トムヤムクンラーメン

エスニック 28.7,2022

朝1番で代官山蔦屋へ料理本を探しに行った。池尻に住んでた時は毎週のように通っていた場所。元夫の事を思い出したくなかったから、なるべく避けていたけど、急にもういいやと思った。ここは私が料理写真の勉強をしにくるところだ。ここにしか無い本が沢山あるし、ここで沢山の料理写真を学んだ大切なところ。独学ではじめた料理写真。私の先生は蔦屋書店だ。まだまだ勉強したいことが山程ある。トラウマなんて捨てちゃえ。

昼前に切り上げて電車で帰宅。少し遅めのランチにエダジュンさんのトムヤムクンラーメンを作った。エダさんは小動物みたいで本当に可愛い。だけど、実はすごく努力家だってところも好きだ。前に本を作りたいって話をしたら、「出版社に営業に行ってます?」ってエダさんが言った。待っても来ないよ。作りたいのなら自分でどんどん行かなきゃ。っていう風にも聞こえた。エダさんの言葉にちょっと恥ずかしくなったし、エダさんのことがやっぱり好きって思った言葉。またいつかエダさんのご飯が撮れたらいいな。

エダジュンさんのトムヤムクンラーメン/ youtubeのレシピにて
エダさんのレシピだと、ミニトマトは入ってなくて、桜海老のみじん切りが大さじ1入ってる。忘れてしまった。
素麺 1束
えび 3尾
鶏ももひき肉 100g
にんにく(みじん切り) 1片
もやし 1/2パック
パクチー 
ミニトマト
カットレモン
酒 大さじ2
トムヤムクンペースト 大さじ1
ナンプラー 小さじ1
ごま油 小さじ2

7月27日

Journal 27.7,2022

今朝も3時半に起きた。結局、ホテルから現場に向かっても、自宅から向かっても変わらない時間に目が覚める。ベッドでしばらく本を読んでると、部屋がどんどんオレンジ色で一杯になってゆく。最近気に入ってる青山のホテル。窓が大きくて、夜は東京の街を、朝は太陽を独り占め出来る。撮影が終わったのは夕方の18時過ぎ。ホテルに戻って機材を置いてから瞳ちゃん家に猫を見に行った。数ヶ月前に瞳ちゃんは念願の保護猫を飼うことに決めた。

何だか今日はすごく清々としてる。心に溜まっていたものが、吹っ切れたようにも思う。仕事の事で人間不信になった自分を、馬鹿じゃん、だとか、ズルく生きたらいいよ、とか、心にもないような言葉をぽいぽいとかけてみたりして。かと思えば、頑張ってる友人を思い出して何とか前へ進めと背中を押してみたり。ここ数日は、よく編集の成田さんの事を思い出した。仕事での愚痴を季節が変わるみたいに私に溢してゆく成田さん。彼の事を心から尊敬しているし、彼のそれは私に勇気さえ与えてくれる。

だけど、そう思えば思う程に、なんだコレって思いながらシャッターをきる事に心が苦しくなる。写真が好きで膨大な写真を、料理本や雑誌、写真集を数え切れないくらいに子供の頃から見てきたのに、そうして沢山を私なりに勉強してこの職についたのに、私よりもずっと写真を知らない人がとんちんかんな写真を、表現としておかしな写真をこれが写真だと言う。これは一体何を誰に語るの?私の心が苦しくなるのは私が撮りたいものを撮れないからじゃなくて、インド人はカレーを手で食べるけど、日本人はラーメンを手で食べないよ。「だって数字が伸びるから、だってクライアントがそう言ってるから。」そんな事を言われたって、火傷しちゃうよ。痛いよ。可愛そうだよ。愛がないじゃん。って、心がぎゅうっと小さく潰されそうになる。やっぱり思い出しちゃう。「よしみちゃん。それって愛があるんかな。」絵描きの健太郎さんとお仕事をする時に言われた言葉。ここに愛がないのに、どうやったら愛を届けられるんだろうか。健太郎さん、本当にそう。愛ってのは交換するものだよね。片一方だけが満足するものは愛じゃない。だから、やっぱり何度も成田さんを思い出した。だって、面白い本を作りたい。そういう過程で彼に出会ったから。それはただ、やみくもに仕事をするとか、頑張るってことも意味してない。

今日は仕事の事で、写真を撮ることで沢山を考えた。熱い夏の日。太陽の光で写真が撮れることが、とにかく嬉しかったし気持ちが良かった。仕事で出会う人は色々な人がいて、好きになる人もいれば、そう思えない人もいる。けど、きっとそれでいい。無理してみんなを好きになる必要なんてない。だから、精進して前へ進もうと思う。嫌なことがあったとしても、悲しんだとしても、傷ついたりしても、それは昨日までの事。写真が撮りたいのは明日の話。だから、まったくもって大丈夫。すっごく楽しみながら、すっごく頑張ろうと思う。

夜は久しぶりに広尾を歩いた。アシスタントの時によく通った場所。西麻布の交差点にクロマートというプロラボがあって、撮影が終わるとフィルムを出しに行った。11年前のこと。よく師匠と蕎麦を食べたし、よく師匠の車で通った道。ロケが多い撮影では、夏は死ぬほど熱くて、冬は死ぬほど寒かった。色々と大変なこともあったけど殆どもう覚えてないし、いい記憶ばかりが残ってる。そういえば、師匠はとても温厚な人だったけれど、写真のことで雑誌の編集者と言い合いになった事があると聞いたことがあった。やっぱり、写真のことでは譲らなくていいんだ。

7月22日

Journal 22.7,2022

2泊3日の出張。キックオフミーティングと土地のリサーチを兼ねて。周ちゃんと梃子、家族を連れての仕事旅行。結局、私は免許が予定通り取れなくて、周ちゃんが運転をしてくれた。なんだかすごく穏やかな3日間で、穏やかすぎて私は何かを勘違いしてしまいそうなくらいだった。そうして、私はまた一気に怖がりに戻った。ひとりの時は強くなれるのに、誰かがいると思うと気を抜いてしまうらしい。怖いことを怖いと声にだしたら怖くなるし、嫌なことを嫌だと言ったらもうしたくなくなる。周ちゃんは私のことを自立してると言うけど、全くだ。十分過ぎるくらいに周ちゃんに甘えているし、甘えてばかりいる私にもういい加減にしてよと思う。

打ち合わせに5分くらい遅れて会議室に入ると、丁度なっちゃんが自己紹介をしている時だった。2年ぶりのなっちゃん。最後に会ったときは私はきくちよしみという名前で、そういう人をやってた。だけど、なっちゃんはやっぱりなっちゃんで、大勢の前で話すなっちゃんはなっちゃんだった。ゆっくりと探るように声を出す話し方や、すらっとして背が高くて線が細い感じとか、柔らかそうだけど芯のある感じや、一気になっちゃんの輪郭がしっかりと見えてくるようだった。打ち合わせが終わり、なっちゃんはそのまま次の打ち合わせに入って、私は周ちゃんと近くの店でランチをしながら待って合流。それから、新しく出来たGood newsとか、タミゼに行った。「よしみちゃん〜。元気そうで良かったよ。」「なっちゃんのお陰だよ。あの時、私の周りには離婚した人がいなかったから。すごく勇気を貰ったんだよ。」周ちゃんとなっちゃんはアート関連の仕事で共通の色々があるみたいで話が盛り上がってた。それから、あの時はそんな話を聞かなかったけど、なっちゃんが東京と田舎の2拠点暮らしをしていたことや、超東京のど真ん中に住んでるのに、自然が無いと生きていけないとか、車が好きだから時々一人でドライブしてるとか、知らないなっちゃんの話を沢山聞いた。

「よしみとなっちゃんて中学の同級生だったみたいだね。昔からの友達みたいって思ったよ。」「え。違うよ。大人になってからだし、なっちゃんは友達の紹介で出会ってさ。そもそも、その友達も、しみるさんの同僚だし。だけど、なっちゃんって素敵だよね。所謂、東京の綺麗なお姉さんなのに、仕事も立派だし。なのにというか、あの独特な空気感。」「そうだね。バランス感が絶妙だよね。」「そう。色々な意味ですごくフラットなんだよね。」

新しい仕事のメンバーで偶然また再開したなっちゃん。次の打ち合わせの時は、車で温泉を巡ろうねって話をした。思い出の中にいたなっちゃんも好きだったけれど、ずっとずっとまたなっちゃんが好きになった。

山形のだし

朝食 20.7,2022

朝からふみえさんのアトリエで映像の撮影。久しぶりのふみえさん。なんだか心がほっとした。撮影の前にあんみつを食べながら色々と話したけれど、この一ヶ月色々とあって、少し心が忙しかったのだとか。不思議なもので、私もそうだった。私も、殆どを私の部屋で過ごしていたように思う。仕事のことがあってから、心が忙しくて中々作業が進まなかったり、外にもあまり行かなかった。丁度、一週間前あたり。免許の卒業証書の紛失あたりでドスンとまた落ちて、そこから急に這い上がってきた。

