3月15日

Journal 15.3,2024

今日は4時起き。昨日は3時半だった。ここ数日、また早朝に起きれるようになった。昨晩は遅かったのに早く起きた。スケジュールを詰め込まなくなったら余計に朝早く起きたくなって、余計に勉強も楽しくなった。どれだけ、私がストレスに弱いか。「頑張らなきゃ。」が私を苦しめるっていうのは、ずっとずっと昔から気づいていたこと。期待されるとダメになっちゃう。

それは、私が末っ子で親に大事に育てられてきた証でもある。わかってる。期待に応えなきゃと思えば思うほどに、私の意とは反して私は私をぎゅぅっと強く握りつぶしてしまう。だから、もう私は私に期待しないようにしないといけないのに、どういうわけか、何歳になっても勝手に頑張りだす。

今日は予定が詰まってる。慌ただしく納品を終えても、頭の中が忙しないまま。結局、施設へ写真を撮りにいくこともできなかった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。カフェにでも入って作業しようかなとも思ったけれど、銭湯へ向かった。こういう日ほど思考から離れた方がいい。サウナも頑張っちゃうからやめよう。ただ湯に浸かったり出たりした。

石神井公園前に19時30分。ちょうどに皆んながやってきた。編集のリリさんは髪を短くきって、さっぱりとしていて可愛かった。ライターのパリッコさんに会うのは初めて。オンラインでは話していたけど、実際に会うとなると少し緊張した。

お勧めのお店を案内してもらって、最後は魚がうまいという居酒屋へ。リリさんはレモンサワー。パリッコさんはホッピー。私は角ハイ。隣のおじさんも、その先のその後ろにいるカップルもみな酒をよく飲み酒の肴を楽しんでるように見えた。複数の声が自由にごちゃごちゃに交差してる。

私達も何杯もおかわりして、いくつもの肴を頼んだ。糠漬けが出てきた頃だと思う。世代の同じパリッコさんに「20代、30代、40代と生きてきて、段階を経て歳を重ねてきたのに、嫌なことも沢山経験してきたのに、いつかの良い場所に戻ろうとしてしまう自分がいませんか?」って質問をした。先週からずっと考えてることだった。

昔とは違う場所にいることはわかってる。なのに、そこだけが欲しくなることがある。どんなにそれが魅力的だとしても、それは、根のしっかりと生えた綺麗な花のようで、花だけをチョキンと挟みで切るようなことをしたって、すぐに枯れるのはわかってる。根を無理やり引っこ抜こうとしても上手く行く筈などない。あたり一辺の地盤はくずれ、根も切れてしまうだろう。だって、すべては繋がってるから。それだけ、なんて、調子よくいくほど人生はらくじゃない。

「うーん。もう戻りたいとは思わないですかね。」パリッコさんが言った。それから「いまだに昔の、子供の頃だとかにあった嫌なことを、朝起きた時に不意に思い出したりするんですよね。」と付け加えて言った。聞いていいのかな。この話の先を聞きたい。面白いことを話してくれるんだな。私にだって不意にやってくるそれ。だけど、直ぐに日々に消されてしまう。面白いな。ちゃんと自分の中に取っておけるなんて。

前にオンラインで飲んだ時もパリッコさんは面白い事を話していた。リリさんがパリッコさんが好きな理由がわかる気がした。

人って、言葉では説明できないような、その人だけのものに触れた時に、見せてくれたその人に、どういうわけだか敬意を払いたくなる。そうしているうちに、きゅぅっと吸着されてゆくことがある。吸着されてる、酔いながら思った。

リリさんがこないだの施設でのワークショップの話をしてくれた。パリッコさんがトイレへ行ってからも二人で話をした。「あの日は2時間でしたっけ?」リリさんが言った。いつもより1時間以上延長したワークショップで、私は講義だけじゃなくて写真を撮ったせいもあって、脳みそはヘロヘロで最後の方は何を話したのかしっかりと覚えてない。とにかく長かった。だけど、リリさんにとっては2時間。なんだかすごく嬉しかった。それに、ああ、流石と思った。リリさんって子はやっぱりよく見てる。

良くも悪くも、自分の弱い部分をよく見る人は多くない。そう言う人のことを、弱い人とか、泣き虫って名付ける人もいるくらいだ。けど、それって、さまざまな社会から見たものであって、人として見たら弱かろうが強かろうがどちらでもいい筈。誰かと比べたり比べられたりする時に使う言葉だ。それに、弱い部分は誰だって嫌う。見たくないし、投げ捨ててしまいたい。そんな現実に向き合いたくない。だけど、リリさんはよく弱い自分を嫌だという。ああ、向き合ってるんだな。もがき苦しむ姿を何度も何度も見てきて、その度にどんどん強くなる姿を見て、この人は本当に弱くて強い生き物だなと思うことが沢山ある。

