キャベツと豚蒸し

夕飯 15.4,2024

朝が来たら、だいたい忘れて、、る。日もあれば、そうじゃない日もあるらしい。今日は、珍しく昨日のような今日がまたやってきた。

頭がぐちゃぐちゃのまま、早朝から勉強は進めた。AM7:00、日課の山歩きをして、梃子の散歩にも行った。今日もいつものようにバナナジュースも飲んだ。周ちゃんは私が苛々してるのに気づいたのか、大きなグラスにたっぷりと入ったアイスコーヒーを作って、書斎のドアを静かにノックした。そして、直ぐに会社へ出勤した。

夕方、不意に思い出してinstagramを開くと、昨日届いた野村さんからのメッセージがある。つい先日に、撮影の帰りに寄った展示へ行った。野村さんに会うのは、3年?いや4年ぶり。そして、何を思ったか「一緒に展示がしたい」そうメールをいれたのは土曜日。周ちゃんを美容院まで車で送って、モスバーガーで時間を潰してる時にメールを入れた。あの日は、天気が良かったからだろうか、それとも勉強をサボって出かけたからだろうか、それとも、昨日、松田聖子を聞いて野村さんを思い出したからだろうか。

なんてメールしちゃったんだろう、。あのあと、少し後悔した。恐る恐るメールを開いて見ると「「ぱっ」っと浮かんだのだけど、よしみさんは個展した方がいいと思う。」って書いてあった。なんて野村さんらしい言葉なんだろう。そう思うのと同時に、もう、あの日々は終わったんだってこともわかった。そう、私はいつだって写真と取り残されてしまうことがある。ひつこいのだ、きっと。いつも、写真だけが隣にいる。

だけど、切り離されてしまった自分がすぅすぅと、する反面、輪郭がスッキリと見えてくるような気もした。「心理学で写真を個展するのって、ものすごく大変だろうけど、とても、それはかっこうのネタになるんじゃない?」って。

野村さんって人は、本当にセンスの塊みたいな人。絵も素敵だけど、言葉もすごい。センスが良すぎて、全くもって太刀打ちできない。だから、なんか適当な言葉を返したと思う。もう、覚えてない。

なんだか、とても嬉しかった。やっぱり私はひつこい人なんだと思う。

巻き寿司とピザ

Journal 14.4,2024

悩みに悩んだ週末。結局、答えはでないまま
プールにも行く気になれなくて、そのまま、いなげやまで車を走らせて、ピザと巻寿司を買ってドラマを見ることにした。

今日はぜんぜんだめだ。朝は久しぶりに35mmのレンズをつけて、桜を撮った。あの時間はまだきっと良かった。なんだろう。色々がいっぱいで、いつもみたいに片っ端から片付ける、みたいなことができない。

話を聞いてもらえるだけでも、愚痴る相手がいて、それをぐちぐちやってるだけでも幸せっていうことなのだというのはわかってる。

周ちゃんに「私のことがすきか?」と聞くと、目をまん丸くして怒っていた。そりゃそうだ。半日もだらだらと、嫁の悩みを聞いてくれる夫なんて、中々いないよね。わかってる。

4月11日

Journal 11.4,2024


昨晩に車をぶつけたこと?それとも、大学院に行く学費を計算したから?どうしてこんなに落ち込んじゃったんだろう。お金なんて、なくならないでしょ。修理費は1万かなって言われて、「修理しよ」とは言えなかった。あんなに散財してたお金、一体どこへ行ったんだろうか。通帳を見て驚く。減らないと思っていた貯金がごっそりと減っている。車なんて直してる場合じゃない。

よくわからないけど、最近の夢は前の夫が普通にでてきたり、周ちゃんはいなかったり、私は今の私じゃなかったり、何かや誰かにひどい事をされていたり、日々で嫌だなって思っていたことが酷く誇張されて、拡大されて、それ、言い過ぎって自分でも思うくらいだ。だけど、それをしてるのはじぶん。夢の心理学っていうのもあるけど、わたしも同意だな。夢はただの記憶の処理だと思う。あとは、観念みたいなものが浮いてでちゃったもの。スピ信者には申し訳ないけど、特別な意味なんてないよ。ただ、我慢してるってこと。

