お正月

お祝い 05.1,2024


年越し蕎麦を食べよう。お節料理を食べたいね。アメリカから帰国して、周ちゃんとご飯の話ばかりしている気がする。成田からの帰り道に母がわたしてくれた蕎麦があった。病院の帰りに海老天とマグロ、貝の刺身を買ってきて、おせちとまでは行かなくとも、少々華やかな食卓となった。

今日は大腸の内視鏡の検査。再検査の手紙が来た時は心臓が止まるかと思ったけれど、1週間も経つと、癌なら癌で仕方ない、と思うようになった。癌宣告を受け入れるまでに、人は大体数週間でその恐怖を受け入れらるようになる。という文献を読んでいたからか、諦めが早い性格だからか、すんなりと飲み込んだ。

「癌の再検査いくから。」周ちゃんには言ってなかったらしい。言葉を放った瞬間から、どんどん顔面蒼白になる。「大丈夫だよ。たぶんポリープだし、癌でも早期だよ。症状ないし。」結局、病院まで周ちゃんに送り迎えしてもらった。

結果は癌でもないし、ポリープもなかった。安堵というよりも、そっかという感じで、あっさりとしていた私とは反対に周ちゃんは、全身の力が抜けるかのような顔をして喜んでいた。結婚してもうすぐ2年。私達はどんどん家族になっていく。自分の命について、こんなにも真剣に考えてくれるなんて、なんだかすごく嬉しかった。

寄せ鍋

和食 04.1,2024


年末年始と日本にいなかったからか、余計に日本が恋しくなった数日、ようやく我が家に帰ってきた。アメリカが悪いって意味じゃない。食事ひとつにしたって、日本は繊細で楽しいし、それでいて身体にいいだなんて、最高な国だって思っただけだ。LAは土地柄、メキシコの風土が色濃くある。美味しいメキシカンはそこらじゅうに溢れているし、どんと盛られたタコスに何度心が躍ったことか。けど、大味とはまさにこのこと。アメリカにある景色も人も味もすべてが大味。

リトル東京で伸びたラーメンをすすりながら、泡のないアサヒビールを飲みながら、もう完全に自分の構成要素は日本で出来上がってるんだと感じた。アメリカに住んでみたい。何度も考えてみたけど、アメリカの家族から呼ばれる度に本気で考えてみたりも したけど、それは永遠に叶わない夢。

私はここが好き。鍋がじんわりと全身を温めていく。「最高だね。」周ちゃんと何度も言い合った。そして、帰国早々でまゆみちゃんと火鍋にいく約束はキャンセルとなった。どうやら体調を壊したらしく会えないとのことだった。日本へ帰ってきた私とPARISへ帰るまゆみちゃん。入れ違いになる私たちだけど、別にこれが最後ってわけじゃない。今年のいつかに会えたらいい。

帰ってきて地震のことや、飛行機の事故、秋葉原の殺傷事件。SNSではお悔やみ申し上げますが飛び交っていた。胸が痛い。時差ボケの身体がより一層に重くなるように感じる。けれど、誰よりも今、押し潰されてしまいそうなのは、当事者たちだ。ぬくぬくと温かい部屋から、かける言葉は見つからなかった。石油ストーブの前でニュースをずっとみていた。

12月29日

Journal 29.12,2023


この数日は殆ど寝てない。神経がどうにかなりそうだった。朝はいつも通り散歩へ出かけて、10過ぎにタクシーでダウンタウンへ向かった。「こんなことなら、別府へ行けばよかったとも思ったけど、多分、よかったんだよね。」少し、苦笑いしながら周ちゃんと話をした。

心理学を勉強する前は、苦しいことは全て悪だと信じきって、まるで悪魔のお訪れかのようにそれを災難したり、運がないとか、曖昧な言葉で片付けて、くるっとまとめて、ゴミの日がやってくるのをひたすらじっと待っていた。だけど、最近は、それだけじゃないんだということを知った。感情は自分を苦しめるけれど、そこでは沢山のことが見える。

ずっと見てきた景色をまるで図解を収集するかのように写真に収め、感情と記憶とで、起きた出来事を照合しながら、一つ一つ丁寧に整理した。そして、夜になると勝手に落ちてくる涙を拭った。

だけど、人は思っている以上に、幸せになろうとする生き物なんだとも思った。真実というのは、あまりに多すぎる。角度や視野が違えば全く異なってくるものになる。夜中に電話した母とも沢山の話をした。母には殆どを話さない、いいことだけを伝えて、何もなかったように笑うのが私の役目だと信じきっていたからだ。だって、悲しみを撒き散らして、何の意味がある?だけど、今日は一つだけ、どうにもできない問題について相談をした。母は大きくため息をついて言った。「なにやってんのよ。よしみは、よしみが楽しいと思うことをしなさい。」

誰かのために、家族のために、何かのために、いつもそうやって頑張らなきゃって思ってきたけど、そうやって前の離婚も私は自分を犠牲にし続けたけど、わかってる。誰も悪くない、私のすることが間違ってるだけ。悲しいとか苦しいと全身が叫んでも、全部を受け止めなきゃって。空から降ってくる棘を茫然と受け続けることが愛情みたいなものだったり、役目みたいなものだと信じきっていた。

ダウンタウンへ着いて、ホテルをチェックインした。数日前にこっちへ来た周ちゃんはどういうわけか、寝てばかりだ。日本でも疲れがどっと出てきたのか、気疲れなのか、よくわからないけどよく寝てる。タクシーの中でもずっと寝ていた。

