夕飯

Journal 01.2,2023


横浜で取材の合間に喫茶店で合間の時間を潰している時にフォトグラファーの松村さんにLINEした。”ちょっと写真のことで聞きたいことがあるんですがいいですか?” 次の撮影のこと。悶々と考えていても仕方が無いと思って相談してみることにした。直ぐに着信が鳴った。「こないだの車なんだったの?」年末、酒の席で私が欲しい車が何かわからず当てるゲームみたいなものをしていた。「結局、旦那さんに聞いてもわからなかったんですよ。」「何だよー。それでさ、さっきの。感度は上げないよ。800以上は。」あ、。そうだ。感度は上げない。師匠である笹原さんもそうだった。感度は絶対に上げない。重いジッツオの三脚をがしりと立て、どんなに暗い場所でも少ない光を見つけて写真を撮っていた。アシスタントの時に少しだけお金が出来た時に私もジッツオを買った。大きな鉄の塊みたいな三脚。重いし、持ちづらいし、冬は持ってるだけで余りに冷たくて手が痛くなるくらいだった。何度も足をぶつけたし、指も挟んだし。一度だけアメリカで作品撮りをする時に持って行ったけど、よく持っていたと思う。あの時は若かった。結局、数年も使わずにメルカリで売った。相手は高校の先生か何かで、写真部で使う為だと言っていたけど、部の生徒達は本当にあんな無骨な機材を使えたんだろうか。今更だけど時々少し胸が痛む。いい物ではあるけど、素人が扱えるような機材じゃない。

「だからさ、三脚を使うよ。料理を綺麗に撮りたかったら三脚だよ。」松村さんの言葉に大事なことを思い出したようだった。私、何やってんだろう。三脚。つい数年前まではジッツオではなくても、私も三脚をしっかりと立てていた。デジカメになってから出来ることが年々増えていく。その進化は本当に凄くて、軽量化していく機材に反して上がっていくスペック。光をどうにかすることは決して道徳を反してる訳では無いのだけど、人間の背中に羽が生えるとか、体重が軽くなる靴とか、正直、カメラの中で訳のわからないことが現実的に起きてるような感じだ。光が無いと撮れなかった写真が光がなくても撮れるようになってしまった。そうして出来ない事が出来るようになると、誰でも何となく写真が撮れるようになり、それと同時に似たような写真をよく目にするようになった。デジカメを始めた時はこんな状況につまらないなと嫌気がさしていたけど、今ではこれが今日の写真なんだと納得してる。すっかりそんな事すらも忘れていた。曖昧な部分はあっという間に失われ、なんでもコントロール出来るようになった写真。フィルムブームなのもよくわかる。だって予測可能な明日なんて見たくない。それは仕事なら安全でいいかもしれないけど、自分の人生なら誰だってつまらないって言う筈だ。

やっぱり松村さんに話して良かった。本当に良かった。よし、楽しもう!

2月1日

Journal 01.2,2023


周ちゃんは確か先週も忙しかったけど、今週はもっと忙しいらしい。週末から始まる新しい企画展の準備で帰宅は昨日も深夜だった。周ちゃんと仕事をしたらすごくいいと思う。私達が一緒に仕事をする日が来るかわからないけれど、あんなに丁寧な人としたら安心しかないし、我儘を言いすぎてしまいそうで想像するだけで怖い。偉めな上司の娘と見合いさせられたとか、既婚者のチームを組んでいた同僚から休日まで一緒に仕事したいと言い寄られたとか、女ってのはわかりやすいというか残酷な生き物だなとも思うけれど、そんな事をしてしまうのもわかる気がする。出会った時に私の働き方を聞いて周ちゃんはすごく驚いてた。仕事の人は基本信用しないし、プライベートは一切話さないよって。「好きじゃない人、信頼できない人とどうやって仕事をするの?」私の質問に対して周ちゃんの回答は無かった。仕事ってそんなに修行みたいなものだっけ。ただでさえ、写真を撮るのに緊張したり、怖く思うことだってあるのに、せめて側にいてくれる人とは楽しくやりたい。安心したいし、安心して仕事に向かいたい。なんなら背中をさすっていて欲しいくらい。じゃあ、周ちゃんはどうやって仕事をしてるんだろう。忙しくて痩せるってどれほど苦いんだろうか。それは一体誰が喜ぶ為にやってるんだろう。

午前はフミエさんのアトリエで撮影のテストをした。どう撮るべきかわからなくて迷ってる。よしみちゃんはよしみちゃんっぽくていいよね。とか、よしみちゃんの世界観があるとか。そう言われる度に褒められて嬉しい反面、何だか駄目な人みたいにも聞こえてどうしていいのかわからなくなる時がある。写真作家になれなくて仕事の写真を撮る人になった私のただのコンプレックスだけど、勝手にやるせない気持ちになったりしてる。コマーシャルの写真が写真として良くないってわけじゃないし、仕事だって大好きだけど、作家には叶わないんじゃないかと決めつけてしまう自分が時々現れる。写真の質が違うのだから良し悪しなんて無い筈なのに。

テスト撮影を終えて、バインミー屋でバインミーが出来上がるのを待ちながらフミエさんに聞いた。「フミエさんは写真、どう思いますか?」私は今回、フミエさんの料理をどう撮ったらいいのか迷ってる。明るく綺麗にストロボをたいて撮るべきか、それとも自然光を活かして暗くてもイメージを重視したらいいのか。フミエさんのアトリエはあまり明るくない。この状況下で光に頼るのは正直辛い。偶然を狙うのも難しい。どうしよう。

編集の若名さんに相談すると、意外な答えだった。「よしみさんとフミエさんがやってきた事を写真にしてください。」真っ直ぐに目を見ながら話してくれた。不安がる私にライターの岩越さんは写真を撮る人みたいに教えてくれた。季節の光だとか、朝や晩の光を考えてみるのもいいんじゃないか。今回の仕事が決まった時、とにかく若名さんっていう大船に乗ろう。若名さんみたいな方とお仕事出来る機会はないのだし、私達って本当にラッキーだねって浮かれていた。だけど、若名さんが伝えてくれた話は私もだけど、フミエさんの心も打ったと思う。夜にフミエさんとLINEをしていて、とにかく頑張りましょうってメールをしあった。それに、岩瀬さんがいてくれて良かったし、フミエさんの友達の赤松さんもそう。

まだ少し時間がある。ゆっくりと考えてみよう。来週から大学の講義が始まる。

1月31日

Journal 31.1,2023


何だか忙しない数日。朝から少し苛々してる。理由は朝から周ちゃんが餅なんて焼くからだ。どうして忙しい最中に餅焼いたりするものかと腹が立った。ひっくり返したように汚れたキッチン。餅がこびりついた流しを誰が綺麗にすると思っているんだろう。けど、周ちゃんが焼く餅は美味しいし、嫌な顔一つせずに食べた。何とも私の心と心に板挟みで苦しい朝。一人暮らしはあんなに快適だったのに、男と住むというのはどうしてこんなにも大変なのか。私の人生の半分は多分、同棲とか結婚に費やしてきた為に一人暮らしの経験は賞味2年。あの時間が今でも恋しい。終日が王様。好きな時に起きて好きな時に寝て食べて。脱いだものも散らかしたものも、自分のタイミングで片付けるし、誰かの何かをやってあげなくていい。無いものねだりなんて事はわかってる。時々こういう日がやってくる事も。

朝は撮影の準備をして、午後は大学の成績表と卒業証明書の取り寄せをし、急いで歯医者に向かった。今日で最後らしい。先週の麻酔が酷くてもう行きたくないと思ってたので良かった。帰宅すると直ぐにりょーこちゃんから小包が届いた。同封されていた手紙を開けると綺麗な字で結婚おめでとうって書いてある。それから、食卓はよしみちゃんが好きな場所だからって。小さな桐箱を開けると水引のように結われた銀の箸置きがライトの光に反射してキラキラと光っていた。全てがそれぞれに違う形。なんて綺麗なんだろう。思わずため息がでた。富山県の伝統工芸品らしい。

りょーこちゃんに会いたいな。くだらない事で笑いあいながら麦酒をガブガブ呑みたい。りょーこちゃんはよく笑う。だから嬉しくなってつい調子に乗ってもっと笑わせたくなってしまう。そうして楽しいのループが始まる。ずっと前に一緒にベトナムに行きたいねって話していた。ネオンが光る街を酔っ払い女二人でじゃれ合いながら歩きたいな。二人して何を撮ったんだかわからないような写真を撮り、後から上がった写真を見返してケタケタ笑いたい。