周ちゃんを好きでいるかどうかだって、わたし軸の謎すぎるバロメーター次第になってる。昔の恋のように、完全に振り切ってるなんてことはない。だからか、余計に辛い。振り切ってくれたらば全部なしになるけれど、どっちつかずでいる。いわゆるグレーゾーン。

周ちゃんは全然いいんだよ。って車のことを言ってくれたけど、なんだろう。実を言うとショックだったけど、そうでもない。そうでもないけど、落ち込んでる。よくわかんない。別に、ガリっとやったくらいだ。ただ、なんか、すごく腹がたってる。あーだめ。

ああ、もう写真とか映像とか、すきなように何も考えないでやりたい。いや、そんな風に考えてる時点でいやだ。頭なんか捨てたらいいよね。全部めんどくさい。

4月10日

Journal 11.4,2024


朝、ポストを開けると、まゆみちゃんからの数枚にわたる手紙が届いていた。ざおーから、少し長めのLINEが入っていた。未来のちいさな夢について綴ってあった。なんだかすごく私の友人は素敵だ。すごく素敵でいい。そんな事がちいさく胸をときめかせてる。

4月8日

Journal 08.4,2024


階段を一段ずつ降りるようにダウナーになっていくのは、ホルモンのせい。だから、不安になるのもホルモンのせい。なので、問題ない。こういう日なりの過ごし方っていうのも知ってる。

寝起きの周ちゃんと梃子を連れて車に乗った。「マックでいい?」車を走らせながら聞いた。引っ越そう。そう決めたら決めたで、この街から離れるのが惜しくなる。「今日、満開だよねきっと。」時間は朝の7時半過ぎ。梃子は車が苦手だったけれど、いつしか自分から乗るようになった。

周ちゃんは今日はリモート。珍しい。エッグマックマフィンのセットと、ソーセジマフィンのセットを買って湖まで5分。桜は予想が的中、満開だった。こんなに満開の桜、いつぶりだろう。中目黒に住んでいた時はよく桜を見ていたから、あの時ぶりだろうか。花弁が落ちる前の桜。なんて綺麗なんだろう。

周ちゃんと最近読んだ本の話をした。私のカフェオレはあっという間になくなっていく。「写真、撮りたい。桜の木の前に梃子とたって。」珍しく持ってきたカメラで写真を撮る。ああ、やっぱり写真が好きだ。周ちゃんと散々話して思った。写真はやっぱりミクロなんだ。物事を広く捉えられない人に向いている。フォーカスして撮ることを望んでするんだものそうだよね。

あれがやりたいこれがやりたいなんて思っても、結局、できることなんて限られてる。それに、気持ちがいいことなんて正にそう。この身体で受け止められる分しか味わえないもの。ちっぽけなもんなんだよね。人なんて。壮大な景色なんて必要としてない。

ランチ

外の食事 04.4,2024

ランチデートしませんか?

そうLINEが入ったのは、たしか先週。予定が丁度良く合うのは、たまたまとも言うけど、それをタイミングと言う人もいる。結局は、どっちから見ても現実は同じだとしても、後者を選ぶとより一層にその時間が愛おしく見える。そんな感じで、今日はきっとタイミングが良かった。

久しぶりに会った編集の成田さんは、相変わらずの好青年で、いつものバックパックじゃなくて、青くて大きな鞄を持っていた。先日にリリさんがもう30歳が近いと言ってたけど、成田さんもアラサーってことだ。私だって出会ってから3回も名前が変わった。時だけが勝手に過ぎたような気がする。だけど、なんだか、なんだろう。私達って、あらためて、長いこと一緒にいるんだなって。そう思いながらついた席は、結婚を決められず長く付き合い過ぎた恋人との昼食みたいに、優しくて平和な気持ちでいっぱいだった。