これだけ何度も何度もLAには来ているのに、ダウンタウンの街を歩いたことは始めて。ビルの間から太陽の光が通りが強く照らしていた。当たり前のことだけど、やっぱり自分の人生を生きなきゃいけない。子供のように何日も泣いた数日は、まるで子供の頃の私そのものだった。誰が何が悪いとかじゃなくて、歩き方だとか食べ方の問題みたいなものだと思う。子供の頃に学んだものは、生きるために必要だったものだ。それが、もう、必要じゃないってこと。今の私は、もっと違う方法で生きていけることや、誰かのために何かのために優しくなれることも知ってる。

こんなにいい歳になって、年の瀬にこんなことを考えるのもなんだと思うけれど、もういい加減に私は変わった方がいい。母の言葉は、長い間、誰にもいわずに私を苦しめてきたものから、静かに解き放ってくれるようだった。

12月19日

Journal 19.12,2023


今日は久しぶりにライターの石塚さんに会った。石塚さんの大学の同級生が代表を務める支援施設への見学と来月に行う予定の写真のワークショップの打ち合わせのためだ。石塚さんは家族のことで今年は大変だったと聞いていたけど、駅の改札で会った時はいつもの明るい表情だった。何かが吹っ切れたような感じにも見えた。とにかく元気で良かった。

施設への見学を済ませてから、駅前で代表の中村さんを交えて打ち合わせ。ワークショップのことだけではなく、この施設で取り組みたい事や、その概念となる心理学の話まで丁寧にお話ししてくれた。まだまだ、初学者でわからないこともあるけど、沢山の専門用語がするすると聞こえてくる。

この1年、がむしゃらに勉強して、これって一体なんのため?って、何度も何度も自問して、たくさん苦しんだりもしたけど、ようやく腑に落ちた感じだった。私は、こういう方に出逢って、話がしたかったんだって。

中村さんのお話が具体的に私の心を突き動かしてる。水を得た魚が水をごくごくと飲むみたい。身体中に中村さんの話がどんどん浸透していく。心理学を通して、今までなら、出会えなかったような世界の方と肩を並べて話をしてる。専門家と専門的なことについて、相手の考えを聞いたり、自分の意見を質問できる。勉強して、カウンセラーになるでも、勉強して、研究員になるでも、私の行き先はまだどこにも存在してない。だけど、こういう機会があることだけで、十分過ぎるほどに満たされたように思う。

それに、石塚さんも、この10年間、ケアワークをしてきたことについて、沢山のお話をしてくださった。私の全く知らないライターじゃない石塚さんのお話し。一年前に、石塚さんの取材で、少しだけケアワークについて、お話を聞いたけれど、あの時はやっぱり知らない人にもわかりやすいようなお話にしてくださったんだろう。書く仕事をしながら、こんなことをしてたんだと思うと、尊敬の気持ちで一杯だ。

なんだろう。今日一日で、背中がぞくぞくとしてしまうくらいに世界が広がった。中村さんとお話できたこと、石塚さんの初めての側面に出会えたこと。今のところ、手に負えていない。

もっともっと勉強しよう。それに、やっぱり、心理学は写真に返っていくと思った。今日も沢山写真の話もした。

商業カメラマンは楽しい。だけど、もう一度、また写真とちゃんと向き合いたいとか、写真の事をもっと知りたいとか、写真は一体全体なんなんだとか、たくさんの問が空から降ってくるようだった。

12月18日

Journal 18.12,2023


昨晩に今年最後の授業と試験が終わり、夜は久しぶりにゆっくりと過ごした。周ちゃんが夕飯を作ってくれたけど、味なしの鍋。周ちゃんって、なんでこうなんだろう。仕事もできるし、なんでも知ってるけど、なんて言ったらいいんだろう。生活の色々だとか、空気を読むとか、そういう人の営み、みたいなものが下手くそすぎる。ひとりで暮らしている方がずっと楽だよな、なんて思うことが多々ある。いや、準備してくれるだけありがたいよ。何度も自分に言い聞かせてビールを飲んだ。けど、これが家族のいる生活ってもの。目にうつる世界が自分の思い通りにならなくて、鬱陶しい。ひとりの時は自由で気ままだったけれど、不意に寂しくなる日があったのは、きっと、こういう鬱陶しさがないからだろう。人は全てを手にいれられない。だから、寂しく恋しくなるのかもしれない。

起きたのは5時。寝たのは22時半くらい。SEXは何曜日にしようなんて約束はしてない。だけど、してない約束をしているようにするようになった最近はなんだかいい。恋人のように何も考えずに自由気ままにするし、ホルモンのバランスのせいで気分が乗らない時はしない。前に、セックスレスな友人に「よしみちゃんのとこは新婚だからSEXしてるだろうけど。」と、言われたけど、たぶん、SEXは新婚でも新婚じゃなくても関係ない。私の経験上では、する人はするし、しない人はしない。別にそれは愛の指標でもない。どちらかと言えば、性格や、それこそ相性みたいなもので、どっちだっていい。ただ、私はしたい派だと思う。だって、せっかく女に産まれたのだし、楽しんだほうがいいじゃんって。女が女の身体であることは、面倒も多いけど、楽しい事も多い。丸みを帯びた身体の曲線、柔らかい皮膚、華奢な骨格。太っている痩せている関係なく全ての女が持ち備えてる。男のような勇ましさを得られなかった女の身体は、その心に反して柔く脆く儚い。そんな面白いものを手に入れておいて楽しまないなんて、勿体ない。

「だから、もうそれ、考えるのやめよう。考えてる時間が勿体ないよ。」姉に言った。日曜日のLAは15時。こっちは月曜日が始まったばかり。「わかってるよ。」姉から返ってきた言葉には溜息がたっぷりと含まれていた。

