「心理学と写真の両立をしようとするから難しいんじゃない。それは、出来ないんじゃなくて、やったことがないからなんだよ。」周ちゃんが作ってくれた炒飯がまだ熱々のままで口の中にいる。「うん、わかってる。そうだよね、そうなんだよね。」周ちゃんに言葉を返した。
「あのね、ちょっと悩みがあって。」昼食の途中で急に悩みを打ち明けた私に、周ちゃんは少し笑を浮かべた。私、悩みたいのかもしれない。言い訳したかったのかもしれない。周ちゃんの言葉もその優しい笑顔も、私の悩みではなくて私が求めてることを叶えてくれたようだった。考えてみれば、そりゃ周ちゃんが笑うわけだ。周ちゃんに「悩みがある。」と打ち明けたのは出会ってから10回や20回じゃきかない。
一昨日に今むに会って、少しだけ褒めてもらって嬉しくなった。だけど、ちょっと情けなくもなった。「よしみちゃんは勉強やっててすごいよ。」って。正直、私はぜんぜんすごくない。ここ最近は、全然上手く進んでない。それに、写真や映像を撮ることと、心理学を勉強することは、頭や心が別のところを使うみたいで、どうしてもどっちかに偏ってしまう。
どっちかが上手く進むと、どっちかは止まる。最近はとくに撮りたいから、勉強ができない。来週もその次の週もレポートがあるのに、制作で忙しくなればなるほどに、参考書を開く時間はなくなっていく。勉強が嫌いじゃない。だけど、頭の中がそれどころじゃなくて、色々が沢山あって、何処かに消えちゃう前に形にしたくて忙しない。撮って、作って、撮って、作っての連続。
だけど、周ちゃんと話していて気づいた。答えはとっくに出てる。ただ、苦しいことから逃げてるだけなんだって。
「写真と心理学が行ったり来たり出来るようになるといいよね。」周ちゃんが言った言葉の通りだ。今、この場所にいることが苦しい。それはどっちつかずで、わからないことだらけだから。
見たいものはずっと先にある。だから、しばらくはずっと苦しんで、だけどそうやって前に進むしかないんだと思った。いつか、きっと、今まで出会えなかった景色を眺める日がくる。
桃トースト

午後に原宿でパーマをかけて、歩いて渋谷のキタムラまで向かってフィルムを一本だけ買った。それから、渋谷のオルというビアバーで今むに会って、少しだけビールを飲んで、暗くなるまで話した。たったの数時間だけど、あっという間にたくさんの話をした。そして、今むは、今を変えたいんだろうなと思った。
もしかしたら、私たちの年頃になると、色々が飽きてくるのかもしれない。それは周りに見える風景だけじゃなくて、自分自身にも。「少し制作に集中しようと思って。」と言ってた。仕事をしばらく休んで絵の時間に使いたいらしい。だけど、どうにもなんだか進まない。なんだかわかる気がした。
想像以上にすいすいと泳げる時代もあれば、自分がどうしてここまできちゃったのか、これから何処へ行けばいいのか、不意に立ち止まってしまうことがある。止めることもできるのに、当たり前のように足は前へ向いてる。誰も何も言ってないのに、もう進んでる。
身体と心は分離するとは言うけれど、そうやって幽体離脱みたいなことが起きても、この歳になると、どういうわけか驚かなかったりもする。それはまさに、アイデンティティの崩壊じゃなくて、アイデンティティの離脱だ。自分が誰でもどこにも所属できるような気がしてくるし、それは大体どこでもいいような気にもなる。多分、本当にスライムみたいにどうにでも何色にでもなれる。
今むちゃんはこないだ40歳になったらしい。5ヶ月で別れた彼女の話をしていた。結婚みたいな話になって、私はどうしてか元気になって直ぐに結婚しちゃったけれど、本当はもっと遊びたかったし、過去を後悔したって仕方ないのだけど、彼氏だか彼氏じゃないBFがいたり、年下の男の子を持ち帰ったりして、もっともっと今を遊びたかったよと話すと、大笑いしてた。
楽しかった。それに、勉強のことで少し悶々としていたから嬉しかった。友達にちょっと会ったり話すだけでも楽になる。頑張ろう。
夕飯

夕飯

ちゃんとした夕飯は1週間ぶり。周ちゃんは明日の晩に帰るらしい。たぶん、深夜になるのだろう。
プチひとり暮らしは呆気なく終わる。もっと楽しみたかったな。家族がいることは、楽しいけど、私みたいな末っ子体質の甘えん坊はひとりでいた方が丁度いい気もした。
昨日、撮影帰りに柳澤さんと話していて知ったのだけど、柳澤さんは三姉妹の末っ子らしい。柳澤さんはずっと私よりも大人だけど、歳が離れた姉が2人ならば、さぞかし自由奔放に生きてきたのだろうと想像した。隣にいてその居心地の良さに安堵する時がある。その理由が少しわかって嬉しかった。
姉とも久しぶりに電話した。胃腸炎で死ぬかと思ったと言うと、姉がエジプトで胃腸炎になった話をしてくれた。いつもの通り、むちゃくちゃな話で大笑いして電話を切った。Helenaが秋にポルトガルに行くそうで、「先日、母から日本に来る事を聞いてたけど。Jean家はいつも行く行く詐欺だよね。」と伝えると「それは、あなたもね。」と姉。
確かに、今年、そっちへ行くからと何度言っただろう。人って、本当、勝手なもんだなと思った。人には言うのに、自分のことは全くわかってない。ため息をつきたくなる。なんだか、もっともっと適当に生きなきゃ駄目な気がした。毎日はいろいろがあり過ぎる。全部上手にやりたいけど、全部ぜんぶをきちんと考えて、未来やなんなら過去のことまで溢さずに目をかけていたんじゃきっと動けなくなる。憶測をすることで自分の身を守りながら生きていくことも大事だけど、そう簡単には人は死なないのだから。もっともっと、適当でいいんだ。
なんだろう。私は幸せなフリでもしたいんだろうか。周ちゃんに出会ってからより一層に安心や安全を手に入れてからというもの、外に出るのが億劫になってしまったんだろうか。怖いんだろうか。袋を逆さまにして全部を出してしまうみたいに今持っているもの全部を放り投げてしまいたい。
鯖缶とトマト缶