沢山を話した。最近書いた手帳のメモ書きを見せてもらったり、どこに引っ越したいとか、仕事とか、ワークショップの話もした。それから、写真のはなしも。

嬉しかった。色々な話を聞けたのも、色々な話をしたのも。長い付き合いではあるけれど、私達はぜんぜん別の場所にいて、ぜんぜん違うことをしていて、興味や好きなものもちがうのに、私達のまま、こうして新しい気分でここに在るだなんて、素敵すぎるじゃんって。

春だな。目にうつるもの、肌に触れるものが新鮮で胸が小さくときめく。

豚の味噌炒め

夕飯 03.4,2024

周ちゃんの帰りが遅くなって、今日はプールをやめた。慌てて夕飯をつくりはじめたのは18時をすぎる頃。煮込み用に寝かせておいた塩豚をうすくスライスして、茄子の味噌炒めを作る。

毎日の料理、本当はもっとちゃんと作りたい。料理本を開いて、買い出しに行き、音楽なんてかけながらキッチンで優雅に過ごしたい。だけど、やっぱり大学でるまでは無理だ。仕事、大学の勉強が1日の大半を占めていて、家事にさく時間はほんのわずか。まるでタイムアタックのようにがちゃがちゃとおかずを作っていく。

今はこれでいい。大学でたら、また料理をたっぷり作れる日々が戻ってくるはず。あきらめは、ときに肝心だと信じてる。

Journal 02.4,2024

4月2日

人とお酒を飲む回数が減れば減るほどに、その時間は尊くなっていく。平日の夜にシャンパンをボトルで開ける。こんなに贅沢なことってあるだろうか。

朝からバタバタと仕事や勉強を済ませて電車に飛び乗り神楽坂へ。今日は料理家の清水さんと、若名さん、岩越さんとの女子会。女子会、なんていい響きなんだろう。久しく女子会から離れてるわたしにとって、店に入るまえから、口紅をぬってる時から、デートみたいな気分だった。

田舎暮らしをはじめてから、会いたい人や憧れの人、大人と時間を過ごすことが増えた。だらだらと、友人らと部屋で麦酒缶を傾けるのが私にとって何より好きな時間だったのに、どうゆうわけか、友人らとの時間を埋めてくれるのは、出会ったことがない人や世界。

料理の話から恋や愛や出版の話まで、女の話っていうのは壮大で、同じ場所にいながら景色をまるでシーンを変えるように、どたばたと、ぎゅうぎゅうに話は入れ替わる。

店を出たのは22時過ぎ。あっという間に4時間が経っていた。神楽坂の中に立つ清水さんの着物姿。コンパクトカメラで撮りたかったな。タクシーが駆け抜ける先に笑顔で挨拶する姿がすてきだった。

どうゆうわけか、最近楽しい。大人が素敵だなと思うし、世の中は不況なことも十分にわかってるけど、毎日は艶々とうるおってる。

4月1日

Journal 01.4,2024


昨日は朝一番で銀座。マガハの仕事だった。銀座、マガジンハウス。カードの面と裏みたいな言葉。紙が好き、雑誌が好き、書籍が好きだったけれど、最近、一番に思うことは、ああ、もうこれはオールドメディアなんだってこと。流行りに疎い私でも、肌感覚で感じる。淋しいきもするし、あらがいたいような気持ちにもなる。だけど、最近、すこし、そうゆうことには執着しないわたしになるのもいい気がしてる。

夕飯

夕飯 31.3,2024


そんなに忙しかったんだろうか。3月の後半の記憶がない。シクシクと勉強を進めながら合間に仕事。その連続が重なっていくだけの日々。病院へも行ってない。昨日、慌てて電話すると、どうやら薬の飲み方を間違えてるようで丁寧に看護師さんが説明してくれた。だけど、体調は大丈夫。特に問題はない。もう、すっかりと私の身体は120%健康に戻ってる。一応、薬を飲み続けてるだけ。

