよ。」和彦さんが角田さんのことを真帆ちゃんって呼ぶ音がどういうわけか、すごくすきだ。何度か和彦さんが角田さんに言った。角田さんのトウモロコシの切り方を心配してる。
「オムレツ、この形は綺麗じゃないけど、こうゆう綺麗じゃない方が美味しかったりしますよね。」真ん中でぱっかりと割ったオムレツ。私には潔く黄色だけのオムレツは綺麗に見えた。
和彦さんは途中で歯医者に出かけて角田さんとは陽がくれる前まで話した。帰りに渡したいものがあると言い、アロマのスプレーをくれた。
生活がすきだ。本当にだいすきだ。そこだけに存在する会話、風に揺れる洗濯もの、割れたオムレツ、夕方の音が部屋に入ってきて、キッチンは薄暗くなっていく。
綺麗じゃない方が美味しかったりする。その言葉が染み渡るようにわかる。だけど、私にはそれがあまりにも愛おしくて仕方がなかったりもして、ただ嬉しかった。綺麗だった。写真は撮ってない。撮れば良かったと後悔する気持が半分。残りは無理に撮るよりもここにしまっておきたいという気持が半分。
最近、写真からは離れてる。だけど、より近づいてるような気もする。
腰深く座り、足は裸足で投げ出して座ってる。空いた皿はカレー皿かな、となりにはサラダが入っていただろう器がある。汗のかいたグラスはきっとアイスティーだ。片手には本。ただ、だらしなく思うままに読書にふけていた。
駅の上にある本屋の隣接したカフェで遅い昼食をすませていた中年の女性を見て思った。人生、そんなに頑張らなくたっていいのかもしれない。私もあんな風に全部を投げだしたい。彼女は主婦かな。仕事を休んでいるのかやめたのか、フリーランスなのか、子供はいなそうな感じだ。さっき本屋で立ち読みした益田ミリさんの本を思い出した。まるで本から出てきたみたいな女性だった。
朝一番で行った病院。正直、面倒だった。実際のところ、本当に妊娠したいかもわからない。昨年に流産した時はまた妊娠してみたい、なんて思ったけれど、今の生活を失ってまで本当にしたいのだろうか。今、私が一番に望んでいることはテストに受かることだ。あとはエーゲ海で青をたくさんみたい。青い空、青い海。目に写る世界を青でいっぱいにしたい。
「卵がないのよ。昨年の流産がやっぱり悪かったかな。」耳がタコになるくらい聞いた。とはいえ、まだ数回しか病院には行ってない。だけど、もうその先生の声のトーンに嫌気がさしてる。だけど、周ちゃんにはまだ言ってない。先生のその重い声を聞く度に、「別に大丈夫ですよ。」と喉まで言葉が出てきてやめる。だって、私、別に今のままで十分に幸せなんだけどって。年齢的に卵が少ないことくらいわかるよ。私は羽が生えてないのに空を飛びたいなんて思わない、いたって現実的な性格だから。
朝一番で病院に行ったけど、「診察は午後からです。」冷たくあしらわれて病院を出た。一度家に帰るのも面倒だしと駅前で時間を潰したのが悪かった。好きで始めた勉強も思いの外、不安になることが多い。先週くらいに周ちゃんに聞いた。「勉強、苦しいけど楽しい。こんな勉強ばっかりしてる奥さんでいいのかな。」「人生の夏休みって思ったらいいんじゃない?俺はすごくいいと思う。贅沢な時間だよ。」と周ちゃん。贅沢か。あまり私にはハマらない言葉かもしれない。
ビジネス乗ってハワイ行くとか、ミコノス島でバカンスするとか、そういうのが私の贅沢だ。もしくは、明日地球が吹っ飛ぶんですけど、新宿の伊勢丹でなんでも買ってきてくださいって言われるとか。けど、今の私には伊勢丹に欲しいものはあまりない。帽子好きの母に夏の麦わら帽子を贈ってあげたいくらいかな。
周ちゃんには感謝しかないし、今の私の人生は苦しいとは言っても、私の知ってる苦しみからしたら、遊びみたいなもんだ。だけど、駅前の女性が素敵で羨ましく思った。私、勉強したくて焦ってばかりいる。今の時間でさえ、ここにいないみたいに焦ってる。
頑張りたいとか、手に入れたいものがあるとか、向かいたい場所があるとか、そういうのもいいけど、そうじゃなくてもいい。何かに呪われたように、息をするように勉強ばかりして、一人勝手に苦しんでる毎日を少しだけ投げだしたくなった。今年こそ新婚旅行に行こうと周ちゃんと話してる。勉強が忙しくて行けない気もしたけど、行ってもいい気もした。別にすぐに死ぬつもりはないから新婚旅行なんていつでもいいじゃんとも思う。だけど、私も平日の昼間にダラダラと本屋の前のカフェで本を読むような女になりたいとも思う。
もうここまできたのなら、周ちゃんの言うように贅沢とまでは行かなくとも、これは楽しむ時間なんだ。大学生活は社会からドロップアウトしてるようで後ろめたさもあったけれど、仕事をやめたわけじゃない。何かや誰かにならなくたっていい。
益田ミリさんの新刊を買った。新婚旅行はやっぱりエーゲ海がいい。試験は全部合格したい。

朝、角田さんから電話がかかってきた。明日の映像の撮影の事。本当は昨晩にメールするはずが、結局朝になってしまった。夜にやろうと思っても疲れて寝てしまう。そんな日が続いてる。そんなこんなで早朝に送ったメールのことだった。
「それで、角田くんが “まほちゃんは素直すぎるからだ “って言ってたんですよ。」電話の向こうで笑いながら角田さんが言った。
角田さんとはよく料理の話をしてる。だけど、角田さんはいつも「私は料理には興味ない。」って言う。仲の良い料理家さんで、料理はそんなに興味がないっていう料理家さんがいる。先生から料理の話は殆ど聞かない。大体はインスタのフォロアーを増やすことに夢中だし、「最近、こんなの見つけたの〜。」と無邪気に携帯の画面を見せてくれる。ある日にどうしてだろう、と疑問に思ったことがあったけれど、私がただ料理が好きだってことなだけなのかもしれないと角田さんと話していて気づいた。
料理は好きな人もいればそうじゃない人もいて、仕事のために作る人もいれば、お金のために、生きるために、健康のため、家族や恋人のために作っている人もいる。それが料理ってものでいい。そこに愛があるかないかなんてのは、そもそも私が決める話じゃない。それに、それは私の物差しでしかない。