モツカレー

カレー 30.1,2023

パリのマユミちゃんから手紙が届いた。封筒の中には2022年12月18日の手紙と、年始にバカンス先から送る予定だったカードも同封してあった。もし、ずっと私達がお互いに東京にいたら今でも友達でいただろうか。友達の友達だったマユミちゃんはいつしか大切な友人の一人になった。私達の共通点は何もない。学校も仕事も趣味も、マユミちゃんがどんな男の子がタイプだったのかも知らない。一つだけ共通点があるとすれば、マユミちゃんは両腕の手首に丸のタトゥーが入っていて、私は左腕にフロイトの言葉が入ってる。それくらい。だけど、互いに入ってるって事しか知らない。その意味も聞かないし言うこともない。文通も3年目に突入。2021年の年賀状から始めて、半年もしたら来なくなるだろうと思っていた手紙。今のところお互いにやめる気配はない。他愛もない日常を一方的に書いているようで、なんだか励まされたり励ましたり、笑ったり泣いたりしてる。そして、マユミちゃんはバカンスがくる度にパートナーと聞いたことがないような名前の街へと旅に出る。私の知ってる日本人は誰も行かないだろう美しそうな街。もうしっかりとしたヨーロッパの人なのだなと思う。最近、友達が減った事を手紙に少し愚痴ったけれど、マユミちゃんの手紙にも同じような事が書いてあった。なんとなくの友達はなんとなく連絡を取らなくなって、仲が良かった友人とはより深くなったって。嬉しかった。寂しさを持て余していた私にとって十分過ぎるくらいに温まる言葉だった。

それから、”最近、服がずっと要らなかったんだけど、こないだいいブランド見つけちゃって。沢山欲しいけど、そんなに働きたくないから、そこそこに働こうと思う。” と書いてあった。マユミちゃんは元々服の学校に行ってたし、いつもマユミちゃんらしくお洒落をしていて、今でもパリコレの仕事を手伝ってるくらいだ。だけど、好きだからとか欲しいからといって自分の生活を壊してまで手に入れたいとは思わないと決めてる所がやっぱりマユミちゃんらしくて素敵だ。

そこそこに働く。いい言葉だな。数日前に私とフジモンが話していた事に過ごし似てる。バランス良く生きたい。仕事は好きだけど、仕事以外だって人生だから。何かを消費する為に死ぬ気で働くなんて嫌。「最近は、あっても撮影は週2日くらいかな。」仕事の事を聞かれたフジモンに返答すると「丁度いいね!」と笑顔で返ってきた。以前は週6日撮影していたし、1日に数本の現場が入ってるのが当たり前だった。こないだ会った中西くんも言ってた。「よしみちゃん、前は忙しそうだったもんね。」私は心だけじゃなくて、それ以外の沢山もどこかに置いてきてしまっていただろう日々。あの時はとにかく時間は私を窮屈になるまで押し込んでいたし、苦しかった。もう戻る気は勿論ない。それに、あの時は写真を撮っていたというよりも、お金を稼いでいた感じだった。人それぞれだと思うけれど、仕事は人生じゃない。その方が私にとっては気持ちがよく写真が撮れる気がしてる。スイスイと自由型で泳ぐ方がより早く進めるとゆうか、こんな風に浮いたり潜ったり出来るんだと、知らない私を見つけて驚いてみたり、教えてくれた誰かに感謝したり。まだまだ手探りではあるけど、今のところいい事づくし。

夕飯はモツカレー。モツを蒟蒻と大根と一緒に薄めの麺つゆで煮てから、カレーに入れる。カレーはスパイスは使わないでカレールーとソースで調味。スパイスカレーも好きだけど、こういう味がしみしみのカレーも好きだ。周ちゃんはすごく気に入ったみたいでお代わりしてた。

コストコのサーモン

和食, 夕飯 29.1,2023

朝から梃子を連れてコストコへ向かった。顔より大きなサーモン。値段は5500円。「今日はサーモン手巻き祭りにしよう!」分厚く切ったサーモン。普通の日曜日に祭り。なんだかとっても楽しかった。

1月28日

Journal 28.1,2023

午後からりりさんと池袋の中華で約束。今日はりりさんの夫となった陸さんもくる。陸さんに会うのは初めて。りりさんが結婚を悩んでいた時にビデオ通話で周ちゃんと3人で話し合ったことがある。いつだったか覚えてないけれど、今の家に越してきてそう経っていなかったからきっと昨年の春あたり。メールでは二人に相談したいことがあると言っていたけど、もう心にはしっかりと決意が見えていた。ただ突然に起こった現実に心を激しく揺さぶる動揺をどうにか形に声にしたかったんだろうという感じに見えた。それに、結婚への決意はりりさんらしくて、いつも通り真っ直ぐな彼女そのものだったことに安心したというか、嬉しかった。

そもそも、りりさんも私も結婚を強く望んでいた訳じゃなかった。いきなり現れた結婚を思わず飲み込んでしまったような感じに近い気がしてる。勿論、後先考えてる余裕もないし考える気もなかった。りりさんがどうだったかはわからないけど、本当にあっさりと私達は結婚をした。時々思う。少しだけ私とりりさんは似てる。自分の事はよくわからないけどそう感じる時がある。

私と周ちゃんが到着する少し前に二人は到着したようだった。陸さんは写真よりもずっと大きくて少し驚いた。笑顔はまだあどけなかったけど、丁寧で律儀でどこから見ても芯があるとゆうか、ちゃんとした大人の男だった。リリさんのお母さんが気に入るのもわかる。もし、私に娘がいて陸さんを連れてきたら、私だってピザと寿司を出してしまう筈だ。よく食べてくれる姿を見ているだけで嬉しくて泣いてしまうかもしれない。それに、陸さんを好きになった一番の理由はりりさんの事を何度も尊敬してると話していたことだ。りりさんはすぐに泣いてしまうけど、自分に嘘をつかない。小さい身体でどうにかこうにか思いきりに生きようと前へ進む潔い生き方は私も好きだ。陸さんがそれをちゃんと知っていたとゆうか、きちんと言葉にして彼女の事を語ってる姿がかっこよかった。

何かが出来るとかスゴイみたいな事よりもずっと、どうにもならないその人の中で精一杯に生きてる方がずっと魅力的に見える。有名とか仕事とか、美人だとか金持だとか、その人を示すサインにはなるかもしれないけど、魅力を量る値にはならないし、人間の魅力はそんなもので量れる程につまらないものじゃない。何年も前から年収800万以上の人と結婚したいと言っていた友人達は独身をずっと更新してる。お金は大切。あればあるだけ困ることはない。けど、人間の面白さはお金で量れないとも思う。周ちゃんにそんな女達の話をすると、子供みたいな答えが返ってくる。「えー。それって、愛じゃないじゃん」って。その通り。けどさ、みんな本当に愛が欲しくて結婚してるんだろうか。それぞれのそれぞれなりの勝手な言い分で愛を語ってるだけだったりもしないか。子供が欲しいとか、そろそろ結婚したいとか、仕事がしたくないとか。結婚してないと恥ずかしいみたいなのもあるかもしれない。けど、それが人生になるのだから理由は何だっていい気もしてる。ただ、面白くないと意味がない。愛よりも前の話、面白いか面白くないか。そしたら年収なんて正直どうだっていい。

夕飯は茸鍋。〆に太い武蔵野饂飩を煮込んで食べた。

1月27日

Journal 27.1,2023


午前は新宿で美容皮膚科のカウンセリング。年末、後藤さんに「勧誘とか一切断れば無料で出来るから。」と言われていたのをすっかり忘れていた。若くて綺麗な女の子のひつこい勧誘にうんざりして直ぐに店を出た。妊娠を終えてから一気に増えた肝斑。妊娠後に増えると聞いていたけど、こんなにも増えるものかとげんなりしてる。やっぱり新宿は嫌い。逃げるように湘南新宿ラインに乗って逗子へ直行した。今日はフジモンと会う約束をしてる。最後に会ったのは妊娠前の夏のいつか。渋谷のミス・サイゴンでランチをした。結婚祝のお礼に達磨をあげたら嬉しそうにニコニコ笑って喜んでた。一見よくわからないものとか、不思議なものを全力で喜んでくれるフジモンは可愛い。子供のように無邪気な姿を見ているだけでこっちまで幸せな気持になる。フジモンはパリのマユミちゃんの親友。マユミちゃんは大好きな友達の一人だけど、その友達のフジモンもいつしか大好きな人になった。