朝にレポートの修正と、関係行政論の勉強をして、それから山へ梃子の散歩へ向かった。「あ、桜だ。」周ちゃんが言った先に水色の空の中に置かれたように桜がある。ここで見る桜も3回目。「引っ越そう。」そう言って、散々物件を探してたけれど、やっぱり引っ越すのはやめようかなとか、気持ちは子供の歯みたいにぐらぐらしっぱなしだ。正直どうしていいのか、答えは見つからない。今の暮らしは十分に満たされてる。だけど、仕事はしづらい。

それに、やっぱり思うことがある。昨日も「頼りたくない。」と、伝えた。「変な話かもしれないのだけど、よしみはあまり働かないでいいような感じにするっていうのはどうかな。」周ちゃんが言ってくれた言葉は、今の私にとって喉から手が出そうなくらいにありがたい話だ。私のように意固地になってる友人、知人はいるだろうか。だけど、妊娠した時も流産した時もそれで体調を崩したってずっと頼らなかった。

ずっと幸せでいたい。その為に大事なことは、やっぱり一人でいた方がいいってこと。この答えは結局変わらなかった。不幸を誰かのせいにすると、それは、自ら不幸なんだと決めることになる。まるで、奴隷になりますと志願してるようなものだ。「女が愛してない男に養ってもらうことなんぞ、珍しいことじゃない。ああ、幸せになりたい。」と、離婚したいけどしない夫の愚痴を漏らす友人の声を聞いているうちに、正直、幸せが何かよくわからなくなってくることだってある。だけど、それが仕方がない事なのはわかるけれど、気持ちのよいことには聞こえてこない。

自立することを尊重してほしい。隣で歩んでくれることは望むけれど、どうか内包しないでほしい。互いにいつも肌が触れ合っている関係でいいの。朝食を食べながら、できるだけ遠くから、できるだけ柔らかい言葉で伝えた。

3月最後のわたしは、だいぶ順調。強気なくらいが丁度いいのかもしれない。

3月15日

Journal 15.3,2024

今日は4時起き。昨日は3時半だった。ここ数日、また早朝に起きれるようになった。昨晩は遅かったのに早く起きた。スケジュールを詰め込まなくなったら余計に朝早く起きたくなって、余計に勉強も楽しくなった。どれだけ、私がストレスに弱いか。「頑張らなきゃ。」が私を苦しめるっていうのは、ずっとずっと昔から気づいていたこと。期待されるとダメになっちゃう。

それは、私が末っ子で親に大事に育てられてきた証でもある。わかってる。期待に応えなきゃと思えば思うほどに、私の意とは反して私は私をぎゅぅっと強く握りつぶしてしまう。だから、もう私は私に期待しないようにしないといけないのに、どういうわけか、何歳になっても勝手に頑張りだす。

今日は予定が詰まってる。慌ただしく納品を終えても、頭の中が忙しないまま。結局、施設へ写真を撮りにいくこともできなかった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。カフェにでも入って作業しようかなとも思ったけれど、銭湯へ向かった。こういう日ほど思考から離れた方がいい。サウナも頑張っちゃうからやめよう。ただ湯に浸かったり出たりした。

石神井公園前に19時30分。ちょうどに皆んながやってきた。編集のリリさんは髪を短くきって、さっぱりとしていて可愛かった。ライターのパリッコさんに会うのは初めて。オンラインでは話していたけど、実際に会うとなると少し緊張した。

お勧めのお店を案内してもらって、最後は魚がうまいという居酒屋へ。リリさんはレモンサワー。パリッコさんはホッピー。私は角ハイ。隣のおじさんも、その先のその後ろにいるカップルもみな酒をよく飲み酒の肴を楽しんでるように見えた。複数の声が自由にごちゃごちゃに交差してる。

私達も何杯もおかわりして、いくつもの肴を頼んだ。糠漬けが出てきた頃だと思う。世代の同じパリッコさんに「20代、30代、40代と生きてきて、段階を経て歳を重ねてきたのに、嫌なことも沢山経験してきたのに、いつかの良い場所に戻ろうとしてしまう自分がいませんか?」って質問をした。先週からずっと考えてることだった。

