
焼うどん


昨年に体調を崩してホルモンの薬を飲み始めてから、この身体は男になった気がしてる。どれが本当の生理でどれが本当の生理じゃないか、今はもうわからない。だって、女の波瀾万丈な毎月の色々がない。イライラもしなければ不安になったりもしないし、やけに高揚感が溢れたりも、無性にセックスがしたいとも思わなくなった。それは、ちょっと不気味な気もするけれど、なんだかまるで、この体が別の何か、たとえば人形を羽織ってるかのよう。
だけど、今日は久しぶりに違かった。朝から無性に不安になって、肩をぶつけた鏡に泣きそうになった。痛いんじゃない。肩ぐらいぶつけることなんて幾らだってある。なんだか、悲しくて悲しい、ぐちゃぐちゃなんだ。とりあえずと思ってコンビニに濃いめのコーヒーを買いにいく。いや、違うよ、全然美味しくないもの。今日はやっぱり不安で仕方がない。車で海でも行く?いや、違う。髪を切ろう。なんか、私だめだ。
けど、今日は周ちゃんの病院の見舞いの約束もしてるし、大学へ本を返さなきゃいけない。あ、瞳ちゃん。時間はまだ7am。何も考えずに瞳ちゃんにLINEした。昨年のアメリカのお土産をまだ渡せてないし、こないだオイルを送ってもらって、その瓶もお返ししたい。直ぐに返事があって、青山でランチをすることになった。美容院はその前に原宿で切ることにした。今日はいつもと違う髪型にしよう。
何を話したんだか、いっぱい話したいことはあるけれど、色々を話した。大体は最近のことで、あとは勉強のこととか。私は、やっぱりなんだかどうして進学するのか理由が見つけられなくて不安だった。未来のことを考えて行動したことなんて今まで一度だってなかったのに、今もそれほど考えてはないけど、急に昨日から不安になった。周ちゃんの手術を執刀した先生からの電話が予定よりも遅くにきたからだろうか。全部が一緒にごった混ぜになって不安だった。
大事な日の前日は、たまたまかもしれないけど、瞳ちゃんに会うことが多い。別に、特にその事について話したり、応援してと頼むわけでもないけれど、そんなことを考えながらお茶なんかを飲んでる。青山あたりで。そして、じゃあね。と言って笑顔で別れる。今日もなみなみと注いだワインみたいに、たっぷりになって電車に乗りこんだ。
やっぱりやろう。落ちることが怖いんじゃなくて、頑張った先に何かを見つけようとしてるから怖いだけだ。別に私は今のままで十分に幸せだし、欲しいものといえば、書斎にVernerPantonの7万の照明を買いたいぐらい。とってもお安い人生である。
さ、頑張ろう。いいとか悪いはやってみないとわからないし、嫌ならいつだって好きにやめたらいいこと。だって、私の人生だもの。それに、やる前から不安だなんて、妄想も過ぎてる。

特別なことじゃなくて、普通の毎日でいいと思う。今は、どういうわけか、40にもなって大学に入って、これから院試まで目指そうと決めたけれど、正直、なんでもいいなとも思う。今月は頭の中がぐちゃぐちゃだ。大学の卒業が見えてきたと思ったら、写真のことも仕事のことも色々が棚からバサバサと音とたてて落ちてくる本みたいで、私は今、その中に埋もれてる。
ちょっと前に周ちゃんに話したら、嫌そうな顔をしてたけど、母数の多い場所にいたいと思う日がある。東京にいる人々のことを、帰国した姉だとかはみんな瓜二つだと言うけれど、確かに田舎者の集まりの東京は同じものを求めてる人が集まる場所だ。だから、同じになるのは自然なこと。何かが流行ればみんなその場所に行きそれを食べそれを着る。けど、それが私は案外好きだ。出来るだけ多くの母数の中で共に安全に暮らしたい。奇抜なものは全部、ピンで抜き去って丸くつるつるになればいい。
周ちゃんは今日から入院。周ちゃんは家にいないともっと好きになる。

