「昨晩は寝言を沢山言ってたよ。」「もしかして、周ちゃん遅くまで起きてた?」「うん。」
浅い眠りだったんだろう。アイマスクをして寝ればよかった。正直、ベッドは私だけのものがいいとやっぱり信じてる。このベッドは私が買ったベッドだ。布団も毛布だってそう。強いていえば、枕は結婚して1年目に買い替えた。私のベッドにやってきた周ちゃんっていう位置付けが、どうしてもなくならない。
それに、周ちゃんといると収まってしまうような感覚になる。一昨日、みっちゃんやゆうちゃんと食事をして思ったのは、急速に老いていこうと走ったのは私の所為だ。世界は思っているよりもずっと変わってないんだと感じた。結婚したとしても、大学へ行きほんの少しだけ知識がついたとしても、そう変わらない。変わったのは、もう収まってしまったんだっていう心持ちだけ、なのかもしれない。
言い換えれば、そうでもなかったってこと。いつでも私はここから抜け出せる。たぶん、するりと。
20代の時、婚約者の前からいきなり消えた夜があった。心の中ではそう決めていたのかもしれないし、きっかけを作っていたのかもしれない。店から飛び出して夜の中へ走った。嫌いなわけじゃなかったし、ずっと好きだった人だ。けど、収まってしまいそうで苛々していた。そうして、私は彼の妻になるのをやめた。
何かがやっぱりじんわりと変わり始めてる。元の私に戻りたいと思ったりもするけど、それが逃げていることなのもわかるし、それは周ちゃんの所為じゃないことも知ってる。答えはきっとでると思う。それまでは、苦しいけど悩み続けよう。簡単にはきめない。
2月16日
春みたい。代々木公園の西口近くにあるリトルナップの前に10時に待ち合わせをした。まさか、珈琲がこんなにもブレイクするなんて、あの小さな珈琲屋に休日の朝からこんなにもは人が珈琲をめがけてやってくるなんて、時代ってのは、わからないものだ。
リトルナップに時々行ってたのは、遥か昔のことで、まだ20代?だった気がする。今日とは全然ちがう。小さな店はガラガラで、ひっそりと店があるのがよかった。重たい感じのドアが印象的で、変に厳かだけど、ちっちゃくて可愛い女性がちゃきちゃきと働いてた。あとで、それは知り合いのフォトグラファーの奥さんで、しばらくして二人は離婚したんだとも聞いた。
田村さんに会うのは1年ぶりだ。代々木公園も1年ぶりくらいだろうか。NHKで働いていたときに、よくバラを見にきていた場所だ。目的はバラだったけれど、理由はサボるため。いつも、暇そうな友達に “光合成してる”とか、”今夜なにしてる”とか、どうでもいいメールをしてた場所だ。今日は、そのベンチに田村さんと腰掛けた。確か、あの時はいつもコンタックスのAriaを持ってた。NHKヘ行く鞄の中も、サボりにいく代々木公園へも。そして、サボりながらぼうぼうに生えるバラを撮った。
「感じることに意味があると思います。」
話始めて直ぐに話してくれた言葉は、少し突拍子もなくて、妙に惹かれた。
田村さんは、昔、ハッセルで作品を撮ってたから、わたしも一時はハッセルだったし、なんとなく近いとゆうか、わかってくれてると勝手にいつも思う。もし、そうじゃなくても、多分目指してる場所は同じとゆうか。だから、異なっても、安心して話せる。
コントロールしたくない。だから、今、最近の写真は、とにかくグラデーションやラチチュードみたいなものを薄めて中和して世界に馴染むように、せめてもの想いでやってる、、仕事でもなんでもそうしてる。
強いこと、印象で引っ張るものが、断定的な写真行為そのものが、差別みたいに見えてちょっと辛い。人の写真見て、痛いとすら思う。ださい?なんかいやだ。きらい。むかついてくる。私のもってる幼稚な言葉を沢山並べると田村さんは、よしみさんって面白いことを言うんですねって、笑ってた。
けど、わかるって。田村さんはコロナが来て、写真が撮れなくなったのだそう。具体的な理由はわからないけど、断定される世界に違和感を感じるようになっちゃったって。だから、同じじゃないけどわかるって。
写真はやってないけど、別の文脈で、ナラティブっていう物語を紡ぐ心理療法を学んでる。写真じゃないけど、やってることは同じかもしれないとも言ってた。その言葉はよくわかった。
ナラティブは言う。世界には真実性?などは、必要ないって。それは、夢想や幻想みたいなことではなくて、勿論、スピリチュアルともぜんぜん違う。答えは、人の心身に宿っているものだと、確信してる。
ちょっとジェンドリンって心理学者のフォーカシングに近い気がした。誰しもが持つ、感覚機能についての話だ。もっと言えば、甲状腺機能にも近い気がする。あまりに大雑把な言い方だけど。私たちの体は、転んで擦りむいて血がでても、その血はかたまって、瘡蓋になって、また新しい皮膚が作られる。この機能は体も心も同じ。心は脳だから。そして体だからって話だ。
「けど、写真って気持ちがいいですよね。」なんていうか、考えないで撮る行為そのものが、充足感に満たされる?いや、水が注がれるみたいに、すいすいと世界を泳げるような。目一杯に気持ちがよくなって溢れていけるような。十分に満たされる。瑞々しくなれる。
「うん。わかる。」田村さんが言った。嬉しそうな顔をしてた。
そう、。写真は気持ちがいい。気持ちが一杯になれるんだった。世界の面倒に巻き込まれることなく十分になってもいいもの。
月末に同じ写真仲間の鹿巣さんの個展へいく約束をした。鹿巣さんは、海外のアートブックフェアに参加したり、KYOTOGRAPHIEで展示したり、ちっちゃくて変な女の子だったのに、いつしか立派な写真家になった。今、きっと、あの子は瑞々しくて一杯だ。
田村さんと話せてよかった。
おでんカレー