そう、人生なんて面倒なことが多すぎるんだ。けれど、面倒な友人だとか、面倒な人だとか、面倒に勝手に巻き込まれていることが多々ある。「別の話をしてもいい?」姉に聞くと「え。いいよ。お伺いなんて立てずに話して!」と即座に返ってきた。

姉の気持はよくわかる。人のことは大切にしたいなって思うし、それが友人だとか、近い存在の人だと、つい、助けになろうと頑張っちゃったりもする。けど、思っている以上に頑張りすぎちゃったのか、結局、自分が苦しくなることがある。なんだか、そんなことばっかりだ、なんて思う日が積み重なったりして、自分で自分の首を閉めておいて苦しいだなんて、わかってる。結局、わたしが考えすぎてるだけだ。けれど、首を絞めている自分の手をどうにもこうにも解けない日だってある。

最近思うのは、前置きはさておき、もう自分が疲れたのなら、頑張らないで、楽な方を選んでいいんだってこと。苦しみを引き受けたからって、最後まで責任負わなくていい。もっとラフにまるで道具みたいに優しさを使いこなせばいい。

だからとゆうか、やっぱりSEXだとか、今しかできないことは自由にやった方がいいと思う。ラフに自由に女を今を楽しまなきゃ。

写真だってそう。男にしか撮れないものもあるように、女だから撮れるものがある。女が面倒なのは、男のように力強くないのは、複雑で難解だから。だって、脚を通しただけのトランクスなんて履いてない。華奢で美しいランジェリーを纏うことが出来るのが、女だから。

冷凍餃子

中華 13.12,2023


朝は神保町の三省堂で、料理本を2冊、認知心理学の参考書とカウンセリングに関する新書を一冊買った。料理本は料理家の角田さんと先輩カメラマンの松村さんの新書。もう一冊は若名さんが少し前に作った栗の本。amazonでボタン一つで買うのが嫌で、本屋に寄る機会を見つけてはあちこちと書店をまわった甲斐があった。やっぱり本は本屋で買いたい。本を開いた時の感動や興奮はここで本を開くのが一番いい。

昼前から編集者の若名さんと清水さんに会った。二人に会うのは久しぶりだ。若名さんはよくケタケタ笑う。あの笑顔を見ているとこっちまで楽しくなって、ついつい笑ってしまう。清水さんは時間が止まったかのように全く変わってなかった。むしろもっと美人になってる。美人で聡明。そんな言葉がやっぱりぴったりだなと横からみていた。そして、二人とも子供がいる、母の顔も持っている。

大人の女っていい。最近、またさらに思うようになった。結婚してから、会う友達が少し変わって、大人の方に会うことが増えた。中でも働く女性に会うことが多い。うちの母は、少し自由奔放ではあったけれど、やっぱり昭和の妻で大変そうだった。だからか、好きな仕事をやるのに、誰にも文句を言わせないために家事を頑張ったとも聞いたことがある。夜遅くまで仕事して、朝も誰よりも早く起きる。祖母のようにいつも高いヒールを履いて車に乗り込む。

時代は変わったもんだと思う。目の前の二人を見ていると思う。女は社会的にだけじゃなく、生物的にも男に比べて大変なことが多い。だけど、だからか、柔軟に柔らかく、明るい生き物に変化していったのだろうか。ずっと前に編集の浅井さんに「40代はめちゃくちゃ楽しいよ。」と言ってたことを思い出す。この一年の体調不良で、「40代、辛いことばっかり。」なんて、ぐちぐち言ってたけれど、人生とは乗り越えれば乗り越えるほどに豊かになるのか、ふたりを見ていると、そう思えて仕方がなかった。

さ、勉強しよう。私も、大人のいい女になりたい。今年もあと一踏ん張りだ。

12月10日

Journal 10.12,2023


夜からマガハの乾さんと湯気へ行った。むちゃくちゃ楽しかった。ずっと聞きたかった中国の話を聞いたり、あとは、他愛もない話をした。

なんだろう、そうそう。これこれって。私は他愛もない話がしたかったんだ。歳も近いせいか、明日になったら忘れてしまうような話も沢山した。学校の帰り道に話をしてるみたいに、時間があっという間に過ぎていく。

りょーこちゃんの話になって、無性に会いたくなった。りょーこちゃんは、むちゃくちゃ素敵な編集者で、私も憧れの人だった。可愛くてカメラをたくさん持ってて、話す言葉も笑い声も全部いい。乾さんも、りょーこちゃんのこと、すごい編集者だって言ってた。

昔、りょーこちゃんの仕事で俳優を撮ったときに、よしみちゃんの人物は綺麗だって褒めてくれたことを思い出した。すごく嬉しかったあの言葉、そうだ、御守りにしよう。

ああ、楽しかった。帰りに師匠の新しいアルバムを見つけて、聞きながら帰った。いつか、乾さんとりょーこちゃんと三人でご飯食べたい。

ダルバート

カレー, Journal 09.12,2023


リリさんに相談を受けたのは1年くらい前だったと思う。「よしみさんに撮ってもらいたいんです。」リリさんがインターンでRiCEの編集部に入ったのは、何年まえだろう。私は確か、あの頃は “きくちよしみ” で活動してて、「きくちさーん」って呼んでくれるリリさんを思い出す。

リリさんは、私の知ってる限りでは、二度目の恋で結婚をした。一度目の恋が始まり、そして終わったとき、そして、りくさんと恋が始まり結婚を決めたとき、そして、妻になった今。リリさんが新しいリリさんの顔になるのを何度見たのだろう。女の子が女性になっていく時間の一つ一つは断片的な記憶とともに今も私の中にある。