いつもなら帰宅して風呂に入ったあとはビールだけど、今日はサイダーを飲んだ。そもそも炭酸を飲むのだって久しぶりだ。もちろん、魚も。お粥や経口飲料以外のものは、ここ1週間口にしてない。
帰宅してとりあえず目についた鯖缶。無性に食べたくなって油をひいたフライパンに身を乗せて、蓋をして、少し焼き目がついたところでホールトマトの缶詰を入れてまた蓋をして放置。しばらくして、あ、やばいかもって、焼けた音がジリジリしてきたら出来上がり。少し焦げたトマトと、勝手に出来上がったとろとろのトマトソース。
熱々は胃に良くないから、できるだけゆっくりと、だけど夢中になって口に運んだ。こんなに食べることに真剣になったのはどれくらいぶりだろう。まるで無人島から帰ったばかりみたいな気分だ。皿の中のすべてはあまりに鮮やかで目一杯で瑞々しくて、それと同時進行に私の中に入っていく食物がそのライブ感になんだかとても感動した。それから何も入ってない感じのラーメンを作って、スープにカボスを並べて食べたけど、案の定、強い腹痛に襲われて横になった。その後はトイレの往復を重ねて、そのまま気を失って寝ていた。
今日の現場は久しぶりの花沢さんと、ミカちゃん、編集の成田さんだった。なんて私のお腹に優しいメンバーだろう。ミカちゃんとはかかんのMVみたいなものを撮影して以来の現場だし、花沢さんとだってキリンの仕事以来。こういう仕事をしていると出会ってもう2度と会わないような人にも出会う。だけど、会って別れてまた会ってみたいな人もいる。
それぞれの人生がそれぞれに交差して、またそれぞれになっていく時間に出会う度にそれは飽きることなく純粋にまっさらな気分で嬉しくなる。私が死ぬときに残るのは、もしかしたら写真ではなくて、こういう時間なんじゃないかと思うくらいに。
ミカちゃんは京都へ行くかもしれないそうで、次に会う時はどんな形で会うのか全く想像できない。そんなミカちゃんの未来は、まるで自分の未来を想像するかのようにわくわくする。花沢さんとだって、成田さんとだってそうだ。花沢さんとの出会いは料理家の先生が開いたキムチ作りで、毎年キムチを漬けているどこかの年に子供を産み、みんなでキムチを漬けてる横で転がっている年もあった。今ではもうその子は3歳で、花沢さんが旦那と喧嘩をすると「やめようよ。」と止めてくれるらしい。そして、成田さんと出会ったのはまだ成田さんが大学生の時だったのに、今では副編集長となった。それに、最近じゃモテ期到来で大体はいつもふたりで恋の話をしてる。少し前に終わった恋の話はまだ聞いてないけど、次の始まってもない恋に勝手に胸をときめかせている。
誰かの人生は誰かのもの。だけど、人生は私のものばかりを見てたって面白くない。人の人生と自分のそれがくっついたり離れたりして、明るかったり温かい気持ちになったり、時に摩擦された皮膚が痛かったりしたとしても、どちらにせよ、その光景はまるで映画のワンシーンのように美しくて、やっぱりそういう時間が愛おしい。
9月17日

今日は朝から試験。この試験の後にも沢山試験はあるけど、いくつかの関連する試験の最後。半年以上時間をかけて勉強してきた心理学研究法。体調は少し良くなりつつあるけど、細菌性胃腸炎の治療法は対処療法だそうで、病院の先生が出してくれた薬も整腸剤やら胃薬。身体は強い方じゃないから、その分健康には気を使ってる。だから、昨年の健康診断だってオールAみたいな結果だったのに、最近の体調ときたら、曇り空みたいにぼんやりとしてはっきりしない。病院にかかってからもうすぐ1週間。とはいえ、ふらふらになりながら現場へ向かう日もあったけれど、そのまま駅で倒れて仕事を休んだ。この仕事について初めてだ。どんな日だって撮ってきたのに、何があってもいつだって当たり前の顔をして撮ってきたのに、目の前が一瞬にして真っ暗になって歩けなくなった。
バリから帰ったら色々とやろうと思っていたのに、結局、勉強も思うようにできないままに、トイレとベッドの往復でまた数日が経ち、今日。昨日は少しだけ体調がよかったから、勉強をしたけど、胃の辺りがどうにも気持ちが悪くて集中できない。だけど、夜は久しぶりに人らしい食事をして寝た。試験の出来栄えはまぁまぁ。試験前の数日やバリでも勉強ができなかったけれど、過去の私のお陰でなんとか乗り切った様子。だけど、なんだろう。やっぱり勉強の仕方が下手くそだ。どこまで頑張っていいのかわからない。今回だって、やり過ぎていたから良かったけれど、そもそもそこまで深掘りすることはなかったようだった。
周ちゃんが秋田に帰ってから2日経った。「俺が帰ったら、楽しむんでしょ〜。」「そんなことないよ〜。」あの会話だって、いつもなら、冗談半分、本気半分だ。周ちゃんのいない夜といえば、スーパーに行って色々を買い込み、早い夕方からひとり宴会が始まる。調子に乗ってワインを買うことだってある。だけど、なんだろう。ふと思った。淋しい?いや、違う。
同じ場所にある椅子やテーブルと同じで、周ちゃんだって数日もすればまた帰ってくることを私は知ってる。私だけじゃなくて、この家や梃子だってわかってるかもしれない。そんな風にもう、私達はもう同じパズルの一つと一つみたいになってる。2階へ上がる階段に足をかけた時にふと思った。そして、その先のことはもう考えなかった。
今がいいなら、きっといいんだと思う。絶対に私は私達だなんて言葉を使いたくなかったけれど、もういいや。周ちゃんには、私のひとりの時間を失くしたくないとあれだけひつこくお願いしてたのに、もう完全に殆どはひとりじゃない。1度目の結婚の時はいつも寂しかった。あの寂しさはあの空しさ、ざわつき、混沌とした時間は満たされない事をわかっていても、長い時間、手放すことが出来なかった。それに、それが愛っていうものだと信じていた。
9月1日

久しぶりにヨドバシへ行った。私は人生で何個カメラを買うんだろうか。今までそんなこと考えたことなかったけど、不意に思った。今日みたいな季節の変わり目に、気分や勢いで買うことが殆どで、あとさき構わずに買った。おかしいと思うけど、全く後悔していないのもすごいものだ。若い時は、お金がないのにどうにかして買っていた。
好きなことは後悔しないなんて、人間ってほんとによく出来てる。大学に行き始めてから、写真から離れることが寂しい気もした反面、もう嫌な写真を撮らないですむかもしれないとも思ったけど、私が知っている以上に、私って写真が好きなのかもしれない。何度通ったかわからない新宿のヨドバシ。なんだか、すごく嬉しくて楽しかった。
好きと言うと、好きが世界からへる気がして、あまり好きは口に出して言いたくない。勝手にそう決めていたのに、写真を仕事にしてしまってからは、もう好きから逃げられないんだと、苦しいな、やりづらいなって時々窮屈になることもあった。
けど、そうじゃない。私、やっぱり好きなんじゃん。好きだからグチグチ言うんだろう。好きだから傷ついたりもするんだろう。ちまちま言ってる私はうざったい。新しいカメラを買おう。
退職祝

周ちゃんが3年半勤めた会社を退社した。「洒落た花じゃないのだけど。」帰宅した周ちゃんにお菓子の入った袋と一緒に渡された花束は、街の花屋が作った色とりどりの花束。かすみ草みたいな小さい花や赤と黄色のバラに白地の花弁にまだらな紫色の柄みたいなものが入っていた。「私はこうゆう花束、花束らしくて好きだよ。」と返した。花は誰になにをされようが素敵なのだ。
周ちゃんと出会えたのは、周ちゃんが食べ物の展示をキュレーションしていたから。出会いはマッチングアプリで、正直、そこまで本気じゃなかった。テレビ電話をしようと、初めて顔を見た時、40歳、イケメンで、バツなし、いいとこの学芸員と聞いて、え、無理って思った。いい男はさっさと誰かのものだ。それが自論だった。
展示を見にいくと約束した日も気が乗らなくて、”仕事が終わらないかもしれないし、オープン初日にお邪魔するのは申し訳ないので。”と適当に断りのメールをすると “僕の方は大丈夫ですので、待ってます。” と戻ってきて、まじかって面倒に思った。結局、ささっと仕事を終わらせてミュージアムへ出かけた。
待ち合わせのエントランスにいた男はやっぱりイケメンで想像よりも背が高くて、それでいて私よりも顔が小さい。やっぱり絶対に無理と心の中で小さく呟いた。それが、周ちゃんの第一印象。ミュージアムの中や展示を丁寧に案内してくれて、帰りに小さな木の破片をジャケットから取り出し「昨日が誕生日ですよね。」と、私の手にのせてくれた。
それで、好きになった。私は案外、恋に落ちやすい。プレゼントも花束とか、残るようなものを貰っていたら困ったと思う。全部が丁度よかった。だけど、あの時は恋をする予定はなかった筈だ。気が向いたときに少しお酒を飲んで、手も繋がずに明日は早いからと帰ってくる。そんなデートが丁度良くて、デートをリハビリと言い、自分勝手に遊んでいた。誰かを好きになれるほどの余裕もないし、私だけの幸せを守ることで精一杯。だけど、恋が不思議なものだというなら、あの日のことを言うのかもしれない。
ミュージアムは、周ちゃんにとってたくさんの思い出が詰まった場所だろうけど、私が周ちゃんに恋に落ちた場所でもある。それも、今までのように崖から落ちるみたいにじゃない。ふわりとすぐにどこかへ逃げてしまえるくらいに軽い恋。だから、結婚も簡単に選んだ。ドラッグストアで新発売のシャンプーを買うくらい簡単に。もう、愛ほど重いものはいらなかったから。
夕飯はいつもよりも頑張って作った。
かぼちゃグラタン

