
力のつくものでも食べようととなり、牛肉を買ってきて夕飯はすき焼きにした。引越しまで二週間。週末に家に周ちゃんがいるのは今日で最後。来週はまた出張だ。体調は全快してない、けど、明日から色々が立て込んでる。とにかく、全部しっかりとやりきらなきゃだ。

力のつくものでも食べようととなり、牛肉を買ってきて夕飯はすき焼きにした。引越しまで二週間。週末に家に周ちゃんがいるのは今日で最後。来週はまた出張だ。体調は全快してない、けど、明日から色々が立て込んでる。とにかく、全部しっかりとやりきらなきゃだ。

母にコロナになった。とメールしたら、直ぐに段ボールいっぱいの野菜と果物が届いた。母は何かあると、必ず食べ物を送ってくれる。だけど、結局、メロンが食べれるようになったのは大分良くなってからだった。よく完熟していて、今年一番のメロンだったと思う。姉がLAに帰ったら、二人で中華食べに行こうって約束してる。

結局のところ、ただの夏風邪はコロナだった。初コロナ。もう、今や誰がなってもおかしくないと言うけれど、結構頑張ってからないようにしてたコロナ。これだけ当たり前になってるコロナだけど、いざ自分がかかるとなると、小さくショックを受ける。
勿論、発症元は周ちゃん。出張で貰ってきたんだろう。金曜日から土曜日の朝にかけて、急に容態がおかしくなってきて、寝起きの周ちゃんに直ぐに病院へ連れて言って欲しいと頼んだ。喉の激痛で、耳や肩、身体全身の神経がおかしくなりそうだった。この時点で周ちゃんは既に発症から5日経過していて、体調も良さそうだった。
あれだけ、仕事を休んでってお願いしたのに、出張から深夜帰って直ぐに実家の用事、そして夜中に帰宅して朝から仕事。そんな事を続けていたら身体を壊さないわけがない。高校生の頃から野菜ジュース飲むような健康オタクのわたしが、食べ物だけじゃなくて睡眠時間にだってうるさい私が、どうしてこんなに苦しんでるのに、家族のことを考えずに好き勝手やる周ちゃんは飄々と仕事してるんだろう。なんだか、妊娠の時のことを思い出す。この人は、というか男性はなんだろうか。自分は大丈夫だから、と颯爽と出かけていく姿は苛立ちしかない。心配そうな顔をして「早く帰る。」と言い、冷蔵庫の中が空っぽなことも忘れて遅くに帰ってくる。そして、脂っこいラーメンをどんとだされって、そういえば、優しさって何だっけって。油がだらっと浮いた茶色い液体の表面を見ながらなんどもなんども考えた。なんなら、もうあの時から味覚はどこかへ行ってくれたら良かったのかもしれない。
周ちゃんへの苛立ちは一向に消えないけれど、それに反して、私の身体は刻々と回復していった。まだ完全とは言えないけど、もう「辛かったな」と過去のことのように振り返れるくらいに。
夜はたぶん、気持ちの行場をなくしたんだと思う。ひたすらYouTubeを見続けた。アメリカンゴッズタレントという番組。小さな少女たちが、震える身体を震える声を捨てて、ステージの中央にただポツンと立ち、腹の底から心の声を、すべてを界に向かってさらけだす。圧倒されっぱなしで、気づいたら泣いてた。周ちゃんの事なんて、どうだっていいや。そんな事よりも、私も強く生きたい。朦朧としながら、ベッドに転がりながら、見続けた。