年始に旦那さんのショータさんが事故を起こした事がずっと気になっていたから聞いてみると、身体には問題ないとの事でほっとした。ショータさんと、かかんの新しいPR動画の打ち合わせの約束をしていたので、打ち合わせの件が止まり申し訳ないとの事だった。お詫びに今日のランチ代を貰ったよ、と嬉しそうに言ってた。ランチは鎌倉野菜が美味しいモダンダイニングみたいなレストランで丁寧に作られた野菜を使った定食を食べ、散歩がてらに鶴岡八幡宮を歩いた。平日なのに週末みたいな人混みの中、夏に妊娠した事や、それで大学での勉強を決意したことなど話した。いつ何が起こるかわからないし、本当に辛かった。仕事も写真も大好きだけど、子供が出来ることが嫌だったわけじゃないけど、なんだか自分の人生から阻害されたような孤独感を味わったこと。周ちゃんは決して無視していたわけじゃない。当たり前のように私の日常が奪われてゆく中でいつもの通り仕事へ出かけただけだ。仕事、遊び、やりたかった事、やるべきだった事も。どうして女の私だけがこんな辛い想いをしなきゃいけないんだろう?事故のように起きた妊娠に対して、もどかしくて腹だたしくて悔しかった。フジモンは隣で大笑いしてる。「よしみちゃん!わかるわかるよ!うちだってさ。」男と女が不平等になるのは今に始まった話ではないけど、女性が妊娠したり、子育てをする事について、正直聞いてないよこんなの!と思った。これは周ちゃんが悪いなんて話じゃない。きっともっと大きな話だ。社会とか、歴史とか、ずっとずっと広くて大きな場所のこと。あのフツフツと煮えたぎる想いのことを鼻息荒くしながら参道で話し続けた。

「男なんて所詮わからないんだから。」姉が言ったあの言葉は本当に明答だと思う。勿論、悪意のある答えじゃない。だって、これは互いに思いやろうみたいなままごとで解決できる話じゃない。やっぱり私達は他人であって、別々の生き物であって、尚且つ性別も違うとしたら、尚更わかりあえっこない。お腹が痛いと言ってるのに、冷えた水でも飲んでねと渡されても、その優しさは痛みに突き刺さるだけだから飲めない。そんな風に妊娠をしたら男がより一層に嫌いになった。笑顔の可愛い妻でいたいなんてのは理想にもならない空想。

今日、特に話したかったのはフジモンの大学の話。2年前から心理学を勉強してる。あと働いてるクリニックの話も。私も大分解決しない人になったと思う。もうジャッジはしたくない。いいとか悪いとか。人の悪口もだけど言わない。肯定もしない。考えれば考えるほどに、答えなんてものはなくなっていく。フジモンもそうだ。二人で人の話を沢山した。頭を抱える程じゃないけど、あちらこちらに転がってる誰かの奥底にあるような暗くて皆んなが見ないようにしているような話をコーヒーを飲みながら淡々と話し続けた。同じようなことを勉強しているからというのもあるだろうけど、こんな風に話を出来る友人は他には一人だっていない。

前の夫の話も少しした。口から出したのは初めてだった。今だから考えられること。病のことについて、今どう生きているか。そしてあの病は彼の未来をどうしていくか。正直なところ、最近はあの病気のことをもっと知りたいとさえ思ってる。本来であれば忘れるべき過去なのに、これから料理し、さらには食べてみたいだなんて。「私の生命力やばいよね。」って冗談混じりに話すと、フジモンはまた大笑いしてた。本当にどうかしてると思う。だけど、きっとこれが生きるってことなのかもしれない。

パンケーキ

朝食 26.1,2023


男の人は褒めるとずっと同じことを繰り返す生き物だと思う。周ちゃんが作るパンケーキはいつしか朝食のスタメンになった。とても有難い話だけど、気分屋の私にとってルーティンほど怖いものはない。こんなにパンケーキミックスを買ったのは人生で初めてだと思う。これから味でも色でもなんでもいいから変化してくれることを願うしかない。とりあえず今日も焼き加減は最高だった。ふたりで暮らすのは楽しい事も沢山あるけど、自由がきかないことも増えていく。出来るだけ互いが互いに編み込まれてしまわないようにしたいのだけど、日々の暮らしは思ってる以上にスムーズに浸透していく。結婚当初から口を酸っぱくして言っていた結婚のルール。今じゃ殆どが何処かへ行ってしまった。

ここ数日、料理家の角田さんとメールでやりとりしてる。前にゲイの友人と文通のようなメールをしていた事を思い出した。言葉だけど言葉じゃないような感じのやりとり。角田さんは、とても忙しい方だと思うし、遊び半分のような事は言ってはいけないと丁寧によく考えながらメールを返答してる。数日前のこと、私が前に撮った映像をどうやら気に入ってくれたらしく、角田さんの心を強く動かしたみたいなことが書いてあった。本当は飛び上がってしまうくらいに嬉しかったけど、あまり調子に乗らないようにと言い聞かせた。けど、やっぱり嬉しい。

角田さんは料理家だけど、アーティストみたいな感じだったり、経営者のようだったり、とても不思議な方だ。周ちゃんはうちの姉に似てると言ってた。「どこが?全然似てないよ。」「懐が深い所。」姉はとんでもない性格だ。だから、アメリカに行っちゃったし、ギリシャ人と結婚したし、未亡人になり裁判3つやっつけて、今では自分の音楽の会社を作り女でひとり子供達を育ててる。私とは真逆だ。あの強さは一体何なんだろうかと思う。だけど、強く生きているのと同じくらいに、辛い事もしっかりと受けとめてきてる。口先だけの優しい人は沢山いるけど、それが悪い人だとも思わないけど、姉は心底優しい。私を助けると言ったら、世界中の全てを敵に回したとしても絶対に助けにきてくれる。周ちゃんの言ってる事が少しわかる気がした。角田さんが作る料理をまた撮りたい。

1月25日

Journal 25.1,2023


今日は急遽撮影となった。だけど、ロースターの事務所までは家からそんなに遠くないし、あっという間に撮影も終わった。駆け出しの頃に少しだけファッションの撮影をしていた時のことを思い出した。こんな感じで撮影してたな。あっという間にファッションは撮らなくなったけど、なんだか懐かしい感じがした。家を出たのは朝の6時半。まだ辺りは薄暗い。周ちゃんが運転しながら「娘を送るお父さんみたいだね。」と笑いながら言った。最近、周ちゃんに駅まで送ってもらう事が増えた。いつか自分で車で行けるようになったらいいけど、これはこれで気に入ってる。

撮影が終わって池袋まで急いで向かってる時に編集の岡崎さんと駅でバッタリ会った。今朝、丁度思っていたこと。今日、岡崎さんに会えないかな。何か小さなプレゼントでも渡したいな。岡崎さんは今月で退社する。この一年で何度か現場でご一緒したけど、もっと話したかったし、なんなら飲みに行きたいくらいだった。偶然の出会いに驚きながら少しだけ話して別れた。会えて良かった。それに、これからの話も聞けて嬉しかった。やりたいことがあるのだそう。新しいことを始めるっていうのは、他人事でもワクワクする。

夕飯は麻婆春雨にした。

チキンカリー

カレー 24.1,2023

久しぶりにカレーを作ったら周ちゃんがとても喜んでくれた。「どうやって作ったの?」「スパイスカレーにルーをひとかけ入れると美味しんだよ。」レシピを話すと驚いていた。それから二人してご飯もルーも何度もおかわりをした。最近はスパイスカレーを作っても嫌がられないから嬉しい。カレー文化はあっという間にここ数年で浸透したなと思う。スパイスカレーを作って喜んでくれるBFなんてここ10年の話。「どっちのカレーが好き?」と聞くと、100%で普通のカレーと返ってきた。どうやら時代はどんどん生きやすくなっていく。最近は本当に生きやすい。大嫌いだった冬も大寒波だと言うけど、そんなに寒く無い。働くこともそうだし、勉強もそう。私の人生も大分生きやすくなった。まだまだ今でも夢の中では誰かに責められているけれど、そんなに心には響かない。苦しみの一つや二つあるよね。その程度で今のところは収まってる。

今日は少し山の先にある湖まで車を走らせた。私の毎日で生きづらいというか怖いものと言えば車だ。助手席に周ちゃんが乗ってくれると運転は楽しい。だけど、まだ一人で運転するのが怖い。ずっと憧れていた。写真で少し稼ぎ始めた頃に車を買おうかなんて考えたりもしたけど免許は持って無かった。口では車が欲しいとか車が運転したいとは言ってたけど、今思うとそれは叶わない夢の話で良かったんだと思う。東京にいた時の私は夢を語ってるのが好きで、語ってるくらいが丁度良かった。夢は夢だからいい。苦しいのなんて嫌だもの。