たったの一年前は妊娠したのに、もう生理が終わるかもしれないと先生は言う。あれだけ嫌だった生理が終わると思うと、寂しい気もした。
いや、そんな風に思ったらかっこいい感じがしたけど、本当のところ、わからない。今日はいつもと違う坂道を通って帰ることにした。本当はこっちの道は好きじゃないはずだったけど、道を間違えたから戻らずに自転車で走った。遠くに青すぎる空に入道雲、そして森の緑が鮮やかに見える。今からまた夏を始めたい気持ちになった。暑くて肌がじりじりする。坂道をぐんぐんとスピードにのって降りていくのはあまりに気持ち良すぎた。
先生は、不妊治療をするか、生理を起こすためのホルモン注射を始めるかどちらかにしましょうって。それは正反対の治療になるから、どちらか選んで下さいとのことだった。先生は忘れているようだったけれど、私が妊娠した時に初めて見て貰った先生だった。あの時はなんてぶっきらぼうで怖い先生なんだろうと感じたなと思い出した。
大学で臨床のことも勉強し始めてから、また一つ世界が広がったように思う。病院がちょっと知ってる場所になった。採血をされながら見える景色。壁に何かの当番表があるとか、棚の乱雑具合や、あそこで看護師が世間話してるなとか。今まで見えなかったものが見えるようになると、先生も怖くなくなった。ただ、ぶっきらぼうな性格なだけ。この人は私のことを威圧的に扱ってやろうなんて思ってない。先生は何十年この仕事してるのかな。とか、ものすごい勉強したんだろうなとか。休みの日は孫と遊んでるのかなとか、先生じゃない時の先生を想像した。脳の視床の話は勉強したことがある話だった。
帰り道、何となく私が可愛そうな気がしてジャイアントコーンを買って帰った。だけど、本当にそうだったのかはわからない。クーラの下でジャイアントコーンを食べながら思った。いつものオールチョコーレート味。いつものように甘くて、いつものように最後のコーンの先っちょを食べる瞬間が嬉しかった。全てはいつも通りだ。もしかしてまた強くなったのかなと考えたりもしたけど、多分、そもそも子供が欲しいとか欲しくないとか興味がなかったからかもしれない。ただ、周ちゃんとそういう話をしてただけ。周ちゃんのせいにするわけじゃなくて、家族になりたい。それだけだ。
私は流産のせいもあったし、たまたまそうゆう病気らしく早く生理がなくなるらしい。だから、治療しなきゃいけないんだけど、別にホルモンの薬を飲むくらいで、なんてことはない。数ヶ月来なかった生理の理由を聞けて、ほっとしたような気もするし、そうじゃない気もするし、自分の気持ちがよくわからない。
夕飯は久しぶりにカボチャグラタンにした。なんか、今日はちゃんと料理をした気がする。ホワイトソースも作った。
ピザトースト

昨日、夢で石井ちゃんに会った。「よしみちゃん。久しぶり!」「石井ちゃん!久しぶりだね。何やってたの?」って聞くと、「私ね、赤ちゃん産んでたんだよ。」って。
石井ちゃんとは3年ぶりだった。最後に会ったのは埼玉のどこかの街の葬儀場。石井ちゃんは、いつ会っても笑っていたのに、あの日はずっと目を閉じていた。私の横でやっちゃんが涙をすすり、後ろにゆうやくんが静かに立っていた。あと、当時はまだ友達じゃなかった藤原さんがいた。あの日は終わってからみんなで話したけど、電車でやっちゃんが隣に座っていてくれて良かったと思う。やっちゃんが隣にいて、向かいにゆうや君と藤原さんが座ってる。みんなで同じ場所にいるんだと肌に触れる温もりを感じるだけで、日常になれた気がした。
久しぶりに会った石井ちゃんは少し派手になっていた。だけど、相変わらず華奢で、その身体には不釣り合いなぐらいに大きい赤ちゃんが胸に当たり前のように抱かれていて、そして、やっぱりいつもの笑顔だった。赤ちゃんの名前を聞くと、確かアトムとかロマンみたいな感じの名前で、どうやって書くのかなと想像したりした。
そして、もうひとり誰か友達がいたけど、誰だったかは覚えてない。皆んなは先に歩いていき、赤くて大きな神社に入り、私は追いかけている最中に岩の隙間に携帯を落として、綺麗に真っ二つに割れた。私の携帯は何故か赤色。一瞬、げって思ったけれど、まぁいっかと思った。綺麗で面白かったからそう思った気がする。それから本屋の中村さんが出てきて、いつものようによくお喋りをしていた。そして、なんだかとにかく楽しくてはしゃいだ。みんながその場所がとにかく全てがハッピーだった。
目を覚ましたのは周ちゃんの声。「よしみ?さっき「携帯壊れました!」って大声で言ってたよ。」周ちゃんが隣で笑ってる。2人で大笑いした。時間は夜の12時半過ぎだった。石井ちゃん、元気だったな。夜中なのに無性にみんなに連絡したくなった。「石井ちゃんに会ったよ!」って。
それから、吉本ばななさんの “はーばーらいと” を読んだ。夜中に本を読むなんて珍しい。普段なら絶対にしない。それに、明後日はレポート提出日で忙しい。けど、どうしてだか無性に読みたかったし、そうしたかった。熱も少し下がっていたからか、夢中になって読んで、辛くなって、嬉しくなって、本は途中で閉じた。怖かったから時計を見ずに寝た。
吉本ばななさんは、哀しい話が上手だ。作家さんに上手だなんて失礼な話なのだけど、どうしてあの場所のことを知ってるのだろうと前にも同じように思ったことがある。あのことを知ってないと書けないような描写があまりに鮮明で苦しくなる。
あの一年は色々あった。私がひとりになって、親友のように慕っていた友人とは縁を切った。そして、石井ちゃんがいなくなって、梃子が癌になった。数ヶ月毎に起きる色々に翻弄されるなか、世田谷のマンションにしがみついた。とにかく日常に戻れるようにと必死に。本の中にも同じようなことが書いてあった。不幸に遭った家族が日常に戻るために、日常をまた取り戻したことを。
日常にいれるようになってから時々、そのことを忘れてしまうことがある。結婚しておいてこんな事を思うのは酷いけど、周ちゃんがいきなり酷い事をしてくるんじゃないか。手をあげたり、殴ってきたり、怒鳴ったりするんじゃないか。はじめの頃はそんな変な幻想がまとわりついて離れなかった。だけど、日常が日常になる頃にはそんな事も忘れるようになった。そうやって日常は当たり前のような顔をいつしかしていた。
けど。ここは今なだけで、いつかまた消えるもの。だからって何というわけでもない。それが生きてるってことなのも知ってる。
石井ちゃんに会えてよかった。あの時間は一生ここにある。
いろいろ饂飩