「私、今までの環境がきっと良すぎたんだと思います。思ってる以上に落ち込んじゃって、。なんか酷い時には、写真の仕事をやめようかなとまで考えたりしました。」簡単にではあるけど、仕事で起きたことや、友人のADが言ってくれた言葉、色々をざっと話した。「信頼してたのに、信頼が途切れたことが辛かったんです。」「うん。そうね。」「ショックで。けど、もう大丈夫だし、やめません。」ふみえさんは長かった髪をバッサリと切って夏らしくて可愛かった。「なんかね、星?的に今って色々が変わる時期らしいよ。」「そうなんですね。なんか、最近、私も何かで見たような。。」まぁいっか。そんな感じで話は終わった。同じような時期に別々の問題だけど、お互いに何かと戦ってた一ヶ月だったんだなって思うと、少しおかしかった。

それから、今日の朝食は山形のだしだった。和室のちゃぶ台にパソコンを広げて映像のチェックをしつつ、手元でプリントアウトした資料をペンでマーカーしつつ、急いでご飯を頬張ってると周ちゃんがダイニングテーブルからカメラをこちらに向けながら言った。「マルチタスクすごいね!」「だって、女だからね。」

トマトと豚肉の水餃子

エスニック 18.7,2022

東京はまた感染者が酷いらしい。朝は周ちゃんと庭の畑の掃除。おばけみたいに大きくなったパイナップルセージの苗をカットしたり、枯れてしまった胡瓜の土を耕したり、雑草をとったりした。遅い朝ごはんに周ちゃんが朝に作った山形のだしを食べて、私は作業に取り掛かり、周ちゃんは東京の展示をチェックしに自転車ででかけた。夜はトマトと豚肉の水餃子。あとは、朝に無人販売所で買ったツルムラサキのお浸し、白身魚の青ゆずセビーチェ、温麺とだし。長時間サイクリングを終えた周ちゃんは大体いつもアドレナリンがビシバシでテンションが高い。だけど、食事を終えるとパーマンのコピーロボットみたいに電池がぱたりと切れる。

朝食

朝食 17.7,2022

相変わらず新婚みたいな生活を続けてる。夜はキスをして寝て、朝はまたセックスをする。もうこれが最後のセックスなんだろうと思うけど、もう他の誰かとしなくていいと思う。もう十分に誰かを愛したり愛されたりを繰り返してきたから、きっと私の隅々までが欲してない。一昨日の夜に周ちゃんが少し変なことを言ったのは、きっと私が悪かった。私の方がずっとデリカシーがないから。

「三茶が好きかって聞いたでしょ。」「うん。英語でね。」「気になって考えてたの。好きというわけじゃないし、住みたいとも思わない街。だけど、胸に何かがすごくひかかって。それでね、思い出したんだけど、昔に付き合ってた男を振った街だったの。あとはすごく好きだった子のお母さんがやってるスナックがあって、デートで訪ねたりして、それから、少し年上の人、会社とかやってる面白い男が好きだったんだけど。初めてというか誰かと結婚したいって思ったんだよね。彼と出会ったのも三茶だったの。あとは、20代前半の大学生の頃に初めて三茶に行ったんだけど、2つくらい上の好きな男の子の家でさ、何度か通ってさ。」「えー!?よしみにとってすごい街じゃない。」「自分でもびっくりしてるよ。何も思い入れないと思ってたのに。それから、まだあるんだよ。10年付き合ってた子とね、結婚しようとしてたのだけど振ったの。別れた後に居酒屋でご飯たべたのが三茶で。そしたらまだ俺の女だって言われたんだけど。あれも三茶だった。彼と会ったのはそれが最後。あとは、元旦那さんと出会ったのも三茶。」それから、少し機嫌が良くなかった。思い違いかもしれないけど、なんか変だった。私の恋愛のほとんどが三茶だったことじゃなくて、あまり話さない元夫のこと?

私は別に周ちゃんの前の彼女の話だって、前の彼女達とどうセックスをしてたとか平然と聞ける。私の話だって、笑い話のように色々を引張りだしてきては楽しませてあげることが出来る。だけど、一番最後の婚約者だけは別だ。彼女の事は未だに気になるし、私のジェラシーが見え隠れする度にばれないかとヒヤヒヤするときだってある。そんなこと、私の一人問答だってこともわかってるのだけど。

周ちゃんは昼からフィールドワークにでかけた。今日は近場に行くのだそう。私はフィルムのスキャニングとか、映像機材の事とか、一昨日にアップデートしたパソコンの整理とかをした。夕方に図書館に行って、無人販売所で夕飯用にほうれん草、トウモロコシ、ゴーヤを買って、最近ハマってる神戸のクラフトビールを駅前に買いに行った。「陽が暮れる時間がすごく気持ちがいいんだよ。」「へぇーそうなんだ。」「山がね、さわさわ言うの。ひぐらしの音も聞こえるし。山だとか空がすごくきれいなんだよ。風がね、昼はないのに、いい風がふくんだよ。」夕飯を食べながら話した。夏がきてから食卓が鮮やかになった。地場で採れる夏野菜のお陰だ。毎晩、食卓に並ぶ野菜の話をしてる。新鮮な野菜の味は濃いから調味はなるべく薄味にする。それが薄ければ薄いほどに、シンプルなほどに周ちゃんは喜んで食べる。

馬鹿みたいなのだけど、一度目の結婚のときも同じように思った。このままでいい。この時間が何度も何度も続くだけでいい。もう誰も愛さなくていい。このままどっちかが先に死ぬんだろうけど、どっちでもいい。ただ、それまで思い切りに愛していこう、って。人間ていう生き物は変わらなくて、馬鹿みたいだなと思う。一度目の結婚とは全然違うのに、一度目みたいな気持ちに落ち着くことがある。けど、周ちゃんとの結婚は圧倒的に違うものもある。それは何も望んでいなかったって事。私を幸せにして、子供を産みたい、誕生日は一緒に祝って。結婚してとも思わなかった。ただ、別々でいてくれればいい。それだけをお願いして結婚をした。今、想うことは、周ちゃんを幸せにしてあげたい。また大切なものを失うのが怖いんじゃない。過去を後悔してるわけでもない。ただ幸せであってほしいと願っていたい。お腹いっぱいでいて欲しいとか、ぐっすり眠って欲しいとか、そうして翌朝は寝坊してしまうくらいに寝て欲しいとか、朝ごはんを美味しい美味しいって口いっぱいに頬張って欲しいとか、無邪気なままに沢山のなにかに満たされていて欲しいと毎日想う。

最近、またハグの形が変わってきてる。それが具体的にどうなのかはわからないけど、ハグの中にあるものを掴むような感じが、何度やってもまた感じるそれが重ねても重ねても嬉しくなる。何度食べても美味しい好物みたいに。

夕飯

夕飯 14.7,2022

明日、免許の学科試験を受けるために早朝から試験勉強。ここ数日根詰めて頑張った。28歳の時にとった時は勉強なんて殆どしなかったのに。こんなに記憶力がなくなっちゃうものかと怖くなる。だけど、気持ちは万全。早く運転がしたいし、ドライブしてるところを想像するだけでワクワクする。

明日は出発が早いから、試験会場への持ち物を早めに準備しておこうと教習所卒業時に配られた資料を探した。え?ない。まるっと一式ない。ん??? 物は失くさない自信があるし、几帳面な方だし、何処に置いたかわからないなんて事はないのに。だけど、ない。置いておいた場所にない。えーーー!!急いで周ちゃんに連絡した。”大変なことが起きたよ!”