周ちゃんが出張になると、夜が遅くなりがちだ。多分、それは、電話のせい。全く電話しない時もあるけれど、電話する時もある。なんとなく、お互いに寂しくなってかけるのだろう。気づけばもう、周ちゃんは私の恋人みたいな存在そのもの。正確に言えば、夫だけど。
今日は江戸川橋の内見が急遽延びて、昨晩の仕事や周ちゃんとの電話で今日は寝不足のままに仕事へ出かけた。14時過ぎ。池袋の丸の内線のホーム。15分は寝たと思う。撮影の内容を確認した後に単語帳を開いたけれど、直ぐに睡魔に襲われて気持ちよく寝て、起きた矢先のことで、たぶん、違うと思う。そんな事は絶対にないと思う。
不意に目の前に現れた人が、横を向いた。さっきシャワーから出てきたような黒髪で、だらしなくTシャツやズボンを揺らして歩いてる、背は私と同じくらい。小柄な割に背中はがっしりとしてる。左を見たり右を見たり、忙しなく動く顔とその先にある視線。
私は仕切りにアトピーのあとを探して、頭のてっぺんから足の先の隅々まで、その身体がなす動きを全部、本当にそうなのかじっと追いかけて、離れて、そして、目が勝手に涙をこぼそうとしていた頃に、すぐにその視線に交わらない場所に動物的に素早く逃げた。
私、何を期待してたんだろうか、元夫かどうかを一生懸命に知ろうとしてた。もし、ここで大声を挙げられて詰められたらどうする?違う。そんなこと。私には、彼にかけられる言葉なんてない。もう、二度と私達は目だって合わせられないを合わせられないはずだ。まるで嘘みたいな、ドラマにでも出てきそうな最低の別れをしたのだから。
頭がショートしそう。停車していた電車へ飛び乗った。イヤホンからは英単語が流れてるけれど、全く聞こえてこない。振り返らない。下を向いて、私という人の気配をしばらく消した。電車が閉まっても、次の駅がその次の駅が来ても、ずっと下を向いていた。
あれは本当に元夫だったのかはわからないけれど、久しぶりに生きてるような気がした。まるで今が夢で、あれが現実みたいに見えて変だった。そして、絶対に周ちゃんがいるこの生活を守ってやるんだと思った。おかしいでしょ、私って思う。今が現実であれは過去なのに、何を言ってるんだか、だけど、本気でそう思った。ここは私にとって夢だ。
梃子はもう、すっかり周ちゃんに慣れてる。結婚して2年半。まだ、当ててはめ込んだみたいな夫婦だと思っていたけれど、過去から離れるために、こんな遠くまできたのは、そうでもしないと生きていけなかったからなんだ、そうだった。いま、記憶を勉強してるけれど、記憶って怖い。こんなに怖いものだなんて知らなかった。だって、自由に書き換えることが出来るし、書き換えたことを現実にすることもできるのだそうだ。
過去が溢れてくる。あの瞬間がトリガーになって、ぐちゃぐちゃだった世界のことが、
嘘みたいな毎日のことが、見たこともない景色が予想もつかない出来事が起きる、今とは180度違う元夫の世界のことが蘇ってくる。