一昨日から熱。夏風邪だなんて小学生以来。絶妙な辛さ。熱が高いわけでもないけど、下がってくれない。レポートは案外いいスピードで進んでる。だけど、身体がだるい。辛い。鼻水が止まらない。午後からは布団の横でレポートを進めながら、時々転がって、また書いてを続けた。昼は周ちゃんが饂飩を作ってくれた。かぼすを絞って、最高だったな。
カボス味噌汁

周ちゃんの退職まであと1週間くらい。週明けのレポートをだして、翌週から夏休みを急遽とることにした。エーゲ海ではなくて、バリへ。今一番見たいのは青い海。それはバリでも叶いそうで、周ちゃんは民族学的な興味で行きたいのだそう。エーゲ海は遠いいけど、バリは近い。安い。それに、帰って直ぐに試験も受けれる。私にはとても好都合だった。
けど、一番の理由は、今すぐにどこかへ行きたかった。レポートの準備をしながら、バタバタとチケットやホテルの予約を急いだ。
8月21日
久しぶりに飲みすぎたせいか、二日酔い。気持ちが悪くてデスクに向かえない。頭がぼーっとするから勉強は出来なし、手を動かすだけの編集作業だって無理だ。リビングのソファーに転がってバリのホテルを探してた。午後は病院。なんとか重い身体を引きずって向かう。
今日は院長先生だった。こんなに大きな病院の先生だから、さぞかし偉そうな方なのだろうと勝手に想像していたけど、どこかの小さな島で小さな病院でのんびりと何十年と診療を続けていそうな、穏やかなおじいちゃん先生だった。「乳がんもちゃんと検査してね。」と言ってた。
帰って少しだけ勉強して夕方から周ちゃんとプール。帰りにずっと気になっていた町中華に入って、タンメンと餃子を頼んだ。狭くもない広くもない店内で夕方のニュースが鳴っている。耳を傾けると富士山が混雑大変だみたいに言っていた。常連さんが次々に店に入ってきて、「いつもの。」とか、「ビール。」みたいに手短にオーダー。私達の注文も頼んでから10分もしないうちにやってきた。ラーメンは驚くほど熱くて、炒めた野菜はくたくたで、麺はぶよぶよに伸びてる。
私も周ちゃんも綺麗にラーメンを平らげて店を出た。「ぶよぶよだったね。」「うん。」私達の会話もそれ以上でもそれ以下でもなかった。それよりも、そこに住みついている空間の温もりみたいなものが味わえたようで思いのほか気分がよかった。たぶん、周ちゃんも私と同じことを感じていたと思う。
今日からまた色々と頑張ろうと予定を立てていたのに、二日酔いでダウン。何やってんだろうと情けなくもなったけれど、感じたり考えたりすることをシャットダウンするっていうのは悪くなかった。夜は早々に寝た。
8月20日
夕方から編集の成田さんとリリさんと東長崎にあるイタリアンで飲んだ。RiCEの東京特集で取材した店だそうで、素敵なお店だった。成田さんの最近の恋の話をつまみにリリさんと私とあれやこれやと勝手なことを言って飲んで食べて、ほどよく酔っ払って、店をすぐ隣にあるMIA MIAにかえて、ドーナツにかぶりつきながら、またワインを飲んだ。リリさんはアマレットが入ったカフェオレを注文。小さな街の日曜日の夜、どこからともなくやってきた若者だとか外人だとかでごった混ぜになった熱気むんむんの店内はのぼせそうだった。私もカフェオレだったなと後悔。
出来るだけ静かな場所を探して逃げ込むようになったのはいつからだろう。成田さんの声が遠くに聞こえたり、見知らぬ男の子と目があったり、全部が懐かしい感じがした。あの人たちは今どこで何をしているんだろう。夜だけしか会わない友達もいたし、名前を知らない友達もいた。今は子供とサザエさんでも見ているんだろうか。バカみたいに真夜中を共にして、泡のように全部消えていった今、かすかな記憶だけが残ってる。どこまで行っても終わりの見えないような長い時間を費やしたはずなのに、死ぬ時には思い出さない気がする。それくらいに少しだけしか残ってない。
リリさんは編集という仕事が自分には合ってないと言ってた。成田さんはこないだ紙面でタイの取材をしてからより一層に海外の仕事を増やしたいと言ってた。二人の対極的な話をそうかそうかって聞いた。自分にいつも正直でまっすぐなリリさんと、どんなことがあってもくじけずに前へ向かおうとする成田さん。それぞれにそれぞれの人生があって、これからはまたそれぞれになっていく。私がもうきっと会わない友人たちも、それぞれにどこかへ向かって行ったように。
久しぶりに会った二人と、久しぶりに飲みすぎたお酒。駅まで迎えに来てくれた周ちゃんは起きて待っていてくれたんだろう。眠そうな顔でハンドルを握る。ああ、変わったんだと思った。私が自分で決めた人生だ。田舎暮らしも、大学生活も。スムーズに感じられないのは、なんだかしっくりこないのは、私が勝手にしたこと。あのまま東京にいたら、ずっと同じでいられたのに。変わるのは孤独で不安で苛々する。
ふたりに会えて良かった。
ゴーヤフリットと車麩の唐揚げ

相変わらず生理はこない。来週に病院の予約を入れたけど、なんだろう。特になんの不調もないし、いたって困ってない。ただ、少し心配なくらい。別にアンハッピーなわけじゃないけど、なんとなく小さな不安が続いている。
こないだ「不安な時は運転したくない。」と周ちゃんに伝えたらけげんな顔をしていた。「だって、教習所でも言ってたよ。すごく苛ついている時とか、興奮状態にある時とかは運転をするのはやめましょうって。」やっぱり、よくわからないって顔をしてた。
周ちゃんの感情はよくわからない時がある。それは、周ちゃんが見せないようにしているからだろう。比べちゃいけないけど、病を患った元夫は感情がとても豊かで鮮やかな人だった。奇妙な色になることもあったけれど、自然の中に生きている生物っていう感じがした。周ちゃんといると、毎日がとても穏やかで腹がたつことがあっても、静かな湖みたいにずっと同じだ。それは、周ちゃんの人との関わり方なんだということも知ってる。周ちゃんの今年の豊富は “自分に素直になること” 。周ちゃんの言う、素直っていうのは自分の声を聞くことって意味だろう。だけど、それをやっぱりしないのにはきっと理由がある。
世界は不思議な場所だ。それが鮮やかすぎて崩壊してしまう人もいるのに、頑なにそのままでいようとする人もいる。
今日、勉強してたこと。知的障害児の病理。21トリソミー、ダウン症は誰もが知っている病理のひとつ。時々、街で見かけることもある。21トリソミーは顔つきが特徴的で、その性格は愛くるしいとされている。原因は染色体の異常。同様に、いつも笑顔で幸福感の高い性格であるアンジェルマン症候群。ウィリアム症候群は、その性格の穏やかさは共にいる人の心を温かくするだけではなく、病理のない人に比べて音楽の能力が非常に長けているという不思議な能力がある。脳の中の感情を感じる所と音楽を感じる所が連動しているらしい。病であることは大変なことだけど、なんて素敵な才能だろうと思った。
性格は遺伝の影響がある。影響もある。とされているけれど、病の元夫は、双極性障害の特徴的な性格をきちんと奏でていた。鮮やかで綺麗に見えることもあれば、その強烈な色に耐えることが出来ない日も多かった。
こんな風に考えるのは昨日、元夫の悪夢を見たからかもしれない。完全に何年もの前のあの日にトリップした。今が完全に無くなっているわけじゃなくて、今の次にあの日々が続いているような感じ。だけどそこに周ちゃんはいない。池尻のマンションに私達はいた。そして、私はいつものように責められていた。あの時の苦しみは言葉に出来ない。そこに近い言葉だとか、気持ちだとか、当てはまるものがいまだに見つけられない。ただ、ゴールのないトンネルにいるような感じであることは確かで、それは永遠に終わらないこと、一度きりの痛みではないことがわかってるのに、全部を吸い込む。吐き出す宛てもないのにと思いながらも、私の苦しみの行方など誰も知ったこっちゃないみたいな顔した時間がのしかかっていく。あの感じは全く変わっていなかった。そうして、目が覚めた。
結局のところ、若い人みたいに、どんな風に生きたって人に迷惑をかけていなければ、幸せで暮らせてればいいじゃんと言えば、そうなのかもしれないとも思う。だから、周ちゃんが素直になりたいと言って素直になろうとしなくても、それで今を生きているのならいい。私の不安だと言う気持ちがわからないのも仕方がない。周ちゃんは見ないようにしていることを、私は見ようとしているだけなのだから。
砂肝とゴーヤの青山椒炒め