色々と話して電話を切った。やっぱり私は料理が好きだなと思った。和彦さんが角田さんに言った言葉。わかる気がした。私も角田さんは素直だと思う。本人は相変わらず料理が好きじゃないと言うけど、多分それはきっと、もう料理なんて越えてるところの話なんだろう。よく農家さんの話をしてくれるけど、先日は仲の良い農家さんが家族に作るお弁当が気になってると言ってた。それは、きっと、野菜がどうって話だけじゃなくて、その農家さんという人が生きる暮らしの中にある料理を見たいんじゃないかかなと思った。家族、畑、その農家さんが生活する暮らしの中で誰かに作るご飯のことを。
夕飯はスペアリブと野菜の塩煮込みを作った。早い夕飯をすませてから20時頃にプールへ行き、帰ってから少しだけお酒を飲んだ。本当は勉強がしたかったけれど、珍しく周ちゃんが落ち込んでいたから、勉強はやめて付き合うことにした。落ち込んでる理由は薄々気づいていたけど聞かなかった。周ちゃんはお酒が飲めないからすぐに顔を赤くして布団に転がっていた。可愛い男。私は久しぶりに夜遅くにお酒を飲んだから楽しくて飲みすぎた。

3時過ぎに起きて勉強して、オンラインで試験。それから、いつもよりゆっくり散歩に出かけて、庭の草いじり。夕方に梃子を美容院に連れて行き、合間に長崎ちゃんぽんを食べにいくことにした。
「あー麦酒のみたい。」「飲んだら?車、オレ運転するよ。」時間は17時前。こんな時間に麦酒だなんて、最高すぎる。「じゃあ、飲む!」
帰宅して風呂に入って8時前には寝てた。すごく疲れた。試験のあとの焼失感、初めての時は魂が抜き取られたみたいになったけど、それも段々と慣れてきた。それに、そうゆうものすべてひっくるめて最近の毎日が結構好きだ。この街もこの家も暮らしもちょっと苦しい勉強も。単調だけど、小さい日々を積み重ねてると感じる。
春に植えたトマトや茄子はあっという間に私の背丈くらいに延びて、次々と実をつけてる。

今日から7月。あっという間に今年も半分が終わった。今日は明日の試験のため、ずっと勉強してる。外は雨が降ったりやんだりして、夕方にはまた晴れた。周ちゃんは今週も家。明日は外出すると言ってた。それは、私が内省を大事にしたいと言ったからだそう。
先週にアメリカで開発されたギャラップ社のストレングス・ファインダーという適性検査を受けた。簡易バージョンのものだったけれど、思ったよりも面白かった。性格診断テストみたいなもので、最近、臨床心理の授業で心理検査を勉強し始めてからというもの心理検査という分野に少し興味を持ってる。面白そうだから周ちゃんもどう?と誘って一緒に受けてみたけど、周ちゃんは周ちゃんらしい回答で、私は確かにそうかも、。という診断だった。
私を代表する資質は、責任感、戦略性、内省。内省は哲学のように一人でじっくりと考えること、例えば日記を書いたり、ものを作ったり、部屋にこもって自分と向き合うことで活かされる素質を持つ人。作家、芸術家などにも多い素質らしく、それをすることで自分らしくいれる性格。
「内省の人がひとり部屋にこもっても、それは誰かが嫌だとか気分が悪いからじゃなくて、内省の人はひとりでいる時間が大切だからなんだって。だから、側にいる人はそうゆう時間なんだって理解してあげるといいみたい!」すごく気分が良かった。ずっとこの言葉を探していたんじゃないかって思うくらいに。周ちゃんの回答は「毎週末、どこかに泊まったりして家を空けた方がいいかな。」だった。
「違うよ、そういうことじゃなくて。」周ちゃんは白黒思考だ。それがいいなと思うこともあるけど、なんでも軽量スプーンを使って料理をしようとする姿に苛立ちを覚えるのと同じ、空気の中にあるニュアンスのようなものを読み取るのが下手くそだ。本に書いてあることは一字一句きれいに記憶したり理解できるのに。
私が伝えたかったのは、私にはひとりの時間がとにかく大切ってことだけ。けど、実際のところ週末の夜に部屋でひとりでいる私を想像してみると、正直心が躍った。最高じゃんって。


今朝に近所の無人販売所で買った空芯菜と一緒に冷蔵庫にあったトマト、しじみを使って中国っぽい炒め物を作ったら周ちゃんがすごく喜んでた。「今日の夕飯何点?」って聞くと、「120点。」と返ってきた。
空芯菜は真ん中に空洞があるから空芯菜。こっちに引越してくるまで知らなかったし、真ん中が空洞かどうかもわからないくらい貧弱な空芯菜しか食べたことがなかった。そんな小さな発見だけど、意外と嬉しかったりする。
今日はなんだか楽しかった。
昨晩は寝苦しい夜だった。隣で周ちゃんはぐーすか寝ていたけど、枕の横にいる梃子は、はぁはぁと舌をだして熱そうに呼吸していた。時計を見ると時間はまだ夜中の12時。
南西にあるベッドルームの角に出窓が2つある。奥ばった作りは全て白で統一されていて、この家の好きな場所のひとつだ。ベッドルームに朝陽がはいること。これは私の引っ越しの条件だった。白いシーツに、白いカーテン、他の全部も白だけの部屋が朝陽でサーモンピンクに染められていく時間が好きだから。この家を見つけるのは結構大変だったけれど、好きな場所じゃないと暮らしたくないと周ちゃんを困らせただけある。だけど、一つ問題がある。それはベッドルームにクーラーがないこと。
半分融けた梃子とブランケットと一緒に1階の和室で寝ることにした。そして、クーラーの中で梃子と気持ちよく寝るはずだった。昨日、試験勉強をするために3時半にかけた目覚ましが鳴るまでに何度起きたことだろう。クーラーが効きすぎていたのか、どうにも上手く寝れなくて夢に何度もうなされた。
人は記憶を忘却できる。それは失うことを意味してない。自分さえもわからない場所へ失くしてくれるってこと。私の中のどこかへ。ちょっと前に脳の中にある記憶という場所のことについて学んだ。
多分、数日前に二度と連絡をとらないはずだった中目黒の居酒屋の店主から電話があったからかもしれないし、昼に見た是枝監督の怪物っていう映画のせいかもしれない。
「よしみさんきっと好きだから。」と、分福にいるナナコにチケットを渡されて見た万引き家族は酷く感動した。怪物も、きっと似たようなものを受け取りたいと期待していたんだと思う。社会の影に住み着いたどす黒いメッセージを、と。けど、あまり消化されずに、映画は終わった。もしかしたら、脚本が坂本さんだったからかもしれない。酷評をしたいわけじゃなくて、ただ、私の期待が外れただけ。