朝6時半に梃子を膝に乗せて、車で周ちゃんを駅まで送った。今日から3日間の大阪出張。そのあとは、直ぐにシンガポール。最近、周ちゃんの一言に腹が立つ。その度に、元夫を思い出してしまう。まさか戻りたいなんて思う訳でも、今でも好きだなんて思う訳でもないけれど、あの人ならこんなちっちゃいこと言わないし、絶対にしない。って、思ってしまう自分がいる。正直、うざい。どうしてこんな気持ちになるのかわからないけど、そうやって元夫が日々私の中でいい男みたいな顔をしてやってくる。
そもそも、周ちゃんの態度に腹が立つのは、私が周ちゃんへの態度が悪いからだ。私の口の悪さや身勝手な行動に比べたら、周ちゃんのなんて可愛いもんだ。別に庇うわけじゃなくて、どう見たって私が悪い。
もし、20代で、いや30代だったとしても、周ちゃんとは絶対に結婚しなかったと思う。今じゃなきゃ結婚しなかった。こんなに素敵な人はいないって思うけれど、私が好む男じゃなかった。真面目で絵に描いたような、普通で退屈でどこにでもいそうな、かっこよくて背が高くて、仕事ができて、私にとってはとびきり冴えない男だった。元夫と比べ物にならないくらいに平坦でまっさらで安全な男。傷一つない、SEXだって十分過ぎるくらいに上手い。
一昨日も聞いた気がする。「私のこと好き?」これは、もしかしたら自分への問いなんだろうか、とも思う。結婚をすると、どういうわけか、鳥籠の中の鳥のような気持ちになる。ここからは二度と出てはいけないんだよって。そんな事、誰も言ってないのに、ついついそうだと信じ切ってしまう。
だからだろうか、余計に好きがどこにあるのかわからなくなっていく。というか、好きじゃなきゃいけないような気になって、それが少し、苦しくなる。いや、罪悪感のような、間違えた今日を選んでしまったような後ろめたさだろうか。
正直、好きとか嫌いなんて、歳をとればとるほどにどうでもいいことだ。家族でも友達でも、好きか嫌いかじゃなくて、大切かどうかの方がずっと大事。それに、大人になると、いちいち好きとか嫌いに振り回されてるほど暇じゃない。周ちゃんに想うこと、今日も一緒に生きてくれてありがとう。巷に転がってるようなありふれた言葉だけど、今のところ、これがしっくりときてる。
実習先が全く決まらなくて、鬱々としてた先月。もうダメだ、もう嫌だと、朝も夜も周ちゃんに話を聞いてもらってたいつかの夜に、私、毎月、まつ毛パーマして、ネイルして、美容院行って、週末は友達と話題の店で食事して、好きな服を買って、残業がない仕事して、給料は別にそこそこでもいい、それで、十分に幸せだと思うんだよね。実は、すごく、そういう生活に憧れてるって話したら、周ちゃんはとびきり変な顔をして、曲がった口で「本当に?」って言った。
驚いたけど、周ちゃんには周ちゃんなりの理想の女がいるらしかった。知らなかった。私たち、いい感じですれ違っている。もしかしたら、思っている以上に、ここには恋のような愛があるのだろうか。

周ちゃんは明日から出張。正直、やっぱり毎度のことで、小さくうれしい。

夕方に駅前のスタバで仕事をしてると大学から電話があった。「熊谷さん、実習の内諾を正式に頂きましたので。」ようやくだ。春から探し始めて、ようやく受け入れてもらえる病院が決まった。まさか、本当に私が病院で働くだなんて、信じられない。本当に人生って何があるかわからないや。
嘘みたいだけど、自分で選んでやってきたこと。この一年半、勉強頑張ったじゃないか。夏が終えたらもう殆ど卒業したようなものだ。秋には単位を取り終える。そして病院での実習に入る。もう、仕事も思いっきり出来るし、そして、受験勉強も本格的に始めるつもり。そして、引越しももうすぐ。けど、家はまだ決まってない。

「楽しみなさい。よしみの人生なんだから」アンメットを見ていた時に、母に年末を言われたことを思い出した。L.Aは夜中の3時。隣の部屋で戦闘もののゲームの音が鳴り響く中、電話の向こうにいる母に気づかれないように泣いた。
別に、姉が悪いとは思ってない。100万回くらい思ったけど、本当はそうじゃないことも知ってる。そういえば、大体、いつも、姉に限らず「あの人には悪気はないだから。」と、ことあるごとく、私は私に説得してきた気がする。
本当に悪いかどうかなんて多分、どうでもいいこと。大人になって知った。そして、離婚してからもわかった。真実、正義、何がよくて悪いかなんて答えを現実は別に知りたがってなんていない。結局、それで痛いと胸のあたりが、ズキっと、いやズキズキと、いや赤く腫れて腫れ上がってそれを隠そうとして、そのうちに痛みに耐えられなくなって、本当にもう痛いのだと誰かが悲鳴をあげたらゲームオーバーになる。それが答え、かもしれない。
これは私の性格の問題ってこと。どうしてなのか、よくわからないけれど、我慢しなきゃいけないと、ぐっと口をつぐんで成長しなきゃいけなかった。
元夫のことだって、私がムリです。と、早く言えば良かっただけだ。多くの人に助けを求められたら、彼の病を救えたかもしれないし、離婚してなかったかもしれない。「どうして、こんなことになるまで、我慢したの?」やっぱり母に言われて気づいた。え、あ。心配かけたくなかったから。ただ、それだけで、あとは、私なら何とかなると過信してんだろうか、よくわからないけど、まるっと大きくて真っ黒な布で包み隠していた。
人の所為にすれば簡単だし、その悩みは一方通行ですむ。自分の所為にすれば、現実を変えることなく、明日を迎えられる。なんでこんな大人になってから、母は私にあんな事を言ったのだろう。もっともっと、子どもの時に言ってくれたらよかったのに。