ヘアメイクはみっちゃんにお願いして、スタジオは新宿にある小さな白ホリのスタジオ。アンティークのドレスに包まれたリリさんとリクさんが目の前に立ち、笑ってる。

帰りの電車で、なんだ、そうかって。最近になって急に人を撮りたくなったのは、もう色々が恐いと目を背けたりする必要がなくなったからだ。子犬みたいに無邪気に戯れる二人を見て、ああ、なんて素敵なんだろうってわたしの全部で感じてた。

とても、いい日だった。

鮭のサルサがけ

洋食 07.12,2023


SNSで繋がってる同学年の学生とメッセージでやりとりをした。来年から実習が始まる。実際に、病院や心療内科で10日ほど研修を行う。と、学校から送られてきた書類に書かれているけど、実際には、何をしたらいいのかよくわからなくて、相談させて貰った。カリキュラムで決められてるからとはいえ、そもそも、何で、私、実習に行くんだろう。素朴な疑問があった。

聞くところによると、彼女は高校教師をしていたらしく、その経験を活かして青少年の支援をしたい。とのことだった。超成績優秀。3年時編入して1年でほとんどの単位を取得してしまったのだそう。さらには、実習先も決め、明日に最終面接らしかった。志があるというのは、ここまで人の原動力となるのか。話を聞いているだけで、とても勇気づけられた。そもそも、ただでさえ単位を取るのが難しい通信大学で、留年する方が珍しくない。彼女のしていることは、まさにスーパー大学生。尊敬しかない。そんなことを考えていたら、目がギンギンになって、夜は寝れなくなった。

そして3時。幾分かは寝たみたいだけど、目が冴えさえだ。ベッドからもぞもぞとでてきて、自分の進路について、宛のない便りをやみくもに探すようにネットで調べてみたけど、何やってんだろう、と我にかえる。せっかく起きたのだし、こんなにゆったりできる時間も早々ない。心理学者のロバートエリスの論駁法の本を読みながら、やっぱりエリスさんの心理療法は痛快だよなぁなんて考えてみたり、哲学者の永井玲衣さんや、コピーライターの佐々木桂一さんの本をペラペラと読んで、そうかそうか、と納得したり真夜中を堪能した。けど、結局、勉強を始めた。

若い友人と話してると話がいつも違う。それって、すごくいいなと思う。逆に同世代の友人や年上の方と話しているといつも同じ話が繰り返される。それも悪くない。けど、どこでどう今を生きようが、いまは消えていく。昨晩に周ちゃんが食卓で言ってた。一昨日に認知症や脳はどう衰えていくかっていう話の続きだった。「記憶がどんどんなくなっていくって、悲しすぎない?今までやってきたことがなくなるんでしょ?」答えはYES。人のエピソード記憶というもの、いわゆる思い出というものは、歳と共に山の上から滑るスキーの斜面くらいに、その記憶力の推移を表した統計グラフは、教科書の上で美しい直線が気持ちよく降下していた。記憶には医学でいうものと、心理学でいう心的作業としての記憶がある。どちらも脳の機能の話をしているけれど、説明の仕方が少し異なっている。

記憶がなくなると聞いても、ピンとこないけれど、心理学的に言うなら、失っていくのは心なんだと知ると、どうしようもない気持ちになる。けど、あれだけ好きだった過去の男たちのことを、どう好きだったのかですら覚えてない、なんて事実が今ここにある。デートした場所だとか初めてキスをした日だとか背伸びして入ったレストランのことも覚えているけれど、熱い気持ちが冷めたところで心のいろいろは終えてる。ぷつりと切れた糸みたいに。

12月6日

Journal 06.12,2023


夜からプールへ出かけた。段々と体調も戻ってきたからか、日に日に泳げるようになってる。やっぱり水の中はいい。がむしゃらに泳ぐ。頭の隅で、誰だったか脳科学者のような人が、「運動は同じ動きを繰り返す単純作業だから、脳を使いすぎている現代人にとってとてもいい。」みたいな話をしていたのを思い出した。

いつからか、色々を考えすぎるようになった。例えば、水の中に入り、泳ぎだしてしまえば、身体中の殆どはそこに注視されるように、日々の中で止めどなくやってくる思考は案外役に立たない。他人といたってそれは同じで、お皿の中のことよりも、そこで味わう空気の方が記憶に残ったりする。美味しかったのは、たぶん、全身がそこで感じた光景だ。きっと私たちの日々はそんなことの延長にあって、そしていつか終わるんだろう。

なんだか、もやもやしてたことがどうでもよく感じた。夕飯はちゃんぽん。周ちゃんが作ってくれたけど、写真は撮り忘れた。

せり鍋

06.12,2023


私が食卓で周ちゃんに聞く事はふたつ。「今日は楽しかった?」「昼は何食べた?」今日も同じように聞いた。話し終えると「よしみはどうだった?」と返ってくる。「ちょっと、調子悪い。」本当のことを言った。調子悪いのは身体じゃなくて、心の方。最近は意気揚々とやってたのに、急にスランプみたいなのがやってきた。とは言っても、大学に入ってからずっとこの悩みは付きまとってる。「勉強が好きなんだけど、それには何の問題ないし、難しくても、とにかくやればいいだけ。そうじゃなくて、なんか、私、本当に勉強してていいのかなって。勉強をすればするほど、どんどん写真から離れていくような気がして。」