午後は近くのカフェで最後の追い込みの勉強をする筈だったけれど、もう完全に現実にノックアウトされた。もう嫌だ。最近、なんだか色々が上手くいってない。それもどれもが一緒になって、あれもこれもそれもどれも、やることなす事上手くいかないと駄々をこねる子どものようになった。「もう嫌だ。」何度も口に出して言った。雨が降る窓に向かって、マックのスクリーンセーバーに向かって、誰もいないリビングの先に向かって。とにかく、「もう本当に嫌だ。」と言い続けた。始まりは先月の仕事から。頑張ってる事だとか、自分が真剣に向き合ってる事が上手くいかなくなった時に、色々と反省したり改善したりする余地は十分に見つけられたとしても、再出発の旗を振って荒野に出た途端に嵐に巻き込まれるみたいな感じで、6月の終わり頃から、再出発を何度も繰り返してる。何度も嵐に叩きつけられて、もうドアを開けるのも億劫に感じてる。もう、いい加減にしてよ。写真なんか嫌だ。嫌、悪いのは写真じゃない。色々とひとり押問答してるうちにまただ。卒業証明書なんて再発行すればいいだけじゃない。面倒だしお金はかかるけど、それだけだよ。それなのに、度重なるちっちゃな不運たちに被害妄想だけが膨らんでいく。

来週から沖縄へひとり旅にでも行ってこようかな。旅はきっと私を癒してくれる。昨年のように。きっと。けどさ、昨年の今頃、私は半死にしていたわけじゃん。今の生活をみてみなよ。安心に暮らせて、ぐっすり寝てるじゃん。愚痴を聞いてくれる人がいるよ。毎日食卓を囲んで、作ったものを食べてくれる人がいる。何を言っちゃってんだよ。仕事でちょっと嫌なことがあったくらいの程度じゃん。それが続いたくらいで、私は死なないし、ビールだって飲める。ベッドは今夜も私をすっぽりと包んでくれるし、夫の胸に飛び込めば私をぎゅっと抱きしめてくれる。仕事のことだって、また好きな仕事をすればいいし、それが無いなら自分で探しにいったらいいじゃん。私の傲慢さたるや、恐ろしい。

それに、誰かを悪く想うことに心を痛めたり、会うたびにそう感じてしまう自分を非難したりしてしまったけれど、それも結局のところ私の我儘だ。タイプじゃない男だとか、面倒そうな男に言い寄られたら、めんどくさって思えるのに、どうして仕事だと好きにならなきゃ!とか、私の何処が悪かったんだろう?って、頑張っちゃうのだろう。しかも、自分が嫌だって思うことを相手はしているのに。それって、やっぱりおかしい。結局、私の問題だ。相手がどうこうじゃない。「うん。またご飯行こう!」心の中では2度と行かない〜って思いながら笑顔で断る男と同じでいい筈。「聞いてる音楽がダサくて嫌。」とか「ポジティブすぎてロボットみたいでつまらないんだよ。」何んて意地悪言うわけがないし、もっと分かり合おうと努力もしない。誘ってくれてありがとう。じゃあね。でいい。だって、私はあなたと一緒にいても楽しくないんだもん。

まとわりついてる埃をパンパン叩いてみると、あ、結構今って悪くないのかも。そんな風にも見えてきた。確かに上手くはいってないけど、今まで見えなかったことが見えてる。それに新しい仕事が始まりそう。それで、早速いまむを誘ってみた。こないだ仕事の事で励ましてくれて、この人と一緒に仕事がしたいなって思ったし、仕事で大切にしたいのはやっぱり信頼関係でいいんだって気づかせてくれたから。この人とだからやりたい。一緒にやれることを大事にしたい。ひとりなら不安になってしまうことも、誰かがいる、信じて貰えてるって想うだけで、私はより高くジャンプが出来る!先月末からどんよりモードだったけれど、今日もまた雨だけど、今度こそ梅雨明けでいい。

なんだか、新しく本が作りたいと急に思った。大好きなカップルの話。ふみえさんとの料理本の出版企画書を周ちゃんにブラッシュアップしてもらう中で、私が何がしたいのかが見えてきた。そう。私はあの人たちの本が作りたい。新しい企画書を作って、一緒に作ってくれる編集者を探そう。だってやってみるのはタダだし。それで失敗したらまた落ち込むのだろうけど、そしたら、またやればいいし。嫌になったらやめればいいし。時々、周ちゃんの胸を借りて、何かをチャージしてビールも飲んで、またやればいいじゃない。あのカップルの食卓は家庭に溺れていく私を救ってくれた。彼らは同じように誰かのことも救ってくれると思う。冷えていく心を見つけては温めてくれるはず。だから作りたい!

7月12日

Journal 12.7,2022

21時09分。周ちゃんはまだ帰ってこない。今夜を密かに楽しみにしてた。夕方に駅前に買い物へ出かけた。コスキチでアムリターラのバスソルトとエコストアの歯磨き粉を買って、西武の地下でパッケージが可愛いクラフトビールを買って、西友でポテチとバナナを買った。今夜の準備は万端。外は雨が降ってるし、夏なのに肌寒い。周ちゃん、大丈夫かな。今日も自転車で出かけてる。

「明日はディナーミーティングだから。」「何それ?飲み会でしょ?」「夕飯を食べるだけだよ。」「え、それ、ただの飲み会じゃん!」「知らないよ。だって上司がディナーミーティングって言ったし。」「へぇ。楽しそうだなぁ。いいなぁ。何食べるんだろうね。朝帰りにならないといいなぁ。タクシーが朝の5時に家の前できゅっと止まってさ、そっと玄関が開いて、寝室に入ってきた周ちゃんから石鹸のいい香りがしてさ、小さな声で遅くなってごめんねって。朝帰りはきついなぁ。」「もう、やめてよ!」周ちゃんは少し本気で怒ってた。「冗談じゃん!ごめんね。全然いいんだよ。飲み会だっていいんだから。」幾らだって最悪な事態は想像出来るよ。だけど、周ちゃんがそうじゃないことは最初から知ってる。いつもみたいに一人ドラマを作って楽しんでいただけ。それに、もし本当にそんな事があったとしても大丈夫。私達はそんな事じゃ死なないし、ただ、最低って思って嫌いになるだけ。好きとか嫌いで片付くことは簡単なんだよ。

こないだ友達が浮気されたことを許せないって言ってた。「いいんじゃない。」って伝えた。いいと思う。許さなくていいよ。許してもいいとも思う。どっちでもいいよ。ただ、許したくないって自分が言ってるなら、許したくない自分と一緒にいたらいいんじゃないかな。お気にいりの皿を割ったとしても、しばらくは落ち込むけど、そんなに時間をかけずにわかる。もう戻らないって。だから、忘れたくないんだと思う。相手の問題じゃなくて、答えはきっと自分で、愛したかったとか、愛されなかった自分についてとか。愛の話がすればするほどにそれは愛じゃない。愛っていうのは、信じることも出来るし、望むことも与えて受け取れることも、なんでもどうやら出来る。だから、愛っていうのは嘘も簡単につける。尊くもあれるし、ぽいっと捨てられるものにもなる。愛っていうシールをつけると、どこでも通行許可が通るみたいになっちゃうけど、実際にはどこも通れない。愛だけじゃ、結婚もできない時代だし。愛だけじゃお金持ちにもなれない。だから、許せないのなら許さなくてよしだと思う。大切なのはたぶん、そんな自分と向き合っていくことで、いつか答えがでる日を信じて戦い続けるしかないんだと思う。友達に話すのもそうだし、どんどん世界に馴染ませていくうちに、苦しんだり悲しんだりを繰り返していくうちに、何かが見えてくるんじゃないかなって。

豆板醤

保存食 11.7,2022

豆板醤をこれでもかってくらいに作った。夕飯にスリランカカレーを作ったけど、トゥナパハやシナモンがなくて味が微妙となり、結局インドカレーにシフトした。

7月9日

Journal 09.7,2022

朝一番で三茶へ向かった。「Do you like this town?」駅を出ると周ちゃんがふざけて聞いてきた。「So so…」好きかと聞かれると、Yesとは言えないし、嫌いでもない。だけど、思い出は詰まってる。沢山の人と、沢山の時間と。二十歳を超えたあたりからの思い出があまりに多すぎる。長くいすぎた。ここで別れを告げた男もいたし、ここから好きになった男も、昔のようにここで再会した男もいる。街は変わったと言えば変わったし、変わってないと言えば変わってない。汚くてごちゃごちゃしていて若い人や生活をしている人がぎゅっと小さな街に収まってる。笑って過ごしているうちに夜中が勝手に過ぎて、「あ、朝だ。」隣にすとんと腰を下ろす朝に誰も驚いたりしない。ただ居座れる場所。ここに長居しすぎて出れなくなってしまう人は多いんじゃないか。呑気なふりして浸かってられるから。

駅から歩いて2分くらいのところにある区民集会所で期日前投票をして、三茶を直ぐに出た。それから幾つか立ち寄りをして、鈴木理作さんのARTZONでの展示へ。周ちゃんとは途中ではぐれて、結局出口で出てくるのを待った。だけど、これでいい。これがいい。展示中にお喋りだとか、展示中に目で合図をしあうなんて疲れちゃう。互いの時間に没頭するのがいい。駅まで向かう間、今さっきまで目の前で起きていたこと、そこで見ていた全てが上手に街とシンクロできなくて、「良かったね。」「すごく良かった。」を何度か繰り返した。話したいような話たくないような、複雑な想い。展示だけのことじゃなくて、その背景には自分も紐づいてくる。だから感想を言うというのは、少し躊躇う。西武線に乗り継ぎをする頃にはあの写真が、あのキャプションの言葉がと細かいディティールについて話し始めた。私が写真を撮ってることが恥ずかしくなった事も伝えてみると驚いてた。「あんなもの見せられて、恥ずかしいよ。写真撮ってる自分が恥ずかしいよ。」私が最近疑問に思っていたこと、写真の仕事や写真を撮る人、撮ること、撮るの周りにある環境に嫌気がさしていたこと。その答えを見せつけられたように思ったし、ショックだった。仕事を始めて悲しいことは、褒められることは増えていくのに、いい写真が見えなくなっていくこと。それは私だけじゃなくて私の周りでも平然な顔で起こっていく。見たのはアートだけど、写真のことでもある。とにかく恥じらいを感じた展示で私の色々が火照った。悔しい?虚しい?情けない?悲しい?その感情の矛先はどこへ行きたいのかわからないけど、いい出会いだったと思う。