けれど、描写の美しさや時より不安になるような曖昧な時間は、万引き家族に似た何かを少なからず受けたのは確かで、隠していた筈の記憶が詰め物の下にいる虫歯みたいに小さく疼いた。それに、あの映画は病気が酷くなった頃に一緒に見た映画だ。待ち合わせの時間に来ない夫が電話の向こうで割れるような音で怒っていた。池尻大橋のマンションで、「後で。」と別れたのは2、3時間くらい前のこと。不安は的中した。もうあの頃は無茶苦茶だったから、上映が始まる直前に連絡がとれたけど、とくに驚かなかった。またあの時間が来たんだなって思ったくらい。
「だから、もう作らんでええから。」呆然と立ち尽くす私がいた。
男の大きな声が終わる頃、私の言葉は詰まる。喉に何かを詰め込まれたみたいに、そのまま心までそれが押し込まれたように。私がご飯を作るから悪い。その言葉がどうにも辛かった。どうして、喜んでくれる日があるのに、怒る日もあるのか全然わからなかった。出来る事といえば、気持ちを押し殺すことくらい。それに、作った食事が勿体なく見えて、かわいそうな気がして嫌だった。いや、本当はそれは私のことで、私が可哀想に見えて、けどそんな風に思いたくなかった。
あ、。忘れてた。夢から覚めて一番初めに思ったこと。池尻大橋のマンションに私達はいた。今さっきまで。昔のように冷たくなった食事と朝陽と、癇癪のとまらない元夫。世界から逆行したようなあの時間の中に。
そして、次の瞬間に思ったのは、現実はここだよ。じゃなくて、怖いだった。怖い。肌がひりひりした。それと同時に世界はどんどん過去に侵食されていく。夜はもっと黒くなって、私の温度はその中に飲み込まれていくみたいだ。どうしよう。いや、大丈夫、大丈夫だと思う。けど、不安はどんどん大きくなっていった。椅子に座ったけど、また立って、お茶を入れたけど、口を付けないまま。わからなくてベッドルームへ向かった。
静かに寝る周ちゃんがいる。背中に触れると温かい。とにかく、くっつけるところは全てくっついた。私はここで生きたい。

帰宅したのは18時過ぎ。今日の撮影は思ったよりもずっと早く終わった。帰りがけに編集の成田さんにタイ土産だというピーラーを頂いた。私は数日前に発売した冬に撮った料理本をあげた。
駅まで周ちゃんが梃子を連れて車で迎えにきてくれて、駅前で買った鯵と鯛の刺身を片手に車に乗った。雨はまだ少し降ってる。車を買ってから生活がぐんと変わった。東京では当たり前のように週に何回もタクシーに乗っていたけど、タクシーはしばらく乗ってない。その代わりに自分で運転をするか、周ちゃんが運転をしてくれる。車を買ってから半年くらい経つけど、まだこれが現実だとは本当は思ってない。ちょっと変な感じがしてる。
夕飯は貰ったピーラーでソムタムを作ろうと麺棒を探すが一向に見つからなかった。その時点で疲れがピークになってきて、きっと乱雑な感じで引き出しを閉めたのかもしれない。閉まる筈の棚からカトラリーがガラガラと大きな音を立てて床に落ちた。「ああ、もう嫌だ。」
最近は、”あ、枯渇した。” っていう瞬間がわかるようになった。それまでなんとか頑張っていても、急に力尽きてしまう。別にストレスが前より溜まったからっていうわけじゃないけど、なんだかそうなった。
「疲れちゃって。もう生姜をすりたくなくて、冷奴はやめた。」食卓におかずを並べながらボソッと周ちゃんに伝えると、「そういう時は僕にお願いして。」と返事が返ってきた。え、。なんだ、そっか。え、そうなんだ。
なんでもひとりでやろうとするのは私の悪い癖だ。そうやって全部を私だけで完結させようとするから苦しくなる。私、なんでもできる。じゃなくて、一緒にやろうって言えばいいだけなんだ。私を苦しめてるのは私。わかってる。
最近の周ちゃんは私の取り扱いに慣れてきている。
今日は6年ぶりにライターの柳澤さんに会った。初めてお会いしたのは神保町の蔦が生い茂ったような喫茶店だったような気がする。暑い夏の日で店内はすこし薄暗かった。その頃はまだ料理写真を始めたばかりで、いつか料理本を撮ってみたい。だけど、どうしたらいいんだろう。料理写真の何が正解なのかもまだよくわかっていなかったのに、とにかく料理本が撮ってみたい。そう思っていた。だけど、それは夢みたいなものでもあった。
その頃は編集者の友達なんて全然いなくて、出版社に出入りしているざおーに相談すると、先輩を紹介してくれた。それが柳澤さんだった。そして、その1年後くらいにたまたまリンネルの撮影で長野でご一緒して、撮影が終わってから長野の街を一緒に歩きまわったりもした。森岡書店の森岡さんのお手伝いをしてる、とか、器が好きだとか、文を書く以外のことでも、気が赴くままに働き生きてる、私の知らないずっと遠くにいる大人の女性って感じだった。
今日は料理の撮影。現場で数時間ご一緒して、帰り道もずっとお話をしてわかったことがある。この不思議な空気感は大人だからじゃなくて、柳澤さんのものなんだ。掴めそうで掴めないようなふわりとしていたもの。それが何なのかはわからないけれど、側にいると、とても心地がいい。
それから、もう一つ、すごく驚いたことがあった。それは、ご近所さんだってこと。以前に仕事が遅くなったら渋谷とかに泊まってると聞いたことがあったけれど、まさかのまさかだ。
帰りの電車で、「この土地の好きなところを3つ教えてください。」と、聞いてみると、1つ目に湖、2つ目に裏山、あとは、湖までの遊歩道がいいとか、有名な建築家らしい人が作ったという森の中にある墓地を教えてくれた。酒好きの柳澤さんのことだから、酒の店の話になるだろうと予想していたけど、実際にその場所に立ってみないとわからないような、目を閉じても肌が感じるような場所ばかりだった。写真では簡単には撮れないであろうもの。形あるものを撮るのは簡単だけど、感覚的なもの、例えば、光景みたいにその場所を全身を使って感じるものを写真にするのは難しい。だけど、記憶の中に五感で残るものはずっと掴んで離さない。恋をした日に聞いた誰かの唄や、泣きながら食べた味のわからないご飯とか。
今度、近所で飲みましょうねと約束をして、LINEを交換して別れた。