通信大学はとにかく孤独との戦いだと聞いていたけど、その通りだ。SNSで同じ学部の方とはやんわりと繋がれたお陰で名前もどんな人なのかもわからない人達と、時々、試験や勉強の情報を交換してる。その人達は大体は転職目的で、心理の世界に骨を埋める気でいる人が大半だ。だから、私とはちょっと違う。将来に向けた清々しい感じのツィートなんかが飛んでるのを見ては羨ましく思う反面、私はどうしたいんだろうと一人勝手に孤独を感じたりもする。

「東京離れて、友達もそうだけど、色々が変わって、勉強は楽しいけど、本当にいいのかな。」この言葉、この1年で何回、周ちゃんに言ったんだろう。「よしみみたいに写真やってて、心理学勉強してる人、他にいる?」「いない。」このやりとりも何回もやった。周ちゃんは沢山の大きな仕事をしてきたからだろう、私みたいにこの一枚の写真がどれだけよく撮れるか、みたいにミクロな事は考えてない。その才能がどう社会で活かせるのか、その特質がどう面白くて、どう人の役に立ち、それがまた自分に還元されるのか、みたいなことを話そうとしてくれる。ユニークであるかどうかが大事で、今の私はその場所へ向かおうとしているのだからと、問題を転換してマクロな視点で答える。

最初はそうか、そうか。なんて安易に面白くおかしく聞いてたけど、正直、当の本人からしてみれば、そんな簡単な話じゃないよ、と怒りたくなる。前例がないことをやるっていうのは、真似できるひともいないし、誰に聞いていいのかもわからないし、いつも視界はぼんやりどころか、暗闇に包まれてる。元気な時はいいけど、つまずくと私は弱い。そこで深く考えてしまうから。

「その先に、何が見えるかわからないんだよ。」今日は少し怒った口調で言うと、「ごめん。大変だよね。わかる。俺も今の仕事に就くまで模索してきたから。だけど、俺はすごくいいと思う。」と返してくれた。「私は周ちゃんじゃないんだよ。」と、意地悪に言い、食器を重ねた。

悔しかった。写真だって、まだまだやりたいことがあるのに、心理学にまで手をだして、それでいて不安になって、全部自分が馬鹿なだけだ。ただ写真だけ頑張ってたらよかったのに。何も考えずに仕事をしてたらよかったのに。周りの人が活躍しているのを見ると、私、何やってんだろうと情けなくなったりする。本当は何度か泣きそうになったけどこらえた。

身体の隅々が気持ち悪いままベッドに入った。

12月4日

Journal 04.12,2023


特に飲みたかったわけじゃないけど、風呂上がりに缶ビールを開けた。昨晩、周ちゃんに「もう、疲れた。」と愚痴ったからなのか、気持ちがむしゃくしゃしてる。周ちゃんの新しい仕事が始まり、どんどん仕事は忙しくなっていく。それはそれで、楽しそうだし嬉しいことだけど、一方で私の時間はどんどん失くなっていった。私は専業主婦じゃない。働かなきゃ食べていけないし、勉強しなきゃ大学は卒業できない。私たちは夫婦だけど、だからって私の時間ばかりが犠牲になるのはおかしい。

12月だって気づいたらもう4日も経っていた。始まったばかりなのに、すでに息が切れそうだ。休みたい。私だって、仕事で調べ物があると言って、家事を放棄したい。カフェなんかでゆっくりとお茶しながら、仕事の本などを弄りたい。どうでもいい事を友達とメールしあいたい。特に買うものがなくても、伊勢丹を歩き回りたい。ああ、今年の夢だった一人で温泉だって叶えられないまま終わるのかと思うと、やっぱり腹がたつ。

だけど、小さな悩みじゃんとも思う。小さすぎて笑えてくるぐらいにちっぽけすぎる愚痴だ。私なんかよりもずっとずっと大変な人が沢山いる。みつきさんからメールが入っていたことを思い出して返信した。トラウマのこと、カウンセラーと新しい療法を始めたと書いてあった。日本にはまだない療法なのか、初めて聞いたものだった。

最近、心理学を勉強し始めたこともあるのか、心のことで相談を受けることが増えた。私はまだ学生だし、支援について沢山を知っているわけじゃないけど、多分、悩んでいる当人よりは、どう解決したらいいのかを知っているかもしれない。それに、実際に相談を受ける度に心は疼く。あの場所にいるんだと思うと、手を差し伸べずにはいられなくなる。

暗くてじとっとした場所。性質的に、そういうところから早く抜け出せる人もいれば、抜け出す方法を知らない人もいる。努めようと頑張れる人もいれば、無理だと諦める人もいる。「心の病気にかかる人は弱いからだ。」なんて、すっかり元気になった最近の姉が言ってたけど、そうじゃない。鬱はただの病気であって、その人の性質みたいなものだ。

こないだ撮ったHanakoの献本が届いてた。なんだか旅に出たくなった。やっぱり雑誌はいい。小さく毎日を幸せにしてくれる。それに、料理写真というのは、見ているだけで楽しくなる。何も考えずに見れるのがいい。

だけどというか、最近人が撮りたいと思うようになってきた。心理学を勉強してから、人が人を撮るっていうことが、実はすごく面白いことなんだって気づいた。

料理写真は撮る側の意思が殆ど。相手はモノであって、一方的にこちらも撮るし、料理の方も一方的に佇んでるだけだ。けど、人は違う。被写体が舵をきる場合もあれば、撮る側が舵を握る場合もある。どちらにせよ、どちらか一方の意思が尊重されたり、その間を取ったりしながら画になっていく。だから、そんなパワーバランスが写ってくることも、また人間味があって面白い。けれど、もし、両者がそれぞれにそれを手放したら。そこには、想像しないものが写ってくる。