土曜日らしい土曜日というか、久しぶりに午後はデスクを離れて、砧にあるペットのコジマと、そのちょっと先にある無印に、母に送ると約束してたアロマデュフューザーを買いに、周ちゃんと車で出かけた。
運転しながら何度、わたしは怖いと言ったんだろう。周ちゃんは、「全然、十分に普通にできてるよ。」と何度も言ってくれた。免許をとってから2年が経つのに、いまだに車の運転が怖い。運転は好きだけど怖い。
こないだ大学の授業中に「色々が気になって仕方がない。」と、ロールプレイング中にぽろっとこぼすと、施設で働いているとゆう少し歳上の女性が不憫そうな顔をした。
怖いことは昔よりもずっと減ったのに、あれ以来、敏感になってしまった。本当に些細なことでも気になったり気づいたりしてしまう。電車で隣に座った男の挙動や言動で、あ、この人はもしかしたら。と病名まで探る始末だ。
それがいいのか悪いのかわからないけれど、とにかく怖いことが増えると心が忙しない。だけど、気づくという行為は、写真の仕事にはとてもいいと思うし、心理の仕事についてもとても役立つとおもう。だけど、過剰に感知するセンサーは日常には必要ない。まったく、要らない。
帰りは、祖師ヶ谷大蔵にあるシスマへ茜ちゃんに会いに行った。最後に会ったのは、やっちゃんと店へ遊びに行ったときで、サーモンピンクのコーデュロイのパンツを買った。あの時は確か離婚した直後の秋だった。あの服は気に入って買ったのだけど、当時の私はとにかく、なんだかずっと足らない気がして、よく買い物をしていた。
茜ちゃんは確か長野へ移り住むと言ってたけど、家庭の事情で東京に残ることになって、新店舗も計画してると、数週間前にやっちゃんに聞いていた。そういえば、私の離婚もやっちゃんの口から茜ちゃんに話してるようだった。だからか、敢えてその話はしなかった。私のことは私の口から話したいし、相手のことも相手の口から聞きたいと思ったから。
帰宅してから、”スノーショベリングの中村さんとタコスたべよ!”ってLINEした。あかねちゃんと話したい。相変わらず笑顔が素敵だった。中村さんはここ数年の私のさまざまな珍道中のことは1mmも知らない。ただ、いつだったか、夢に3年前に他界した石井ちゃんがでてきて、そのことだけ伝えた。元気だったよって。
夕飯のバクテーは料理家の野村さんのスパイスで作ったもの。バクテーには白バクと黒バクがあるらしく、これは黒バクだった。


予備校からのメール。一気に気持ちが落ち込んだ。何食わぬ顔をして今日を過ごしてるけど、やっぱり落ち込んでる。
山若くんなにやってんだろう。今日は新宿のスタジオ。山若くん家の近くだ。窓の外の青い空とぼこぼこと立ち並ぶビルを見ながら思った。
“今日は外で打ち合わせあるから、夕方なら。” と、LINEからの返答。私が田舎に移り住んでから、全然友達に会わなくなった。一度、山若くんとふみえさんが写真合宿とそうして、泊まりにきてくれた。あれは、もう2年前の夏のこと。
寂しいな。寂しいときは友達に会いたくなる。あ、広瀬さんなにやってるかな。写真の話がしたい。
写真家の広瀬さんは、最近何を撮ってるのかしらない。こないだ川内倫子さんが、広瀬さんには家を教えてくれないって話をしてた。広瀬さん、川内さんと友達なのか。今や世界的なアーティストだけど、二子玉に住んでたと、昔、何かで読んでから、親近感がある。
広瀬さんもやっぱり忙しいとのことで、今度、夜にしようって。
夜に余ったワインに炭酸を入れて呑んだ。周ちゃんと、結構長いこと話した。不安だと、受験はやっぱりやめようか、と、泣き言を並べた。だけど、大学に入れたことだけでも奇跡だとも伝えた。それに、卒業だって、絶対にわたしの学力じゃ無理だと思っていたけど、このまま行けば春には卒業できることも。
私は今のままで十分に幸せで満足してる。だから、別に落ちたっていいんだった。研究してみたいことがある。大学院へ行ってみたい。私の頭で入れなかったら、それはそれでもいい。だって、今のままでも満足してるんだもの。じゃあ、やってみよう。院試、やっぱり止めないって伝えた。