だから、あの日のこともきっとよく見てくれていたんだと思った。精神科デイケアに興味がある。そんな風に言ってくれるだけでも嬉しかったのに、本当に施設に取材にきてくれるなんて思わなかった。「また話したい。」帰り際にも伝えた。

帰りの電車で、Bobby Caldwellの “What You Won’t Do for Love” を聞いた。豪くんが運転する車の横で聞いた曲。今は運転するのが好きだけど、あの時は助手席が好きだった。あっという間に駅に着く。「着いたよ」車で迎えにきてくれた周ちゃんからLINEが入った。やっぱり酔いが覚めないうちに帰れる場所に引っ越そう。今の家が好きだけど、もう少し人と近い距離にいたい。

苺サンド

朝食 14.3,2024


最近、写真が楽しい。写真がうまくなると写真が下手になる。ここ数年は、その問題にぶちあたった時だったんだろう。フォトグラファーの熊谷直子さんがyoutubeで話しているのを見て、仕事の写真になっていくことに疑問を持つのは私だけじゃないんだと思った。熊谷さんはファッション誌でよく見かけていたし、100%コマーシャルの人だと思っていたけれど、そうじゃなくなりたいという話をしていた。師匠の笹原さんも、確か私ぐらいの時にスランプがきたって話をしていたことを思い出す。春になったら聞いてみよう。

おでん

和食 13.3,2024


料理家の角田さんの塩おでん。このレシピは本当にすごい。調味は塩と酒だけ。

豚汁

和食, 夕飯 05.3,2024

生姜の豚汁が美味しかった。冷戦が続いてる。たまにはいいかもしれない。それに、ひとりの時間が増えると仕事とか勉強に集中できていい。

ポークカレー

カレー 04.3,2024


周ちゃんとはまだ喧嘩してる。喧嘩できない周ちゃんとは言い合いにはならない。だけど、このまま出て行ってやろうかと思うくらいだ。

2月29日

Journal 29.2,2024


朝は代官山TSUTAYA、その後恵比寿のPOSTへ行き、写美も寄りたかったけれどやめて原宿へ向かった。待ち合わせまで30分くらい。明治神宮でも行こう。肩が痛いのは、今日はカメラを持ってるから。カメラ、いつから重くなっちゃたんだろう。首にかけて代々木公園を自転車で走りまわっていた10年前のいつかは、重いなんて一度も思ったことなかったのに。クリーム色のスニーカーが汚れないかと砂利を避けながら歩く。

待ち合わせはチャオチャオバンブー。スタイリストの佐野さんと遅い昼食をとりながらビールを飲んだ。キリンの仕事以来。あの仕事は大変だったけど楽しかった。

当時はぜんぜん時間がとれなくて結局1年半も経ってしまった。歳も近くて、同じ時期に郊外へ移り住んだ同士。不便な生活と引き換えに、やっぱり互いに感じていたのは生活の大切さ、そして家族への愛情だった。新転地での生活の話をしてほっとした。

佐野さんは子供がいる。旦那さんの仕事の話や馴れ初めや子供の話も聞いた。根掘り葉掘り聞いてるわけじゃないけど、自然に家族の話がでてくるのは、きっといつも身近にあって大切にしていて、日々の中で考えて感じているからだろう。私も、生活や周ちゃんの話をした。

ワークショップのことも興味を持ってくれたみたいで、色々と聞いてくれたけど、やっぱり上手く話せなかった。お酒が入っていたせいもあって余計にだったかもしれない。それに加えて、いつものように空回りしてた。可笑しいくらいに。だけど、これもこれだとも思った。いつか話せる日がくるよ、きっとね。

頑張ろう。勉強も写真も。春から大学4年生。卒業までやる事は沢山あるけど、最近勉強のペースが掴めてきたし、活字中毒が克服出来たわけじゃないけど、自分なりの読者の方法も見つけてきた。大変なのは私だけじゃない。周りを見れば、みんな頑張ってる。ついつい、何かに深く没頭しちゃうけど、そんな性質であることがわかってるならば、頭も心もどんどん切り替えていこう。