LAから姉が帰ってきてる。母からテコのことで何度も電話がある。なんなんだろう。母はなにかわかってるんだろうか。

5月31日。初恋の人の誕生日。夕飯は醤のニラ餃子。
結局、実習先は決まってない。だけど、なんだか吹っ切れてきた気もする。世の中うまくいかないこともあるってことだ。死ぬほど勉強したって、実習にいけない。これが現実だとしても、私は死なない。今日も美味しくビールを飲んで、大好きな餃子をたらふく食べれる。人生なんてそんなもんだ。こんだけ頑張ったのだから、とか、どうして私だけとか、可哀想な自分を見つけたって悲しさは減らない。だったら、無視すればいいんじゃないかと思った。今、目の前にある現実を。
だけど、実は、いいこともあった。色々な病院やクリニックと連絡をとるうちに、電話がそんなに苦手じゃないってことに気づいたこと。長年苦手だった電話。番号を押して相手が出るまでの時間。今か今かと、待つ間に、じわじわと手に汗をかく。あの時間が大嫌いだと思っていた。だけど、私が苦手なのは、たぶん、電話じゃなくて、うまく話そうと頑張ること。電話、そのものじゃない気がした。
それに、もうひとつ。病院はみんな一緒だと思っていたけど、全然ちがうってことを知った。まるで会社みたいにそれぞれ方針ややり方が異なっていて、いい会社もあれば、やばい会社もある、みたいに。今まで家の近くだからっていう理由で病院を選んでいたけど、美容院を選ぶくらい慎重になってもいい。それぐらいに違うし、万一、ハズレを引いたら、変な前髪とかになって、帰って泣くのは自分だってことだ。
周ちゃんは昨日も少し帰りが遅かった。最近、むちゃくちゃ忙しそう。6月の半分は出張だし、仕事がどんどん軌道に乗ってきているんだろうなと思う。私は私で新しい仕事が始まりつつある。それに、病院に連絡していく中で、なんだか、歩き始めてる気がした。
それに、写真を撮ってる時が一番さらさらと進めるってこともわかった。きっとすごく合ってる。周ちゃんに言うと、同じことを言ってた。どうしても好きで、20代最後に諦めきれずに始めた仕事だと思っていたけれど、右往左往、色々とやってきて就いたんだ。これが、私ならできる仕事だったんだって。


おーいハンサムの中で食べてたしらたき入りの冷やし中華が食べたくなって、家にあるものでっぽいものを作った。

右と左の子宮が痛い。そんな事ってあったっけ?普通は右か左、どっちか片方が痛むよね。もう、なんなんだろう。イレギュラーな毎日ばっかりがすぎていく。引越しも一旦ストップ。正直、それどころじゃない。
今日は散々だった。昨日も確かそうだったけれど、ソファーに倒れ込んだのは17時くらい。もっとすぎていたかも。もう、本当に無理。いや、ぜんぜん無理じゃない。どっちなんだかわからないけど、下腹部は痛い。なんだっていいけれど、とにかく実習先の病院が見つからない。もう無理だよ。
周ちゃんが一昨日言ってた。こないだ、高橋くんとご飯した時に私のことを褒めていたんだって。高橋くんは、今やってるアートのことで第一人者らしく、今の仕事をやめて早く本を書いて、アメリカだかヨーロッパだかの大学院へ行って、もっとしっかりと研究を深めた方がよいのだそう。だけど、そう簡単にはできないんだって。だから、よしみのことを褒めてたよって。
「え?」驚いた。褒めてくれるのはすごく嬉しい、だけど、。うーん。どうなんだろう。自分でも思うけれど、私ってバカなんだと思う。嫌なこととか、苦しいこととか、散々な目にあった筈なのに、また同じことを繰り返しちゃう。結婚なんて最たるもので、二度と結婚しないって誓った一年後に結婚した。離婚届を出したピッタリきっかり1年後に。そう、私はバカなだけ。大学だってそうだ。なんで、こんなに苦しい思いをしてまで勉強続けてるのかよくわからない。このまま実習先が決まらなかったら、単位は殆ど取れてるのに、卒業が延びる。
今夜は周ちゃんは立川で研修だから帰りが遅い。夕方にコンビニに行ってビールを買ってきた。そして、台湾風の唐揚げを作って、ビールでグゥーっと喉を潤した。こないだ野澤さんにいただいたスパイスセット。鶏胸肉にスパイスを揉み込んで揚げるだけなのにまさに台湾。
ああ、もう限界。こんな毎日から逃げ出してしまいたい。絶対に逃げたりしないけど、。いや、逃げたいよ。けど、勉強は絶対にやめたくない。やめる気もない。なんで頑張ってきたのに、実習先が見つからないんだろう。もう嫌だ。このやろう。
やることなすこと、上手くいかない。いや、ただ、そう見えてるだけなんだよ。わかってるけれど、そう信じきってる私がそこにしっかりとしがみついて離れてくれない。