「アキレス腱断裂してたみたいで、手術するか、保存療法だって。たいしたことないらしいのだけど、、保存療法でも治るみたいだから、保存療法にしようかなと思う。」
病院に出かけた周ちゃんからの電話。労災でるなら手術がいいよ。ちゃちゃっと治したら?と伝えると、
「う、うん」って。
北京で断裂したアキレス腱の手術は来週の火曜日。「過信するな」と、帰国する前日に送ったわたしのLINEが哀しいことに予告となった。
もちろん今週と再来週の出張もとんだ。冬のNY出張の話も、新しいプロジェクトもきっと全部とんじゃうのだろう。さぞ、悔しかろう。
身体と心は繋がってると言うけれど、それは、まったく平等な関係じゃない。どちらかと言えば、身体の方が素直で正しい。大学で心理を勉強しはじめてよくよくわかった。身体には限界があるのに、人の心は強い。時に、驚くほどに強くなったりもする。
けど、だから、一番近くにいる者が、見ていてあげる必要があるんだとおもう。例えば、自分とか。
わたしを幸せにしてくれるのはわたしだと、わたしは思う。逆に言えば、わたしを不幸にするのもわたしだ。
「過信するな」ってのは、身体のことというより、こころの話だった。そんなことは敢えて伝えないけれど、本人が一番きっとわかってるはず。わたしたちは、悲しいかな、どこまで強くなれてしまう生き物。だけど、べつに強くならなくたって、十分幸せになれる生き物だなとわたしはおもう。


周ちゃんが出張から帰宅。今日は手巻き寿司。


昼はゆうや君と三宿のスタジオで撮影して、帰りに渋谷駅で偶然ミオちゃんに会った。友達が生活の中にいるのは、東京らしくて懐かしい感じがした。けど、田舎暮らしが恋しい。引っ越して1ヶ月。ここは、とにかく便利だけど、やっぱり田舎暮らしに比べると味気なくて、平坦だ。簡単に何かに迷ったり、簡単に挫けたり、簡単に萎れてしまったり、そうやって、色々を誰かや何かのせいにできちゃうのが東京だったよなと思い出した。
今日のスタジオは前住んでいた家のすぐ近く。渋谷からも歩いて帰れる場所で、中目黒や三茶へもよく歩いた。梃子と毎朝散歩した道や、いつも行くスーパー、図書館、ジョギングしていた公園に、今とは違う家族との生活の沢山がある街。だから何ってわけじゃないけど、特別に何かを想うわけでもなく、怯えるわけでもない。散々なこともあったけれど、ここで幸せに暮らしていた時期も会った。誰も知らないような小さな店も知ってるし、住んでる人しか通らないような道も知ってる。
久しぶりのゆうや君もミオちゃんも元気だった。会えて嬉しかった。

今日は久しぶりにやっちゃんとネギが家にきた。朝の4時半から勉強、合間に仕事をして、また勉強、と、いつもよりも更に予定をぎゅうっと詰め込んだ。寝たのは2時。あとちょっとで24Hフル稼働してしまうところだった。疲れた?いや、とっても楽しかった。
こういう風に友達とゆっくりと食事をするのは、どれぐらいぶりだろうか。二人とはIDEEのバイトで出会った。まだ、みんな20歳そこそこの大学生で、恋だって数えるぐらいしかしてなかった頃のこと。あれから変わらないと言えば変わらないし、変わったと言えば変わった。それなりに、きちんと大人になった。
まさか、こんな今になるなんて、誰しも自分の人生を1ミリだって想像してなかったとおもう。きっと、想像よりもずっとずっといい人生が今にある。そうやって人は夢を見て、幸せになるために今を生きる生き物だ。過去の方が時々よく見えることもあるけれど、それは大体、今を放棄してる時のことだ。放棄しなきゃいけないくらい、辛いことがあった時だ。
恋の話をするのは挨拶みたいなもので、悩んだり迷ったりするのも、食事のお口直しのようなもの。次に会った時はまた別の男が好きになっているし、悩んでいた色々も別の悩みに変わってたりする。だけど、そうやってみんないい女になったんだとおもう。いいことも嫌なことも、数えきれないぐらいにあったけれど、大体は忘れて、今日がある。
なんだか嬉しかった。そして、どんどん変わっていこうとおもった。