新しい生活を機に免許を取って年末に車も買った。もう言い訳は出来ないし、いい加減に怖いなんて言いたく無い。けど、どうしていいのかわからないし、周ちゃんに聞いても少しずつ慣れるものだとしか言ってくれない。そんなのわかってるよ、けど、怖いんだもの。どうにもこうにも答えが見つからなくて一昨日にgoogleで検索した。”車、怖い、慣れるまでの時間” googleによると5000キロ走ると車に慣れてくると書いてある。恐怖っていうのは見えないから怖いもの。だから恐怖は見えるようにしたらいいんだ。5000キロか。大体だけど、それが私の恐怖の量になるのかもしれない。とりあえず昨日から毎日何キロ走ったかメモに記すことにした。

私が生きる上で知った事の一つにどんなに苦しい事もいつかどうにかなるっていうのがある。一人目の夫が暴れていなくなった時に覚えたこと。これは今だから思うけれど夫の所為じゃない。夫はいい人間とは言えないけど、私が私を責め続けたから酷いことになった。だっていつだって逃げる選択が出来たのだから。夫に振われた暴力や暴言。そんな事よりも私が人生を放棄したら、いつしか自律神経はどうにかなってしまい鬱が発症した。そこに立ってるだけなのに世界がぐるぐると回るし、吐き気がするし、骨と皮だけみたいになった皮膚に小さな風があたるだけでも怖くて仕方がなかった日々に覚えたこと。どんなに小さな一歩でもいいから、亀より遅くてもいいから前に進めば今よりはマシになる。1日0.1ミリでも10日で1ミリ、3ヶ月、1年と経てば3.6cmにもなる。たった3cmのヒールを履いただけだって世界っていのは見え方が変わるのだから、ものすごく小さい前進だったとしても、たったの1年でも今日より世界はものすごく変われる。怖くても絶対に出来ないなんてことはないと思う。息を吸うくらいに小さな努めでいい。というか、小さな努めしか出来ない。だって怖いもの。けど、続けたらいつか何かが変わる。残り4984キロ。逆に言えば4984キロ走ったらこっちのものだ。

豚汁

和食 22.1,2023

今日はひさしぶりに周ちゃんと梃子と山へ行った。山と言っても神社の裏にある小さな小山。年始にだるま市がやっていた水天宮。晴れた日は、遠くまで青い空が広がり、山や小さく見える家々もとても清々しくて気持ちがいい。だけど、寂れて忘れさられたような場所でもあった。ひとりで散歩に来たときは、神隠しにでも遭ってしまいそうで少しひやりとした空気を感じたりもした。だけど、先日の祭でとにかく驚いた。この神社は日本橋に次いで大きな水天宮らしく、この街では普段見ないような人集りに何だか夢の続きでも見ているかのような光景だった。周ちゃんは仕事でいなかったけど、見せてあげたかった。喜ぶ周ちゃんの顔が目に浮かぶ。今日はいつも通りの静かな山を歩いた。梃子は嬉しそうに走ってる。

お昼は昨晩作った豚汁とご飯で昼食をとった。今夜は料理家の角田さんと国立で約束してる。一番の目的は周ちゃんを紹介することだけど、私が会いたいというのも本心だ。特別に何か話したいわけでも、何かを聞きたいわけでもないけど、角田さんといると世界が広がる感じがして純粋に楽しい。本人は自分は変だからと言うけど、全然変じゃない。すごく強くてすごく弱い感じが私はとても人間らしくて一緒にいるとこっちまでいい人間になってしまうような気がするからなのか、その魅力に没頭してしまう。

周ちゃんと角田さんは直ぐに意気投合したみたいだった。周ちゃんがいると私は一言も喋らないでいい。こういう時間はそんなに嫌いじゃない。姉の後ろにいた子供の頃みたい。そもそも、そんなに自分のことを喋らなくていい。聞いているだけで見ているだけで十分。二人の話を笑って聞いてビールを何度かお代わりした。

楽しい夜だった。

1月19日

Journal 19.1,2023

朝から撮影。今日も編集の佐々木さんとライターの森本さん。それから、編集の藤本さん。スタイリストさんは初めてお会いした女性だった。料理の仕事はやっぱり楽しい。むちゃくちゃ楽しい。料理を作る人ってどうしてこんなに素敵なんだろう。そして料理の仕事ってどうしてこんなに楽しいんだろう。今夜は冷蔵庫にある残り物のおかずと冷凍イカで中華炒めを作った。少し遅く帰宅した周ちゃんと食卓を囲んで私はずっと興奮しっぱなしで話し続けた。「今日の料理家さん。すごい素敵なの。すごいよね。」お酒が入っていた所為もある。だけど、とにかく嬉しかったんだろう、楽しかったんだろう。私の話を聞く周ちゃんもとても嬉しそうに見えた。

前はいつも夫の機嫌に振り回されていたのに、今は私の機嫌が周ちゃんを悲しませたり喜ばせたりするようになった。毎月やってくる生理に加えて、怒ったり喜んだりが絶え間なくやってくる私にとっていつでも機嫌よくいる事は案外難しい。だけど、出来るだけ1日でも多く笑っていられるようになりたいと思った。何だか今夜はいつもよりもずっと家族みたい。少し呑みすぎた。

ひっぱり饂飩

郷土料理 18.1,2023

午後に六本木のテレビ局で撮影。夕飯は周ちゃんが準備してくれた。ひっぱり饂飩と朝採れのほうれん草でお浸し、大根おろし、水餃子。後は具沢山の味噌汁。採れたての野菜はやっぱり美味しい。身体がどんどん瑞々しくなっていくのが気持ちが良くて口一杯に頬張った。舌ってのは面倒なものだなと思う。別に私は放漫になんてなりたくないのに田舎に住み始めてからどんどん求めるようになってゆく気がしてる。採りたての野菜の味を知るようになってから、スーパーに並ぶ野菜に不満を覚えるようになった。前は何も感じてなかったのに。それは幸せな事なのか、残念なことなのか正直どちらが正解なのかわからない。ただ、感じることが増えて心は前よりもずっと忙しい。

ひっぱり饂飩
饂飩
タレ(サバ缶、納豆、卵、めんつゆを混ぜ合わせてもの)
ネギの代わりにミツバ

夕飯

和食, 夕飯 17.1,2023


今日は朝から撮影。車で行くか迷ったけど結局やめた。あれだけ文句を言ってた電車移動だけど、車の怖さを考えると電車も悪くない。やっぱりどれだけ都内での生活が便利だったか、東京での生活はタクシーと完全にセットだった。だけど、車を運転するようになってから、どこへ行くのも苦じゃなくなったし、遠いい場所にも行きたくなった。不思議なもので、便利さよりも不便さを選んだのに、世界がずっと広がった。田舎に移り住んだ友人たちが口を揃えて言う事だけど、本当にその通りだ。

撮影は時間よりもずっと早く終わった。今日はリンネルの編集の佐々木さん、あと先日に初めてご一緒した森本さん。森本さんは勝手に中山美穂に似てると秘かに毎度思ってる。佐々木さんはいつも丁寧で優しくて的確で、現場はダントツで早い。一緒に仕事をしてきて嫌なことは一つもないし、とにかくスムーズ。あっという間に撮影が終わる。こないだも思ったけど、やっぱり編集者っていうのはすごい。何がすごいかは上手く説明出来ないけど何だかすごい。すごく料理が上手みたいなものと似てる。ちゃちゃっと物凄く美味しいものを作ってしまう感じ。こないだ編集の成田さんと話していても思ったけど、仕事をする相手で私の仕事が変わる。変な話、私のギャランティーが下がってもいいから、いい編集さんがついてくれる仕事がいいとさえ思う。それくらいに仕事が変わる。現場での楽しみも、出来上がるものだって変わる。

前の私ならこんな風に考えられなかった。だけど、今は完全に何をするかより誰とやるかの方がずっと大切。こんなにも私ってのは変わってしまうものかと思うけど、それくらいに仕事への執着が失くなりより一層に仕事が好きになった。仕事だけじゃない。仕事を一緒にしてる人が好きになった。今日も楽しかったな。夕飯は時間も無かったし、冷蔵庫にあるものをとりあえず出した。あとは冷凍浅利と蒟蒻で炒め物を作った。今井真美さんの本で読み、いつか作りたいと思っていたもの。思ったよりもずっと美味しくて周ちゃんは結構気に入ってるみたいだった。