先月からのテーマ。考えない。ほっといても内省しだすのだから、むしろ考えない方がきっと丁度いい。

楽しかったな。渡せなかった結婚祝いに、と、花瓶と味醂をもらった。

スペアリブと新玉ねぎの花椒スープ

Journal 25.2,2024


日々を片付けられないままに時間だけが過ぎていく。


けど、最近思う。私がひとり猛烈に頑張って、なんのためになる?って。一方で、一昨日に久しぶりに酒場へ行った時は、懐かしさと共に嫌気がさした。私が忙しさのあまりにピーピー言ってるような時間もあれば、永遠に朝が来ないんじゃないかと思える場所もある。元夫との生活を敢えてシンクロさせることはないけど、もう本当にきっと好きじゃない。

元夫が、よくいく酒場で誰かと取っ組み合いになって破られたシャツはどこへ行ってしまったのだろう。たぶん、チェックのシャツ。そんな事ですら、時々、頭の隅にやっぱり現れる。私にチクった男の顔も思い浮かぶけれど、それを無かったことのようにする男や女の顔も一緒についてくる。

編集のリリさんが面白いことを言ってた。頭の隅に、いや、ど真ん中に長い時間滞在してる。あの頃は、表面がつるつるであれば、その中がどうであろうと気持ちよく滑れるのが人生だとずっと思ってた。酒場のループし続ける会話のように、ただ、流れ続ければいいんだ。気持ちよくそのまま、気持ちよく、音楽と共に。誰かの笑い声と共に。きつい香水や煙草の煙と共に。全部、シームレスに上手くやればいい。

りりさんの言葉は、するするといかないことについて。数日前にリクさんと幸福論について話したみたいなことをスレッドに呟いていて、面白いな、いい夫婦だなって思って思わず、周ちゃんと四人で生討論しようよ!と返信すると、”実は、人前でするすると意見を言えなくて、。”って。

はっとした。私もある。沢山ある。だいたいそうだ。ああ、ってモヤつきながら家に帰って、何度も何度も考えて感じて、ひとりで悶々して言葉になって、それを日記に書いたり、手帳に書いたり、携帯のメモ帳に書いたりしたところで、ふぅーってようやく落ち着く。

確かに、バサッと切るようなことを言った人がいたとしても、勢いには圧倒されても、後から、なんだかカラカラのパサパサな肌触りだったけど、。なんて思い返すことがある。

するするいかない方が素敵なんじゃないか。りりさんが言うと、余計にそう聞こえる。仕事をしてると、うまくいく方が正しいみたいになる。私、けど、正しくないほうが好きだったり面白かったりするんだけど。

気分がいい。

2月20日

朝食 20.2,2024


周ちゃんは朝早く出かけた。私は今日はスクーリング。だんだんストレスも佳境。試験もあと少し。もういい加減に写真が撮りたい。あと少し。3月からは自由の身だ。むちゃくちゃ遊んでやろうみたいなことは思ってないけど、何がしたいって旅に出たいとか、写真が撮りたいとか、もう全部を一回ストップするのもあり?なんて思ったりもした。

あれが怖い、これが怖い。つまらないつまらないと言ったって、結局のところ色々を真面目に誰かの通りにやろうとするから上手にできないのであって、全部そんなの捨てちゃえばいいじゃんと思ったりもする。

なんだか窮屈にしてるはいつも自分だ。昼に周ちゃんに、正直むりってメールをした。また我慢したらいいかなとも思ったけど、なんだか我慢しなくてもいいかなとも思った。どっちだっていいけど、何もかもをコントロールしたら、きっと全部つまらなくなる。

私をかまって、みたいな女になる気はない。ただ、このままだと、大人ぶったりすることに慣れていくと、きっと毎日が退屈になりそうな気がして嫌だった。

寿司

夕飯 13.2,2024


3日目ともなると、クラスのメンバーも覚えてくるし、大体の役割みたいなものもでてくる。発言したがる人と、発言を拒む人。お喋りする人と、黙々と勉強する人。グループを作ろうとする人と、群れようとしない人。年齢性別関係なく、それぞれが好き勝手にやってる。1日に何回もグループワークとディスカッションを繰り返す。その人がどういう視点で物事を考えているのかがなんとなく見えてくる。

私は、。自分が浮いているような気がしてならなかった。最近覚えたばかりの専門用語を並べて、クライエント像を推測するなんて、、なんだかおこがましい気がしたし、そもそも、ここに立ってる自分の理由ですらよくわかってないのだから。クラスには支援者や学校関係者が多いことは、私のやる気とは関係なくして、なんだか自分が出来ないような人だと言われてるような気がしてならなかった。

けど、それが錯覚だということも勿論わかってる。カウントダウンでやってくる私の発言の時間。あ、もうやめよう。写真みたいにやればいいや。私にできることだけをする。知識も経験もないのだから、言葉での武装はしないし、推論も使わない。かっこもつけない。今をそのままに伝えよう。出来ないって思われても、それが私だし。