昔とは違う場所にいることはわかってる。なのに、そこだけが欲しくなることがある。どんなにそれが魅力的だとしても、それは、根のしっかりと生えた綺麗な花のようで、花だけをチョキンと挟みで切るようなことをしたって、すぐに枯れるのはわかってる。根を無理やり引っこ抜こうとしても上手く行く筈などない。あたり一辺の地盤はくずれ、根も切れてしまうだろう。だって、すべては繋がってるから。それだけ、なんて、調子よくいくほど人生はらくじゃない。

「うーん。もう戻りたいとは思わないですかね。」パリッコさんが言った。それから「いまだに昔の、子供の頃だとかにあった嫌なことを、朝起きた時に不意に思い出したりするんですよね。」と付け加えて言った。聞いていいのかな。この話の先を聞きたい。面白いことを話してくれるんだな。私にだって不意にやってくるそれ。だけど、直ぐに日々に消されてしまう。面白いな。ちゃんと自分の中に取っておけるなんて。

前にオンラインで飲んだ時もパリッコさんは面白い事を話していた。リリさんがパリッコさんが好きな理由がわかる気がした。

人って、言葉では説明できないような、その人だけのものに触れた時に、見せてくれたその人に、どういうわけだか敬意を払いたくなる。そうしているうちに、きゅぅっと吸着されてゆくことがある。吸着されてる、酔いながら思った。

リリさんがこないだの施設でのワークショップの話をしてくれた。パリッコさんがトイレへ行ってからも二人で話をした。「あの日は2時間でしたっけ?」リリさんが言った。いつもより1時間以上延長したワークショップで、私は講義だけじゃなくて写真を撮ったせいもあって、脳みそはヘロヘロで最後の方は何を話したのかしっかりと覚えてない。とにかく長かった。だけど、リリさんにとっては2時間。なんだかすごく嬉しかった。それに、ああ、流石と思った。リリさんって子はやっぱりよく見てる。

良くも悪くも、自分の弱い部分をよく見る人は多くない。そう言う人のことを、弱い人とか、泣き虫って名付ける人もいるくらいだ。けど、それって、さまざまな社会から見たものであって、人として見たら弱かろうが強かろうがどちらでもいい筈。誰かと比べたり比べられたりする時に使う言葉だ。それに、弱い部分は誰だって嫌う。見たくないし、投げ捨ててしまいたい。そんな現実に向き合いたくない。だけど、リリさんはよく弱い自分を嫌だという。ああ、向き合ってるんだな。もがき苦しむ姿を何度も何度も見てきて、その度にどんどん強くなる姿を見て、この人は本当に弱くて強い生き物だなと思うことが沢山ある。

だから、あの日のこともきっとよく見てくれていたんだと思った。精神科デイケアに興味がある。そんな風に言ってくれるだけでも嬉しかったのに、本当に施設に取材にきてくれるなんて思わなかった。「また話したい。」帰り際にも伝えた。

帰りの電車で、Bobby Caldwellの “What You Won’t Do for Love” を聞いた。豪くんが運転する車の横で聞いた曲。今は運転するのが好きだけど、あの時は助手席が好きだった。あっという間に駅に着く。「着いたよ」車で迎えにきてくれた周ちゃんからLINEが入った。やっぱり酔いが覚めないうちに帰れる場所に引っ越そう。今の家が好きだけど、もう少し人と近い距離にいたい。

苺サンド

朝食 14.3,2024


最近、写真が楽しい。写真がうまくなると写真が下手になる。ここ数年は、その問題にぶちあたった時だったんだろう。フォトグラファーの熊谷直子さんがyoutubeで話しているのを見て、仕事の写真になっていくことに疑問を持つのは私だけじゃないんだと思った。熊谷さんはファッション誌でよく見かけていたし、100%コマーシャルの人だと思っていたけれど、そうじゃなくなりたいという話をしていた。師匠の笹原さんも、確か私ぐらいの時にスランプがきたって話をしていたことを思い出す。春になったら聞いてみよう。