帰ったら、統計と、研究法と、心理的アセスメントの残りをやらなきゃ。勉強を途中で切り上げて自転車でプールへ向かった。「あーだるい、ねむい。だるすぎる。」自転車を走らせながら、ブーブー言う私に周ちゃんが笑いながら言った。「女子高生みたいだね。」「え。そうかな。だってだるいんだもん。今日は私は泳がないよ。浮いてるだけにする。」
言葉の通り、今日のほとんどの時間はプールに浮いていた。17時過ぎ。陽はすっかり夏だ。まだまだ明るいし、斜めに水の中に差し込む光は遠くから見てもきらきらしてる。光と一緒に水の中へ潜ると、そこは子供の頃の夏の日のようだった。皮膚が憶えている過去は水に刺激されて、今と過去の真ん中みたいになる。ああ、気持ちがいい。だからプールはいい。この感覚はやめられない。
少しストレスが溜まってるのかな。昨日は5時間しか勉強ができなかった。最近、進みが悪いから自分を責めてるんだろう。どうしようっていう焦りもある。そんな変なループにハマってる。なのに、ずんと重くて言うことのきかない身体。止まらないあくび。私の心と身体は今アンバランスだ。
いつも通り私の方が早く更衣室から出て、ベンチで周ちゃんを待った。周ちゃんは男だけど、支度が遅い。逆に言えば、私がは女なのに支度が早い。どちらにせよ、大体、私は待ってる。だけど、最近は遅いと思う代わりに、待っている間に日記を書いたりすることにした。腹を立てても仕方ない。彼は遅くて私は早いだけのこと。帰りにスーパーで酎ハイを2本買った。今日は飲まない筈だったけれど、ロング缶も1本買った。もう勝手にしてと思った。
人には第六感がある、のだそうだ。というのを、数日前に勉強した。それは、人の能力の一つとして、知識よりもずっと確かである、らしい。簡単に言えば、”嫌だなと思う感覚は合ってる。” ってこと。だから、今日の私のことを勝手にさせてみようかなと思った。今、私は何をすべきか知ってる。と信じて。私をコントロールする然るべき私のことは捨てて。
夕飯は周ちゃんが支度してくれたダルバート。今日は鯖で作ってくれたけど、いつも通り、周ちゃんのダルバートは日本一美味しい。美味しいダルバートは沢山あるだろうけど、新鮮な野菜がたっぷりでスパイスは柔らかめ。私好みで言うことなし。
午前は病院へ行って、帰りに周ちゃんと駅前のフードコートで昼食をとった。私はモスバーガーで、周ちゃんはいきなりステーキ。来週試験だから、こんな事してる場合じゃないのにな、なんて考えながら、食事を続けた。周ちゃんは紙エプロンにジュージューと飛び跳ねる油を気にする事なくナイフとフォークで夢中になってステーキを食べてる。
「さっきの看護婦さんの話さ、私わかったんだよね。」「???、どういうこと。」「言葉が形みたいに見えて、聞いた言葉を一時的に置いて記憶しておきながら、体型的に言葉を並べていけるっていうか。次にこれで、さっきはこれでって頭の中で組み合わせして。前はできなかったんだけど。っていうか、実は私、耳が悪いのかな。昔から人の話、聞けないんだよね。たぶん50字以上になると、言葉がぜんぜんわからなくなるっていうか。道を聞いても、最初の角を曲がって以降は覚えてられない。だから、大体、人の話は聞いてない。絵とか形だと記憶しておけるし、道も一度通ったら忘れないんだけど。」「え?どういうこと。」「多分、勉強を初めてから、沢山の文章を読むようになって、文字情報を記憶できるようになって、それがビジュアルと共に構成することで理解できるようになったのかな。勿論、感情的な話はできるよ。どんなに長くても。それは文字情報のことじゃないから。」
周ちゃんはすごく面白い!と言い、目をまんまるくして、私にあれやこれやと質問して、ホリエモンの話をしてた。「それ、似たようなことをホリエモンも言ってたんだよ。」ホリエモンがそうだったていう話ではないけど、確かに似たような話だった。
「それ、noteに書いた方がいいよ!すごく面白いよ。」って、周ちゃんはしきりに言ってた。
なんだか、ちょっと心の病気と似てるなと思った。心の病を持ってる人は、気づかない場合が多い。正確には気づいているけど、気づけない。大体の人はきっと、病と言えば、風邪のように寝込んだり、怪我のように動けなくなることだと思ってる。だけど、心の病はいきなりやってくるものもあるけど、時間の連なりの中で起こっていくものも多い。
他人から見たら困難そうに見えるものでも、本人にとっては日常であり、それを補うなにかもある。だから気づけない。
私のは、あまりに文章からかけ離れた生活をしていたからで、似たような感覚を受ける人も少なからずいると思う。けど、noteに書くほどのことかな。まぁ、いいや。とりあえず、周ちゃんは楽しそうだった。


なんだ。生理か。朝、生理がきていた。もう殆どPMSはなくなっていたのに、勉強のストレスなのかな。昨日の落ち込みはきっとPMSが原因だろう。今日は打って変わって、スッキリしてる。それに、勉強のことは朝食を食べながら周ちゃんに相談して解決した。
「参考図書。俺なら全部買うかな。」「けどさ、これ6冊もだよ?1冊は買ったんだけど。」一冊3千円くらいする参考書。最初は何も考えずにばかすか買っていたけど、最近は渋るようになってきた。「けどさ、この教科って試験が難関なんでしょ。そしたら、全部買った方がいいよ。先生が何を考えているのか、その動向が少なからずわかると思うよ。」「確かに。」私と言えば、その一冊を買った理由は面白そうだから、だった。あと、表紙のイラストが抽象的な線画でよかった。先生の意図はといえば、そんなことを考える余地もなかった。全く勉強をせずに生きてきた私の選択肢は好きかどうかで、今までの人生においてはそれでも困らなかったけれど、たぶんこのやり方だと試験は確実に落ちる。周ちゃんは流石だなと感心した。
勉強のスケジュールを練り直して、あと1ヶ月でどこまで出来るか、この1年でどこまでいけるかを調整して、この1番難関な試験は3回落ちることを決めた。けど、プラスして2回落ちる余裕も残してある。6回落ちたら留年の可能性大。だけど、ずっと未来のことだから今は無視、むし。とりあえず、不安を全部、机の上に並べて、どう好きになっていくかを考えた。好きになるにはとにかく触れてみること、拘ってみること。私っぽくしてみること。それでもダメなら嫌いになったらいいよね。