駅前で串カツ田中を食べて家に帰った。

ちらし寿司

和食 08.7,2022

午後のニュースで安倍さんが打たれたことを知った。大変なことが起きてる。夕飯をすませて、youtubeで報道を見てから早めにベッドへ入った。周ちゃんも私も、特に何か話そうとはしなかった。ただ呆然と夜を終えた。

ちらし寿司
酢飯
マグロのづけ [みりんと醤油でづけにする]
ミョウガ
青ネギ
紫蘇
炒りごま
生姜のみじん切り

素麺

和食 07.7,2022

昼に渋谷でしみるさんと名刺の打ち合わせと、sonyのデジコンを渡した。4月に新しい生活を記録する為に買った久しぶりのデジコン。散々吟味したけど、やっぱりsonyもズームレンズもしっくりこなくて手放すことにした。しみるさんはもうすぐ赤ちゃんが産まれるから写真を撮り始めたいのだとか。私はもう一度フィルムに戻ろうか迷ってる。窓から見える明治通りにはひっきりなしに車だとか、駅に隣接した歩道には人が入ったり来たり。東京はやっぱり変な場所だ。過去にこの場所から歩いて家まで帰っていたなんて、なんだか変な感じ。「地方が変わってるんじゃなくて、東京だけが変なんだよ。」福島の免許センターで教官のおじいちゃんが言った言葉。「車って、最近乗る人が減ってるっていいますよね。」そんな話をしたら、田舎は車がないと生活が出来ないし、車の免許はみんな持ってるよって。私の普通は東京だけの普通。周りの友人達の殆どは田舎出身だけど、みんな、今を東京をどう感じて生活しているんだろうか。

しみるさんとバイバイして、フジモンとミス・サイゴンでランチ。「フジモン、ごめんね。話したい事がありすぎて、とにかく目の前に出て来た言葉だけを話すよ。」田舎暮らしの事、大学や心理学のこと。フジモンが学び始めたきっかけだとか。精神疾患の病を患っている人の話、私が最近いろいろと行き詰っていること。採れたて野菜と東京で食べるレタスの違いについても、鼻息荒くして盛り上がった。スーパーで売ってるのはレタスじゃなかった。いや、レタスなのだけど、レタスはあんなに柔らかくない。パリッと、そう弾けてるよね。同じものなのに、全然違う。世界の認識と田舎で食べる採れたてのレタス違いについて激しく互いに同意した。それはアユルヴェーター的にオージャスが死んじゃうことらしいのだけど、スピリチュアルな表現は置いておいても死んじゃうっていう感覚はよくわかる。流通されている間に、手元にくる頃にはもうオージャスがなくなってしまうのだとか。口の中で感じる限りだけど、ありありとわかる。今さっきまで生きていたのか、もうずっと前に終わってしまったのかが。

それからフジモンの車で富ヶ谷の方へ移動して、移動中も鳴り止まないアラームみたいにとにかく話は忙しなく続いた。「誰を信じるべきか。病気の時にわかったんだよね。」「うん。わかる。」身体も心もどうにもならなくなってしまった時。ゴールさえ見つからなくなってしまった時に沢山の声はいい加減な声にいつしか変わって、私を救ったのも病院だった。中には手助けをしてくれた友人や家族もいたけど、最終的に治療というものが私の生を明日に繋いでくれた。私もどうして心理学が勉強したいのか正確にはよくわからないけど、知りたいことがあまりに多すぎるし、日常のあちこちで歪んだなにか見かける度に敏感に全身が反応してしまう。放っては置けなくなる。元夫の為に行こうとしたアルコールの自助グループ。行ってしまったら病気を認めてしまうことになる気がして結局、区に電話しただけで、折り返しの電話は数週間無視し続けた。世界には言えないことがあまりに多すぎる気がした。言わなくてもいいのだけど、言ってもいいのにって。言えなかった私を見ているようで、救ってほしいと望んでいたのに、いつまでも言えなかった私みたいで。

色々を話していてどうしてフジモンとはずっと友達なのかわかった。フジモンが病で知った世界のことは私が想像することは出来るものじゃない。それは逆も同じくして。だけど、一度でも、自分の生が終わるかもしれないと感じた時。レタスみたい。終わってゆくことを舌の上で気づいてしまったとき。生きるとか死ぬとかが自分の内部でしっかりと確実に理解していくのは恐怖だけじゃなくて、世界への失望みたいなものが見えてしまうからじゃないかって。私ひとりの想像の話だけど、そう思った。だけど、だから。今を生きてる。失望の逆を歩くことにしたから。そんな風にして友達である気がした。

夜はひやむぎ。うちのひやむぎは薬味たっぷり。今夜はもう面倒だったから庭の紫蘇はいれなかったけれど、青葱と茗荷をこれでもかってくらい刻んでたっぷり乗せて食べた。今日はいい日。やっぱり友達はいい。色々な世界のことを教えてくれるし、私ひとりだと間違えてしまいそうなことを気づかせてくれる。

紫蘇トースト

朝食 06.7,2022

ここ数日元気がない。理由は色々あると思うのだけど、多分仕事。これから何をしたらいいんだろう。なんだか急に不安になった。生活の基盤を整えることで今年の半分が終わって、ようやく落ち着いてきたと思った矢先にメインとしてた仕事がひとつなくなった。結果として良かったのだけど、忙しければ忙しいで忙殺される毎日に不満を言ったりだとか、色々を見過ごせる毎日に甘えてしまったりする癖に、面と私に向かう時間ができたら尻込みをつく。本当、人間って勝手なもんだなって思う。そうやって不安と共に過ごした数日。

だけど、よく考えてみたら、この2年ちょっとは生きることで精一杯だった。コロナが起きて離婚して色々が壊れて立て直して、ようやく落ち着いたと思ったころに結婚。そして田舎への引っ越し。さて、私はこれから何がしたいんだろう。オファーされた仕事だけじゃなくて、私がこれからしたいこと。後回しにしてきたこと。コロナの前に同じ紙面でよく顔をあわせるようなフォトグラファーの子達は最近立派に活躍してるのをインスタで見かけて少し驚いた。なんだか私ひとりが置いてけぼりみたいで少し引け目さえ感じてる。あのまま私も走り抜けたらどうなっていたんだろう。あの頃は、とにかく仕事、仕事。仕事が何より大切だった。チャンスがあってもなくても、私が、私が撮りたいって思っていたし、中身なんてどうでもよくて、印象の残るものを撮ること。ただそれだけで、月末に銀行口座にあちこちの会社からギャランティーが入るのを見て、これで良かったんだと理解した。

これからの人生、写真は私を感動させてくれるんだろうか。今日までで言えば、そこそこ膨大な写真を目にしてきたけど、ここ何年もパタリと出会ってない。綺麗な写真だとか雰囲気のある写真を撮る写真家は沢山知ってる。図書館で見たジョエロマイヤウィッツの海の写真が17歳の私の心を動かしたように、荒木さんの料理写真が料理写真の世界を覆してくれたように、女が写真を撮って生きることに、希望を持たせてくれるような、その魅力に翻弄されてしまうような女性の写真家に会いたい。そして、話をしてみたい。ただ勢いのあるような、ただ作品ばかり撮ってるようなものじゃなくて。もうそういうのは散々見てきたから、そうじゃないもの。あまりに美しくて衝動的になってしまうような写真。そんな写真を撮る女性に会いたい。

朝食

Journal 05.7,2022

朝食はトーストを焼いて、アイスコーヒーとメロンと一緒に食べた。

パンケーキ

Journal 04.7,2022

朝はゆっくりと過ごした。周ちゃんは珍しく二度寝をして、私は読みかけの本を読んだ。寝起きの周ちゃんとぽつぽつと話し始めたアドラー心理学の話で盛り上がって、もっと詳しく話そうと散歩に出た。お題は結婚コンプレックスについて。