おでん

和食 13.3,2024


料理家の角田さんの塩おでん。このレシピは本当にすごい。調味は塩と酒だけ。

豚汁

和食, 夕飯 05.3,2024

生姜の豚汁が美味しかった。冷戦が続いてる。たまにはいいかもしれない。それに、ひとりの時間が増えると仕事とか勉強に集中できていい。

ポークカレー

カレー 04.3,2024


周ちゃんとはまだ喧嘩してる。喧嘩できない周ちゃんとは言い合いにはならない。だけど、このまま出て行ってやろうかと思うくらいだ。

2月29日

Journal 29.2,2024


朝は代官山TSUTAYA、その後恵比寿のPOSTへ行き、写美も寄りたかったけれどやめて原宿へ向かった。待ち合わせまで30分くらい。明治神宮でも行こう。肩が痛いのは、今日はカメラを持ってるから。カメラ、いつから重くなっちゃたんだろう。首にかけて代々木公園を自転車で走りまわっていた10年前のいつかは、重いなんて一度も思ったことなかったのに。クリーム色のスニーカーが汚れないかと砂利を避けながら歩く。

待ち合わせはチャオチャオバンブー。スタイリストの佐野さんと遅い昼食をとりながらビールを飲んだ。キリンの仕事以来。あの仕事は大変だったけど楽しかった。

当時はぜんぜん時間がとれなくて結局1年半も経ってしまった。歳も近くて、同じ時期に郊外へ移り住んだ同士。不便な生活と引き換えに、やっぱり互いに感じていたのは生活の大切さ、そして家族への愛情だった。新転地での生活の話をしてほっとした。

佐野さんは子供がいる。旦那さんの仕事の話や馴れ初めや子供の話も聞いた。根掘り葉掘り聞いてるわけじゃないけど、自然に家族の話がでてくるのは、きっといつも身近にあって大切にしていて、日々の中で考えて感じているからだろう。私も、生活や周ちゃんの話をした。

ワークショップのことも興味を持ってくれたみたいで、色々と聞いてくれたけど、やっぱり上手く話せなかった。お酒が入っていたせいもあって余計にだったかもしれない。それに加えて、いつものように空回りしてた。可笑しいくらいに。だけど、これもこれだとも思った。いつか話せる日がくるよ、きっとね。

頑張ろう。勉強も写真も。春から大学4年生。卒業までやる事は沢山あるけど、最近勉強のペースが掴めてきたし、活字中毒が克服出来たわけじゃないけど、自分なりの読者の方法も見つけてきた。大変なのは私だけじゃない。周りを見れば、みんな頑張ってる。ついつい、何かに深く没頭しちゃうけど、そんな性質であることがわかってるならば、頭も心もどんどん切り替えていこう。

先月からのテーマ。考えない。ほっといても内省しだすのだから、むしろ考えない方がきっと丁度いい。

楽しかったな。渡せなかった結婚祝いに、と、花瓶と味醂をもらった。

スペアリブと新玉ねぎの花椒スープ

Journal 25.2,2024


日々を片付けられないままに時間だけが過ぎていく。


けど、最近思う。私がひとり猛烈に頑張って、なんのためになる?って。一方で、一昨日に久しぶりに酒場へ行った時は、懐かしさと共に嫌気がさした。私が忙しさのあまりにピーピー言ってるような時間もあれば、永遠に朝が来ないんじゃないかと思える場所もある。元夫との生活を敢えてシンクロさせることはないけど、もう本当にきっと好きじゃない。

元夫が、よくいく酒場で誰かと取っ組み合いになって破られたシャツはどこへ行ってしまったのだろう。たぶん、チェックのシャツ。そんな事ですら、時々、頭の隅にやっぱり現れる。私にチクった男の顔も思い浮かぶけれど、それを無かったことのようにする男や女の顔も一緒についてくる。