浅利と蒟蒻の炒め物 今井真美さんのレシピをアレンジ
冷凍の浅利
蒟蒻 薄めに短冊切りをしてから正方サイズに切る
大蒜・生姜のみじん切り 大さじ1くらい
醤油 大さじ1/2
味噌 小さじ1
みりん 大さじ1/2

発酵白菜鍋

夕飯 16.1,2023

今朝、ひとり書き初めをした。正月に周ちゃんと家庭の抱負について書いたけど、自分の書斎にも今年の抱負を貼りたかったから。今年は頑張りたい1年。何を頑張るか。好きな事を好きなように思いきりに頑張りたい。誰かの為にも頑張りたい。大学も目的はまだ不明だし大学院で研究してみたいとか余りに安易な考えしかないけど、今のところ楽しみ半分、不安半分。とりあえずやってみようと思う。未来を考えてしまうと色々が不安になるし、私の性分的に不安になると楽しくなくなってしまう。だから半紙には、”目の前の事だけをやる”と書いた。

朝方にデスクライトだけが光る真っ暗な部屋の中で夢中になって勉強していると不意に我に返る時がある。私、何やってるんだろう。朝の5時半、多分、私の知ってる殆どの人々はまだ今日を始めてない。完全無敵な私だけの時間な筈なのに後ろめたいような寂しいような説明のつかない気持ちになる時がある。そんな時の私を安心させてあげたいと思いながら何枚も何枚も気がすむまで書いた。

私がどこに行きたいのか私もわからないけど、一度目の結婚の時のようにもう二度とどこかに縛りつけたくない。こうなりたいとか、こうでありたいもパスだ。ふわふわの柔柔な綿飴みたいだけど、いざ口に入れたら一気に溶けるような感じがいい。それってどんな人なんだか想像つかないけど、とりあえずいい感じそうな気はしてる。

発酵白菜鍋 藤井恵さんのレシピを少しアレンジ
発酵生姜 すり下ろした生姜をヨーグルトメーカーで発酵させたもの
白菜
豚肉
春雨

醤油ラーメン

中華 15.1,2023

昨晩は周ちゃんと久しぶりにセックスした。特に喧嘩してた訳じゃ無いけど、先週末から小さな事が重なって私達の距離は少しずつ離れていった。肌が重なるとあっという間に近づいてしまうのはやっぱり動物なんだなと感じてしまう。お陰で朝は寝坊した。5時半。もそもそと起きて直ぐに机に向かった。数時間前まで抱き合っていた余韻が未だ全身に残ってる。あと数年もしたらきっとこういう感覚も失くなってしまうんだろう。少し寂しい気もしたけど、そういうものだから仕方がない。そうやって今とはまた違うものがしっかりと紡がれていく。久しぶりに会った友人の子供があっという間に大きくなるみたいに、毎日は今日をしっかりと重ねていく。

いつも通り2時間半勉強して、書きかけの日記を書いた。大体3時間も部屋にこもってると疲れてくる。お腹を空かせたのか梃子が部屋に入ってきたけど、また直ぐにベッドへ戻っていった。梃子を追いかけるように一緒にベッドへ行くと周ちゃんはまだ半分寝てる。「おはよう。」「今何時?」それからまた皆んなで二度寝して起きたのは昼過ぎ。なんだか背中がゾクゾクする。早朝から起きてたのに朝ごはんをスルーしたからか、空腹でどうにかなってしまいそうだ。急いでストーブをつけ、お茶を沸かした。冷蔵庫から野菜を出して、生姜たっぷりの野菜炒めを作る。湯を沸かし麺を茹でる。冷凍の水餃子も茹でる。バタバタと作ったラーメン。生卵を落として出来上がり。食事の前に念の為にと葛根湯も飲んだ。天気は朝からずっとどんよりしてる。午後はそのままベッドで過ごし、陽が暮れてからパジャマにコートを羽織り車でスーパーへ向かった。今日は1日パジャマだった。

醤油ラーメン
マルちゃんラーメン(3つで170円くらいのもの、急いでいる時や面倒な時に重宝。冷凍庫に常備。)
冷凍水餃子
生姜
ほうれん草
もやし
ごま油
最後に、白胡椒とラー油、生卵を落とす

1月14日

Journal 14.1,2023

起きたのは6時過ぎ。いつもよりもずっと寝坊した。毎朝早朝に続けている心理学の勉強。今日はお休みにした。それに、ちょっと気分が悪い。年始から見ている夢がある。つい先日も見たし、同じような夢を何度も繰り返しみてる。今日は母とお婆ちゃんと見知らぬ写真家らしい女性、それから編集の成田さんが出てきた。それぞれが異なるシチュエーションで何かしらの理由で私を責め立てている。毎回どうしてそんなに怒っているのかがよくわからないけど、なんだか申し訳ないような気持ちだとか、私って駄目な奴。やっちゃったたなぁと反省してる。先日、周ちゃんとユングの夢分析について「あれはスピリチュアルの世界の話だ。」なんてバカにしてたくせに、ベッドに潜りながら真剣にユングについて検索した。一応、心理学の療法の一つではある。無意識のところで自分が送るメッセージがどんなものか、そこに隠された深層心理を探りながら問題と向き合っていくという療法。夢占いとは違う。googleでは結局、なんともいい加減な夢占いの記事ばかりがでてきた。だからと言って朝から大学の先生が書いた研究結果のようなPDFの資料をダウンロードしてまで読む気にもなれない。読書でもしよう。数分で諦めて読書を始めた。一昨日に青山ブックセンターで買った坂口恭平さんと精神科医の斎藤環さんの往復書簡本。二人とも元々好きだったけれど、好きと好きの化学反応は掛け算どころか超越していた。文章が言葉がするすると入ってきて気持ちがいい。背中や足に背びれや尾びれがついて人魚のように物凄いスピードで二人の間を自由に泳いでいるみたい。

坂口さんは時々イッてしまうような天才的な文章になるのだけど、それが双極性障害の語り口にとても似ていて、まるで前の夫が話しているようにも聞こえた。とはいえ、坂口さんは公表されているように元夫と同じ双極性障害であり、本人いわくほぼ完治状態。私は精神科医ではないから実際のところわからないけど、あの日々のことを少し思い出した。だけど、もう最近は全然恐怖を感じることはない。寧ろ、あの時のあれは一体なんだったんだろうと興味さえ沸いてる。けど、本当はいつまでも怖がった方がいいんだと思う。自分でも驚くくらいに元の自分に戻ってきてる。元夫と付き合った時もそうだった。彼がおかしいことはわかってたけど、写真を撮ったら面白そうな気もして付き合った。身の危険を犯してまで良い写真に出逢えるんじゃないかと期待しまう欲望やその状況を冷静に受け止めてしまっていた自分。若かったとはいえ、あまりに刹那的すぎる。私達の時代でいう援交をしていた子みたいだ。彼女たちそれぞれにはそれぞれの理由があったとは思うけれど、それ以前に未来や自分の命への愛着がカケラもないような感じだ。

なんとなく成田さんの事が気になってメールした。新年の挨拶と昨晩の夢で怒られた事を伝えた。直ぐに返答があって今度お茶かランチでもしようとなった。”今日、明日でも大丈夫です。” “私も大丈夫。” この週末は藤原さんとしんちゃん、村上美術のゆうやくんが家に来る筈だったけれど、しんちゃんの仕事の関係で昨日にリスケとなったところだった。色々の偶然が重なり数時間後に隣駅になるネゴンボというスパイスカレーのお店でランチをした。ネゴンボはRiCEの撮影で成田さんの編集で撮影に入った店。4年くらい前の話。どこだかわからない寂れた小さな街にポツンとあるカレー屋。何年も前、ネゴンボがこんなに有名になるずっと前に東京ピストルの草薙さんがいつものように「すっごいカレー見つけたんだよ。」目をギラギラさせて話していたのを思い出す。よくもまぁ見つけたもんだと思うけど、草薙さんはやっぱりすごい。あれほど感度の高い人に出会った事がないと思う。結局、今はサウナ本で大ブレイクしてるけど、あの時代にこんな田舎にあるネゴンボを見つけてくるなんて。そしてその街に移り住んだ私。人生とは本当によくわからない。

近況とか成田さんのお仕事の話とか、少しだけインドの話をした。RiCE編集部に入ってもうすぐ6年目だそう。初めて会ったのは大塚での現場でビール特集だった。大学のテストが終わってから来ましたと言ってたけど、あの日から6年だなんて信じられない。それに当時は未だ20歳そこそこで子供みたいに見えた男の子とこんなに仲良くなるなんて想像もしてなかった。何年か前に受けとった電話の向こうでは半べそかいていた事もあったし、かと思えば夜遅くに酔っ払って陽気な彼が満面の笑みで家に遊びに来たこともあった。仕事ではもちろん絶大な信頼を置いてるし、とにかく一緒にいて楽しくて、彼の人柄が好きだからとしか言いようがない。ただそれ以上でもそれ以下でもない。