「全然、わからなかったです。だって、。」高校生が使うくらいに幼稚な言葉で、感情の中で起きていることをそのままに伝えた。いつものように。

「とてもいい体験をしましたね。」

え?!拍子抜けした。私の感情を並べただけの言葉、それがこの課題について大切な気づきである。そして、よくそれを感じてくれましたね。と、先生は嬉しそうに熱く褒めてくれた。何度も、とてもいい体験をしました、と言っていた。

心理学は科学です、と言うけれど、面白いのは科学でないところに落ちるとき。科学には絶対に答えがあるはずなのに、心理では答えが1つではないという矛盾が当たり前のように定義されることがある。それは、変だけど、ニュアンスみたいな感覚を体感することをいうでもある。

今日は、褒められてちょっぴり嬉しかった。私は頭が悪い。だけど、写真をやってたお陰で、そのニュアンスみたいなものを大事にすることだけはずっとやってきたと思う。周ちゃんがよく言う「私が写真をやってることは、心理をする上で武器になるのだよ。」と言う意味が、少しだけ今日はわかった気がした。

カレー

カレー 11.2,2024


授業1日目。生徒のだいたいは、医療や福祉、学校関連の方が多い感じだった。昼もひとりで食べ、特別に仲良くなろうとは思わなかった。これって昔の大学時代と同じじゃんって思いながら、けど、別に不自由はないし、寂しい?いや、。友達は欲しいな、とも思うけれど、打算的な考えで人と一緒にいるのは嫌だ。それならひとりの方がずっと楽。だけど、多分、昔よりもずっと大人になったからだろう。私とは全然異なる目的で同じ場所にいる人たちについて、それはそれで面白いなと思える自分がいた。

授業、むちゃくちゃ楽しかった。先生が心理学の難しさのことを、教科書読んでも全然わからなかったでしょ?って言う意味が手にとるようにしてわかった。教科書や参考書を読んで理解したことと、先生から知る心理学はまるで別物。それはコンビニのお弁と街の定食屋で食べるご飯くらいに違う。いちいち1つ1つに感動した。むちゃくちゃ楽しい。私の頭が足りるのならば大学院にいきたい。

鰹節ごはん

夕飯 10.2,2024


夜20時、田村さんに電話した。ワークショップのことを相談に乗ってもらいたかったから。心理学のことなら、施設にいる心理の専門家に相談できる。だけど、写真のことはできない。じゃあ、心理は置いておいて、写真のことを相談したいって思っても、知ってるフォトグラファーや先輩を思い返してみても、商業写真の話はできても、そうじゃない「写真」の話はできない。みたいに、これからやろうとしてる「写真」と「心理学」の話を相談できるのは、田村さんしか思いつかなかった。もう少し色々が固まったら、作家の広瀬さんとか、宗正くんとかに相談してもいいのかもしれない。

1時間くらい話したと思う。知らないことを教えてもらった。答えはまだ見つからない。だけど、話せてすごく良かった。それに、私がやっていることについて、応援してくれたことが嬉しかった。大学でも、私のような視点で心理を追求してる人はいないからって面白がってくれてた。

昨年、料理家の角田さんがいつも勉強を頑張ってと言ってくれたのを思い出す。どういうわけか、私が心理学をやることをいつも応援してくれた。角田さんがそういうと、なんだか神のお告げにみたいに聞こえて、当時は不思議な気がしたけど、田村さんに言われた時に思い浮かぶのは角田さんだった。だからか、余計に嬉しかった。

夕飯の鰹節ごはん。口に頬張りながらリナちゃんを思い出した。こないだの撮影の時にリナちゃんがくれたもの。リナちゃんとは、付かず離れずな関係だけど、なんだかんだと長い付き合い。お互いに、なかなかな人生を生きてるなと思う。歳も同じだからか、リアルにリスペクトしてる。だって人はだいたいが弱いし、沢山の問題を抱えてるもの。だから、やっぱり、楽しくやった方がいいもの。

2月9日

Journal 09.2,2024


撮影が終わったのは午後だけど、家に着いたのは18時過ぎ。しっかりと渋滞に巻こまれた。周ちゃんは隣でずっとPCを広げて仕事をしてる。私はひとり、夜になりかけた街を走り続けた。