編集のリリさんが面白いことを言ってた。頭の隅に、いや、ど真ん中に長い時間滞在してる。あの頃は、表面がつるつるであれば、その中がどうであろうと気持ちよく滑れるのが人生だとずっと思ってた。酒場のループし続ける会話のように、ただ、流れ続ければいいんだ。気持ちよくそのまま、気持ちよく、音楽と共に。誰かの笑い声と共に。きつい香水や煙草の煙と共に。全部、シームレスに上手くやればいい。

りりさんの言葉は、するするといかないことについて。数日前にリクさんと幸福論について話したみたいなことをスレッドに呟いていて、面白いな、いい夫婦だなって思って思わず、周ちゃんと四人で生討論しようよ!と返信すると、”実は、人前でするすると意見を言えなくて、。”って。

はっとした。私もある。沢山ある。だいたいそうだ。ああ、ってモヤつきながら家に帰って、何度も何度も考えて感じて、ひとりで悶々して言葉になって、それを日記に書いたり、手帳に書いたり、携帯のメモ帳に書いたりしたところで、ふぅーってようやく落ち着く。

確かに、バサッと切るようなことを言った人がいたとしても、勢いには圧倒されても、後から、なんだかカラカラのパサパサな肌触りだったけど、。なんて思い返すことがある。

するするいかない方が素敵なんじゃないか。りりさんが言うと、余計にそう聞こえる。仕事をしてると、うまくいく方が正しいみたいになる。私、けど、正しくないほうが好きだったり面白かったりするんだけど。

気分がいい。

2月20日

朝食 20.2,2024


周ちゃんは朝早く出かけた。私は今日はスクーリング。だんだんストレスも佳境。試験もあと少し。もういい加減に写真が撮りたい。あと少し。3月からは自由の身だ。むちゃくちゃ遊んでやろうみたいなことは思ってないけど、何がしたいって旅に出たいとか、写真が撮りたいとか、もう全部を一回ストップするのもあり?なんて思ったりもした。

あれが怖い、これが怖い。つまらないつまらないと言ったって、結局のところ色々を真面目に誰かの通りにやろうとするから上手にできないのであって、全部そんなの捨てちゃえばいいじゃんと思ったりもする。

なんだか窮屈にしてるはいつも自分だ。昼に周ちゃんに、正直むりってメールをした。また我慢したらいいかなとも思ったけど、なんだか我慢しなくてもいいかなとも思った。どっちだっていいけど、何もかもをコントロールしたら、きっと全部つまらなくなる。

私をかまって、みたいな女になる気はない。ただ、このままだと、大人ぶったりすることに慣れていくと、きっと毎日が退屈になりそうな気がして嫌だった。

寿司

夕飯 13.2,2024


3日目ともなると、クラスのメンバーも覚えてくるし、大体の役割みたいなものもでてくる。発言したがる人と、発言を拒む人。お喋りする人と、黙々と勉強する人。グループを作ろうとする人と、群れようとしない人。年齢性別関係なく、それぞれが好き勝手にやってる。1日に何回もグループワークとディスカッションを繰り返す。その人がどういう視点で物事を考えているのかがなんとなく見えてくる。

私は、。自分が浮いているような気がしてならなかった。最近覚えたばかりの専門用語を並べて、クライエント像を推測するなんて、、なんだかおこがましい気がしたし、そもそも、ここに立ってる自分の理由ですらよくわかってないのだから。クラスには支援者や学校関係者が多いことは、私のやる気とは関係なくして、なんだか自分が出来ないような人だと言われてるような気がしてならなかった。

けど、それが錯覚だということも勿論わかってる。カウントダウンでやってくる私の発言の時間。あ、もうやめよう。写真みたいにやればいいや。私にできることだけをする。知識も経験もないのだから、言葉での武装はしないし、推論も使わない。かっこもつけない。今をそのままに伝えよう。出来ないって思われても、それが私だし。