カレーを食べてから駅前で仕事の話を少ししたけど、どんな仕事をしようともやっぱり誰としたいかだと思った。面倒な話はそこまで考えないでいいのかも知れない。成田さんと話してるとやっぱり彼が好きだなと思う。相変わらず私の日記も読んでくれてるみたいで何だか照れくさい気もするけど嬉しかった。それに、今日はようやく気づいたこともある。私はもっと器用にならなきゃいけないんだと自分を責めてばかりいたんじゃないかってこと。ユング的に考えるのであれば夢というのはフィクションだ。その創造者は私で、私は誰かの役を演じながら私に何かを言う。夢の中で上映されている場所も人も状況も私の頭の中で作られたシナリオだ。夢の中の私は責められているんじゃなくて、私は私を責めたかったのかもしれない。何かがきっと気に食わない。だけど、理想と現実は違う。私はやっぱり器用になれないんだ。ならなくていいのかもしれない。そこで出来ない自分を責め続けても答えはきっと出てこない。出来ない。それでいいんだ。だけど、だからこそ、誰と仕事をするかを決める事がやっぱり大事だし、その為には私も私の写真も間違わないようにしなきゃいけない。今日は会えて本当に良かった。やっぱり仲間はいい。次は大場さんの事務所で2月末にでも新年会をやろうと約束した。もちろん大場さんには何も話してない。

晩酌

Journal 13.1,2023

今日は朝から夜まで撮影。周ちゃんは夜から石川さんのワークショップに出掛け、そのままマン喫に泊まるとのこと。久々にひとりの夜。離婚してからベッドとゆう場所が大好きになった。多分、長い時間を過ごしたからで、途方に暮れるような苦しかった日々を無数に流した涙をベッドが受け止めてくれたからだと思う。初めは一人にしては大き過ぎるダブルサイズに慣れなかったけれど、本を置いたり、マグカップを置いたりと、食事とまではいかないけど、より快適に過ごせるようになっていった。

私にとって大切となった場所に周ちゃんと眠るのは正直ちょっと不服だったけれど、誰かが隣にいるというのはとても安心するし、朝方に周ちゃんの横顔を見るのも気にいっていた。今夜はひとり。ベッドの真ん中に大の字になって寝れる。これから寝るというのに、気持ちは小さく浮かれていた。夏の夜みたいにいつまでも自由でいられそうな、これから何でも出来ちゃいそうな気分。

今日は疲れた。取材先で久々に九州の甘い醤油を買った。後は周ちゃんが好きな長崎の紅フウキという香りがなんともじんわりと優しい和紅茶。

豚とレンコンのワンタン

中華 12.1,2023

私が不機嫌な事に気づいているんだろう。家を出る前にぎゅっと抱きしめてきたけど、「痛い。」と返した。出掛ける間際、玄関から周ちゃんの大きな溜息が聞こえる。小学生か。めんどくさって気持ちと、子供みたいで可愛じゃないかと云う気持ちがハーフアンドハーフでやってきた。

周ちゃんはコミュニケーションが下手くそだ。人前ではハキハキと喋るし、仕事でも全く問題無いだろう。だけど、密に誰かと接する事が苦手だ。喧嘩はおろか、喧嘩みたいな事だって出来ない。そんな時は自分の心への嘘のオンパレードが始まる。苛ついていても、怒っていないフリをする。嫌だと思っても、より一層に親切にしてくる。こんな風に自分にとって不都合なコミュニケーション全てから綺麗に逃げる人は中々出逢ったことがない。そして、私はこれが嫌い。それに、逃げる行為のことを優しさだと言い換えてしまのも腹が立つ。それは優しさじゃない。だって、自分に優しく出来ないのにどうしたら他人に優しく出来るのか。それは私もよくやってきたからわかるけど、現実に向き合わない為の上手な術。

今日も冷戦。色々と喜んでくれそうな夕飯を作ろうが、周ちゃんは今夜も嘘をつき続ける。馬鹿な奴って思うけど、私の都合で正したりはしない。そんな事をしたって、事態が悪化するだけだ。けど、どうしたらいいのかわからない。めんどくさい。さっさと寝よう。こうゆう風に頭をひねらしてまで他人の事は考え過ぎちゃいけない。自分の問題にもしちゃいけない。だからって無視をしてもいけない。難しい。先ず寝よう。私の悪い所についてでも考えておこう。

牡蠣と水菜のおろし鍋

冬の料理, 和食, 夕飯 10.1,2023

L.Aの姉から電話が鳴った。「最近どう?」「退屈してる。」本当にその通りだ。大晦日も正月も楽しかったけれどとっくに飽き飽きしている。家に縛り付けられてるような気分だ。最近の周ちゃんが嫌だとは言わなかった。「本当に退屈してるんだよね。」あくびを何度もした。「手の届かない所にあるライトを変えてくれる人がいたらいいのに。」「あっちゃん。それ、いつも言うね。」「結局さ、その役割をしてくれる人が欲しいだけかな。」「そうじゃない。それでいいんだよ。結婚なんてさ、良くも悪くもないでしょ。」「まあね。」大体いつもこんな話になる。「だってさ、こっちで一人で子供育てて、色々やって。全部自分で決めなきゃいけないでしょ。前は全部ニコが決めてくれてたでしょ。」「最高じゃん。そんな最高な事ないよ。自分の人生だもの。全部自分で決めたいよ。」「確かに。」「だからやっぱり彼氏がいいよね。」「そうだね。」結婚を選んだ私が堂々と言えることじゃないけど、彼氏っていう存在はパーフェクトだ。結婚が駄目ってわけじゃなくて、彼氏ほどバランスとれた関係性はない。姉はしばらく彼氏なんて要らないと言った。仕事忙しいし、私、男が出来たらハマっちゃうじゃんって。ごもっとも。今日は周ちゃんのことで特別うんざりしてる。さっさと寝よう。

夕飯

夕飯 09.1,2023

今日は午前から車で周ちゃんと梃子と都内までおつかい。途中、練馬にあるコンビニエンス高橋でランチ用にサンドウィッチとコーヒーを買い、新宿の先にある民藝のお店へ。友人へのプレゼントに小鹿田焼のうるかつぼを探してる。本当は池袋の近くにある小鹿田焼専門のお店へ行くはずが残念ながらお休み、急遽民藝店へ行くことにした。家を出て5分もたたないうちに周ちゃんからアクセルとブレーキを気をつけるように注意された。いつもなら素直に聞いてるのに、今日は何だか無性に腹が立って言い返した。「出来ない人に出来ないって言ってるようなものだよ。練習する為に乗ってるし、失敗しないようにものすごく気をつけてる。そんなに細かく注意しなくてもいいじゃん。」理由はわかってる。今日はいつもと違うスニーカーだから。アクセルとブレーキの踏み込む強さがいまいち掴めない。周ちゃんはきっと忘れてる。合宿免許の時にニューバランスはソールが厚くて運転が怖いからVANSを送ってとお願いしたことを。今日はニューバランス。いつまで経ってもVANSでばかり運転しちゃいけないと思って履いてきた。怖かったけど、これも練習だって。

信号で車が停まった時に周ちゃんが謝ってきた。「うん。」とだけ返答。今日はVANSじゃない事も言わなかった。周ちゃんの教科書を読んでるような真面目さが苛々するとか、もっと男らしくどんと構えていてよ。なんて事も言わなかった。そんな意味の無い話をしても仕方が無い。結局、そんなのは私の妄想だ。周ちゃんは周ちゃんでしかない。世の中に私の理想通りの男なんてのはいないのだから。誰だって良い所もあって悪い所もある。私もそう、そんなもんだ。

結局、新宿の民藝は休みで中目黒のSMLまで行った。お昼はずっとお預け。そのままトンボ帰りでまた車に乗った。今日は何時間運転したんだろう。車を運転するのは好きだと思っていたけど、殆ど車では話さなかったしつまらなかった。梃子も何かを感じたのかずっと鳴いてた。だけど、途中で私の膝の上に座ると静かに寝ていた。なんだか面倒くさい。だから結婚は嫌なんだ。周ちゃんはいい人だと思うし離婚したいとは思わないけど、独身の友人に言って聞かせたい。結婚なんて本当に幻想だよって。最悪でも無いけど、最高でもない。どちらかと言えば独身よりも窮屈だし、長期戦の中で窮屈でいることに慣れてしまうか、いつまで経っても無駄な抵抗をし続けるマインドを掲げ続けるか。そんな選択を常に迫られている中で相手を一生好きでいるのは中々努力のいる作業だ。帰宅して近所のスーパーに缶チューハイを買いに走った。夕飯は適当に作った。