撮影が終わってから話してたことが面白かった。今回の撮影で同じ時期にスタッフの全員が、ある作家さんの手がけた複数の作品に向き合う時間みたいなものがあった。すごくいいなと思う作品もあれば、正直、過去のトラウマみたいなものを揺さぶられたり、誰の声も届かない場所に落ちた人を見せしめにしてるかのように見えて、怒りを覚えるような作品もあった。だけど、これは私個人の話。テーブルに座って、それぞれの角度や物差しで解釈された作品についての話を聞いて、あ、そうかって腑に落ちる感じがした。

私ひとりの視点の話をすれば、世界はこう見えたりああ見えたりするし、それが世界だ。当たり前の話だけど、そんなことはわかってるけれど、私とゆう器官は1つしかないから仕方ない。だけど、今、それぞれの身体中を巡りここに吐き出されたものはそうじゃない。

作品には、勿論メッセージがあると思うけど、受け手には関係ない。人生と同じで勝手に自由にそれを感じてゆく。ただ、どんな想いだって、強く感じれば感じるほどに、また、その人の別の部分も刺激され、それはまた

曖昧に緩やかにハマっていくような感触があった。どこまで続く車、対向車のヘッドライトが眩しい。車を走らせながらどんどんと定着していく感じがした。

帰宅するとりょうこちゃんからメールが入ってた。こないだのこと、もうちょっとちゃんと説明したいって、文面から丁寧に丁寧に文章を書いてくれたことがわかる。やっぱり、りょうこちゃんは私みたいなのだと思う。写真を撮ったり文章を書いたり、生きるためにどうにかこうにかあらゆる手段を使って、今に向き合おうとする。その真っすぐと向き合いたいと文を綴る姿勢に、その力強さに、胸がすごく熱くなった。

写真で悩んでいること、具体的にこうしたらいいんじゃないかって、沢山たくさん、考えてくれたのだと思う。りょうこちゃんに触れてるだけで、きっと、たぶん、私にはその全てが解決出来る気がした。これが私にとって祈りのようなものだったとしても、りょうこちゃんには、そうゆう力がある。なんとなくいい感じみたいなことじゃなくて、明日いきなり映画を作ってそれが大ヒットになったとしても、私は驚かない。そういう力がある。誰にも真似できないような何か。

今日の昼に見たことを話した。夜も遅くて、昼間の疲れからか、目はかすんで字がぼんやりとした。長時間運転したからか頭はズキズキしてる。きちんと返せたかわからないけど、一生懸命に書いた。

だけど、結局、なにが伝えたかったのか上手く言えなかったと思う。だって自分でも整理できてないのだから。だけど、整理なんてできていなくてもいいから返したかった。

06.2,2024


母の病院が終わったのは10時過ぎ。駅前のエクシオールカフェでミルクレープをふたりでつついた。母はコーヒーを、私は冷めた紅茶をすする。結局、1時間くらいここで待っていたらしい。都内は雪が降ったって結局、普通の朝なんだよな、なんて窓からの景色を眺めたり、勉強する学生らしき人や仕事するサラリーマンを横にケータイをいじっていたらあっと言う間に時間が過ぎた。

「夜の取材はリモートになりました」と、リリさんからLINEが入る。母を千葉へ送り、用事を済ませて帰宅したのは15時前。周ちゃんが駅に車で迎えに来てくれたけど、池袋で牛タンを食べたことは言わなかった。立川の病院で色々あって辛かった時に、いいものを食べようと入ったのが牛タンのねぎし。ランチにしては高い。だけど、今日は、あの日みたいに私にいいものを食べさせてあげたかった。別に哀しいことがあったわけじゃなくて、なんとなくそうしたかっただけ。

夕飯は鍋にして、取材はその後に始まった。終わったのは23時半。やっぱり、東京に戻るかもしれない。リリさんと初めてお会いしたライターさんと、まるで初めてじゃないみたいに話しながらそう思った。

リリさんが、私の若かりし頃のことを、よしみさんは「逃げ回っていたんですね。」みたいなことを言ってたけど、確かに、ああ、そうだなって。ライターさんは、世代が一緒だし、東京出身だし、テクノ作ってたし、おばあちゃん家と同じ石神井が実家だし、それだけじゃなくてなんとなく、10代20代と世界が怖くてダサくて嫌いだと逃げ回っていた私と少しだけ似てる気がした。