ポートレートは心の有り様の話みたいだ。スピリチュアルっていうことじゃなくて、出会ったその人が、そこにいる私が、どう世界に対して考えたり付き合ったりしてるかってこと。だから、面白いし、それは心理学を通して人を見るのと限りなく似てるな、なんて思った。けど、料理写真もやっぱり好きだ。図書館で久しぶりに手に取った暮らしの手帖を見ながらつくづく思った。

11月29日

Journal 29.11,2023

午前は請求書の作成。午後は勉強を進めた。久しぶりにmetaphorの永嶋さんから連絡があって嬉しかった。来月、会えたらいいな。私がアシスタント時代から世話になっている。今とは全然違う昔ながらの小さな商店街だった松陰神社だった頃のこと。通りを曲がったところにあるデザイナーズマンションの一室に事務所があった。デザイナーの高原さんは元気だろうか。わんちゃん友達だった。時々、寿司を食べに行ったりして遊んだ。伊勢の撮影をさせて頂いた時に元夫に機材運びを手伝ってもらい、そのままスタジオの角でぐーぐーと大きないびきをかいて寝ているのを見て、「すごいね。彼氏。」と、笑ってた。永嶋さんとは前にプログラミングと写真で作品を作ろうかみたいな話にもなったけれど、いつしか流れた。だけど、今度は私が今興味があること、感性認知の心理学はコンピューターが元になっている。だから、プログラミングと写真でやっぱり何か出来るんじゃないかと考えてる。けど、実現できるのは、もっともっと私が研究とか重ねていかないと駄目だ。けど、最近、頭のすみでじんわり考えていた時に連絡が取れて嬉しかった。

夜は午後過ぎに帰ってきた周ちゃんと数週間ぶりにプールへ行った。免疫が下がるとすぐに体調不良を起こすから中々行けなかったけど、もう殆ど回復したし、久しぶりに泳ぐことにした。やっぱり水の中はいい。気持ちがいいだけじゃない。どれだけ日常の中で力んでいるのかがわかる。身体に点を打つようにわかる。

それから、周ちゃんにHOUSEHOLDのナッチャンと連絡したことを伝えると嬉しそうに聞いていた。仕事のことでナッチャンと話したいなとも言ってた。ナッチャンに会いたいな。ナッチャンは最高に可愛くて賢い人。

餃子

夕飯 28.11,2023


午前はマガハで一本撮影。久しぶりの朝の満員電車に揺られた。結局、田舎へ引っ越すからと買った車も休日のお出かけ用となってる。渋滞に巻き込まれて遅刻したら嫌だなとか、何かあったら嫌だなとか考えてるうちに、車で行くという選択肢が必然的になくなった。駅前で姉へのクリスマスプレゼントと、パリのまゆみちゃんへのクリスマスカードを購入してバスに乗って帰った。あと数日で12月。今月も早かった。

夕飯は久しぶりに餃子。やっぱりタネには味噌と砂糖を入れると美味しい。表面を焦がしちゃったけど美味しかった。ビールは二缶飲んだ。

誕生日ケーキ

お祝い 27.11,2023


周ちゃんが駅前でケーキを買ってきてくれた。誕生日は鰻屋だったからと、テコの誕生日と私の2回目の誕生日を祝ってくれた。ありがたい。

前に野村さんの誕生日にケーキが倒れたところを写真に撮った。野村さんが誕生日だからと大家さんがケーキを買ってきてくれて、みんなで食卓を囲んだあの日から、ケーキが倒れるのを目にする度に胸がじわっとする。

ときどき思う。いや、ある時から思うようになった。今が幸せなのかもしれない、と感じると、不意にそうじゃないと訂正する自分がいる。幸せになるのは、少し怖い。

11月26日

Journal 26.11,2023


朝からどんより雲。9時からオンラインで試験が始まり終わったのは12時すぎ。出来栄えは、まぁまぁ。午後は色々と片付けをして、来年のスケジュールを立てた。逆算して色々と考えてみると、もう来年の今日ぐらいまでがパソコンのモニターにずらりと並んだ。前の結婚の時は未来のことは一切考えなかったことを思い出す。たぶん、考えたくなかったんだろうな。未来のことなんて。考えたら不安になるだけだし、考えることが、できなかった。怖いから。それは元夫のせいじゃなくて、私達がきっとそういう人間だったんだと思う。明日から逃げてばかりで、だから、結婚したのだろう。

今回の試験は反省ばかりだ。もっと出来たはずだった。お昼ご飯を食べながら周ちゃんにブーブー文句を言った。「この教科、なめくさっとる。」「マジむり。」幼稚な言葉ばかりが食卓に放り投げられた。周ちゃんは饂飩をすすりながら笑ってる。

正直、勉強は苦手だ。下手したら学習障害があるのではないかと思うほどにできない。絵とか図形ならすぐに記憶してられるけど、長い文章を読んで物事を組み立てて理解していくような、短期記憶という所を使う能力が恐ろしく弱い。えっと、それで何だっけ?の繰り返しだ。だから、ノートや教科書に絵や写真を貼り付けて勉強をしてる。最高に効率の悪い勉強方法。わかってるけど、感情や描写の伴わない言葉を扱うことが難しい。

ああ、くやしい。沸々と煮えたぎる腹の虫。周ちゃんには私の気持ちはわかるまい。「勉強って、試験だと範囲があるし、物足りないというか、もっとその先が知りたいってなるよね。」、もぐもぐ、とうどんを頬張りながら言った。心の中で “辞書やろーめ” とだけ返して、より一層にまた腹がたった。