周ちゃんも言ってたけど、「落とす先生っていうのは、それだけその教科に情熱があるってことだから、そう考えると悪いことじゃないかもよ」って。食わず嫌いはもったいない。怖いことは、まず逃げるんじゃなくて、とりあえず食べてみよう。
朝、散歩に行く前に1Fの機材入れを整理していると、来週に使う撮影用の機材がないことに気づいた。え?嘘でしょ。どこ?え、忘れた?まさか。捨てるのが得意な癖に忘れ物には異常にふだんから神経を尖らせてる。その理由はよくわからないけど、必ず、自分がいなくなる場所を見返す癖があるのはずっと昔からそうだ。全然、記憶にない。けど、勉強を始めてからというもの、私の殆どの記憶は勉強で消費されていってると思う。「昨日の中華さ。」「え?なんの話。」「え?!」こないだの周ちゃんの驚いた顔を忘れられない。酷くけげんな顔をしてた。
手帳を開いて、その機材の在処を記憶をたよりに探してみると、4月4日。LEEの撮影だった。まじか。スタジオに連絡するも、忘れ物はありませんと直ぐに回答があった。だよね。スタジオさんなら直ぐに連絡をくれる筈だ。まさか、電車?あんなに大きな機材、電車に忘れるかな。幾つか乗り継いでる。あちこちに電話や警察の遺失物検索のページで探しながら、同時に新しい機材が直ぐに手に入るか調べた。44,000円。大きくため息。
中々繋がらない電話が繋がって、それらしき物が清瀬駅を経由して飯田橋の警視庁遺失物センターにあるとのこと。今日は周ちゃんは飯田橋の本社にいる。朝、いきなり本社へ行くと言い出し、出かけて行った。こんな事ってあるもんだな。周ちゃんに連絡して代理で取りに行ってもらうことにした。
なんだか機材探しであっという間に昼も過ぎて、撮影の準備をして、遅い午後から仕切り直して心理的アセスメントの勉強。ネットで試験の傾向を探してみると、”5回落ちてます。”とか、”この試験が受からな過ぎて留年しました。” “この教科のために5、6冊読みましたが全然わかりません”とかとか。不安になるコメントばかりだった。試験内容も全くよくわからない。構成既成概念が、妥当性が、信頼性係数が、。なにこれ。教科書はもう読み終えたのに、なんのことだか全くわからない。雨雲が広がっていくみたいに、気持ちがどんどん暗くなっていった。この試験、本当に受かるんだろうか。
なんか、私、ダメだ。こんなに勉強してるのに、。どうして上手くいかないんだろう。そもそも、普通にフォトグラファーとして頑張って仕事してるだけで良かったんじゃないか。そしたら、友達とも遊べただろうし、好きな物を買って、週末は好きなようにお酒を飲んでいた筈だ。周ちゃんとだって、あちこちにドライブへ行って。もっともっと本当は料理がしたいし、仕事もしたい。なんでわざわざ、こんなに大変なこと始めちゃったんだろう。バカみたい。心理学は楽しいけど、なんだか医療みたいな話も多いし、統計学みたいな数学的なことや、哲学のように概念の話もあるし、もうなんなの。
だめだ。プールに行こう。”周ちゃん、何時に帰る?” “じゃあ、18時ね。” 参考書とプールの支度を持って駅前へ向かい、西武で生ワカメと発酵バターと食パンを買った。なんか全てが上手くいかないような気がして哀しかった。けれど、夏みたいな夕方の風はやさしくて、せめてもだねと思った。
今日のプールは混んでる。ふくよかな女性がいて、最初はダイエットの為に通ってるのかなと思ったけど、多分、昔に水泳を競技としてやっていた人なのかもしれない。海の生き物みたいに水の中をするすると泳いでいく。なんて素敵なんだろう。綺麗だな。しばらく呆然と見てた。人って、その人にしかできないことがある。なんだか、すごく感動した。
「夕飯の支度をしてないの。」「じゃあ、あそこの中華行ってみる?」帰りがけに寄った中華。店内はガラガラだったけれど美味しかった。「今日は飲ませて。」ビールとレモンサワーを飲んで、帰りにセブンでポテチとビールを買って帰った。周ちゃんはダイニングテーブルで梅仕事を始めて、私はソファーでビールを飲みながらLINEニュースを開いた。ひさだな。最近は携帯も殆ど触らなくなった。「周ちゃん!広末涼子が不倫だって!知ってる?」「どうでもいいけど、知ってる。」周ちゃんは何度も枕詞のように、「どうでもいい」と言ってた。広末涼子のことが好きだったのかな。それとも、芸能ニュースをバカにしてたのかな。どうでもいいネタをニュースしたっていいじゃんと思った。不倫か。広末涼子は幼馴染の佳代ちゃんと同じ高校で隣の席だったと聞いたことがある。私にとってはそれぐらいの記憶で、同じポケベル世代ってだけ。記事には2度の不倫だと書いてあったけれど、昔、薬物の話もあった気がする。人って変わらないんだろうなと思った。家族がいるのに、そんなに自分の人生が大事なのか。なんだか、昔を思い出すようで少しだけ辛くなった。
今日はもう嫌だ。勉強はしない。

今夜はハヤシ。今日は久しぶりに家でずっとひとりだった。やっぱりひとりの時間が好きだなと思う。周ちゃんは先週から毎日ミュージアムへ出勤できるようになり、そのおかげで私の時間も戻ってきた。「今日は充実してたんだ」と伝えると、「勝算はなに?」と周ちゃん。「うーん、天気かな。」とだけ言い食事を続けた。
今日は本屋でダビンチを読んだそうで「今月のダビンチに書いてあったんだけど、リリさんが最近プールに行き始めたんだって。」と言ってた。「あら、我が家と同じだね!」と笑った。プールに行きたい。一昨日も行ったけど、もう行きたい。こんなにプールにハマるとは思わなかった。周ちゃんも私も春から通い始めたプールにすっかりハマってる。水の中で静かに身体が沈んでいく感じがたまらない。世界からいなくなれるような感じが気持ちがいい。日々には色々があるけれど、プールでは勝手にするすると流れていく感じもいい。夏にリリさんとビールを飲みながらプールの話をしたいなと思った。
夕方に角田さんからメールが入っていた。大事なメールだった。直ぐには返せなくて、大切に読んでから返すことにした。多分、前はもっともっと夢みがちな毎日だった。今はその逆で、現実のことをよく考えてる。ついた傷については、どう痛いのかなとか、してもらった優しさについては、どうしてこんなに嬉しいんだろうとか。