午前は料理家の角田さんと国分寺の農家さんの撮影。滝のように汗をかいて、すごく気持ちが良かった。映像を回しながら、スチールのカメラを2台回した。畑での撮影はやっぱりまだ慣れない。どこに何があるのかよくわかってない。同じ野菜だとしても、皿の上と土の上では全然勝手が違うから。いつものように出来ないもどかしさと不安と新しい世界に触れているドキドキ感がごちゃ混ぜになっていく。
撮影を終えて、畑の側にあったカフェで角田さんと昼食をとってから別れた。角田さんと会うと安心する。今日もほっとした。それに、やっぱり人のことは大切にしたいと思った。世の中にはそうじゃない人もいるけど、それはそれ。私は私でいい。とても近い距離でそれがあったとしても、気にしないこと。咎めないこと。物事には色々が多分に含んでいるのだから、ひとりよがりに優劣をつけない。賛同者を求めてもだめ。ただ、そうかと思って、その人の声が耳に触れない場所へと離れていけばいいだけ。私がしたくないことをしっかりとわかっていれば、大丈夫。怖がることはきっとない。角田さんとそんな話をしたわけじゃないけど、今日もそうかと心が満たされて帰路につく。ただただ世界に安心した。
角田さんと別れてから婦人科検診で予約した病院に機材を持ったまま向かった。そして、家に帰るとポストにまゆみちゃんからの手紙が入っていた。勉強を初めてからより一層にまゆみちゃんの手紙がうれしくなった。友だちと会わなくなったからだろう。一人じゃない気がして嬉しくなるし、誰かの人生の話を聞くのは楽しい。7月5日、9日、15日、最後が21日の手紙だった。こないだジュリエちゃんと慎一郎くんがパリに来たよという話も書いてあった。あとは、HUGOさんのこととか、猫を一週間預かっていたけど、控えめに言っても超可愛いとか、色々。
パリでの生活を想像しただけでとても幸せな気持ちになる。少し熱中症気味の熱った身体にママレードソーダを流し込みながら手紙を大切にゆっくりと読み、ぼーっと考えた。クーラーを強くかけた部屋が西陽のオレンジ色でいっぱいになっていく。幸せって一体なんなんだろう。パリでの生活は日本のそれとは明らかに違うように映る。簡単に言えば、国民性や文化の違いなのだろう。東京は沢山遊んでもらったから、私にはもう必要ない。だけど、東京から離れた今も私の人生はまだ少し忙しない。
まゆみちゃんはパリに行く前も好きだったけれど、パリに行ってからもっと好きになった。その生活はその生き方は優しさに満ちている。頑張ることが悪いことじゃないけど、頑張るのが上手じゃない人は頑張らない方がいいのかもしれない。
それから、昼に周ちゃんの妹のみつきさんからLINEが入っていた。私が勧めたアメリカの心理学者の本のことも書いてあった。マインドフルネスは時々やってるとのこと。私を救った心理療法のひとつで、その概念は禅に由来する。最近は少し辛かったらしく、明日は久しぶりにカウンセリングに行くのだそう。小さなこと、ちょっと辛いとか、寝れなかったとか、なんでもいい。こうして時々でも打ち明けてくれることが嬉しい。私達の距離は一万キロ。アメリカと日本。一応親族だけど、遠いいところで生きてきた。だからこそ、話せることもある気がしてる。
サーモン丼

夜に兄からメール。酔っ払ってるのかな。”どうしたの?” って聞くと、昼に姉と2スクロールLINEして、今、母と1スクロールLINEしたのだそう。1とか2スクロールって?って思ったけど、たぶん沢山ってことだろう。とりあえず機嫌が良さそうだった。
だけど、”最近、元気が無い” とのこと。来月からのオーストラリアへの長期出張も嫌だし、体調も悪いし、家族はATMとしか俺を思ってないとブツクサ言っていた。こんな事を言ったらあれだけど、幸せな悩みなもんだと思った。”オーストラリア、いいじゃん。行きたい”と伝えると、”おいで。”って。アボリジニーの千住民のいる近くの街、ダーウィンって所にいくらしい。20年前にオーストラリアへは二度行ったことがある。なんとなくダーウィンは覚えている名前。
それから、最近犬が欲しいのだけど、70万円もするから海老を買ってるのだそう。海老の写真が何枚か送られてきた。かき揚げにしたら美味しそうだなと思った。なんだか兄との会話はよくわからなかったけれど、丁度、そんなタイミングで兄の親友の編集者の栗さんからもインスタのメッセージが入った。
それから、今日はパスポートの更新をした。正確に言うと家のどこかで紛失したから、紛失届と更新。名前は、結婚する前の旧姓のまたその前の1度目の結婚の時の名前。久しぶりにその名前だとか、その本籍を紙に書いて、何度説明しても上手く理解してくれないカウンターの女性に、ここ数年の3つの私の苗字のことを淡々と伝えた。「それで、今は熊谷です。」やっぱり何度も言った。
私の本籍は、府中から池尻になって、次は世田谷で今は渋谷だ。最近、ちょっと思う。子供の頃の私はこんな人生をまったく想像していなかった。結婚して子どもを産んで、。だけど、今は思っていたよりずっと悪くない。
ダルバート

パンケーキ

久しぶりに寝坊した。起きたのは6時過ぎ。昼過ぎまで勉強して午後はプール。夜は柳澤さんのお家へ遊びに行った。うちから車で12分。湖のそばだと聞いていたけど、こんなに近いなんて驚いた。
柳澤さんは周ちゃんのことを「イケメンだ。イケメンだ。」と何度も言ってた。そう、周ちゃんはイケメンだ。絵に描いたようなイケメン。意思のあるしっかりとした眉に、真っ直ぐと見る目。鼻筋は上にすぅっと通り、背も高い。腕や肩にはTシャツの上からでもわかるくらいの丁度いい筋肉がのっている。おまけに肌もツルツルだし、ハゲてもいない。それでいて仕事もできる。出会ったばかりの頃、「女性とは面倒な関係になりたくないので、距離を置いて付き合うようにしてる。」という言葉を聞いたけれど、ああ、モテる人が言うやつ、と思った。
友人、知人に紹介すると、周ちゃんのことを素敵だと皆が口を揃えて言う。だけど、その度にじゃあどうして私だったんだろうと少しだけ胸の辺りがさわっとする。
2人の箸は皿の上でぴたりと止まったまま、民俗学や歴史の話で盛り上がっていた。柳澤さんはとても不思議で素敵なお姉さん。編集者やライターっていう雰囲気じゃない、どちらかと言えば文筆家や漫画家みたい。独特な空気感がある。そして、何だかいつも小さく笑っていて、一緒にいると勝手に空気が和んでいく。ふたりを見ながら柳澤さんが築地で買ってきたというカツオを食べ、ワインをガブガブと飲んだ。遠くで花火が鳴ってる。涼しくて心地のいい部屋。義母のさちこが漬けてくれたというお新香と梅干し。さちこが漬けた胡瓜は義父のけさおが畑で作っているものだそう。美味しくないわけがない。酸っぱい顔をしながら梅干しをつまみワインをまた飲んだ。
私は民俗学も歴史も知らない、だからって他の文化圏にも大して興味がない。恥ずかしくなるほどに色々を知らない。今、流行ってる曲や本や映画だって知らない。私にあるものと言えば、ほとんどが我流で覚えた料理と写真ぐらい。自分のことを蔑むわけじゃないけど、やっぱり周ちゃんが私を選んだ意味がわからない。ひとりポツンとしながら、食事を続けた。末っ子だからか、こう言う時間は嫌いでも好きでもなくて慣れてる。耳だけふたりの場所に参加した。酔っ払う柳澤さんはやっぱり素敵だった。
今夜は飲みすぎたな。周ちゃんはどうして私だったんだろう。自分を嫌うのはもうやめようと決めたけど、少しだけ不甲斐なく感じた。何もない毎日が好きなだけじゃだめなんだろうか。そんなことは誰も言ってないのに、私がそう言ってる。
手巻き寿司