まぁいい。だけど、やるしかない。来年は4年生になる。勉強が順調に進めば春には卒業。もし、秋までに単位が取れたら、冬はPARISのまゆみちゃんのところへ行きたい。そもそも、本が読めなかった私が本を読めるようになったことでも奇跡だ。2年で単位が取れたら奇跡すぎる。明日からまた仕切り直しで行こう。

勉強できなくたって、できないなりの方略がきっとある。負けない。

ポトフ

洋食 23.11,2023


夜、寝る前、周ちゃんに聞いた。「お互いのいいところを言い合うっていうのやらない?」夕方、コンビニへ行くときに聞いていたラジオのことだった。三子の魂尺までっていうのは、案外間違っていないという精神科医のラジオ。心理学の教科書でもその引用は時々目にする。要するに、人は変わらないよね、だから、出来ないことに目を向けるんじゃなくて、いいところを伸ばした方がコスパいいよねって話だった。

勉強していてもよく思う。昔、制作会社で広告の仕事でプログラミングみたいなことを少しやってた時も思った。スイスイと気持ちよく前に進めないのは、合ってないんだろうなぁって。逆に言えば、映像なんて全く勉強してないし、写真も仕事のやり方は学んだけど撮り方については完全に独学。友達や仕事の人を見ていても思う。私には絶対にこれ出来ないなって思うことを、彼、彼女らは、スイスイとやってる。もちろん、たくさん練習したり、好きだからとか、色々な理由はあるだろうけど、そもそも、好きになることは、大体できることとイコールしてることも多い。

じゃんけんして私が先行となった。「周ちゃんの優しいところ」「すごいざっくりだね。」「じゃあ、テコに優しいところ。次は周ちゃん。」、「よしみは、陽気なところ。もっとそれを外に出してもいいと思う。その陽気さが周りの空気をよくするよ」「え?私陽気?」「うん。踊ったりテコと騒いだりしてて楽しそうだよ」

「周ちゃんは穏やか。私もテコもとにかく安全に暮らせてるよ。穏やかって最高だよ。」「確かに。」「後、周ちゃんは人の良いところを見つけるのがうまい。それは相手を持ち上げてるわけじゃなくて、純粋に人に興味を抱いてるっていうのがわかるし、だから一緒に話してる人は楽しいと思う。」しばらくしりとりみたいに、テンポよくいいところを言い合って止めた。

それからしばらくして「最近の煩悩がやばいんだ」とメソメソしだした私は周ちゃんの膝に抱きついて寝た。試験前、煩悩がやばい。勉強から逃げようとしてる自分がいる。

ピザ

洋食 19.11,2023


今夜は息抜き。夕飯を食べながらマリオの映画を見た。家で映画を見るなんていつぶりだろう。周ちゃんと付き合ったばかりの時にノマドランドを見た時が最後かもしれない。こういうありふれた日々にある小さな出来事は最高にすきだ。

カレートースト

朝食 18.11,2023


週末は仕事と勉強。周ちゃんも家にいるらしかった。過去のデータを探していると、自分が今まで撮ってきた写真のこと、忘れていた日々のことを思い出したら、忘れちゃうのは勿体ない気がした。今週のレポートは社会心理学でテーマは離婚。社会的交換理論について書いてる。

夜、ベッドでこないだ見せた写真のことを、周ちゃんが「あれ、作品にしたら?」「あそこに持ってみてもらったら?」と言ってくれたけど、言葉を返せなかった。いつしか商業カメラマンになってしまった私は多くを失ってしまって、どこからどう引き返したらいいのかわからない。

「作家の道を少しでも通って来なかったら、今はきっともっとつまらない写真になってたと思うよ。」って言うと、「行ったり来たりしたらいいんじゃない?」と言ってた。そんな事、出来たらいいけど、同じように作品を撮っていた時に「仕事は出来ない」と言って、作家になった先輩や友人を知ってる。そして、彼等は今でもしっかりと作家として生きてる。彼等の活躍を街で見かけると嬉しくなる。けど、少しだけ虚しくなったりもする。

さ、勉強しよう。仕事しよう。

せり鍋

和食 16.11,2023


取材が終わってから、新しいライスプレスの事務所に椅子を取りに行き、編集の成田さんとランチしてコーヒーを飲んだ。久しぶりにゆっくりと話した気がする。昔の恋の話なんかをして楽しかった。

夜はせり鍋。

11月13日

Journal 13.11,2023

今日がいつでいつじゃないんだか、段々とわからなくなってくる。携帯は家の中でなくなったまま。仕事の用はだいたいメールかLINEだし、携帯なんて別に要らない。ときどき思い出したようにインスタを見て、へぇ〜とか、ほぉ〜って言って2、3分で閉じる。

段々と師走な感じだ。気持ちが焦ってくる。押入れからストーブをだしたついでにサンタクロースの人形をだした。

今年は久しぶりにアメリカの家族と過ごすことに決めたクリスマス。散々、ブーブー言われて、やっぱり行けないなんて言えなかったし、来年こそ大学の卒業間近で行けないかもしれない。

アメリカの家に行くのは何年ぶりだろう。最後に行ったのは1回目の結婚で家出した時だ。ある日突然に家を飛び出してアメリカへ逃げた。今、思い出しても笑っちゃうけど、馬鹿だったなぁと思う。

ダルバート

カレー 11.11,2023


久しぶりの周ちゃんのダルバート。週末にこうして料理を作ってくれるのは、本当にありがたい。試験まであと2週間。その後にレポート6本。そして、12月は結構しんどめの試験がひとつ。朝にワクチンを打ったからなのか午後はだるかった。