夕飯
ご飯
具沢山の味噌汁
焼き鮭
昨日に作っておいた台湾風煮物
スーパーで買ったゲソ揚げ
納豆
残り物のアチャール

キャベツ餅

郷土料理 06.1,2023

なんだか焦ってしまう日があって、今日がそれだった。仕事をすると落ち着くっていうのは、名前はわからないけどそうゆう病の一つかもしれない。小さい頃から母が個人事業主として忙しく働く姿を見ていた。母の仕事先にマイメロディーの顔を切り取ったようなお弁当箱に私が好きなおかずを沢山詰めて、お絵描きセットなんかと一緒に持って母と一緒に色々な場所へ行った。仕事を頑張る人は正義。いつからかそんな思い込みが私の中に植えついていた。きっとバブルの死ぬ気で働けば報われる世代、働くために栄養ドリンクを飲むことが全国的に推奨されていたおかしな時代の所為もあるだろう。祖母も女一つで忙しく働き、よく稼いだ女性だった。今思えば、母はワンオペの超ハードなワーキングママでありながらも、家事も完璧。お洒落だって下着まで余念はなかったし、子供の頃に惣菜を食べた記憶だって殆どない。例外として、時々、近所の宗君家がやってる肉屋で買う揚げたてのコロッケはちょっと特別な感じがして楽しかった。

それに母が自由に働く姿を見るのが好きだった。深夜にダイニングで花を広げて仕事をしている姿を見かけるのも日常茶飯事で可哀想とか大変みたいには思ったことはない。それが母。私もきっとそうなりたかったのかもしれない。だけど、ようやく最近になってわかってきた。私は母じゃない。母に憧れてるけど、母ではなく私だ。そうやって何十年と心のどこかでいつも苦しんできた気がする。好きでもない会社に就職したくないとか、働き方に疑問があるとか、友人や家族間ではしないような、人を粗末に扱うような大人を見かける度に胸が傷んだり、逃げるように立ち去ったり。20代の頃はそんな事でとにかく心が忙しかった。

時々こうしてやってくるのはその名残だ。母になりたいけどなれない自分。もういい加減にしたらいいのにと思えるようにもなったけれど、なんだか焦ってしまう日もまだある。私なりに私のやり方で頑張ってる。誰かになる必要なんてないのに。

今日は色々と新しい事を始めた。幾つかの撮影の準備、映像のことや、企画を考えたり、大学のことを調べたり。夕方に料理家の角田さんからメッセージが入った。1月に周ちゃんを紹介したいと伝えていたけど、それは口実で私が会いたかった。メッセージを何通かやりとりをし、また連絡しますねと送った。

私とよしみさん似てるって。メッセージの中にあった言葉。和彦さんが言っていたのだそう。私は私がキライなわけじゃないけど、なんだか少し自由になれた気がした。夕飯はキャベツ餅を作った。周ちゃんは嬉しそうに頬張っていた。

キャベツ餅
キャベツ 1/4
ごま油 大さじ1
醤油 大さじ1程
味醂 大さじ1程
カレー粉 小さじ1/2
参考 榎本美沙さんのyoutubeのレシピ

おじや

エスニック, 韓国料理 05.1,2023

昨日、今日から仕事初めの人が多いらしい。私は自宅での仕事はあるけど撮影はまだ始まらない。周ちゃんは今日からミュージアムへ出勤。また普通の日常が始まる。12月のクリスマス纏った少し忙しない世界と、たった数週間後のリフレッシュされた新しいとされる年のギャップ。立て続けにくる祭のようで楽しくもあるけど、結局何も変わっちゃいない。同じ自分が同じように歩くだけだ。とはいえ、新しい気持ちが何かを変えるきっかけになるかもしれないし、そんなチャンスはこんな風に世界が一気に変わってくれるようなタイミングじゃないと中々持てないもの。

近所の祭りで周ちゃんに頼まれたダルマを買って、駅前でお使いして銀行へ行って帰宅。予約した本を取りに図書館へ向かう前に昼食を食べることにした。昨日の残りのキムチ鍋に納豆と冷えた米を入れたおじや。最高。キムチはやっぱり手作りに限る。キムチを手作りするようになってから市販のものにあまり手を出さなくなった。辛すぎたり、しょっぱすぎたり、そのあたりの味加減がどうも納得出来ない。それに、一番にはフレッシュさが違う。

今日は少し元気がない。生理前ではないのだけど、先週から少しだけ下腹部に嫌な感じの鈍痛がある。また妊娠なんてことは無いと思うけど変な感じが続いてる。スローペースの新年の始まり。焦っても仕方がない。しっかりと前へ進もう。

キムチ鍋

エスニック 04.1,2023

午前は秩父手前にある温泉へ車で行った。山の中を駆け抜けながら1時間ちょっと。途中のガソリンスタンドでガソリンの入れ方を周ちゃんに教えて貰った。あっと間に正月が終わる。また明日から日常だ。年末に漬けたキムチが今日で終わった。白菜一個分以上漬けたのに、一人だった食卓よりもずっと早く終わってしまった。なんだか寂しいような気もするけど、新しいキムチを漬けれる嬉しさもある。

キムチ鍋
数種のきのこ、ほうれん草、ニラなど
自家製キムチ (十分に酸っぱくなったものを汁ごと)
醤油 (味を見ながら)
マロニー
前日に数時間煮込んでおいた豚ホルモン

1月1日

Journal 01.1,2023

昨日もセックスしたのにまた今日も朝からセックスをした。私達はいつまで恋人のようでいられるんだろう。いつまで恋人のようでいたいんだろう。最近では上手に喧嘩出来るようになった周ちゃんと時々喧嘩することも増えて、嬉しかったりする反面、自分の我儘さに嫌気がさしたりを繰り返しながら段々と仲が深まっていくようにも感じてる。

母と父とはお婆ちゃんのお墓で待ち合わせ。彩度が高い青い空の向こうに西武園遊園地が見える。子供の頃によく見た景色だ。そこから車で10分くらいの場所にある麻美ちゃん家へ2台の車で向かった。麻美ちゃん家に来るのは叔母さんが亡くなる直前だ。3年前。癌の末期状態で記憶が朦朧としている時に見舞いに来たのが最後。私の顔を見て誰?と言った。叔母さんは家に遊びに行く度に末っ子の私のことをよくかまってくれた。青森出身の色が白くて綺麗な優しい人だった。麻美ちゃん、直美ちゃん、カッキーにそれぞれの家族達。それからうちの家族と周ちゃん、梃子。祭りの集会のような麻美ちゃん家の親族の集まりはまるで子供の頃にトリップしたみたいで嬉しくて楽しくて仕方がなかった。LINEにはL.Aで大晦日の真っ只中の姉とビデオ通話を繋げた。

あちこちに行き交う話し声や笑い声。立派なお刺身と叔父さんが作ったという大量の唐揚げに母が作った混ぜご飯。栗きんとん。錦糸卵。料理がテーブルの遠くまで埋め尽くされてる。「よしみの為にいくらと炊いたご飯もあるからね。」麻美ちゃんが茶碗にご飯を盛ってくれた。嬉しそうに唐揚げを頬張る母に「ムカつくー」と怒る姉。兄は猫アレルギーだからと来なかったけれど、来たら良かったのに。

みんなで食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。だからやっぱり食卓が好きだ。私の食卓好きは母譲りなだけじゃない、母の兄弟、親戚、きっともうDNAレベルの嗜好問題かもしれない。みんなで囲む食卓は元旦の今日も最高に楽しくて、最高に美味しい!