結婚2回、離婚1回。もう結婚にはコンプレックスも何も無い。だけど、確かに一度目の結婚では、しっかりとコンプレックスの渦にしっかりとぐるぐる巻にされていた。今思い出すとゾッとするような会話を既婚者の友人と当たり前のように話していた。「独身の友人って、どうして独身なのか理由がわかるよね。」「わかる。わかる。」たまたま結婚しただけなのに、そこには何故か断絶された大きな境目がしっかりと見えていた。あれって一体何だったんだろう。「それってさ、中学とか高校の時に男が童貞か童貞じゃないかみたいな話に似てるよ。どんなに勉強ができても、運動ができても、童貞捨ててるやつの方がすごいみたいになっててさ、今となっては本当に意味の無い話なんだけど。」「その例えすごいね。」幻想がいつしか現実になる。それは未婚者も既婚者も一緒になって作り上げた世界のように見えた。敢えて口には出さないけど、そこに漂う空気みたいに誰しもが感じてたんじゃないか。そうやって結婚コンプレックスは双方の想いの中で勝手に堂々とひとり歩きしてる。

離婚して良かったなと思うのは、結婚からドロップアウトしたと思っていた私が、結婚は私の意思で捨てたのだと理解した時。離婚した私にバツがつくのではなくて、私が駄目だから離婚したわけでもなくて、私達の関係性は生きていく上で私も彼も幸福になれないと判断したから。私は幸せになる為に結婚をやめた。彼が病気だったりとか、お酒で暴れるからじゃない。愛が失くなったわけでもない。最期までしっかりと愛していたし、だから憎んだ。それに、離婚してしばらくすると、独身の友人が私の食卓を賑わすようになったのはとても面白いなと思った。彼女達は私が知っていた以上に自立していて、器用に自分の為に幸福を作りあげる事が上手な事にも驚いた。中には彼氏がいない女も沢山いる。そして、時々、気になったのはシングルである彼女達がシングルである事に引け目を感じているように見えたこと。私からしたら何ひとつだって欠けてない。男と幸せを交換なんてしなくたっていい。

結婚を決められない彼氏ともう長いこと同棲してる友人は別れるタイミングを失って、次の人を探すこともいつしか諦めて家を出れない全てを飼い猫の所為にしてる。美人で可愛らしい女だったけれど、最近はもうあまり会ってないし、誕生日にメールしたら、もう祝う歳でもないからとさっと返信がきた。既婚者の友人は夫が子供を欲しがらないそうで、仕事もあるし、子供は別にいいかなって言ってたけど、彼女が夫と旅行やデートをしないのは猫が3匹いるからだと言ってた。最近結婚した友人は長い事セックスをしてない。結婚願望が強い子で結婚しないのならもう先は無いくらいに半ば脅しかけた状態で結婚を決めたけど、よしみちゃんははまだ付き合いたてだからセックスしているだろうけど、うちはもう4年くらい付き合ってるからさ、私も別にしなくていいしと言ってた。離婚して気づいたのは、男イコール幸福みたいな幻想も結婚コンプレックスの延長線上にあったこと。いつでもどこでもひとりでも誰といても幸せになっていいのだし、どうして結婚したり男がいたら我慢しなきゃいけないんだろう。それに、別に結婚状態は自然自発的に幸福を生むものじゃないし。夫や彼氏っていう人間は湧き出る泉のように私に幸福を与え続けてくれるものでもない。上から目線で語らう幸福に蓋をする既婚者と、どこか引け目を感じながらも自ら幸福を積み上げてく未婚者。もちろん全ての女がそうじゃないけれど、私の知ってる東京では珍しくない光景。いい悪いじゃなくて、そこはただ、一方通行で冷たい場所に見えた。そっと腕を掴もうとしたら、さっと引き払われるみたいに。

「結婚コンプレックスってなんなんだろうね。」「男でも会社員だとあるかもしれないけどね。」「ただの幻想に過ぎないのにね。」結婚なんてというか、結婚はいいものもでもないし、すごいことでもない。ただの制度。そこに幸福を肉付けしていくのは互いの努力であって、結婚自体には何の価値だってない気がする。それに、個人的には独身の女たちが羨ましい。周ちゃんのことは世界で一番愛しているけれど、いつ誰と恋に堕ちてもいいなんて、あまりにロマンティックすぎる。それを世の中は自由気ままというかもしれないけれど、どうして一度きりの人生を好きに生きちゃいけないんだろうか。

夕飯

夕飯 02.7,2022

久しぶりにのんびりと過ごした休日だった。自転車でちょっと先にあるアウトレットへ買い物に行って、ナイキで夏に履くサンダルを買った。国道沿にあるスタバで家族会議。夏休みは沖縄と東北へ、クリスマスはNYに、年末年始はL.Aで過ごそうかと話した。後は結婚した記念にいつ写真を撮るとか、家計簿についてとか。あと、旅行貯金をしようとか。それから、庭に向日葵を植えようとも話した。ありふれたような暮らしがずっとしたかった。ただ、一緒に夏を走っているだけなのに、嬉しくて楽しくて仕方がない。

山形のだし

おかず 30.6,2022

梃子の散歩から帰ると、いつものように周ちゃんが庭の水やりをして、ぷりぷりに太った胡瓜と少し小ぶりの茄子をとってきた。キッチンに立ち、早速なにやら料理を始めた。聞くと山形のだしを作ってるのだとか。夏と言えば、やまがたのだし。暑い日に最高のだし。

だしは野菜が細かいのも美味しいけど、私は少し大きく切ったものが好き。周ちゃんのも少し大きかった。「私、野菜は大きいのが好きなんだよ。」「食感が楽しめていいよね。」「私達、気が合うね。」昼食も夕食もだしを食べた。明日から7月。なんだかすごく気分がいい。

山形のだし
胡瓜
茄子
紫蘇
ミョウガ
生姜
醤油 大さじ4
みりん 大さじ1
酢 小さじ1
砂糖 小さじ2

ベーグル

パン 29.6,2022

佐藤くんに頂いた新作だというベーグルにサワークリームに蜂蜜を混ぜたものを塗って朝食に食べた。昨晩は話に夢中になった周ちゃんがガスコンロに火をかけているのを忘れてあっという間に表面を真っ黒に焦がしてしまったけれど、今日はいい感じの焼き加減。今日は家族でヘレナの誕生日会の約束をしてる。12時に浅草の月見草で待ち合わせ。母が好きなレストラン。

午後から取材撮影があるから早めにレストランを後にした。姉と一緒に駅まで歩く。駅前のロッカーに兄から預かったらっきょう漬と手作り味噌、カボス胡椒があるから渡したいのだそう。これからオフィスに行くのに、らっきょうの匂いが紙袋からプンプンしてる。どうしよう。「兄の愛だから仕方ないね。」と姉と笑った。駅の改札で何度もハグして少しだけ泣いて笑った。そんなに話はしなかった。お互いにもう十分だという感じだったと思う。だって苦しみを言葉にするのだって面倒。幸せになりたいから。そんなものに費やしてる時間が勿体無い。私達が強いんじゃなくて、あまりに過去が酷かっただけ。ここまでの道のりが長かった分、戻りたくないという気持ちが大きい。もう笑うしかしたくない。今週の土曜日の便でL.Aへ帰る姉。あっという間の1ヶ月だった。「次は年末ね!」と言って地下鉄へ降りた。

夕方、家に帰ってから姉にLINEした。
“気をつけてね。”
“安心してL.Aに帰れるよ。”
“なんで食事会の時に泣き出したの?”
“色々を思い出したらさ、よくここまで来れたなって。よっちゃんが色々と頑張った先にあったのが結婚だったんだって。周三さんの「結婚させて頂きました。」ってみんなの前で言った言葉で色々と溢れてきちゃってさ。”

一年前の夏。7月か8月の暑い日に春から迷っていたカウンセリングに行き始めて、それがきっかけで心理学のワークショップにも通い始めた。前に進んでいる筈なのに、なかなか終わらないトラウマにもう飽き飽きしてた。いい加減にして欲しかった。それに、心理学は15歳くらいの頃から興味を持っていたものだったから、夢のひとつが叶ったような気持ちにもなった。その辺りから、私はまた一つ加速して変わった。同じ頃に見つかった梃子の癌を乗り越えられたのは、梃子は大丈夫。って信じることが出来たからだったし、信じようと決めたら後はもうとにかく乗り越えるだけ。勇気は一緒についてきた。そしてあれだけ私を脅かしていた街を走るグレーのバンも、マンションの前でバタンと閉まる夜中のタクシーもいつしか姿を消した。毎日が平和の続きだった事を思い出した頃に、誰かが忘れたハンカチみたいに周ちゃんが私の前に現れた。