あれだけ「寂しい、寂しい、、。」って言ってたのに、2日も経たないうちに、周ちゃんのいない生活を満喫してる自分がこわい。まるで梃子じゃないか。薄情?いや、私たちは女だから。
女ってのは、私に限らず男が思うほど柔ではない。その10倍は図太いと思っていい。それぐらいに、カラッとした生き物だと思う。女をめんどくせぇーっていう男が時々いるけど、それは、きっと気のせい。実際のところ、大体はぶってるだけだ。美味しいアイスクリームか、イケた男を目にした途端、すっと気は変われるのだから。
そういうわけで、周ちゃんが帰ってくるまで後1週間ぐらい。きっと、あっという間なんだろうと思う。私も梃子も新居で通常運転、元気いっぱいだ。それに、この時間を使って、来年のスケジュールを立てたり、残った引越しの片付けをやったりと、やることリストを書けばあっという間に、紙は真っ黒になる。
そして、結局、今年は夏をしてない。だけど、言うほど不満でもない。それよりも、今はもっと大事なことがあるから、それどころじゃないと心のどこかでわかってること。
今朝、ミオちゃんから “いつ死ぬかわからないからね” と、LINEが入った。本当にその通りだなって、電車に揺られながら、しばらく、ふんふんと頭の中で色々をこねくり返して考えてた。「どうせ死ぬなら、、。と言って、写真を初めたり、「どうせ死ぬなら、、、」と大学に入った。あの時も、あの時も、死にそうだったけれど、結局、死ぬことを理由にしなければ、実際には始められないようなことだった。
そう、いつだって、そのタイミングは全部自分で勝手に決めたことに過ぎない。
夏が来ようが、冬が来ようが、なんでもいい。今っていうのは、誰かや何かのタイミングじゃなくて、私の今が今なんだ。花火がどんどん鳴ってたって、私の今が違うなら、別に見なくてもいい。みんなが見ていたとしても、私だけが見れなくても、それが私の今だ。
恋と一緒だな。私の胸が熱いから、したい。ただ、それだけのこと。だって、私が好きだからやってる。私が好きで選んだこと。あんな男やめなよっていう友人とは、結局、今は仲良くない。その人と、例え離婚したとしても、それが不幸かどうかなんて私が決めることだ。それに、離婚しなかったら周ちゃんとも出会えなかった。夏、さよなら。私は、このまま今を走っていくよ。読み途中の参考書を片付けて、納品も終わらせなきゃ!
明日はやっちゃんとネギがくる。そのあとは、周ちゃんが帰るまで追い込みだ。

今日も私は照明の話ばっかりしてる。朝から、横で聞かされてる周ちゃんだけど、ちょっと嬉しそうに見える。私は別に、誰でもよかった。そもそも、結婚なんて考えていなかったし、周ちゃんのことは、そう好きではないままに結婚した。
多分、周ちゃんも同じだと思う。それに、もう全部なんだって良かった。ただ、今よりも苦しいことが起きなければ、いや、私が知ってる苦しいことを越えることなんて、そう日常で出会うことはないって信じ切っていたし、周ちゃんがもし暴力を振るったり、暴れたりしたとしても、対処の方法は知ってる。人が壊れることを見るのは、慣れっこだったし、嫌ならまた別れたらいいだけだ。
けど、思いの外、。たまたま街角で出会ったような私達だったのに、最近、周ちゃんじゃなきゃ嫌だと思うようになった。梃子が好いてるからとか、怒らないからとか、私の我儘を聞いてくれるから、じゃなくて、顔が好きだっていう理由も間違ってはいないけれど、違う。
くだらない事で喧嘩したりもするけれど、なんだかいいなと思う。それに、最近、周ちゃんが私に似てきた。早起きなところや、物はすぐ捨てるとか、照明や椅子が好きとか、
寿司は赤身の鮪から食べるところもそうだ。けど多分、私も周ちゃんに似てきたと思う、気づいていないだけで。
なんだか、今日は勉強や仕事をサボって、午前は久しぶりにぼーっとしてた。なんだか、暮らしっていいなって、家族っていいなって、リビングで考えてた。
新しい家は、古い。ボロボロだ。だけど、同じものを長く使うって、同じであるって、すごくいいなって思った。どうか、今日がこのまま今日を繰り返して、繰り返して、ずっとここにいてくれますように。
まだ引っ越したばっかり、と思っていたけど来週で1ヶ月。色々があまりに慌ただしく過ぎて、沢山を感じたり、思ったりしているはずなのに、日記を書く暇もなく夜がきて朝が来て夜が来た。今日もまたスコールみたいな雨が降ってる。さっきミオちゃんとメールしていて、全く夏らしいことをしてないって言ったら、ミオちゃんは一応フェスだとかなんだとかは行ったと返信があった。
夏が終わるのか。海に行かない夏は久しぶりかもしれない。多分。家のことで頭がいっぱいだし、今日は最後のレポートをに取りかかった。大学最後のレポート。友人と同じ大学に入ったのだけど、彼女とは私が大学に入ってから連絡が取れなくなった。私が悪いのかなとも思うし、関係ないかなとも思う。離婚しちゃえばいいじゃんって私が思ったから悪かったのかな。それとも、私が大学を彼女より早く卒業してしまうからだろうか。でも、私の方が多分ずっと馬鹿だと思うんだけどな。人って何が良くて何が嫌なのか誰にもやっぱりわからない。
昨日、周ちゃんがまた麺つゆを薄めずに出してきた。周ちゃんは人の話を聞かない。悪気はないと思うんだけど、薄くした方がいいよって言っても、聞いてくれない。多分、周ちゃんにとって、私っていう存在は薄いんだろうなって思う。結局、人ってそんなもの。
周ちゃんのことは大好きだけど、別にそれでいい気もする。私だって適当で、私の見え方でしか世界を見てないのだから。