周ちゃんの誕生日。なんだか、周ちゃんが急にもっと好きになった。前々から思うけれど、誕生日って、その人がもっと好きになる日だって思う。


なんだか良い気分なんだか悪い気分なんだか全くさっぱりわからない。これは平和ボケみたいなものなんだろうか。それとも、ホルモンのバランスみたいなもので、いわゆる調子の悪いやつなんだろうか。いや、相変わらず飄々とはしてる気もする。
けど、やっぱり誰だって私だって、適度になんだか悩みのような、面倒なことは抱えてる。どんなに順風満帆な人だって、、。
実習先、結局、放置して数日。昨日はワークショップだったし、なんだかもう、心身共にいっぱいいっぱいだった。試験が終わって開放感!とは言えないくらいに色々が詰まりに詰まってる。帰りに1時間だけ、買い物をして帰った。私なんてものに財布を持たせたらいいことない。ものの数分で買い物袋いくつ抱えられるかゲームをしたら、圧勝できる自身がある。欲しいものがありすぎる。ダメだと思いつつ、やったれと思いつつ、2枚だけ服を買ってさっさと帰宅した。
あーあ。家も決まらないし、実習先も決まらない。単調に平和な毎日だけが過ぎていく。ただ、一つ。こういう時はぐっと写真が楽しくなる。隣の隣のおじちゃんに「今年はゴーヤやらないの?」って聞かれて「もう、いっぱい出てきちゃって大変なんですよ。」って玄関先に昨年落ちたゴーヤの種から勝手に芽がでた沢山のゴーヤの苗を見せると「うちは今年は3つ植えたよ。」って。この街には友達はいない。だけど、顔見知りのおじちゃんは数人いる。隣のおじちゃんと、その隣のおじちゃんと、野菜作ってるおじちゃんと無人販売のおじちゃんと、トイプーつれてるおじいちゃん。ちょっと寂しくなった。
私はきっとそのうち出ていくよ。
「フォトグラファーやりながら、大学生ってやばくない?」
なおきさんに聞いた。え?って顔をしてる。そして、「全然っ」て。むしろいいなと思うと言ってた。そうなんだ。いいんだ。ひとり勝手に疎外されてしまったような気になっていただけなんだろうか。
待ち合わせは17時。神楽坂で清水さんとの打ち合わせが大分延びて30分遅刻。すぐ側にある西村へ入って、フルーツサンドと私はホットティ、なおきさんはカフェオレを頼んで話していた。
なおきさんは、文章上手いよね。って話をすると、驚いた目をしてた。「CINRAのみんな、誰も言ってくれないですよ。」って。確かに、人って、日々の中で見慣れてくることは口にしなくなる。それは、ある意味、もう当たり前になってしまったってことで、みんながそう見てるってことかもしれないけれど、一方で人はいつだって、今日、愛されたいと思ってしまう生き物だ。だから「私のこと好き?」そんな風に何度も何度も同じことを聞いてしまうんじゃないか。けど、そうやって限りなく、また初めてのように聞いてしまう方が自然な気もする。今日がいつまでも続くなんてことはないのだし。だって、今日って、あっという間に消えちゃうものだから。