最近になって周ちゃんは出会った頃の話をしてくれる。私は私が知っている以上にやっぱり男に怯えていて、周ちゃんはもしかしたら私を救いたかったんじゃないか。そんな気さえした。周ちゃんに聞いたら違うって言いそうだけど、あの頃の私はきっとすごく怯えていた。初めて恋をして、初めて男に触れた時のことは何となく覚えているけれど、あの時のそれじゃない。男を知っているのに男が見えないのは、オセロの片面しか見えなくなってしまったみたいな世界だったと思う。とにかく今日を生きるのに必死で今と比べると全てがとても生きずらい毎日。最近は腹を広げて寝る犬みたいに安心しきってるけれど、周ちゃんがいきなり怒ったりしないか、周ちゃんがいきなり私の首を絞めてきたりしないか、周ちゃんがいきなり声を荒げて私に。どれもこれも狂った過去の世界が周ちゃんの仮面をしてまで私の日常をしばらく戻してくれなかったのに、いつしかあっという間に綺麗さっぱりとそれはいなくなった。

“周三さんとよっちゃん、すごくいい関係だったよ。
またパートナーが欲しいと思うかはわからないけど、少し羨ましいなと思ったよ。”
“ほんと?私は未だに結婚が全てじゃないって思ってるよ。周ちゃんは問題はないけど、私が私と戦ってるよ。”
“頑張りすぎないでね。”
“わかってる。”

私達の結婚は、私と周ちゃんだけのものじゃない。私達には、姉や兄も含まれているし、父や母も。梃子だってそう。私は私の身をひとつしか持ってないけれど、その私を支えているのは私の家族だ。いや、私の家族だけじゃない。東京にいる友人だってそうだし、世田谷に住んでいた時の近所の友人たちとは一番大変な時期に伊勢神宮へ旅行した。遠く離れたパリのまゆみちゃんだってそう。一通の手紙を通して私を毎月のように支えてくれた。結婚は幸せのゴールではないし、結婚は全てじゃないけど、安心で安全で平和な生活は周ちゃんがくれたものだ。だからとゆうか、私がこれから出来ることは、もっと世界に優しくなったりだとか、もっともっと勇気を持って生きたり、美味しいご飯を作るとか、写真を撮るとか、なんだろう。私にできることを沢山の人に返したり、あげたりしたい。

黒酢のチキンカレー

カレー 28.6,2022

午前は近所にある病院で健康診断を受けた。待合室でやっぱりと思って周ちゃんにLINE。私がもやもやしてたこと。なんだかここ数日厭だったことを少しだけ書いて送った。メールで伝えるのはよくないから今夜周ちゃんの友人が来る前に少しだけ。多分、PMSのせいもある。変なことまで色々と考えた。この人と結婚する意味ってなんだったのだろう?心がひっくり返したみたいにパタンと私は違う色になって、二日間、周ちゃんには触れなかった。触れて欲しくなかった。

朝に梃子の散歩にでると、周ちゃんから手を繋いできたけど、私はそっと手を離した。周ちゃんは昨晩から気づいてる。「俺が悪いんだよね。ごめん。」って寝る前に言ったけど、どうして嫌なのか整理のつかない気持ちを閉じて、「今日は暑いね。」と言って背中を向けて寝た。周ちゃんは私のどこに惚れたんだろう。現代美術を学んでる彼にとって、文化人類学と共に生きてきた彼にとって、数々の作品や偉業を成した沢山のアーティストと肩を並べて仕事をして、そんな恋人がいた彼は私のどこに魅力を感じたんだろう。女や人生に疲れちゃったんだろうか。

私みたいな中途半端な女が周ちゃんを満たすには半日で十分な気がする。写真作家になるのはいつかに諦めたし、だからって商業にどっぷり浸かるのも拒んで、どれもこれも私なりの塩梅で世界から見てきた答えがこれだ。

中途半端。そして、それは私らしい。偉くも凄くもならなくていいけど、強くなりたいとも思わないけど、私は私の声を聞きたい。こんな私のどこが周ちゃんの心を動かしたのかさっぱりわからない。そして、最近の周ちゃんは以前よりももっともっと私を好いてる。庭に置いた朝顔の鉢を毎朝覗きにくる子供みたいに、私を見てる。その眼差しがくすぐったくもあり、嬉しくもあるけど、本当に全くわらない。それに、今日だってまた私は怒ってる。けどそれは周ちゃんが私の怒りについて褒めてくれたからだ。「よしみの良いところは怒ること。誰かを貶める為のものじゃなくて、何かを変えるきっかけになるから。すごいと思ったんだよ。」何がどうなってるのかやっぱりわからない。ただ、私が私を思いっきりに生きようとすると周ちゃんは気に入っていくように感じる。

夜にキュレーターの高橋くんと、佐藤くんが家に遊びに来てくれた。佐藤くんはベーグル作りにはまって、先月に岡山までパン屋の修行に行ってたのだそう。美術館と食というテーマで新しい事業を立ち上げようと考えてるのだとか。3人で仕事の話をしてる。私の知らない周ちゃんを見るのが私は好きだ。緩やかな曲線が私と混じり合ってる時も好きだけど、メガネひとつとっても、その際立った輪郭に胸が少し赤くなる。周ちゃんじゃなくて、夫とか、男みたいに見える。

高橋くんは東北の美術館へ4年間いくのだと聞いた。新しい仕事、新しい暮らしが始まる。あちらでの生活がどんな風になるのか想像しただけでも楽しそう。仕事、芸術、雪。そこはどんな世界なんだろう。素直にすごく羨ましい。最近、私は変わりたいと強く望むようになった。東京にいる時はこのままでいる事を常に考えてたのに、真逆だ。なんなら、もっと田舎へ、海外で暮らしてみたいとも思う。私が知らない私を世界の事を知ってみたい。東京の仕事や東京の友達も大切だし大好きだけど、味をしめちゃったみたいだ。有名レストランで食べる有機野菜がのったお皿の上はインスタで見たとおりに華やかで美しいけれど、田舎で食べる地場野菜は舌の中であまりに刺激的で私の記憶を掴んで離してくれない。人生があと何年かわからないけど、ちゃくちゃくとビンゴカードを潰していくよりも、ビンゴしてみんなに凄いねと褒められるよりも、ビンゴしないって決めちゃうのも野蛮で私らしくて素敵かもしれない。どうせ死んだら消えちゃうのだから。

夕飯

Journal 26.6,2022

午後に編集のリリさんが、その後に入れ替えで夜から編集の成田さんが遊びにきてくれた。それぞれの朗報は心温まる話でとにかく嬉しかった。今日の周ちゃんは緊張していたのか、まるでインタビュアーみたいに喋ってた。

周ちゃんは私との出会いについて、直感で結婚を決めたとプロポーズのときに言っていたけど、若くして結婚を決めたリリさんの決断はすごいし、その気持ちが僕にはわからないって話をしていて、変なのと思った。周ちゃんは用意周到だ。何でもよく考えて物事を決めるし、そのお陰で私は安心で安全な生活が送れてる。私は直感的な男をよく知っているし、それは周ちゃんとは真逆に生きてる男だった。じゃあ、周ちゃんの言う通りでいいはず。だけど、どこか胸にひっかかる。だって、じゃあそれなら私は周ちゃんのどこに何に魅力を感じたんだろう。夜は一言も喋らずに背を向けて寝た。

メロントースト

Journal 25.6,2022

上野に着いたのは11時過ぎ。上野公園口で降りると、真夏のど真ん中に放り出されたみたい。熱々に混ぜられたそれはあっちこっちに弾けて飛んで行ってしまいそう。人混みを見ているだけで目がクラクラした。周ちゃんの後を追いかけてレストランへと急いだ。「なんでこんなに混んでるの?」私がイラついて言うと周ちゃんはいつもみたいに笑ってた。途中で何枚か写真を撮って到着。しばらくして父、母、姉とマルコとヘレナ、兄とりーちゃんが到着。それから10分くらいして、周ちゃんのお母さん、弟、先週コロラドから帰った妹のみつきさんと子供達が部屋へ入ってきた。周ちゃんは朝から落ち着かない。話を半分聞いているようで聞いてない。席について慌ただしいままに頼んだドリンクを手にして乾杯をすると姉が計らったみたいに泣き出した。「ちょっとー!」「ごめんごめん。だってさ。」つられて妹のみつきさん、周ちゃんのお母さん、私の母まで目に溢れる涙を拭い始めた。