引っ越してから、食費は毎月4万円までと、切り詰めることにした。

試験が終わったらイッチーとなちちゃんと3人で北千住の銭湯へ行く予定だったけれど、昨晩の地震のことを考えて、やっぱり今日は早めに帰ろうとなった。なちちゃんは、夜のデートも無くなったし、「じゃあ、私は東大に行ってくる。」と、それぞれがまたそれぞれの場所へと戻ってゆく感じがした。
2ヶ月前のスクーリングで声をかけてから、二人とは急激に仲が縮まった。あの時も試験が終わってからで、かなりディープな居酒屋で恋話なんかをしていたけれど、二人は、正直、私が今までの人生でまったく触れたことのないタイプの人種だ。
私の人生を後悔してるわけじゃない。だけど、無知は不自由だったのかもしれない。結構な大人になるまで、いつからかわからないけれど、中学受験を終えて、生理もだいぶ慣れてきた頃だろうか、長いこと生きづらいなと、誰に言うことなく黙って黙々と歳を重ねてきたように思う。ようやく自分らしく、というか、好きなように好きな方へ歩きだせるようになったのは30歳ちょい前ぐらいで、そこからは馬鹿みたいに生きた。
私が右往左往と道なき道を彷徨っていたとき、彼女たちは一体どこで何をしてたんだろうか。正直、羨ましいなと思った。それに、なんだか考えれば考えるほどに惨めにさえ感じた。
ここ数年で読書デビューしたような私が、彼女たちと、同じ土俵で同じように次の進学を目指していいのだろうか。2人が1回でわかるところを、私は20回、、30回やってようやく少し理解できるようなものだ。それなのに、こんな私でも研究なんてできるのだろうか。
講義の合間に先生に声をかけると、色々を丁寧に聞いて、たくさんを教えてくれた。なんだかちょっと写真に似てる気がした。写真家になるにはどうしたらいいのかわからない。どうやってそれで食べて行ったらいいんだろう。なんだか、写真を始めたときと同じ気持ちとゆうか、あの時の不安や戸惑いに似てる。
先生は、わからないことはとてもいいことで、わからないことを続けて、わかるになってくる。そうやってあなただけの答えが見つかるから、頑張ってください。それから、と、付け加えて、私が興味のあること、写真や記憶のことについて、ヒントをくれた。
「音象徴仮説について調べてみると、何かわかるかもしれません。」
先生はオノマトペの研究をしてる。先生の論文をいくつかネットで拾ってきて読み漁ったけど、面白かった。形にならないけど、ここにはしっかりと感じることができるものがあること。それは、先生の研究してるオノマトペの一つだ。
正直、全然わからないことだらけだ。だけど、たぶん、今写真を撮ってるのと同じで、ただ、ひたすら歩き続けていれば、きっと何処かへ行き着くはず。

梃子はまだ新しい家には慣れてくれない。なんだかずっと不安そうな顔をしてる。なんだか、なんだろう。可哀想なことをしてしまったのかもしれない、と今更、もう遅いのだけれど、少し悲しくなった。梃子は田舎での暮らしがきっと好きだったと思う。山を走ったり、湖に行ったり、苦手だった車にも乗れるようになって、それこそ人生がガラリと変わった。
月末にやっちゃんが泊まりに来てくれると言うけど、それまでに片付けの整理を終えられるのだろうか。そして、私たちの生活がここに、ぴたりとはまってくれる日はいつ来るんだろう。陽が暮れるころの空がピンク色で窓辺が綺麗だった。

来週とか、少し時間ができたら新しい暮らしのことを考えてみようと思う。とりあえず、今は今が過ぎていくだけで、想うことは膨大にあったとしても、日記にはゆっくりと書く暇もなく、フランスに住む友人が「赤ちゃんが産まれたんだけど、いまだに実感ない。」っていう言葉にだって、言葉はたくさん溢れてくるのに心の中だけで「わかるよ。」と頷いてる。
少し忙しい日々は続くし、不安なこともある。だけど、しっかりとやっていこう。出来るだけ、沢山の今までを捨てて新しくしながら。せっかく引っ越したのだし。ここでの暮らしをちゃんと好きになろうと思う。