「全然、わからなかったです。だって、。」高校生が使うくらいに幼稚な言葉で、感情の中で起きていることをそのままに伝えた。いつものように。

「とてもいい体験をしましたね。」

え?!拍子抜けした。私の感情を並べただけの言葉、それがこの課題について大切な気づきである。そして、よくそれを感じてくれましたね。と、先生は嬉しそうに熱く褒めてくれた。何度も、とてもいい体験をしました、と言っていた。

心理学は科学です、と言うけれど、面白いのは科学でないところに落ちるとき。科学には絶対に答えがあるはずなのに、心理では答えが1つではないという矛盾が当たり前のように定義されることがある。それは、変だけど、ニュアンスみたいな感覚を体感することをいうでもある。

今日は、褒められてちょっぴり嬉しかった。私は頭が悪い。だけど、写真をやってたお陰で、そのニュアンスみたいなものを大事にすることだけはずっとやってきたと思う。周ちゃんがよく言う「私が写真をやってることは、心理をする上で武器になるのだよ。」と言う意味が、少しだけ今日はわかった気がした。

カレー

カレー 11.2,2024


授業1日目。生徒のだいたいは、医療や福祉、学校関連の方が多い感じだった。昼もひとりで食べ、特別に仲良くなろうとは思わなかった。これって昔の大学時代と同じじゃんって思いながら、けど、別に不自由はないし、寂しい?いや、。友達は欲しいな、とも思うけれど、打算的な考えで人と一緒にいるのは嫌だ。それならひとりの方がずっと楽。だけど、多分、昔よりもずっと大人になったからだろう。私とは全然異なる目的で同じ場所にいる人たちについて、それはそれで面白いなと思える自分がいた。

授業、むちゃくちゃ楽しかった。先生が心理学の難しさのことを、教科書読んでも全然わからなかったでしょ?って言う意味が手にとるようにしてわかった。教科書や参考書を読んで理解したことと、先生から知る心理学はまるで別物。それはコンビニのお弁と街の定食屋で食べるご飯くらいに違う。いちいち1つ1つに感動した。むちゃくちゃ楽しい。私の頭が足りるのならば大学院にいきたい。

鰹節ごはん

夕飯 10.2,2024


夜20時、田村さんに電話した。ワークショップのことを相談に乗ってもらいたかったから。心理学のことなら、施設にいる心理の専門家に相談できる。だけど、写真のことはできない。じゃあ、心理は置いておいて、写真のことを相談したいって思っても、知ってるフォトグラファーや先輩を思い返してみても、商業写真の話はできても、そうじゃない「写真」の話はできない。みたいに、これからやろうとしてる「写真」と「心理学」の話を相談できるのは、田村さんしか思いつかなかった。もう少し色々が固まったら、作家の広瀬さんとか、宗正くんとかに相談してもいいのかもしれない。

1時間くらい話したと思う。知らないことを教えてもらった。答えはまだ見つからない。だけど、話せてすごく良かった。それに、私がやっていることについて、応援してくれたことが嬉しかった。大学でも、私のような視点で心理を追求してる人はいないからって面白がってくれてた。

昨年、料理家の角田さんがいつも勉強を頑張ってと言ってくれたのを思い出す。どういうわけか、私が心理学をやることをいつも応援してくれた。角田さんがそういうと、なんだか神のお告げにみたいに聞こえて、当時は不思議な気がしたけど、田村さんに言われた時に思い浮かぶのは角田さんだった。だからか、余計に嬉しかった。

夕飯の鰹節ごはん。口に頬張りながらリナちゃんを思い出した。こないだの撮影の時にリナちゃんがくれたもの。リナちゃんとは、付かず離れずな関係だけど、なんだかんだと長い付き合い。お互いに、なかなかな人生を生きてるなと思う。歳も同じだからか、リアルにリスペクトしてる。だって人はだいたいが弱いし、沢山の問題を抱えてるもの。だから、やっぱり、楽しくやった方がいいもの。