トマトペンネ

パスタ 31.12,2022

朝はいつもより少し寝坊。6時前にのそのそとベッドを抜け出し1時間だけ勉強した。まだお酒が残ってる。身体はずしりと重いけど勉強がしたい。あんなに呑まなきゃ良かった。

朝食は二日酔の時によく作る鶏ガラの梅干し饂飩を作って食べた。冷凍庫にストックしておいたガラスープに冷凍饂飩と梅干しを入れて煮込み、胡麻油と中華スープの素で軽く調味。溶き卵を回しいれて終わり。胃に優しいし食欲もきちんと満たしてくれるから気に入ってるのでここぞという日に作る。二人分の饂飩を作り、周ちゃんと再びベッドへ潜った。起きたのは昼。今夜は私の実家で大晦日を過ごす予定。兄の三兄弟の子供達は周ちゃんに初めて会う。「周ちゃん、お昼どうする?」二度寝から起きたのはお昼過ぎ。家を出るまで後2時間しかない。途中、渋滞にでも巻き込まれたら楽しい大晦日の最中に母の小言を聞くハメになる。「ペンネなんてどうかな?」「いいね!」。

周ちゃんは昨晩に山形の忘年会から帰ったばかり。私は後藤さん家で遊び過ぎて帰宅は夜遅かった。大晦日くらい二人でゆっくりと過ごし、今年の色々を振り返りたいなんて思っていたけど、結局、この一年のようにバタバタと今日も過ぎ去ってゆく。今年は結婚もそうだし、田舎暮らしも、そして妊娠と流産、とにかく休まることなく忙しなかった。新婚を楽しむなんて余裕はあまりなかったように思う。それよりも、どうにかこうにかして新しい生活を組み立てることで必死だった。だけど、この一年間の自分や周ちゃんを褒めてあげたい。昨年からは想像も出来ないような新しい今が本当に好きだ。がむしゃらでも頑張ってやってきたことは確実にこの暮らしの土台となるようなものを作ってくれた。

小さいながらも庭に作った菜園や春に植えたミモザや金木犀はすくすくと育ち、殺風景だったリビングルームも今じゃしっかりと部屋の輪郭を成してる。冬になり遅くやってくる朝陽がテーブルを照らすと、パンケーキや淹れたての紅茶から立ち上がる湯気は私の隅々をじんわりと温めてくれる。車を買ってから周ちゃんの自転車は玄関の脇に置く様になり、誰かの何かが置いてある事を目にする度に私達の生活なんだと実感しては少し嬉しく思うようにもなった。私の部屋のドアの横に貼ってきた友人からの手紙や展示の知らせなどは気付けば壁一面を覆い尽くし、それぞれを思い出す度に友人達への愛に胸を少し熱くさせたりして、東京を離れ陸の孤島のような田舎暮らしを始めたことを後悔するどころか、そんな自分を少しだけ好きだと思えるようにもなった。

長くて短いこの一年。よく頑張った。今夜は賑やかで大晦日らしい夜。父や兄はいつもの様に酔っ払い、忙しなく料理を運びながら嬉しそうにお喋りする母、兄嫁のリーちゃんと仲のいい三兄弟。話はテーブルのあちこちで尽きることなくあっという間に今年の終わりまでカウントダウン。あれから2年。すっかり離婚から立ち直り、全く別の人生を生きるようになった。最近の母は「周三さんは急に変わったりしない?」なんて聞かなくなった。私だけじゃなくて家族も私の1度目の結婚のトラウマを捨てれるようになったんだと思う。

途方に暮れてた2年前。姉と絶対に幸せになろうねと誓った。何がなんでも幸せになってやる。痛む心を押さえながら笑い合った。私一人だったらここまで来れなかった。家族や友人、周ちゃんのお陰だ。心理学のセルフコンパッションの勉強で学んだことに、悲しみから救えるのは慈しみの心だという言葉がある。私達人間は温かみを与える事とそれを受容する力を持っている。これは人間が持ちそなえている性質なのだそう。もし本当にそうなら、そうだと私が信じるならば、今度はきっと私の番だ。栄養が十分に行き渡った私が出来ることは、それをまた誰かや何かに渡すこと。それは周ちゃんなのか、家族や友人。仕事なのか。どれに値してもいい。ただ、思い切りにやってみたい。もちろん、私の人生も存分に大切にしながら。

12月30日

Journal 30.12,2022

午前は仕事でお世話になった方に年賀状を書き、午後過ぎから後藤さんの家での忘年会に向かった。お土産に先日に漬けたキムチと駅前で微発泡の白ワインと武蔵野うどんを買った。武蔵野うどんは最近よく人にあげるもの。麺が太くてどっしりとしたうどん。一説によると讃岐うどんなんかと肩を並べてもおかしくない程のうどんだと聞いたことがある。初めて食べた時はとにかく感動した。

JR錦糸町駅を降りるといつもとは違う降り口に出てしまった。ここ、どこだろう。あ、中学生の時にムラちゃんのお父さんの葬式の帰りにタクシーで降りたところだ。しばらくぼんやりとしながら歩いた。中学生の時の記憶とそれから大人になるまでに何度か来た時の記憶、そして最近の後藤さんの家まで歩いた記憶。色々なこの街の記憶があっちこっちへと頭の中を駆け巡る中でGoogleマップを頼りに真っ直ぐと通りを歩いた。

もう今年も終わるんだよな。やっぱりまだ気持ちがふわふわしてる。昨日の夕方に入ったりょうこちゃんからのLINEでも浦島太郎みたいな気分になった。”よしみちゃんが幸せそうなのがほんとにうれしくてうれしくて涙が出そうになっちゃう” 目尻が熱くなったかと思うと一瞬で過去の私がやってきた。そうだ。私って最悪だったんだ。当たり前のようにやってくる今日は余りに穏やかで平和で安全過ぎている。私のことなのに忘れてた。私と元夫との結婚生活は地獄だった。そんな時に真っ暗闇の私にそっと手を差し伸べてくれたのはりょうこちゃん。きっとりょうこちゃんは今でもあの日の事を憶えてくれてるんだ。新年に再会の約束をしてるけれど、私にとってのご褒美みたいなものだと思ってる。その日が来るのを大切にしたい。

後藤さんとの二人での会話も最近は他愛もないものばかり。もう苦しい事や悲しい事、頑張らなきゃいけない話なんてしてない。お互いに過去の話は出さなくなった。あっという間に来た年の瀬だけど、ワープして時間が消えたわけじゃない。ゆっくりと積み重ねて今日までやってきたんだ。後藤さんの笑顔を見てるだけで安心した2年前。今ではそれでさえ当たり前になった。仕事部屋にあるデスクの一番上の引き出しには黄色い付箋が2年前から貼ったままだ。”焦らない。じっくり、ゆっくり、確実に。” 1日も早く悪夢から抜け出したくて書いたもの。幸せになりたい。寝ても起きても苦しかった日々。こんなに苦しいのなら死んでしまいたい。何度そう願ってもまた悪夢だけが明日と共にやってくる。だから、もう前に進むことだけを考えようと決めた。山頂を見上げたら臆してしまうけど、足元だけを見て、一歩一歩ゆっくりとでもいいから歩く。今日がたったの一歩でも一年後には365歩先の場所にいるのだからと信じて。

ビールを飲み終わってスパークリングをあけたあたりから酔いが回ってきた。少し失敗したかもと言っていたグラタンはワインに丁度よく美味しかった。ミオちゃんが来たのは18時。近所にある実家の手伝いを終えてからやってきた。お酒の所為で記憶が曖昧だけどとにかく楽しくて沢山笑った。そして、来年はパリへ行こうとなった。そんな日が本当に来たら最高だけど、こうして笑い合える今日があるだけでも十分に幸せだ。心から思う。本当にいい一年だった。大好きな人達と共に過ごす年末。こんなに幸せなことはないと思う。ありがとう。

12月26日

Journal 28.12,2022

昼過ぎに瞳ちゃんと青山で待ち合わせ、今年最後にお茶でもしようと先週に約束をした。電車の中で勉強しながら居眠り。起きたり寝たりを繰り返してたからか、頭がくらくらする。スパイラルの上にあるミナの店に入り二人揃ってベイクドチーズケーキと白ワインを頼んだ。今年が終わるなんて信じられない。まだまだ今年が続きそうな気がしてる。いつものようにただ他愛もない話を続けた。あとは少しだけ仕事の話。本当に少しだけ。

瞳ちゃんと私の共通点と言えば、自分の仕事が好きで真面目過ぎるくらいに仕事に一直線なわりに仕事だけで生きようとしないところ。そして、勢いよく来るような人と肩を並べて競争が出来ないタイプ。瞳ちゃんは編集ライターで、私はフォトグラファー。お互いにフリーランスの癖に残念ながら酷く臆病でそんな所が似てる。だけど、こないだ石塚さんに私達の現場を「ほんわかしてる。」と聞いて驚いた。側から見たらそう見えるんだ。なんだか嬉しかった。そんな話も少しした。

それからアップルストアでipadを見て、陽がくれた頃にバイバイ。帰りがけに結婚祝いを貰った。枯れない花なんだそう。枯れる花よりもずっと切なく見えた。瞳ちゃんありがとう。