みんなの話を聞いていたからだけじゃなくて、SNSでナオキさんの文章を目にした時に、ああ、いいなって思うことが何度もあった。「上手いとか下手とかじゃなくて、いい。」と私の文章を褒めてくれる編集のリリさんの言葉を思い出す。勿論、ナオキさんは私とは雲泥の差の上手さなのだけど、プロだし。そういう事じゃなくて、胸の奥にある何かをぎゅっと掴まれるような、、そんな感じのもの。
結局、あっという間に1時間ちょっとだらだらと話をして麗郷へ入った。少し遅れて村上さん、渉さんがきた。いつものメンバー。今日は西丸さんは来れないんだそう。会いたかったな。
それから、「デートしたいよね。」って話をしばらくした。なんでそんな話になったんだろう。たぶん、独身の村上さんに最近、好きな子いないの?って聞いたからだろうか。村上さんの答えは最高で、「僕はやっぱりギャルが好きなんですよね。」って。村上さんの時々言う言葉は最高なことはもう知ってる。前は、突然、僕は鬱かもしれないって言い出したし、うちで撮影してた時に、たまたま泊まってた美人な家庭的な友人を紹介したら、後に「僕、結構、バリバリ働いてる女の子がいい」って。なんだろう、毎回、拍子抜けして、だけど、なんだか納得してしまう。何を隠そう、私もギャルが好きだ。なんなら、ギャル関係の仕事がしたいと思ってるぐらいに。最近、疲れて何も考えたくない時に見るのは、youtuberのかじえりだし。だって、ギャルはいいよ。可愛いいもの。なんだか、それって平和の象徴みたいに見えるんだもの。
帰りに歩きながら渉さんのところの双子ちゃんの写真を見せてもらった。「もっと見せて。」ああ、本当に渋谷が好きだし、この街の夜が最高に好き、そして友人らも大好きだ。この時間が一生続いたらいいのに。渋谷のぼこぼこした道路を歩きながら思った。
そして、そう。結局、デートの話は、みんな、デートがしたい!ということでまとまった。村上さんは、既婚者の私たちに刺激が欲しいのか?と何度も聞いてきたけど、全員口を揃えて、「そうじゃない。」と、きっぱり。全然違うよ。刺激なんて別に、家族のいる毎日だって刺激的だ。そうじゃなくて、デートがしたいのだ。
いつもとは違うランジェリーを纏って、お風呂も念入りに入って、ちがう。別にセックスしたい訳じゃない。ただ、特別な服をきて、そして、そして、。なんだろう、何があるかわからない夜を、残り30分で終わる終電をわざと逃して、東京の夜の中でずっと終わらないような夜を過ごしたいだけなのだ。

明日は試験、多分大丈夫だけど、全然やる気がしない。さぼってドライブにでも行こうかと思ったけど、やめた。しくしくと夜まで勉強。

昨晩はすごく楽しかった。やっぱり東京で友達と過ごす時間は、私にとってすごく大事。ぐっとチャージされたように思う。周ちゃんが3日前に高橋くんに会った時に、山椒塩をもらった。じゃあと思って、あさりご飯にした。もし、高橋くんが近所に住んでるなら、食べにおいでって言えるのにな。