朝は庭と駐車場の片付けをして、そのまま引越し関連の書類の手続きや、カーテンをつけたりして、周ちゃんと忙しなく家の仕事をした。昨晩は深夜手前まで大学の友達と麦酒を飲みながら研究課題について意見交換、とは言っても、なんだかんだと私のレポートの考察を話して、そこからモール信号の心理的影響みたいな超難しい論文の話で終わった。なので、今日はしっかりと睡眠不足。
結局寝坊して、週末に終わらせるはずのレポートが2本。明後日は映像のプレビューがあるのに、まだ途中までしか終わってない。わかってる。私が安直過ぎたことぐらい。それなりに、いや、考えてなかったからこうなる。多忙を超えて、余裕というか意識外に到着した模様。とにかく疲労困憊で、口の中の上と下に口内炎ができてるのは確か。
ああ、疲れた。2LDKぐらいの、いわゆる東京の小さなマンションに引っ越す予定が、倍以上の一軒家に出会い不動産屋に直談判し、バタバタと引越してしまったのだから、この家はいくつ窓があるんだって数えてもいないけれど、どう考えたって、色々が超えすぎてる。だんだん、わかってきたけれど、私は本当に馬鹿なんだなと思う。こうやって後先考えずに、超えた場所にきて、やっちまったなって。後悔はしてないけど、どう考えたって時間が足らないし、仕事も大学も、引越しの片付けも、終わってない。
引越して1週間ぐらい経ったけれど、毎日適当な食事が続いてる。今日もやっぱり適当な夕飯だった。そして、どうやら8月も勝手に始まったようで、ああ、もう今年も終わるんだなって。
昨日、今日で思うこと。梃子と周ちゃんのことを大切にしなくちゃダメだ。仲が良くなればなるほどに近づける距離が思っている以上に狭くなればなるほどに、私は勘違いをはじめる。思い通りの今日をやりたいと考えるようになって、思い通りにならないとイライラしたり、疲れた顔をしはじめる。日常なんてものは、うまくいかなくて当たり前なのに。
だから、ちゃんと考えようと思う。これでいいんだってこと。私の人生だけを生きようなんて夢は、そもそも幻想なんだってこと。世界は膨れていくほどに、私の好き勝手から離れていくものなのだから。
大丈夫。どこまでも諦めなくていい。さ、がんばろう。