塩麹鍋

和食, 夕飯 10.11,2023


今日は周ちゃんがリモートだった。家事を手伝ってくれるし、テコもずっと周ちゃんの部屋にいてくれるからありがたい。今週提出予定のレポートがなんとか2本終えた。ステレオタイプと記憶のメカニズムについて。今月、来月、どうなっちゃうんだろうか。ここ数ヶ月のツケなのはわかってる。けど、体調もよくなってきたし、睡眠を削っちゃだめだと病院の先生に言われたけど、どうしたって睡眠時間を削るしかない。

久しぶりにスタイリストの雅さんからメールがあった。キリンの仕事を終えてからずっと会ってない。この1年、何回も「会おう」とメールしてる。春も夏もそんな約束をしていたのに、結局時間がなくて秋だ。最後に友達と気兼ねなく飲んだのはいつだろう。7月の試験後にあった後藤さんとミオちゃんかもしれない。

大学なんて入ったからこんな事になってるのだけど、仕事だってしなきゃいけない。身体のことも考えなきゃいけない。恵比寿で一瞬だけ会った田村さんが秋に大学を卒業したからと、今は開放感で一杯だと嬉しそうに話すのを見て、やっぱり頑張らなきゃ!と思った。それに、私の周りの仕事仲間を見ても思う。好きなことの為に頑張ってる姿は応援したくなるし、元気がでる。

来週かどこかで、夏に買った椅子をライスプレスに取りにいく。編集の成田さんも会うと、元気になるひとり。取りに行ったついでにお茶でもしましょうと先日に連絡をいれた。彼を見てると、人っていいなと純粋に思う。それに、私もいい人でありたいなって。心を勉強してからより一層、人に対してフラットになれるようになった一方で、人が出来ることの多さやその凄さみたいなものや、言葉だけでは語ることが難しいようなニュアンスみたいなものも、理解していくことが増えた。先日、角田さんの映像を一旦撮り終えたけれど、角田さんからは心の多くを学んだように思う。なんとも、その心の鮮やかさが素敵な方だった。

月末に石塚さんにワークショップのことで会うことになってる。お父さんを亡くされて大変だった筈だ。だけど、しっかりと歩いてる。久しぶりの石塚さん。優しい笑顔がみたい。なんだかんだとターニングポイントで会っている気がする。独立する時、離婚した時。そして今。doの仕事で撮影させていただいた以来だから1年ぶり。ライターの瞳ちゃんと石塚さんと3人でお茶をしながらケアの話を永遠にしたい。そんな日は、きっと、大学を最短で卒業したって再来年までやってこない。とりあえず、今日も今日のことをやろう。先をみたって不安になるだけだし、とにかく時間はポッケにいれて叩いても増えないから、どんどん食べるしかない。

11月5日

Journal 05.11,2023


今日は恵比寿で田村さんに会った。何年ぶりだろう。早朝から映像の編集をして、その合間に会った。ゆっくりと話したかったけれど、1時間だけお茶をして帰宅した。鈴木理作さんのワークショップで出会った田村さんは、あれから心理学の勉強を何年も続けていたのだそう。「私たち、好きなことが似てますね。」静かに言葉を選んで話してくれる、田村さんの話し方がやっぱり好きだなと思った。

田村さんは先日に大学を卒業して、今はナラティブセラピーの勉強をしてるのだとか。懐かしいし、話したいことが沢山あるのに、今日に限って咳が止まらなかった。また情報交換しましょうと言い、駅前で別れた。ハッセルで写真が撮りたいと言ってたけど、田村さんの写真は好きだから撮ってほしい。

とんぼ帰りで家に帰りまた夜まで映像の編集。終わったのは夜。そこからまた夜遅くまで試験勉強を始めた。なんだかんだと半年以上の時間をかけて作った映像の制作。ようやく終わったと思うと、なんだかとても気分がいい。映像はやっぱり大変な作業。とにかく時間がかかる。スチールとは比べものにならないくらい。だけど、悪いことばっかりじゃない。長い時間向き合っていると、想うことが多いし、考えることも多い。

苦労して育てた子供を扱ってるような感じかもしれない。だから、こうして終わってみて思うことは、やっぱりいい時間だったってこと。声をかけてくれた料理家の角田さんには感謝でいっぱいだ。それに、今回は周ちゃんにも色々と手伝ってもらったことも大きい。昔デザイナーの彼氏と一緒に仕事をした時は二度とやらないと思ったけれど、今回はとても楽しかった。周ちゃんの企画の考え方、進め方、アイデアの出し方、私の色々の汲み取り方、純粋に勉強になったし、仕事ってこうやって楽しむんだなって思った。

さあ、今日からまた思いっきり勉強しよう。あと、写真のポートフォリオも作らなきゃ。前進あるのみ。咳はまたぶり返してる。

寄せ鍋

Journal 04.11,2023

耳鼻科の薬がよく効いてる。日に日に体調がいい。だけど今日も時間がない。映像の編集、勉強、撮影データの現像。あっという間に夜。プールに行くはずだったけど、力尽きて行けなかった。

菊のお浸し

Journal 03.11,2023

誕生日に買った指輪が右手の中指にあることを目で確認する度に気分が少しあがる。昨日、撮影前に青山にできたばかりのsatomiの路面店で買った。

今年もあっという間にまた一つ歳をとってしまうんだろう。離婚を機に自分の人生を大切にしようと決め、毎年誕生日に買い始めた指輪は今年で3つ目。まだ、たったの3つ。

こんなに色々があったのにとも思うけれど、案外すんなり日々は流れてるし、ようやくスタート地点に立てたような気もする。石の上にも3年とゆうけど、地盤はしっかりとしてきた。

周ちゃんがお母さんに貰った菊をお浸しにしてくれた。