6時ちょっと前に起床。寝坊した。携帯を見ると、着信がある。ディスプレイには、ー匿名通知ー とだけ。わたし、まだ誰かに恨まれてたっけ。え、夢?寝起きの頭で一生懸命に考える。たぶん、いない筈だと思うんだけど。もうきっと、私を訴えたいと思う人もいない筈。だって、わたし、、もうあの男とは関係ないし。
最近、嫌な夢ばかりを見る。寝起きでこんなのやめてよ。入ってもいない、留守番電話を何度も確認した。朝の4時半。そんな時間に匿名でかけてくる人っているだろうか。いや。もう、どうでもいい。胸はぴくりともしないし、痛くもない。わたしには関係ない。
電話の所為?いや、よく分からないけれど今日はずっと調子が悪かった。天気もずっと悪かった。母からかかってくる電話はそうそうに切って、遅くなるという周ちゃんに適当にチャーハンを作って、ノンアルのビールを持って書斎にこもる。
わたしって、何がしたいんだっけ。むしゃくしゃする。やる事がいっぱいあるのに、全然進まない。本棚の前に座って写真集を開いた。ああ、落ち着く。写真はやっぱりいい。理由はハッキリと説明できないけれど、すごく安心した。多分、世界は思ってるよりも悪くない場所だってことを感じたんだと思う。
人は、言葉で理解する人と、ビジュアルで理解する人とに分かれるらしいけど、わたしは120%後者だ。だから写真の仕事をしてるんだなとも思うし、だから、勉強は苦手なんだと思う。テキストを読むのは死ぬほど遅いし、3回くらい読んでも全然理解ができない。けど、5回読めばわかってくる。だから、別に5回読めばいいだけのこと。
言ってた時間よりもずっと早く帰ってきた周ちゃんと一緒にお風呂に入った。武蔵境に100平米の家を見つけて申し込みを入れてみたけど、車を無くして世田谷とかに住むのもいいんじゃないって、周ちゃんが言った。「え?」「だって、世田谷の方が友達が沢山いるだろうし、大学院のこと考えても通いやすいでしょ。」「それ、プレッシャーだよ。」
大学院は行ってみたいけど、まだ大学だって卒業してない。そもそも、実習先だって決まってないし、色々が正直、うまくいってない。仕事だってどんどんやらなきゃいけないし。「なんで、まだ卒業だってしてないのに、大学院のこと言うの?」私が怒って言うと「もう、言わないよ」って、ぶっきらぼうに答えた。
周ちゃんはいい人だと思う。優しくて、仕事もできて、家族のことも大事にしてくれる。だけど、変なのって思うこともたくさんある。一番は、いい人ぶろうとするところ。そこが一番、嫌いだ。わたしの為を想ってると言うけど、それはね、嘘だと思う。少しは思ってくれてるのは知ってる。だけど、人はね、そんな簡単にいつも誰かのことばかり想えないんだよ。それが人なんだから。
私だってわからない私の未来のことを勝手に話すな。そういう愛は人を苦しめる。