だからって、現実から逃げちゃいけないとも思わない。そうやって今を生きてる友人や、大変な人のことも知ってる。ただ、私は逃げないほうが調子がよかっただけ。角田さんとの新しい制作は、目的があるようでないからいい。一番素敵だなと感じるのは、いつも誰かのことを考えてること。目の前のことをちゃんと見てるんだなって感じる。それに、未来の話をしないのも好きだなと思うことの一つ。
がんばろう。がんばりたい。
朝は少しだけ寝坊した。起きたのは5時半。
勉強とは別に進めてる認知行動療法の独学。これが結構面白い。以前にちょっと嫌なことがあって、勉強の一貫に認知行動療法を使ってセルフケアしてみようと思ったのがきっかけだ。自分が実験台なら失敗しても成功しても、どちらにせよ勉強は出来るし、効果があればラッキーだなって。
勉強前に本を片手に療法を試してみる。なるほど、なるほどね。
ちょっと前から考えていたこと。noteに心理学の勉強の合間にメモしているようなことを書いてみようかなって。だけど、noteはいまいちわからない。以前に別の企画でちょこっと書いたことがあったけど、使い方もよくわからず、どうにもしっくりとこなかった。それに、あれはライターとか文章が上手い人が書いている印象がある。綺麗な文章、私には書けないよな。どうしようかな、。ぼんやりと考えているうちにあっという間に半年くらい経った。
なんでもひとりで解決しようとするのは私の癖だ。やっぱり周ちゃんに相談してみよう。なんだか今日はそう思った。「あのね。」「なに。」「これ美味しいね。」「うん。それで、なに?」「うーんと。」朝食を食べながら、話したいのに言い出せない私。
「ちょっと、note気になってて。心理学のこととか、。」周ちゃんは直ぐに「いいじゃん!」と賛成の声をあげた。それに少し嬉しそうだ。それから、使い方とか、どうやって書いたらいいとかアドバイスを沢山くれた。周ちゃんはフィールドワークの記事をnoteで書いている。
「タイトルどうしよう。」「noteには記事のタイトルはあるけど、それ以外だとマガジンがあるよ。」「あ、違うよ。どういう感じでいこうかなって。フォトグラファーです。なのか、心理学科の大学生です。なのか。中年の女の独学日記とか。」「あーなるほどね。それはプロフィールに書くものだね。」「そうか。じゃあ記事のヘッダーにタイトルみたいの入れたいんだけど。」「”人には言えないこともある。” これを手書きで書くの、どう?なんか変?」「うーんと。ピンクの手書きはゆるくて賛成だけど、この文章だとちょっと暴露とか、悪いことをこれから言いますみたいな感じがしちゃうかな。心理学日記、くらいの気軽さがいいと思うよ。例えば、”心理学を勉強してみて感じたこと” とかね。わかりやすいのがいいよ。」「ぐちゃぐちゃとか?」「うーんと。それはわかりずらいから、だらだらとか。」「むにゃむにゃは?」「いいね!寝言みたいでいいじゃん。よしみいつも寝言言ってるし。それに、独り言っぽくていい。」「あはは。確かに。じゃあ、むにゃむにゃ日記? いや、”今日もむにゃむにゃ考えてる” にしよう。」
日々気になってること、仕事や写真、友達、人間関係とかとか自分に起きたことを心理学的に解決してみたり、考えてみたり。私ひとりで楽しんでやってることが誰かのためになるならいいけど、本当に書けるのだろうか。
“今日もむにゃむにゃ考えてる” ネーミングは最高に気に入ってる。

今日は少しだけお休みすることにした。再来週の試験に、来月の試験。また祭りが始まりそうな予感と共に、試験前に周ちゃんの妹さんがアメリカから来るかもしれないとの知らせが入った。本当ならゆっくりと一緒に食事にでも行きたかったけれど、前回の試験前の過酷な日々を考えるとむりだ。
ああ、どうしてこうやってタイミングが合っちゃうんだろう。何泊か泊まるそうで、試験前の受験生のような生活の私が客人をもてなすことなんて出来るわけがないし、けど結局、色々とやることになるのもわかってる。睡眠不足と疲労でピリピリしてる中で、ひとり苦しむのが想像できる。まじで最悪だ。それなら、私が実家へでも帰ろうかとも一瞬考えたけど、そういうことをすると何がなんだかわからなくなるか止めよう。
せっかく日本へ来るのに申し訳ないなという気持ちと、どうして1年は365日もあるのに、そこ?という苛立ちと不安。この試験は前回の次に大事な試験で、この2年のなかでもトップクラスに入る重要度の高い試験。私っていうのは貧乏くじの達人か?と自分を責めたりして、けど、死ぬわけじゃない。いや、これくらい乗り越えなよ、と。ひとり葛藤する中、今できることをやろうと決めた。今から思いっきりに走ればいいよ。もうどうにでもなれ、コノヤロー。負けてたまるか。周ちゃんには本当に申し訳なかったけれど、史上最悪みたいな顔はした。だって、本当にそうなんだもの。
カナちゃんに送るクッキーを隣駅に買いに行き、そこから電車で池袋の中国スーパーのフードコートで昼食をとり、食材を買い、山手線で恵比寿まで向かい、写美で写真を見て帰宅した。久しぶりの写美。今井 智己さんの大判のプリントが良かった。私は3階の展示だけ見て、周ちゃんは2階と3階を回った。2階は興味ないからベンチで本を読んでると言うと、少し周ちゃんはむっとしてた。そういうの、めんどくさいから。と思ったけれど、面倒な女は私なのかもしれない。きっと普通の女は一緒に観に行くはずだ。とにかく今の私には時間がない。ベンチでの20分だって貴重だし、読みたい本も溜まってるし、日記だって時間を見つけて書いてるようなもので、とにかく時間がない。やりたいことが山のようにあって苦しいじゃなくて、たのしい。だから、面白くないことはできるだけ避けたい。なんてわがままなのだろうと思うけれど、本当にごめんねとしか言えない。