東京出身の友達と前に似たようなことを話したことがあった。東京はダサい。高校生の時、20歳を迎える時、ずっと東京にいる自分たちは冷めた目で大人を見てたよねって。

むかしの自分は馬鹿すぎて可愛。

八宝菜

夕飯 04.2,2024

午前に試験が終って、泡が弾けたように、わたしの色々は散らばった感。今日なにをした?って、ネットサーフィン。やることが山程あるのに、なんで?と私に聞きたくなる。

けど、そのくだらな過ぎることをしてしまうのも、悔しいけど自分。

夕方、親戚の葬儀から帰った周ちゃんに言った。「今日は空気吸って吐いてただけ。」「なにそれ。かっこいいじゃん」あ〜と悶えながら、お土産のひよこの顔が乗った、子供だましみたいなプリンを頬張った。

夕飯

夕飯 03.2,2024


今夜は恵方巻き。明日は試験。今年は東北東だそうで、東北東に向かって食べた。なんかお願いとかしなくてよかったんだろうか。まぁいっか。料理をすると気分がいい。

うどん

夕飯 02.2,2024


” 自由になりたい。”

今朝、わたしが喫茶店でパソコンにタイプしたメモ。あたまがイカれちゃったか、いや、本当にそう思った。今朝は昨晩と同じ喫茶店にいる。私は1番めのお客さんで、次に入ってきたのは常連のおじいちゃんだった。今日は風が冷たいねって、慣れた感じで店員さんと話していた。

りょうこちゃんにLINEを送る。昨年からずっとモヤモヤと考えていたこと。書いては消してを繰り返していたメッセージ。最後に消したのはいつだろう。2023年だったことは確かだ。だって、今年になってはじめてメールしたから。

私の書いた言葉はLINEの中で行ったり来たりしながらとりあえず纏まっていそうで、全くちぐはぐに、とにかく苦しそうにしていたと思う。りょうこちゃんは、わかるよ。って何度も言い、そして、自分の話をしてくれた。

私たちはそれぞれ別々の場所にいるのに、いたのに、まるで同じ話をしてるかのよう。りょうこちゃんのメッセージを読んでいると、一緒に写真を撮ってた日々のことを思い出した。周ちゃんには何度か相談していたし、いつも周ちゃんらしく励ましてくれてた。だから、別に隠していたわけでも、カッコつけていたわけでもなかった。りょうこちゃんに「写真が撮れなくなるのが怖いのかもしれない」って、言う自分に驚いた。ああ、そうか。怖いんだ。そうなんだね。怖かったんだ。だから、きっと、自由になりたい。なんて書いたんだろう。

そして、りょうこちゃんが言ったのは、世の中に送り出すようなもの、みんなが喜んでくれるようなもの、そういうのを必死に作っていたときよりも、今の日常の小さなことの方がずっと感覚に触れてるかもって話をしてくれた。たぶん、りょうこちゃんが早くから注目されて、多くの仕事に関わってきたのには、りょうこちゃん自身がつくる人でもあったからだと思う。あんなに写真を好きな編集者に出会ったことがない。編集の仕事につくずっと前から、書くことも撮ることも、生活の一部にあって、好きの延長線上に仕事があった。だから、苦しかったって。ああ、そうね。だから、私たちって一緒にいると、じんわりするし、スーってなるし、私は伸び伸びと、彼女の前では写真が撮れた。

私、何が苦しかったんだっけ。メッセージを送っているうちにわからなくなって、そのままコンビニにビールを買いに走った。そして、今むちゃんにメールして、遅くなった新年会のことを伝えた。今は次の個展のために絵を描いてるんだそう。仕事は二ヶ月してないって言ってた。ずっと前に「仕事なんてしてないでちゃんと描きなよ。」って私が言ったからだろうか、それとも、それは私の思い込みだろうか。

それから、りょうこちゃんは、写真を一回やめてもいいんじゃないかとも話してくれた。正直、そんなこと、。とも思ったけれど、違うと思うならば逆に、それもありなのかなとも思うし、そうじゃない気もした。わたしが苦しかったのは、写真が撮りたいけど撮れないこと。撮れなくなったわけじゃなくて、今の写真じゃ満足できなくなった。それは写真を初めた時の感覚に近い。ファインダーをのぞいてもシャッターがきれない。撮ったプリントを見てもぜんぜんしっくりこない。こうじゃない。もっともっとある筈なのって感覚。

パンケーキ

朝食 28.1,2024


あっという間に今週も終わった。何をしてたのか覚えてないくらいに一瞬だった。昨日は久しぶりにプールの後に居酒屋へ。周ちゃんはノンアル、結局、私は4杯飲んだ。そして、今日は寝坊。何やってんだか。だけど、なんだかデートみたいで楽しかったな。

1日しごとして、少しだけ勉強して、あとは次のワークショップのことをまとめたり、写真のプリントして。走っても走っても前に進まないような毎日。底なし沼みたいな日々を過ごすことは、慣れてるとまではいかないけれど、淡々とやるしかないことは体が憶えてる。昔話なんてしたって仕方が無いけど、身体は過去をきちんと憶えてるし、人の痛みには耐性という力だってあるくらいだ。