姉の涙や鼻水が私のピンク色のハンカチを濡らしていく中で、私にも色々が溢れていった。兄は代理人となり、連絡が取れなくなった元夫と離婚の交渉人役として色々を進めた。その間、姉は毎日、多い時で日に2度か3度、電話をくれた。元夫からの何かがある時だけじゃなくて、私の心が冷えてゆこうとする度に電話を鳴らしてくれたんだと思う。私の離婚は最後は一人で終えたけれど、私が一人で終えられるようになるまで兄弟が必死に終わらせようと助けてくれて、支えてくれた。「これは裁判するしかないよ。」冷静だった筈の兄が言いだした時、「裁判はやめよう。」一番裁判を望んでいた姉が裁判はすべきじゃないと言った。「これ以上苦しむことはないんだよ。裁判をしたらもっと傷つく。それに、長い時間もかかる。彼を法的に罰したとしても苦しまなきゃいけない。あの男がした事は許されないことだけど、私たち家族が望むことはよしみが1日も早く幸せになることだから。」それから姉はもう裁判って言葉を言わなくなった。いつも、「うん。」「うん。」って私が話す言葉をただただ全てを受け入れるように聞いてくれた。私が笑う日を一番に望んでくれた家族は、過去の色々を白状な程に忘れて笑ってる私を見て、笑って泣いた。

料亭から見える上野の不忍池は緑緑しくて力強い夏だった。あの日々の事をこれからもどんどん忘れていったとしても、今日のことは忘れたくない。周ちゃんは色々を頑張りすぎて疲れたのか20時過ぎには布団に子供みたいに転がってた。今、私も私達家族もすごく幸せだと思う。みんなが笑ってる。とにかくそれだけでいいと思った。家族が好きだ。大好きだ。先週に姉には言ってある。「また昔みたいにL.Aに通おうと思って。もちろん一人で。」「え?なんで。」「前の結婚の時は、奥さんとしてそういうのダメかなって思ったんだけど。私の人生だから。」「いいんじゃない。」



6月24日

Journal 24.6,2022

“お祝いを渡したいのだけど。” 夕方過ぎにいまむからメールが入った。春の個展が終わってからずっと元気がでないと聞いてたから、メールを貰って少しほっとした。”ちょっと意見が聞きたいの少し時間ある?” “いいよ。” 電話をかけると外にいるようで、遠くに子供の声が聞こえた。「仕事のことだよね。それで。」メールで書いた内容の続きを手短に話した。「よしみちゃんが言いたいこと、それが全部?」「端折ってしか話してないけど、だけど大丈夫。もう解決してるし、私が聞きたいことは別のことだから。」「そうだよね。端折ってるよね。とりあえずわかった。じゃあ話していいかな。まずなんだけど、それ、とても酷い話だよ。俺が仕事をする上で話すと、。」いまむはいつもよりもずっと早い口調で話はじめた。私に起こったことが仕事としてどれだけ被害を被っているのかとか、仕事をする上でのクライアントとの関係性として不当であること、それから、私がそれを庇う必要がないことを強く指摘した。そしてどうすべきかも3つくらいに提案してくれた。私は相手を悪者にしたくなかったから、もっとしっかりと出来事の詳細を話した。

いまむは代理店仕事が多い。いわゆる誰もが聞いた事のあるようなビッグクライアントのディレクションやプロデューサーをしてる。今までにきっと大変な現場や、どうにもならない事だとか、とにかく色々を乗り越えてきたんだろうと思った。いまむが話している言葉には重みがあって、ずしりとなにかを感じた。だから、こんなにも怒ってるんだと思った。こんないまむを見たのは初めて。だからか、いまむの言っていることは正しいようにも聞こえた。どんな立場であろうと対等に仕事をすべきであること、フリーランスだからって立場が低くなる必要はないし、きちんと尊重すべきなんだよ。じゃあ悪いのは誰か。そこまで話は進んだ。

電話を切ると部屋の中も外も夜がすっかり始まっていた。窓から周ちゃんの自転車が駐車場に停まる音が聞こえる。だいぶ長い時間話し込んでたみたいだった。部屋で着替える周ちゃんに電話のことを話すと、目を赤くして涙を拭うのをみた。気づかないようにしたけど、そんな周ちゃんの姿を見て私も泣きたくなったし、話し続けた声は少し震えていた。「いい友達を持ったね。僕もディレクションの仕事をしてきたけど、本当にその通りだと思う。」それから、私に起きた事だけじゃなくて、周ちゃんが過去に経験した仕事の話を聞いた。信頼関係が崩れること、そういう人がいること、そして、やっぱり信じたいと思う気持ちがあるのは悪くないってこと。そうやっていい仕事を築いていきたいってことを熱く語りあった。

なんだかとにかく驚いてる。いつもふにゃふにゃしてるいまむが酷く怒ったことも、私が知らないうちに自分を責めていたことも、良好な関係を築きたいが為に相手を庇っていた事も、そしていつしか被害を被っていたんだということも。いつもよりもずっとやりずらかったその仕事にはきちんと理由があちこちにあって、その理由が答え合わせみたいに見えた。いまむが最後に言った言葉が胸にずっと響いてる。「よしみちゃん。信頼していいんだよ。」私が一番に恐れていたこと。信頼関係は築かない方がいいの?一線を引いて仕事はした方がいいの?独立してから信じてやってきた仕事のやり方が崩れて、なんだかもうこの仕事をやめたいとも思ったけれど、そうじゃなかった。いまむがそうじゃなくしてくれた。「どんなに大変なクライアントだろうと、どんなに大変な仕事であろうと、仕事はうまく回せるんだよ。それが僕らの仕事だから。」

変な話だけど、私はやっぱり愛を信じてる。温かい人や温かい場所が好きだ。自分さえ良ければいいなんて思いたくないし、誰かが悲しんでいたり、誰かが大変な想いをするのもいやだ。一緒に笑いたいし、泣くときも一緒でいい。いつかいまむと仕事がしたい。そして、私はこれからもしっかりと信頼して行こうと決めた。それから、車を買ったらいまむを海へ連れて行ってあげよう。私達は海が好きだから。何もなくても夏じゃなくても秋も冬も春だって海を見に行くのが好きだから。

6月23日

Journal 23.6,2022

朝食は瞳ちゃんと外苑前のベルコモンズ跡地にできた青山グランドホテルにあるBELCOMOでモーニング。青山が好きだけど、青山は子供の時から知ってるけれど、変わったんだろうか。変わっていなそうな気もする。レストランの朝は東京にしか生息していなそうな男や女がちらほらといた。まるで紙面みたい。綺麗に全てがパズルのように整理されてる。

席について瞳ちゃんはアボガドトーストを、私はサラダパンケーキを頼んだ。お互いの近況や、瞳ちゃんが最近少し困っていることや、仕事の話をした。最近ずっと考えてることがあった。田舎暮らしを初めて気づいたことがある。新しい未知の生活と共に私の中にやってきたイライラは私が東京をコントロールする女だったからだということ。離婚して一人暮らしを始めると、とにかく楽だった。好きな時に寝て好きな時に起きて、好きな時に食べて好きな時に酒を飲む。誰にも何も言われない部屋で。1日中パジャマを脱がなくてもいいし、洗いざらした下着が捨てられなくてもいい、日記はいつまでもテーブルに開いたままで、一昨日に食べる予定だった食べかけのケーキだって冷蔵庫に眠ったままでもいい。だって1人じゃ食べきれないもの。いつかきっと食べるもの。

やっぱりあの服が欲しいと思って電車に飛び乗れば、あっというまに新宿伊勢丹に着くし、PMSが始まれば固く家の扉を閉じて携帯はカバンの中に入れっぱなしにすればいい。誰かがいないだけで、私だけの世界はこんなにも早く上手にくるくると、手を上げれば直ぐに止まるタクシーみたいに、スムーズに世界へ向かって走っていく。私がひとりになって手にしたのはコントロール出来る世界。簡単にそれが手に入る東京だった。瞳ちゃんの話を聞いていて、そんな私の事を思い出した。「積み重ねていないことが好きじゃないの。」瞳ちゃんの言葉に深く同意した。私もそう。だけど、東京は空っぽの紙の家を簡単に建てられる。あたかも、本物かのように。

周ちゃんがこないだ言ってた。「東京はなんでも買える場所だよ。」それは、東京はなんでもが手に入らない場所だっていう意味らしい。日本のあちこちに行き、その土地の研究を重ねていく中で知ったことは、その場所でしか見えないこと、手に入らないものがあるってことだそう。流通には乗らないもの。それはどんなにお金をだしても東京では出会えない。物だけじゃなくて人も事も同じくして。

数ヶ月前にミオちゃんに「どうしてあんなに結婚で苦しんだのにまた結婚を選んだの?」って聞かれた。すごくいい質問だと思った。もし私達が動物だというならば、きっと私はこのままだと危ないと思ったのかもしれない。どんどんと世界をコントロールすればするほどに私の世界は狭くなっていく。色々が見えなくなっていく。中年にさしかかって生きやすさを手に入れた分、きちんと失うものもあった。そして、東京を出たからこそ私がそういう女だったんだって気づいた。ひとりで生きていくのは楽しい。今思い出してもうっとりする日々ばかりだった。久しぶりに友人と沢山の話をして、沢山のことを考えた。