毎日、とりあえずで何かを作って、とりあえずお風呂に入り、とりあえず寝てる。そんな日々が続いてる。
とにかく疲れた。くたくたで、もう、心身ともに目一杯なのがわかる。昨日は寝たんだか寝てないんだか、今朝は9時から大学のオンライン試験。すごい大事な試験で、webのシステムがいつもの挙動と違くて、心配になって事務局に問い合わせてしまうくらいにセンシティブな試験だった。卒業がかかってる。
終わって、つか沼、慌てて来週の撮影の絵コンテの続きを終わらせてメールして、ああ、終わった。と、胸を撫で下ろして、そのまま、駅までダッシュして閉店前のお店に新居のカーテンの手配をしに走った。わたし、何でこんなに頑張ってるんだろうか。ぼろぼろで、今、自分がどんな顔でどんな髪型をして、Tシャツのヨレヨレ具合がどれくらい酷いかもわからない。
そんな時に周ちゃんからLINE。 ”高橋くんが隅田川の花火に行かないかって。引っ越した次の日なんだけど。” LINEを一回閉じて、とりあえず全身の力がドバッと抜けた。私と周ちゃんはあまりに違いすぎる。周ちゃんは頭がいいし、色々知ってるけど、実際は、この人スーパーバカだなって思う。いい加減にしてくれと腹が立つくらいに思う。結構有名な会社でディレクターっていう仕事をしてるけど、家では120%、私の方が頭がキレるし、ここが会社ならば完全に経営者と平社員だ。逆を言えば、私たちの職業は逆の方がいいのではないかと思うくらい。
ああ、腹が立つ。どうして私は恐ろしく忙しいのに、こいつはコロナを移してそのまま出張に出かけて能天気に花火とか誘ってるんだろうか。しまいには、カーテンの採寸を間違えたかも?と言い出してる。もう、何も言うことがないし、どんなに酷いことをされようが「わかった、有り難う。」とだけ伝えて、湧き上がる何かを必死に堪えるやつだ。
けど、こないだ周ちゃんに「俺はよしみのお母さんみたいにはなれないから。」って言われて、は?って思った。いや、はっとした。いつ、そんな事言ったんだろうか。いや、言ってたんだろう。なんだか、こいつうざったいこと言うなって腹が立ったけれど、全面的に私が悪いと思う。申し訳なくて可哀想になった。周ちゃんの言うとおりだ。多分、何かを押し付けてるんだろう。そして、それは私にも同じようにきっと押し付けてるものだ。
年末に姉と喧嘩して、こないだ姉と会って、もちろん、姉が大好きだなと思った。だけど、きっと大嫌いでもある。母のことも同じで、大好きで大嫌いだった。私にはできない。子どもの頃に思ったことが今でもきっとずっとあるんだろう。今でもずっときっと憧れてるのだろう。正直、そんな気はないのだけど。アメリカが好きだって言うのも、結局、私が姉が好きなだけだと思う。13歳とか14歳とか、ティーンになる頃に出会ったアメリカに憧れていたんじゃなくて、きっとずっとアメリカに行った姉に憧れてた。だって、私が好きなのは姉が住むLAオンリーなのだし。
大学に入って勉強をするようになってから待望することが失くなってきたように思う。たぶん、予測できるようになって、待望する必要がなくなった。夢を見なくなった。現実に確実に知ってることが増えていくと、できることと、できないこと、あの人やその人が何をやっているのか、どこに向かってるのか、が見えてくる。自分だけのことを考える人、人のことやもっと多くの人のことを考える人、調子がいい人、適当な人、投げやりな人、優しい人もいるし、経験が深い人もいる。大体は年長者は懐が深いけど、そうでもない人もいる。若い人は自分探しで精一杯な印象だけど、それが若い人の仕事だ。むしろ若いうちから大人ぶってる人は誤るように思う、人生を。色々な人がいる。心理学を勉強してるからカテゴライズしやすくなったってわけじゃなくて、きっと自分の感情と他人との関係を分別できるようになったんだと思う。
昼に今だと慌てて書いたPARISのまゆみちゃんへの手紙。なんだかちょっと人生のことを書いた。何ってわけじゃないけど、不意に思ったこと、例えば、人生って簡単に変わるんだよねって。まるで嵐のようにきて去っていくような内容で、ほんの数分で書いた。体調はどう?とか、バカンスはどこへいくの?みたいな話は一切書いてない。だけど、今日もまゆみちゃんは私の心のオアシスだった。PARISには私を責める人は誰もいないと信じてるのだろうか。誰にも言わないこと、私自身にだって言わないようなことを不意に書いて驚くことがある。
7月も、もう終わる。梅雨はいつ始まっていつ終わるんだろう。今年のことは全然知らない。ちょっと疲れすぎてる。今日はとにかく寝よう。

今日も雨、だけど、日に日に身体が宙に浮いてるんじゃないかってくらいに、体調は良くなってくる。色々が軽快にすすんでる。

力のつくものでも食べようととなり、牛肉を買ってきて夕飯はすき焼きにした。引越しまで二週間。週末に家に周ちゃんがいるのは今日で最後。来週はまた出張だ。体調は全快してない、けど、明日から色々が立て込んでる。とにかく、全部しっかりとやりきらなきゃだ。

母にコロナになった。とメールしたら、直ぐに段ボールいっぱいの野菜と果物が届いた。母は何かあると、必ず食べ物を送ってくれる。だけど、結局、メロンが食べれるようになったのは大分良くなってからだった。よく完熟していて、今年一番のメロンだったと思う。姉がLAに帰ったら、二人で中華食べに行こうって約束してる。