今夜は手巻き寿司。周ちゃんが新しい仕事が決まったからだ。昨年の私なら、「じゃあ、もうここに住んでる意味はないね!」なんて言って、新しい家を探し始めていたかもしれない。だけど、「引っ越す?」とは、どちらの口からも出てこなかった。周ちゃんは秋から通勤ラッシュに乗って仕事へ行く。
ここから離れたくない。今は、ここでの暮らしがとにかく好きだ。この家ともまだまだ一緒にいたい。なんとなくだけど、次に住むとしたら日本じゃなくてアメリカでもいい気がした。なんとなく。
ゴーヤちゃんぷる
「 “ばーか”って大声で叫んだらさ、目の前にいる人がびっくりしてたんだよ。」姉が言った。
春くらいから始めたairbnb。結構順調らしい。客室のために雇った掃除屋が仕事が雑だとクレームが入ったので解雇すると、最近仲良くしてるグアム人がやりたいというのでお願いすると音信不通になり「やめる。」とのメールが入ったのだそう。「彼女、すごくやる気だったから、掃除機とか掃除道具も買い揃えたんだよ。掃除屋にお願いしたら買わないで済んだのに。」そのグアム人とやらは、最近L.Aに引っ越してきたらしく、学校の仕事で出会って仲良くなった。だけど、生活に困っていたみたいで、まだ友達もいないみたいだったしと、気にかけていたのだとか。誰かれ構わず困ってる人を見つけると捨て猫を拾ってくるみたいに放って置けない姉は姉らしくて私はその性格が好きだけど、本人曰く、そんな自分が嫌になるのだそう。
「だけどさ、怒っても仕方ないし。彼女にはOKとしか言ってない。けど、余りにも腹立たしくなって、道路で叫んだらさ、超気持ちよかった。見知らぬ人に。けどさ、おかしくなっちゃって、なんか笑っちゃったよ。」2人で電話越しに大笑いした。
「あっちゃん。叫ぶのはいいけど、人以外にして。海とか木とか草とか。」「海は好きだからいや。」「じゃあ、木と草でいいよ。お願いだよ。」
姉とは最近ちょくちょく電話してる。今日も周ちゃんが朝いなかったから。私と同じ時間に起きた周ちゃん。「早く起きたんだし、もう行っちゃたら?」少し急かしてみると「そうだね!」と嬉しそうに出かけて行った。時間は5時前で少し暗かった。私はそのままいつも通り勉強。それから、1時間後くらいに梃子の散歩をしながら姉と電話した。周ちゃんには言わないけど、家が私だけのものになる時間が好きだ。時々勘違いされるけれど、夫に飽きていたり、夫を無下に扱ってるわけじゃない。周ちゃんのことは大好きだし、今でも付き合いたての恋人とまでは行かなくても、恋人じゃんって思うくらいに愛し合っている。私の人生の中で愛した人は沢山いるけれど、周ちゃんが誰よりも一番好きだ。
だけど、こうして周ちゃんがいない部屋は、がらんとしていて静かで音楽が色みたいに聞こえてくる。窓からの光がいつもよりも光って見えるし、窓辺に飾った花の傾きがいい感じだとか、梃子のちょっと仕草だってカメラを構えたくなる。どういうわけか、ひとりになると世界が美しく見える。正確にいうならきっと、誰かいると色々な感覚はシャットダウンされてしまうのかも知れない。
それに姉との電話も周ちゃんがいる時はあまりしない。だから、今日はちょっと特別。8時過ぎには電話を切って勉強を始めた。それに、姉はこれから寿司を食べるのだそう。
トマトとモッツアレラの冷静パスタ

朝、久しぶりに角田さんからメールがきていた。
こないだ角田さんのインスタで夜中に電車の中で倒れている女性を助ける為に担ごうとしたという話が書いてあった。窓の外は果てしなく夜が続いて、散らばって座っている人たちがいる。疲れて半分寝てるサラリーマンや酔っ払ってる若い男性、ずっと携帯を触っている女性もずっと俯いたまま。とことこ、と角田さんが歩いてきて女性のもとに静かに座り、そっと声をかけ、担ごうとする姿が簡単に想像できた。なんだろう、角田さんはやっぱり角田さんなのだ。まるで物語のような話だけど、そういうことを角田さんはこの現実でやってしまう。インスタの中では結局、側にいた若い男性が担いでくれたと書いてあったけれど、角田さんらしくて小さく笑った。そして、安堵した。
私は別に世界を恐れてるわけじゃないし、正常にいつも通り今を楽しんでる。勉強ばっかりしてるものだから、遊べない友達に会えないとぐずぐず子供のように寂しがったりはしているけど、いたって楽しく生きてる。だけど、やっぱり時々、不安になることもある。だから、こういう時は素直にほっとする。世界って優しかったんだよなって。
前に友達のルイちゃんがすごくいい事を言ってた。今でもはっきりと覚えてる。「この世に悪い人なんていないからね。」あれがいつだったのか覚えてないけど、確か電車の中だった。今の私は心理学みたいな勉強を始めてしまったものだから、病気のせいで誰かを傷つけてしまう人がこの世に存在することは確かだということを知ってしまった。だけど、赤ん坊の時から悪魔になろうなんて考えてる人はいないはず。そんな事はわかっていても、やっぱり時々誰かに傷つけられることがあると、世界が怖くなるときがある。相手がそれを意図しているかどうかへ別として。
だから、そういう日のためにも、角田さんみたいな人が側にいると思うだけで、なんだかほっとする。メールには新しい本の話も書いてあった。こないだ単行本の撮影が終わったばかりなのに、もう次の話だなんてすごいなと思った。だけど、なんだろう。私もうずうずし始めてる。少しだけ写真に離れたことが良かったのかな。それとも、限りなく制御して写真をやっていたことが良かったのかな。今週、来週のスクーリングや試験が終わったら、ちゃんとしっかりとまた作品を作りたいな、なんて思い始めた。長い時間をかけて、しっかりと作品を作りたい。
昨晩に試験の結果が届いた。大学の勉強の中で一番、難関だろうと踏んでいた3教科の全てがほぼ受かった。中々受からないらしいという前情報があったから、普通の人たちが2、3回落ちるのであれば、私は3回は落ちるだろうと覚悟して挑んだけど、受かっていた。拍子抜けというか、春から数ヶ月かけてしっかり勉強したけど、やればやるほどに難しくて正直まだまだ不十分な気もしていた。とはいえ、受かった。けど、大学が卒業できたわけではないし、沢山の科目が残っていて正直先は長い。とりあえず少しだけご褒美だと思って周ちゃんに帰りにワインを買ってきてもらった。そして、案の定飲みすぎた。
私ってほんとバカなんだよね。
冷やしそばと白ナスのステーキ