試験が終わると、抜け殻みたいになる。夕方に武蔵境の物件を急遽見に行った。駐車場付きの一軒家。周ちゃんは気に入ってるみたいだったけど、わたしは、ぜんぜんだった。なんか、いい時は、いいって思うけど、そうじゃない時は、頭だけが動いてる感じ。駅からは何分とか、自転車置き場はとか。大事だけど、どうでもいいこと。
今日は、ヘレナとやっちゃんの誕生日で、心理統計の試験日。朝から気分は落ち込んでる。あれだけ勉強したのに、ぜんぜんやる気がしない。80点取れたらいい。
好きとか嫌いに余りに振り回されてしまうように思う。もう、いいやとなると、まったくだめ。聞こえない、見えない、みたいにシャットダウンしてしまう。気持ちは頑張りたい筈なんだけど、頭ではわかってるんだけど、。
試験が終わったのは17時半。朝5時半から勉強を始めて授業をだらだら受けて、試験。もうこうゆうのにも慣れた。人間の慣れってすごい。10時間以上、普通にさらさらと勉強出来るようになった。ただ、気分がだだ落ちで、スランプ中なだけ。
聞きたいことがあって話しかけた子が、前に住んでいた池尻大橋のマンションのすぐそばに住んでるっていう編集者の女の子だった。ジャンルは違うけど、近い人。試験が終わると、さっき交換したばかりのLINEにメッセージが入った。「北千住でのんでる。」
周ちゃんに、少しだけ遅くなる、とLINEして、来た電車に飛び乗った。飲み屋街のずっと奥にある中華屋。こういう店、久しぶり。前の夫とは、この世の果てみたいな店の暖簾をよく、くぐった。
生温い麦酒と、季節外れのモロキュウ。中華屋だけど、ハムカツとアジフライ。どちらも真っ黒で、オススメの餃子は昨日から売切れなんだそう。愛想のいい中国人のおばちゃんと常連のオジサン。テレビはちびまる子ちゃんが流れて、丸い椅子はガタガタいって、今にも潰れてしまいそう。壁に書かれた294円均一とゆう紙。全部が嘘みたいな、夢みたいな、悪い冗談みたいな、懐かしい場所。
少し世代が若い娘たちと、ひとしきり話して、予定よりも2時間すぎて帰宅。最後に、同じ大学の博士号?だというおじさんが来た。虐待児の研究をしているのだそう。なんだろう。何かを追い求めるのはすごいと思うし、その姿勢に尊敬しかない。いや。ちょっと、わからなかった。
もう、そこから帰れなくなっちゃったんじゃないか。ハゲ散らかしたヘアーのことじゃない。人生って、正しいことを正しいと、正しいからとやり続けていくことが本当に正しいんだろうか、って。もちろん、人のため、いや、違う。きっとどうしても、自分の中で生きていく上で納得いかないことがあるんだろう。そうじゃないと、そこまで執着もって追い求めることなんてできないと思う。だけど、ちょっと寂しそうな気がした。
幸せってなんだっけ。帰りの電車で少し、さびしくなった。
大学2日目。春に会ったスクーリングの子たちと実習について話をした。
そうか、みんなすごいな。同じタイミングで入った子たちと話せて嬉しかったけど、なんか、とびきり落ち込んだ気もする。わたし、なんで勉強してるんだっけ。話した二人は自分の目指す道があって、その為に学んでるし、だから実習にいく。
私は、臨床の現場でなにを学ぶんだろう。写真みたいに、ただ好きだけでは、通用しない世界だ。どうしよう。

好きな服きて、好きな男とデートだけして生きたい。授業が終わったのは、18時前。常磐線、電車が遅れてる。日暮里で山手線に乗り換え。え、電車動いてないの?
なんなんだろう。そういえば、今朝、銀歯が抜けたな。まぁ、最悪〜と言うまでもないけど、このぎゅうぎゅうの満員電車。どうにかして欲しい。
撮影に比べたら、大した疲れじゃないんだけど、なんとも気分が悪い。radikoでも聞こう。あ、オザケンとボーズが話してる。なんか、むちゃむちゃだな。なんかさ、いいよね。今日は朝から晩まで、カチカチの活字と統計。悪く無いけど、現実はむちゃむちゃなんだよ。
テキトーでいいんだよな。今日が幸せかどうか、恋してるかどうか、胸があがったりさがったりしてるかどうか、それぐらい、それだけをきちんとやってたら、パーフェクトな気がする。

先月に撮ったHanakoの献本が届いた。紙が変わった?なんか、zineみたいな、いい手触り。私が撮ったのは料理の最初の頁。最初だからいい雰囲気で、。みたいなことを編集さんが言ってた。その前がモデルのモトーラさんがくるよって話も聞いた。
「今、東京いないんですか?」「たしか、Londonに住んでるんじゃなかったかな。」
ついこないだ、みたいな事があっという間にいつかになってる。どの雑誌を開いても、モトーラさんを見かけた時代はいつだったんだろう。大人になると、時間がどんどん早くなるのは、新しいことがなくなるからだそう。フローな状態が増えれば増えるほどに、日々はラクになればなるほどに、人の心は動かなくなっていく。
明日から5月だ。今日が最後だなんて、信じられない。全然いろいろは記憶にないや。心を動かしてないのかな。一昨日、ミオちゃんがくれた写真。2年前の世田谷の私の家。あの部屋がむちゃくちゃ好きだったことを思い出して、胸がぎゅぅっとなった。冬は鍋をして、夏はスイカを食べたり、ベランダで線香花火したりして、楽しかったな。とにかく、普通の日々を戻すことで必死だった。
昨日、周ちゃんと、家、見つかり次第引っ越そうって話し合った。もう大分この街にも慣れてきた。十分過ぎるくらいにフローな状態が続いてる。