少し不機嫌そうな周ちゃんに聞いた。「展示どうだった?」周ちゃんの感想はさらっとしてた。大体いつもそう。周ちゃんは時々ロボットみたいになる。テキスト二行みたいな言葉が返ってきて終わる。「よしみは?」観たこと感じたこと、あの作家は、あの写真家は、作品のこと、細かく感想を伝えると嬉しそうにうんうんと聞いていた。学芸員魂なんだろうか。酷く関心していた。「すごいな。そんな風に感じるんだ。今井さん好きなんだね。中平さんもよかった?意外だったな。」「いや、あの人はすごい人だよ。あんな撮り方できないよ。フレーミングが中平さんなんだもの。」「記憶なくなってからが好き?」「うーんと。そもそも、私は作家や作品を掘らないから、記憶なくなってからしか知らない。」周ちゃんはそれからずっとご機嫌だった。たぶん、勝手な予想だけど、私と結婚して良かったって今日は思ったんじゃないか。いつもはきっと、ちょっと後悔してるかもしれないけれど。一応、私だって写真作家の端くれみたいなことをしていたのだもの、写真の一枚や二枚のことは語れるでしょって調子に乗って言おうかなと思ったけどやめた。周ちゃんの嬉しそうな顔を見て私まで嬉しくなった。写真やってて良かったな。
久しぶりに少しお休みをして気持ちがよかった。以前は今日みたいな時間が沢山あったのにと思うと、時間っていうのは不思議なものだなとも感じる。時間貯金できたらいのに。けど、そんなことしたら、多分飽き飽きするかもしれない。うまくいかないからきっと楽しい。明日からまた気合いをいれてこう。勉強も写真も映像のことも。淡々ともくもくとやる。

「今日はすごく楽しそうだね。」帰宅した周ちゃんが言った。
午前から角田さんの知り合いの畑に映像を撮りに行った。慣れない車で途中、従兄弟の家の近くを通り過ぎたり、前にリンネルの撮影で行ったお宅を通り過ぎた。週末に食べた蒙古タンメン中本。あれからずっと胃痛が止まらない。美味しくて汁も全部飲んだからだ。けど、美味しかったな。後悔してるような、しないような、短い恋みたいになんとも言えない感じ。ああ、痛い。
30分くらい車を走らせ畑へ到着した。夏みたいに強い日差し。ハウスの中はサウナみたいに暑くて一瞬で汗が湧き出てきた。また別の畑へ移動して撮影。太陽がギラギラと肌を灼きつける。日焼けは中年の敵。夏の太陽とどうつきあっていくか。中年女の夏の課題だ。だけど、本当はこの感じが好き。暑くて熱った肌に、夏風がふわりと触れていく心地よさ。その後に待ってる気だるさ。
撮影はあっという間に終わって、角田さんと近くのガストでこれからの事やそれ以外の色々を話した。何時間話したんだろう。昼過ぎに入って、出たのは17時近く。フリードリンクは何度かおかわりした。沢山の話の中で角田さんは亡くなったお母さんのことをゆっくりと丁寧に話してくれた。私が聞いてもいいのかなと心配になるくらいに、家族だけの大切な話だった。そこには夫の和彦さんも登場する。
誰でも複雑な過去はきっとある。私だって大きいものから小さいものまで沢山ある。それぞれに計り知れない哀しみや苦しみがあるだろうし、それを乗り越えられる人もいれば、乗り越えられないまま苦しんでいる人もいる。どっちがいいとか悪いとかはないし、答えは色々でいい。だけどただ一つ、私達はそれでも生きなきゃいけないってこと。
過去に、生きるか生きないかをどうして選べないんだろうって考えたことがある。大変だった時は、どうか死なせてください。と思った事もある。それは別に死にたいからじゃなくて、その苦しみがもう私ひとりでは抱えることができなくなってしまったから。それなのに、崩壊できない身体があることもまた苦しかった。朝から晩までそれは続いてずーっと苦しい。息を吸っているのに、朝ごはんも昼ごはんも夜ご飯も食べてるのに、身体はどんどん痩せていくし、心はまるで形ある物体かのようで、日に日にその姿形がおかしくなっていくのがわかった。とにかく苦しくて苦しくてちぎれそうだった。その時のことをお医者さんは、強いストレスが一気にかかったからで、限界なのだと言ってた。仕方ないと言われても、飲むと気持ち悪くなる薬を貰っても、世界からの重力に押し潰れそうな日々は続いた。私の場合、幻聴や幻覚まではいかなかったけれど、怖いものが沢山あった。夜、肌に触れる風、タクシーが止まる音、ギターを持った男、グレーのバン、男の大きな声、酔っ払い、中目黒、祐天寺、バンドマンの曲。
夕飯の後、周ちゃんの前でポロポロと涙を流しながら角田さんに聞いたことを話した。話しても全然伝わらない気がして何度も話した。いつもなら人前で泣くのは難しいのに、今日は簡単だった。
角田さんに会うと、1つじゃなくて、10個くらいのお土産を貰ってる気がする。東京にいた私だったらきっと会えなかっただろうなと思う。もし会っていたとしても、通り過ぎていたかもしれない。田舎へ移り住んで、色々な事を感じたり考えたり、大学に入ったりしたことも、全部が関係していそうな気がする。もう前のように流されたくないと思うと、自分がいきたい場所が見えてくる。輪の外は寂しくもあるけれど清々しい。みんながそっちでも、私はこっちが好きだとはっきりと決断できるようになってきた。そうやって歩いているうちに会えた気がする。
「実は、さっきインゲンを見てから頭の中であのインゲンを、ずっとポテサラに入れたらどうかなって考えていたんですよね。」ガストに来る前に無人販売所でインゲンが売ってるのをふたりで見ていた。角田さんは料理に全然興味がないといつも言う。だけど、角田さんといると料理の話が沢山でてくる。そんな小さな会話のひとつが私は嬉しい。多分それは、料理を撮りたい。ずっとそう思ってきたからだと思う。
それから、今日は丹治さんの話も少しだけ聞いた。私はまだ会ったことがないけど、今日もまたより一層に会ってみたいと思った。丹治さんという編集者は、私に料理本というものがレシピを伝えるものだけじゃなくて、暮らしの中のひとつだってことを教えてくれた編集者。
1度目の結婚の時、食べ物の備忘録的な日記を書き始めたのも、それが日常の苦しみを綴るものになったのも、ひつこく今でも日々をここで咀嚼し続けるのも、全部、それは、食べることだけじゃなくて生きるためのものになったからで、時を重ねていく中でわかったこと。それを始めたきっかけは丹治さんが作った高山さんの料理本だと思う。
角田さんが話していた丹治さんの話はとてもいい話だった。今日は疲れた。けど、楽しかった。
冷やし海苔カルボナーラ