結局のところ、ただの夏風邪はコロナだった。初コロナ。もう、今や誰がなってもおかしくないと言うけれど、結構頑張ってからないようにしてたコロナ。これだけ当たり前になってるコロナだけど、いざ自分がかかるとなると、小さくショックを受ける。
勿論、発症元は周ちゃん。出張で貰ってきたんだろう。金曜日から土曜日の朝にかけて、急に容態がおかしくなってきて、寝起きの周ちゃんに直ぐに病院へ連れて言って欲しいと頼んだ。喉の激痛で、耳や肩、身体全身の神経がおかしくなりそうだった。この時点で周ちゃんは既に発症から5日経過していて、体調も良さそうだった。
あれだけ、仕事を休んでってお願いしたのに、出張から深夜帰って直ぐに実家の用事、そして夜中に帰宅して朝から仕事。そんな事を続けていたら身体を壊さないわけがない。高校生の頃から野菜ジュース飲むような健康オタクのわたしが、食べ物だけじゃなくて睡眠時間にだってうるさい私が、どうしてこんなに苦しんでるのに、家族のことを考えずに好き勝手やる周ちゃんは飄々と仕事してるんだろう。なんだか、妊娠の時のことを思い出す。この人は、というか男性はなんだろうか。自分は大丈夫だから、と颯爽と出かけていく姿は苛立ちしかない。心配そうな顔をして「早く帰る。」と言い、冷蔵庫の中が空っぽなことも忘れて遅くに帰ってくる。そして、脂っこいラーメンをどんとだされって、そういえば、優しさって何だっけって。油がだらっと浮いた茶色い液体の表面を見ながらなんどもなんども考えた。なんなら、もうあの時から味覚はどこかへ行ってくれたら良かったのかもしれない。
周ちゃんへの苛立ちは一向に消えないけれど、それに反して、私の身体は刻々と回復していった。まだ完全とは言えないけど、もう「辛かったな」と過去のことのように振り返れるくらいに。
夜はたぶん、気持ちの行場をなくしたんだと思う。ひたすらYouTubeを見続けた。アメリカンゴッズタレントという番組。小さな少女たちが、震える身体を震える声を捨てて、ステージの中央にただポツンと立ち、腹の底から心の声を、すべてを界に向かってさらけだす。圧倒されっぱなしで、気づいたら泣いてた。周ちゃんの事なんて、どうだっていいや。そんな事よりも、私も強く生きたい。朦朧としながら、ベッドに転がりながら、見続けた。


周ちゃんが出張になると、夜が遅くなりがちだ。多分、それは、電話のせい。全く電話しない時もあるけれど、電話する時もある。なんとなく、お互いに寂しくなってかけるのだろう。気づけばもう、周ちゃんは私の恋人みたいな存在そのもの。正確に言えば、夫だけど。
今日は江戸川橋の内見が急遽延びて、昨晩の仕事や周ちゃんとの電話で今日は寝不足のままに仕事へ出かけた。14時過ぎ。池袋の丸の内線のホーム。15分は寝たと思う。撮影の内容を確認した後に単語帳を開いたけれど、直ぐに睡魔に襲われて気持ちよく寝て、起きた矢先のことで、たぶん、違うと思う。そんな事は絶対にないと思う。
不意に目の前に現れた人が、横を向いた。さっきシャワーから出てきたような黒髪で、だらしなくTシャツやズボンを揺らして歩いてる、背は私と同じくらい。小柄な割に背中はがっしりとしてる。左を見たり右を見たり、忙しなく動く顔とその先にある視線。
私は仕切りにアトピーのあとを探して、頭のてっぺんから足の先の隅々まで、その身体がなす動きを全部、本当にそうなのかじっと追いかけて、離れて、そして、目が勝手に涙をこぼそうとしていた頃に、すぐにその視線に交わらない場所に動物的に素早く逃げた。
私、何を期待してたんだろうか、元夫かどうかを一生懸命に知ろうとしてた。もし、ここで大声を挙げられて詰められたらどうする?違う。そんなこと。私には、彼にかけられる言葉なんてない。もう、二度と私達は目だって合わせられないを合わせられないはずだ。まるで嘘みたいな、ドラマにでも出てきそうな最低の別れをしたのだから。
頭がショートしそう。停車していた電車へ飛び乗った。イヤホンからは英単語が流れてるけれど、全く聞こえてこない。振り返らない。下を向いて、私という人の気配をしばらく消した。電車が閉まっても、次の駅がその次の駅が来ても、ずっと下を向いていた。
あれは本当に元夫だったのかはわからないけれど、久しぶりに生きてるような気がした。まるで今が夢で、あれが現実みたいに見えて変だった。そして、絶対に周ちゃんがいるこの生活を守ってやるんだと思った。おかしいでしょ、私って思う。今が現実であれは過去なのに、何を言ってるんだか、だけど、本気でそう思った。ここは私にとって夢だ。
梃子はもう、すっかり周ちゃんに慣れてる。結婚して2年半。まだ、当ててはめ込んだみたいな夫婦だと思っていたけれど、過去から離れるために、こんな遠くまできたのは、そうでもしないと生きていけなかったからなんだ、そうだった。いま、記憶を勉強してるけれど、記憶って怖い。こんなに怖いものだなんて知らなかった。だって、自由に書き換えることが出来るし、書き換えたことを現実にすることもできるのだそうだ。
過去が溢れてくる。あの瞬間がトリガーになって、ぐちゃぐちゃだった世界のことが、
嘘みたいな毎日のことが、見たこともない景色が予想もつかない出来事が起きる、今とは180度違う元夫の世界のことが蘇ってくる。