最近、作業中にj-waveを聞いて、そこで流れるjpopなんかに耳を傾けるたびに、元夫のことを思い出すようにもなった。もし、流れたらどうしよう。昔はそんな恐怖があったのに、今じゃ流れるはずないとさえ思ってる。流れても別にいい。

昼に母から電話があって、「あっちゃんがね、よしみは弱いって言ってた。」と話してたけれど、もうそういうのはどうでもいい。弱くても弱くなくても日々はやってくるし、私は生きるし、他の人も生きてるし、人の何かがどうこうとかどうでもいい。それに、みんな弱いのだから。心理学を勉強してより思う。みんな同じでみんな違う。だから、強くなる必要なんて多分ない。弱いなんて、敢えて言うこともない。ただ、生きたらいいだけだと思う。

「ママ、あっちゃんがカウンセリング行こうか迷ってるって話、止めないで。本人は行きたいからママに相談してるんだよ。いいんじゃないって言って欲しいんだよ。弱い人がいくとか、そういうことは言わないでいいから。」母は「わかってる。」と言ってた。

1月23日

Journal 23.1,2024


頭がぐちゃぐちゃな1日だった。色々が同時進行で頭が爆発しそう。胸の内としては、ワクワクしているのだけど、どうにもこうにも何が絡まっているのかでさえわからない。

昨日のワークショップの興奮がまだ冷めてないのかもしれないとも思う。写真と心理学、こんなにも早く現実になるなんて思わなかった。長いこと撮ってきた写真が、するすると言葉や形として説明できるようになってきてる。写真作家を諦めて商業カメラマンになったのは、次のステップがもうどうしていいのかわからなかったから。悔しいけど、私の写真には未来がない、、。そんな風にお金のために撮り始めた写真は想像以上に楽しくて、それなりに稼げた。それにあの時はやっぱり元夫のことが一番にあったから。だけど、これってほんと?ってなったのは、いつからだろう。

やっぱり諦めがつかなかったんだとも思う。探し物が見つからないと、いつでもどこかを探し続けてた気がする。あわよくば、いや、きっとそれはどこかに。いつでもどこでも、やっぱり不意にでもいいから落ちてないかと隙あれば捕まえてやろうとさがしてた。

ふだん使ってないメーラーに、いつだったかに届いていた展示のメールを開いた。あ、そうね。最初に思ったこと。誰かに自分を重ねるのは失礼な気もするし、意地悪みたいにも聞こえる。だけど、わかるよ、。って心が大きく頷いた。偶然にも、たまたまそれが今日だったのがわるい。あまりに綺麗に答えがわかった。案内にある美しい画。それだけで、作者の全てが一読できる。綺麗な景色の先に、健やかな人間たちが戯れるだろう。最後のオチまでよめてくる。そして、そこには感性がポツンとちいさく座って見えた。写真についての説明は殆どなくて、トークショーだとか、パーティの食事の話だとか、オプションの情報だけが綺麗に並べられていた。

夕飯の時「ちょっと、聞いて。」と話しかけると、周ちゃんは箸を止めて真剣に聞き、そして、まるで全部を知ってるかのように喋りはじめた。

「あのね、立派な作品を作ってる芸術家といわれるような人たちと今まで沢山仕事をしてきたけど、芸術家は研究家とすごく似てるんだよ。それは何かっていうと、芸術家はただ作ってるだけではダメなんだよ。逆に言えば、感性だけを追いかけてる人は、そこまでしか行けないし、その先には行けない。素人みたいなもの。」

ああ、と思った。「うん。わかる。」何度もそう言った。周ちゃんは一言も、その展示については触れなかったけれど、何を言いたいのかよくわかった。心理学を勉強して知ったことは、感性は共有できないってこと。私の作品を見てわかってよ。では、残念ながら伝わらない。なぜなら、私達はあまりに別々の生き物でそれぞれにしかない感性を持っているから。見てくれる人の感受性に委ねるならば、たぶん、放り出されたままのものは、綺麗なものはより綺麗に、暗いものはより暗く、作品は丸くするりと磨かれていく行為を勝手にかさねて、心にひっかかる棘のないものとなっていく。

「あの草間彌生さんでさえ、ただ描いてるだけじゃないんだよ。」結局のところ、感性は知性と共に作品を超えていく。頭の中にわたしが思う感性を超えていった写真家たちが浮かんだ。部屋にある数冊の写真集。いつ開いても胸を鷲掴みにされる写真。アラーキーが撮る料理。鈴木理作さんの撮る熊野。