6月22日

Journal 22.6,2022

3時半に起床。歳をとるたびに心の棘が私の眠りを妨げるようになっていくように思う。大したことじゃないのになと頭ではわかってるけど、今日もそう。白湯を入れてもう一度ベッドへ横たわった。目をつぶってるだけでもきっといい。それに、今夜は世田谷の家の近所の友人とご飯の約束をしてる。夜は私をしっかりと癒してくれることはもうわかってる。

撮影が終わったのは早い夕方。予定よりもずっと早く終わった。外苑前のホテルに戻ってバスタブに湯を張っている間、ポテトチップスの封を開けてビールを一気に飲んだ。待ち合わせよりも少し早くホテルを出てZARAへ寄ってからレストランへ向かった。表参道。この道を歩くのに何かを感じたことなんて一度も無かったのに、子供の頃も、大人になる途中も、大人になってからも、ただの通りだったのに、ここは表参道なんだって。2日目の東京の夜、いつか東京へ帰りたいと心のどこかで感じていた気持ちはもう殆どないみたいだった。ここは、東京は、これ以上は私を満たしてくれなそう。楽だけど、稼いで買って、稼いで食べてのサイクルをぐるぐると回るだけの東京にはずっと昔に飽き飽きしてたんだった。東京が気に食わないのはいつだって浮ついてるから。どうしてそんなにみんなが騒いでるのか全くわからなかったから。私の心は全然弾んでなくて寂しかったから。東京は寂しくないけど、寂しかった気もする。

店の少し前でいまむと合流。いつもの通りでいまむは全身真っ黒の服。店に入るとしみるさんはビールを、たまちゃんは何味がわからないというビビッドなピンク色の酵素ジュースを飲んでいた。私といまむはワインをオーダー。この4人で囲む食卓は久しぶり。正月以来かな。お皿に盛られた美しい料理は少し塩気が多くて、話す度にワインで流し込んだ。薄暗い店内をローソクが灯す夜はそこにある全てが綺麗に輪郭をなしていくみたい。たまちゃんは来月で妊娠8ヶ月になる。ずっと気持ち悪いと笑ってたけど、たまちゃんの笑顔を久しぶりに見た気がする。時間はあっという間だ。春はいつしか終わってもう夏がくるんだった。そして秋が来る頃にふたりの赤ちゃんが産まれる。いまむはみどり荘でやった個展のあとからずっと元気がないと言ってた。もう4ヶ月も経つのに、私が引っ越してからも4ヶ月。それぞれの時間がそれぞれでそれぞれだ。帰り道の表参道。コロナの前みたいに沢山の人がいて、通りにあるブランドのショップでパーティをしているのか、アップテンポの大きな音がいつかの東京のようだった。

佐藤錦

Journal 21.6,2022

昨日は朝にパリのマユミちゃんから手紙が、夕方に福島の教習所から山形の佐藤錦が届いた。仕事から帰った周ちゃんにさくらんぼの包みを冷蔵庫から見せると嬉しそうな顔。周ちゃんは山形で8年の間、大学と大学院に通い、そして大地震が起きて中国への留学を諦めて震災復興に2年。そして、3年前に別れた婚約者と出逢った。周ちゃんにとって山形は思い出が沢山詰まったところだ。その頃の私と言えば、やっぱり東京で恋しかしてなかった。世田谷で一緒に生活してたグラフィックデザイナーである寺の坊主と別れて恵比寿でデペロッパーの男の家に転がり込んだ頃。スチャダラパーのボーズさんに可愛がってもらってた彼に夏に野音でやってたスチャとTOKYO No.1SOUL SETのライブへ連れて行ってもらったのがきっかけで恋が始まった。それから、かせきさんのミックスを貰ったりして、私の中には東京がまた色濃く流れて行った。周ちゃんとは年が一つしか変わらないのに、当時の私はとにかく東京でうだつの上がらない生活をしてた。夜ともすっかり仲良しで、名前の知らない友達は数え切れないくらいにいて、私もその中の一人みたいで恋でもしてないと息が切れそうだった。けど今日も明日も明後日も昨日も同じだったから、哀しいこともなければ、お財布はいつも空っぽだし、何も失うものもなければ何でも手に入るような気分だった。そんな頃にまゆみちゃんと出会った。まゆみちゃんと出逢ったのは当時バッハで働いてた山口くん家で今は奥さんになった坂本美雨ちゃんと付き合いたての頃に開いた華やかな家飲み。私は前日に大西さんとカエルさんせいかちゃんと祐天寺のばんで呑みすぎて泥酔してどこかでこけたからお湯割りのお酒を飲んでた。まゆみちゃんはそんな私を気に入ってくれたのか、どうしてかわからないけどあっという間に私達はなかよしになり、パリにも2度ほどお邪魔して、1度は作品撮りを手伝ってくれた。

さくらんぼを食べながらまゆみちゃんの話を周ちゃんにした。まゆみちゃんがパリに行った経緯とか、グラフィックデザイナーをしてたとか、センスが抜群にいいとか、なかなかいない友達だとか、両腕に入ってるサークルのグリーンとブルーのタトゥーの話とか、そして、過去のまゆみちゃんが大好きだけど、最近のまゆみちゃんは昔を脱ぎ捨てたように変わって今まで以上に素敵になったという話をした。それから手紙の中に私の過去の色々、離婚したり結婚したりの色々な行動が今のまゆみちゃんに勇気をくれたよって書いてあったのが嬉しかったことも話した。私はさくらんぼを動物みたいに貪って食べながら話し続けて、周ちゃんはただただ笑顔で聞いてくれた。

食卓で光るさくらんぼ。私が知っているさくらんぼよりもずっと大きくて、ずっと赤くて綺麗。私はまゆみちゃんが大好きだし、私の方こそまゆみちゃんに沢山の勇気を貰ってる。それに、こうして話を聞いてくれる周ちゃんといるようになって、昨年よりも一昨年よりもずっとずっと人生が鮮やかに色づいてきてる。幸せは作るものだとよくいうけど、私はいつだって幸せになりたかったし、そのことについては努力を惜しまずやってきたつもりだけど、頑張ったからと言って手に入るものじゃなかった。それは私の中に内包されているものではなくて、私が愛してる人たちの愛情のそれぞれが世界を色鮮やかに照らしてくれてるように見える。温かい色で光って見える。

昼食

Journal 20.6,2022

お昼を過ぎる頃に料理の下ごしらえが終わって庭のバジルをたっぷりと収穫した。今日は久しぶりに朝から夏日。梅雨の合間の晴れだからか、すごく気持ちがいい。顔を真っ赤にして家に到着した後藤さんとマサくんに冷えたビールグラスを出して4人で乾杯。周ちゃんはいつものノンアル。食卓から見える部屋中にある不思議なものに興味津々のふたり。いつの間にかそれは日常になってしまったけれど、確かに周ちゃんの不思議なものたちは奇妙だ。やたらと大きな木のスプーンとか、何に使うのか検討がつかない形をした網だとか、初めて見るようなものばかり。周ちゃんはひとつひとつの品を嬉しそうに紹介していた。周ちゃん曰く、リビングのテーマは食だそうで、食にまつわる世界の色々な道具が置いてある。それは古いものから新しいものまで。今日だけじゃ終わらなそうな長くておかしな説明に後藤さんは終始笑い、マサくんはふむふむって感じで頷いていた。

日が暮れても食卓にライトをつけて話は続いた。麦酒からワインへ、そして珈琲に切り替えて、次にお茶を入れてと話は尽きること無く続いた。運命のようなものは信じたくないと常日頃から口酸っぱく私には言い聞かせているけど、後藤さんに池尻の居酒屋で15年ぶりに会ってから数年。私達は結婚を捨て、それぞれの新しいパートナーと食卓を囲んでる。あの夜に会えたのに理由があるとしたら、今言えることはありがとうしか思いつかない。元夫が日に日に手に負えなくなっていき、私の沈み切った顔が友人達をどんどん遠ざけてゆく中で後藤さんは躊躇うことなく家に駆けつけてくれた。今日他愛もない話が出来ることが、一緒に熱々のジェノベーゼパスタを頬張り、持ってきてくれたメロンが喉をするりと通ってゆく時間がただとにかく優しい。優しすぎて危うく気づかないくらいだった。こんな日が私達の間をあたりまえのように流れていくなんて。

お祝いにくれたやちむんの水差し。私も周ちゃんも水差しが好き。だから出掛け先で美しい水差しに出逢っても簡単には買わない。ミントを活けた水差し、なんて素敵なんだろう。

今日の献立ー
スパイス煮卵
わさび菜のサラダ
胡瓜とひき肉の酢大蒜の炒め物
青柚子と白味魚のセビーチェ
黒酢とナンプラーの照り焼きチキン
ポテトフライとサワークリーム
家と近所の野菜でカポナータ
家のバジルでジェノベーゼ