あっという間に8月。明日はスクーリングで来週の試験まで秒読みとなった。ぼーっとしてるわけじゃないけど、8月もあっという間に終わってしまいそう。庭の野菜が一気に枯れて、窓辺にあるゴーヤが一気に実った。茄子もトマトもシシトウもどういうわけかバジルまで枯れた。だけど、ミモザの木はどんどん大きくなるし、ゴーヤカーテンもジャングルのよう。この一ヶ月の精神疾患の勉強で、呪文のような薬の名前もうっすらとは知っていたような病名のことも、着々と頭のあちこちに落ち着きはじめている。
それに、相変わらず寂しい病は続いている。だから、最近は毎朝、姉におはよう。とメールすることにした。また前のように毎日ピアノの即効曲を送ってくれたらいいのにと思うけれど、半年前にお願いしてから全く届く気配はない。コロラドに帰ったみつきさんとはメールしてるけど、時々。パリのまゆみちゃんとも文通以外で少しだけLINEするようになった。だけど、それも時々。
昼はゲリラ豪雨で、昨晩は雷がすごかった。嵐の前の静けさじゃないけど、なんだろう。淡々と毎日が連なってやってくる。
トマトベーグル

桃

試験は来週と再来週に一つ。それで一旦落ち着くはず。ようやく。先週はいきなり海に行ってしまったけど、もうずーっと日記もきちんと書けてない。来週の試験が少し楽だといきなりXになったツィッターで同じ大学の学生が呟いてるのを見て、書きかけの日記を一気に更新した。
請求書も書かなきゃだし、作りかけのデータも、編集も、全部終わらせたい。今月は色々なことを思った。少しだけ書き始めた日記はいくつか捨てたけど、過去の少しだけ書いてやめた日記を読んで、ああ、そうだったんだとも思い出した。編集の野村さんが副編集長になったと聞いた。りゅうちぇるが亡くなった。あと、元夫の知り合いから電話があった。それからの数日は少しだけ怖くて、今やってる教科のせいもある。じんわりと辛い日々が続いた。
3年前の7月のいつか。三茶の駅から茶沢通りを歩いてすぐのところにある心療内科、「それで、旦那さんのことじゃなくて、あなたは死にたいと思うことはありますか?」先生が言った。あの日がどれくらい暑かったかは全く覚えてない。けど、病院の壁の色がグレーだったとか、廊下が暗くて夕方がいつまでも終わらない時間だったことは今でもしっかりと覚えてる。私、死にたいなんて思ってない。先生のその言葉に皮膚の奥がきゅっとしまるような感覚になった。
「旦那さんを救いたいのはわかるけど、旦那さんを救おうとして、あなたまで一緒に溺れますよ。」先週に行った別の病院でも同じことを言われた。それに、世田谷区からは何度も着信があって、ずっと無視していた。昔の友達が、お酒の事や暴れる事は区に相談するといいよとメールをくれたからだった。電話した時は担当者がいなかったからだろう、かけ直してくれていた。何度も。無視しても何度も。
私は、溺れかけているらしい私を救うのか、溺れているのに助けを求めない夫をこれからも救わなきゃいけないのか。どっちが正解なのかわからなかった。日記を書いてないから覚えてないけど、病気のことを教科書で読むのは全身が疼くようで辛かった。過去が勝手に溢れてくるみたいだったけれど、無視をして勉強を続けた。
明日は7月の最後らしい。先月の試験は合格したと連絡が入り一安心したけど、梅雨が終わったとも聞いたけど、なんだかどこかに私を忘れてしまったような感じがしてる。
だから、こないだはきっと無理矢理にでも海へ行って良かったんだと思う。来週も試験が終わった翌日に海へ行こうと話してる。海ではしゃぐ周ちゃんの顔が忘れられない。あんな笑顔の周ちゃん、私は知らなかった。もっともっとバカになったらいいのにと思う。周ちゃんは真面目だから、そんなに簡単にはなれないのだろう。だから、私みたいなのがお手本になったらいい気もした。特別に欲しいものもないし、えらくなりたいなんて願望もない。バカになるのに私は適任だ。
西瓜

ぐうの音もでないや。
「調子に乗ってんじゃないよ〜。」笑いながら姉が言った。その次の瞬間ふたりで大笑いした。私のちいさな書斎に姉と私の笑い声が鳴り響く。外は今日もひどい暑さだ。
L.Aは夜の21時過ぎ。マルコが今友達の家のプールで遊んでいるらしく、これから迎えに行くと言っていた。
「勉強を始めて、遊べないし、前みたいに稼げない、好きな服を買えない、友達に会えない。朝から晩まで勉強してて、とにかく時間がなくて。本当にこんな生活してていいのかな。」私が姉に愚痴ったこと。姉は「よっちゃんさ、なんで勉強してんの〜?」と言い「え、。したいから。」と私は直ぐに返した。
あ、。いつしか勉強出来ることが当たり前だと思ってた私って、本当に馬鹿。勉強が出来る環境があること、例えば、経済的に、環境的に、健康的にもそう。「まぁ、わからなくなっちゃうよね。何かに夢中になってると。わかるよ。けどさ、有り難いことなんだよ。」
幸せみたいなもの、夕陽が部屋に差し込む時間とか、少しづつ大きくなるサボテンも、大皿に盛った料理だってそう。ある日突然に全てが失くなることを私は知ってる。永遠に誓った筈の言葉も、簡単に消えてなくなる。
今があまりに今みたいな顔をするから、どうゆうわけか調子に乗ってしまう。ずっとこの幸せが続くような気になって、なぜかワガママ言いたくなってくる。
姉に電話して良かった。勉強、頑張ろう。
7月24日