写真は面白い。施設でのワークショップで思ったのは、生徒が写真を通して世界の前に立ってる姿。怖い、よくわかんない、やってみたい。そこにはカメラを構えて様々な感情を目の当たりにした。なんだかその姿が美しいというか、とても清々しくて、誇らしくて、カッコよくて写真らしかった。

どうせ撮るなら、もうオチがわかるようなトレース作業を続けたって仕方ない。仕事で出会う綺麗な写真を否定するわけじゃないけれど、仕事でも、写真集でも写真展でも、写真が写真に出会ってるようなものが見たい。

わたし、何やってんだろう。

餃子

中華 16.1,2024


今夜は冷凍餃子。周ちゃんは早く帰宅し、夕飯の支度をしてくれた。ご飯、味噌汁、ブロッコリー、冷凍餃子にキムチと納豆。それから母の作った赤蕪の漬物。撮影の話をしたり、少しだけいつもよりビールを飲んだ。

口尾さんの料理は想像していたよりもずっとずっと美味しかったし、何よりも、とても素敵な人だった。料理を好きな人はいい人。勝手にそう思っているけれど、大体は当たっていると信じてる。世界さまざまな国で学んだとはいえ、自己流で身につけた料理を人に振る舞うまでにどれだけの時間がかかったのだろうか。右から見ても左から見ても、たぶん、いや120%、私と同じ内向型だろうと話を聞きながら、料理を食べながら勝手に色々を考えた。ここまでの道のりについても勝手に想像する。

料理の写真を撮りながら、心理学のことを考えて、また料理を食べる。別にどこかの何かと答え合わせをしたいわけではなくて、その人がその人らしく魅力的に見える様子が気になる。それについて、もっと知りたいとか、どうしてだろうとか、調味料だけじゃなくて、選ぶ皿のことだけじゃなくて、使う言葉や仕草や、周りに漂ってる空気みたいなものまで知りたいし、そこまで知ると、ああ、そうかって腑に落ちて、ようやく落ち着いて味わえるように思う。

1月12日

Journal 12.1,2024


恐ろしく遅刻した。1時間。こんなに遅刻したことは初めてだと思う。最悪すぎて「どうしたの?」と聞かれても上手く説明ができなかった。ただただ、最悪だ。と心の中で呟きながら、新大久保の駅から店までダッシュした。汗だくで店に入ると、焦げた鉄板と「もうお腹いっぱいだー」というワタルさんと村上さん。一番乗りでくる予定で家を出たのに、。

その直後に西丸さんが到着。昔は居酒屋のテーブルを3つくっつけてやるくらいに、大人数だったけれど、今年は4人。CINRAの仕事で出会ったのは、もう10年も前のことで、それから、いわゆる仕事仲間ではなくて、同業の友人としてなんだかんだと続いている関係。同年代ということもあるからなのか、商業カメラマンになって駆け出しの頃からの関係だからか、とにかく安心する。写真大学へもスタジオへも出入りのなかった自分に、こういう場所があること自体が不思議な感じもするけれど、もう長いこと仲良くさせてもらってる。

二軒目へ移動して軽く飲み直して、写真の話をしてバイバイした。持つ物はやっぱり友達だなと思う。むちゃくちゃ楽しかった。

それに、本当は村上さんと西丸さんは仕事のことで年末に揉めたらしいけれど、ちゃんと今日の会にやってくる村上さんも、そのことについて、喧嘩しないで仲良くやろうと努める西丸さんも、そのことについて、二人それぞれに話を聞いてあげるワタルさんも、なんだか全てがひっくるめて丸っと愛おしすぎた。みんなあれから、ずっと立派になったであろうに、何一つ変わってない。

夕飯

Journal, 夕飯 10.1,2024

1月も1/3がすぎた。なんだか、やっぱり、地震が起きてからすこし塞いでる。インスタで、氷見にあるHOUSEHOLDのナッチャンが支援で頑張ってる姿を見かけてから、今は応援しか出来ないんだと、ただ祈るようにじっとしている。出張から帰った周ちゃんといつもの夕飯。

即席生柚子のポン酢は、柚子を絞って、美味しい醤油とすきな塩梅の分量で合わせる。それだけで驚くほどに美味しい湯豆腐になる。

今夜の献立
おいしい豆腐で湯豆腐と生柚子のポン酢
菜花の醤油麹炒め
焼き椎茸
鯵のひもの
イワシの刺身
お土産のキムチ
納豆
ご飯