のり3枚
梅干し1
オリーブオイル大さじ3
塩麹小さじ1
すり黒ごま大さじ1〜2
豆乳
素麺で和える

今日は授業。昨日も4時起き。あとちょっとだけ頑張れば終わる。

外は嘘みたいに激しい雨が地面を強くたたきつけてる。今朝も4時からずっと勉強。時計を見ると16時。何時間やってるんだろう。周ちゃんとは昨晩にブチ切れてから一度も顔を合わせてない。おはようだって言ってない。
最近の寂しい病。レポートも一段落して少しだけ心の余裕が出てきたのかもしれない。とは言っても、次の試験は3週間後。7月にはその10倍くらい恐ろしいテストが待ってる。だけど、そろそろ仕事を思いきりしたい。いやしなきゃだめだ。勉強したいけど、勉強ばっかりやってちゃだめだ。写真を撮りたい。
” 新茶が出たらカナちゃんと大場さんに連絡。” 昨日、5月の手帳の脇に書いてある頁を見て、あっ、そうだったと急いで連絡をいれた。 カナちゃんのことは、冬に大変なことがあってから、何か私に出来ることはないかなと考えようやく見つけた答えが “新茶を送ろう。” だった。もっといい何かを思いつけないものかとも思ったけれど、きっとこれくらいの方が気を使わせないでいいのかもしれない。カナちゃんからメールの返答が入った。
“今、子供が寝てて、すごくタイミングがいいよ。” お茶を来週に送るねと伝えると、”来週の楽しみができた!” とのこと。なんだか、なんだろう。胸がぎゅぅっとちぎれてしまいそうだった。だけど、カナちゃんが少し元気になってる様子が嬉しくて、ほっとした。カナちゃんは明るい子だから、大丈夫。きっと絶対に大丈夫。
それから、大場さんからも朝一番で返信が入っていた。成田さんがタイに行くよと記してあって、無性に会いたくなって成田さんにLINEした。そして、ミオちゃんから “後藤さんと3人でパリいこう!絶対超絶たのしいから “とメールが入った。そんなの言われなくたってわかるよ。パリの夜、たぶんミオちゃんが借りたステイ先のどこかで3人でワインを何本も空けるだろう。殆どはきっと後藤さんがたいらげてる。潔い飲みっぷりと一緒にきもちよく泥酔していく後藤さん。”後藤さんって本当に無邪気だよね。”って、それぞれが心のなかで思うはず。
大人なのに無邪気で素直。「だから悪い男に騙されるんだよ。」と以前はよく言ってたミオちゃんも、最近は言わなくなった。そうゆうところがミオチャンらしいとゆうか、本人はドライを装おっているけど、実は愛情深い。だからとゆうか、二人といる時間は落ち着く。それに、パリは大好きなまゆみちゃんがいる街。ずっとずっと会いたかったまゆみちゃん。HUGOにも会える。
さっきカナちゃんからまゆみちゃんの誕生日が昨日だってことを聞いたんだったと思い出して、急いでyoutubeでbirthday songと検索をして、まゆみちゃんにメローな感じの映像をアイラブユーっていうメッセージと一緒に送った。すぐに返答がきて、勉強が苦しいことを聞いて貰ったり、勉強の苦しみと楽しみを互いに共感しあった。いつもは手紙でしか話さないことを、消えていくようなスピードでメッセージを打ち続けた。
“言い訳してる自分を見つけた時に、ぎょっとするんだよ。言い訳なんて幾らでも出来るでしょ。”
“わかる。私もね2年前に思ったことがある。それからすごく勉強したよ。フランスの学校で先生にこんなに真面目に勉強している子いないって言われて。だけど、沢山勉強して本当によかったって思う。”
まゆみちゃんの返答に、なんだか、すごくほっとした。ひとりぼっちだと思っていたけど、ひとりぼっちじゃないのかもしれないって。もしかしたら、性格が少し似てるのかな。負けず嫌いっていうのとは違うんだけど、やるならやりたい。あと、自分に嘘をつきたくない。体力も勇気も大してないのだけど、ただそれだけ。
そうだ、ざおーにLINEしよう。ずっと気になっていたことがあったことを思い出してメッセージを送った。”しゅうちゃん大丈夫?” ざおーは周ちゃんの事を心配してくれてるみたいだった。出会った時から、会う度に同じように同じ事をいつも思う。この人の心根は本物だって。それに触れる度にはっとして、生まれ変わったらこうゆう人間になりたいと毎度思う。今日も思ったってことは、私には難しいのだろう、きっと。
それから、ざおーにも少し愚痴を聞いて貰ったり、互いに色々を話したりして、なんだかやっぱり落ち着いた。それに、柿ピーのマスタード味が美味しいのと、ドンキーで売ってる生姜味の煎餅が美味しいっていうのも教えてくれた。近いうちにオンライン飲みしようねと約束した。
結局、たぶん、勉強の手を止めてから1時間くらいLINEしてたのかもしれない。寂しい病がスーッとどこかに消えていったみたい。連日の睡眠不足も、周ちゃんとの喧嘩も、季節外れの台風も、すべてが嘘みたいで、本当はぜんぶ辛かった。それに、もう寂しいっていう気持ちも終わりにしたかった。
18時を過ぎると1Fでバタバタと音がし始めた。周ちゃんがキッチンに何かを作ってる。お腹空いたな。キッチンへ向かった。「なに作ってるの?」中華鍋を振る周ちゃんの手が止まる。えって顔の周ちゃん。そのままぎゅっと抱きしめてきた。あ、ごめん。って思った。私の我慢の限界がきたのは仕方ないことだけど、その限界を受け止めるのは辛かったよね。どんなことがあるにせよ、怒りなんてぶちまけるもんじゃない。周ちゃんはきっと今日1日、最悪最低な時間を過ごしていたのだろう。私って奴はやっぱりワガママで幼稚な女。
周ちゃんが作った八宝菜風野菜炒め。おいしかった。
周ちゃんにブチ切れた。私は周ちゃんの家政婦じゃない。周ちゃんだってそんなつもりはないかもしれないけど、実質そんな感じになってる。家事の殆どは私。ミュージアムへの送り迎え。待ち時間は、駐車場やファミレスで時間潰しながら勉強してる。とは言ったって、そんな移動中の勉強は集中できないし、細切れの時間を上手に使うのは難しい。そして、今日も朝4時前に起きた。もう睡眠不足と苛立ちが限界だった。
だって、周ちゃんが倒れてからもうすぐ1ヶ月。確実に多くの時間がロスになってることは確か。写真撮りたい。仕事したい。勉強したい。友達に会いたい。遊びたい。買い物したい。ワイン飲みたい。