昨日、母に貰った花。実家に帰ったら母と父が新婚旅行で行った時のハワイの写真を思い出した。何でだろう。何でかな。
7月25日
昼過ぎから腰痛が始まった。痛い、やばいな。周ちゃんに熱が少し上がってきたこと、腰痛が辛いことを伝えると、「今日はやめておこう。」だった。夕方に渋谷植物園のリニューアルのプレスリリースに行く予定がある。けど、。せっかくだしな。周ちゃんもその為に在宅にしてくれたのに。「車で駅まで行ってもいい?」「もちろん。けど、無理しない方がいいよ。」
腰痛は軽くなるどころか時間と共に悪化していった。やばいな。途中、騙し騙し、youtubeで勉強しながら何とか気を紛らわして渋谷へ到着。人でごった返した駅。どんどん開発されていく渋谷だけど、昔も今も、いつまでも完成しない中途半端な感じがむしろ渋谷らしくて好きだなと思った。やっぱり、ここは落ち着く。
こないだライターの柳沢さんが、田舎暮らしが好きだけど、今でも東京に帰りたいと思うことがある。と言ってたのを思い出した。二十歳ごろからここで遊んできた。隣の駅に住んでいた時は歩いて帰ることもよくあった。それは1度目の結婚の時。その10年くらい前、中目黒に住んでいる時はよく自転車でここを走っていた。青と緑を足して割ったような色のお気に入りのビアンキに乗って。
ほっと全身の力が抜けてゆく。植物園まで歩く道のりは誰か友達に会えそうな気がしたし、通り一つだって色々な思い出がある。その昔は黄色のビーチクルーザーに乗っていた。その時はこの通りの先の恵比寿に行く手前の自転車屋で一目惚れして買った。まだ大学生でお金がなかったから、割と安いビーチクルーザーは手が出しやすかったし、少しだけカスタムした。
到着すると編集の浅井さんが迎えてくれた。今日来たのは、浅井さんに誘われたからっていうのが1番の理由だけど、今住んでる場所で土地のことを知りたいと料理家の角田さんと活動を始めたこともある。ここの館長に就任されたアーバンファーマーズの小倉さんに会ったのは、ワールドの仕事で何年も前のこと。あの時はラフォーレの前のビルの屋上でポートレートを撮らせて頂いた。暑い夏の日で前日に畑で熱中症になったと辛そうにしていたのを覚えている。その小倉さんといつも仲良くさせて頂いてる浅井さんが知り合いだなんて、世の中とは面白いもの。
浅井さんが丁寧に隅々まで新しい植物園のことを紹介してくれた。バナナとマンゴーの電磁波から作ったというアンビエントな音楽が流れている瞑想ルーム的な部屋も面白かったし、屋上はお茶の木とビールのホップを育て始めたというのも、嬉しそうに話すその感じが、すごくよかった。私は場所は人だと思ってる。そこで楽しんでる人たちがいるからこそ、その場所へ会いに行きたくなる。だって、渋谷がまさに私にとってそうゆう街だったから。
それからLFCコンポストの代表のたいらさんっていう女性を紹介して頂いた。もちろん、あのバッグ型のコンポストはもうずーっと何年も前から知ってる。コンポストを始めようと思った時に一番初めに気になった商品でもある。最近、我が家では夏で微生物が活性化していることも手伝ってコンポストブームが来てる。生ゴミがどんどん土に返っていく様子は見ていて楽しいし、そこで捨てた野菜から新たに芽がニョキニョキと育っていくのも楽しい。たいらさんには我が家のコンポスト事情の話を少し聞いてもらってアドバイスを頂いた。正直、お会いできて無茶苦茶嬉しかった。想像していたような感じの方ではなくて、ずっとずっと素敵で素朴な女性だった。
コンポストは環境問題のことで3年前に東京のマンションのベランダで始めたけど、今は違う。コンポストの中で循環する世界を目の当たりにできることが楽しいとか、それは生ゴミを処理してくれて、豊かな土を作ってくれて、なんなら新しい野菜の芽まで育ててくれる。環境のためというよりも、今はご褒美と言った方がしっくりくる。ただ、楽しいからやってる。結果、誰かのためにもなってる。たいらさんと話をしていて、大事な事をちゃんと思い出せた気がした。それに、そもそも、環境のためにという理由だけでは中々楽しめないっていうのもある。マスト的な考え方はどうしてか辛くなってしまうから。
結局帰宅したのは20時。もう腰痛は悲鳴を通り過ぎて感覚が半分麻痺してる。あまりの痛みに空腹までもが奪われてしまうくらいに。帰宅してもしばらくは床に転がっていた。しばらくしてからシャワーを浴びた。周ちゃんはせっせと洗濯を取り込んでくれたり、梃子にご飯をあげたりといろいろをやってくれてる。夕飯は周ちゃんが造った天ぷら饂飩。天麩羅は帰りに駅前で買ったもの。生姜をたっぷりすって食べた。食事を済ませて布団へ寝っ転がった。ああ、辛い。どうしたらこんなに痛いんだろうってくらいに痛い。
天井を見ても壁を見ても痛い。携帯を見たって痛いし、”腰痛、緩和” のキーワードでgoogle検索し続けるだけだ。しばらく痛みに打ちしがれながらぼんやりと考えた。外で見る周ちゃん、かっこよかったな。何度かエレベーターや駅で私ぐらいの中年女が何度か周ちゃんを見ているのを見た。「私の夫よ。」なんてことは思わない。周ちゃんは私の物じゃないし、今はたまたま私と一緒にいるだけ。そうじゃない。彼女たちに、わかるよ〜と共感したかった。だって電車で口開けて寝ているのを見ても、なんてまぬけな顔をしているんだろうと放って置いたくらいだもの。周ちゃんは周ちゃんであって、私は私。同じ姓を名乗ってるけれど、他人であり、どこまでいっても自分ではない誰かだ。
家を出ると、周ちゃんはよりいっそうに他人になって、何だかいいなと思った。家にいる周ちゃんも好きだけど、外にいる周ちゃんも結構いい。外にいる周ちゃんが服を着た周ちゃんで家にいる周ちゃんは裸って感じだ。見えない部分があるというのはとってもいい。ひとり勝手に想像してニンマリした。
7月23日
千葉から帰宅するとまゆみちゃんから手紙が届いていた。勉強のこと生活のこと、ヨーロッパのどこかの海へ行った話、そこで水がきらきらしていて綺麗だったとか、HUGOにこんな話をしたら、こう言ってたんだよ。とか、日々のことが少しずつ丁寧に書いてあった。何だろう、特別になにってわけじゃないし、小さな日々の話なのだけど、胸がじわじわと温かくなっていく。
もし、私達が文通していなかったら、まゆみちゃんの毎日のことはきっと知れないだろう。インスタの写真は、きっとパリの素敵な街並みや美味しいご飯のことは教えてくれるかも知れない、旅先の綺麗な景色だとか、猫の可愛い姿なんかもきっと見れるだろう。だけど、そうじゃないこと。誰にも言わなくてもいいけど、自分にとっては大事だったり、少しだけ特別なこと。たぶん、思い立って切った前髪ぐらい誰も気づかないようなもの。
海から帰ってきて、海の手紙を読むのはなんだかとてもいい気分だった。今すぐにでもまた海に行きたい。夕飯は母が作ったしらすと焼き鮭の丼。帰りに母が作った色々をどっさりと持たされた。お稲荷さん、春雨サラダ、魚介のアヒージョ、アスパラの肉巻き、サーモンと海老のヨーグルトサラダ、ワカメと胡瓜の酢の物、後は昼に揚げたのだろう天麩羅。
海から帰ってきて、海の手紙を読み、母のご飯を食べる。こんな幸せなことはない。
7月16日
今日は4時半に起きた。最近はずっと2時おきが続いていたけど、今日はしばらく布団に転がっていた。9時から試験がある。いつもみたいに夜中から勉強したら試験中にダウンしてしまいそうだ。
起きて少し勉強。梃子の散歩。姉からママが入院するよとLINEが入っていた。直ぐに母に電話をすると「おはよ〜今ね、蓮の花があって、すごく綺麗なのよ。」「蓮?出張なの?」「写真送るから。」電話がプツリと切れた。入院はただの検査入院らしく、直ぐに姉に電話をいれた。日本は朝の6時、L.Aは午後すぎかな。
姉と少しだけ話してテストだからと電話を切った。「よっちゃん、うまく出来るようになったね。」最後に姉が言った言葉が嬉しかった。少しまえに、なんだかなぁってことがあった。だけど、嫌な顔を1つせずにあしらい、離れた。その一連の流れを褒めてくれた。写真の事となると、きっとムキになりすぎるところがある。最近ようやくそんな事も気づけたのだろう。
試験はめちゃくちゃ勉強したけど、結果はどうだろう。心理統計法は高校でもやらなかったぐらいに数学を勉強した。もう一課目はどうだろう。論述式かと思って概念ばかりを自分の言葉で書きまとめていたけど、心理検査とか穴埋め問題だけだった。専門書を7冊くらい揃えて読み漁ったのに、教科書からの出題のみ。がっかりというか、なんだろう。私の時間返してって思った。
試験を終えて、原宿へ向かった。夜は後藤さんとミオちゃんと広尾でメキシカンを食べた。試験が終わって大好きな2人とディナー。ミオちゃんは少し酔っ払って「なんでパリこないの?」と何度も言ってた。前の私なら考える暇もなくチケット取ってたと思う。だけど、今はちがうみたい。もっと2人と飲みたかったな。