久しぶりにおでんカレーを作った。結婚してからは、おでんを作っても周ちゃんとふたりでぺろっと平らげることが多かったけれど、珍しく残った。じゃあ、と、昼食におでんカレーを作った。
ふとナナコにLINEした。”なんかあった?” と返信。私がLINEすると、ナナコはいつも、お父さんみたいになる。けど、ナナコは以前のように、もう強くてどっしりとして、なんでも包んでくれるようなお父さんじゃない。結婚してからは、すっかり女の子になった。いや、きっと元々がこっちだったのかもしれない。私と同じだったと思う。相手を庇うために、自分を変えてでも強く生きなきゃいけなかった。
何ってわけじゃないけど、今、ギブスしてるって伝えると、”やっぱり。”とのことだった。けど、リビングで滑って転んだことを説明すると、”おっちょこちょいだ。” って。懐かしい、この感じ。やりとりのテンポや温度感だとか、やっぱりナナコはナナコだった。
ナナコ、髪は伸びただろうか。結婚はうまくいってるんだろうか。パートナーの病気はどうなんだろう。それに、今は何を考え、何を撮っているのだろう。新しい作品は。色々が頭の中を駆け巡る。ナナコは映画監督をしてる。出会った時はアシスタントだったけれど、今はもう独立したと聞いてる。
久しぶりに誰かと長いことLINEをした。ナナコは、たぶん、特別な人だから。それは映画を撮ってるからじゃなくて、なんだかずっとそうだった。私のギブスがとれたら会おうと約束した。「パートナーにも会いたい。」と何度か書いては消したLINEは結局送らなかった。今はナナコと会おう。
どうして大学院へ行きたいんだっけ、とか。どうして写真を撮りたいんだっけ、とか。写真を撮る仕事がお金だけの為とは言い切れないとか。自分の中で色々が少しずつ整理できてきている気がする。
やっぱり、出来ないことを無理にやろうとしなくてもいいし、だからって諦めなくてもいい気がしてきてる。まだ上手くは整理できないけど、曖昧なままじゃなくて、ちゃんと片付けていこう。
おでんカレーを作ったのが先なのか、ゆうちゃんとメールしたのが先なのか、来週、みっちゃんとうちで久しぶりにご飯を食べることになった。二人とも、歩いて10分のところに住んでたのに、今はみんなバラバラだ。おでんカレーはゆうちゃんが昔、三茶の三角地帯にあるONSENっていうバーで働いてた時に作ったレシピ。あの頃の私たちは若かった。朝まで飲むのは日常茶飯事だったし、毎晩遊んでたし、夜の街を沢山撮った。
ゆうちゃんがinstaか何かに、年老いた自分が嫌だったけれど、そうでもなくなった気がしたって書いてあって、女優でもそういうことを思うんだって、なんだかすごく、ぐっときた。
アボガドトースト

ギブスをしても料理はつくれる。けど、大根は切れないようす。身体も洗えないので、二日に一度は周ちゃんと入って洗ってもらうことにした。悪いねって言うと、梃子のことも洗ってるからって。ちょっと複雑な気分。
夜は映画を見た。勉強?いいよ。別に落ちたって。また来年受ければいいし、本当に受かっちゃったら写真が撮れなくなるかもしれないし、これからのことを、今年はよく考えなきゃいけない。
ラーメン

白子鍋

慌ただしい週末だった。残りのクッキー全部を独り占めしようとキッチンに戻ったのが悪かった。クッキーを握りしめて2階へ走ったその時に事故は起きた。
古い一軒家の床は、どうしてこんなにもよく滑るのだろうか。床に落ちる時に硬くて脆い音がしっかりと聞こえて、あ、これはやばい、。と思った次の瞬間に頭部が打ちつけられた。ゴトンって。
軽い脳震盪のせいか、しばらく吐き気がでて悪寒が続いた。転んで全治1ヶ月みたいな事故は何度かやったことがある。何とか立ち上がって、強打した左肘アイスノンで冷やし、力が全く入らない左手をだらりとしながら、右手を使って、キッチンクロスで思い切りに圧迫した。ギンギンに冷やして感覚を麻痺させて痛みを和らげさせては、少し休んでを繰り返してるうちに2時間が経ち、周ちゃんが帰宅。
“すっ転んで骨を折ったかも!” 帰宅前にメールした時は、LINEを右手で打ちながら、ひとり笑った。おいおい、ギャグかドラマみたいじゃんって。帰宅した周ちゃんの顔は心配って文字で溢れてる。「緊急病院に行く?」「明日で大丈夫。骨か打撲だと思うし。」破れたキッチンクロスで首から吊るされた私の腕は可哀想というよりも、滑稽そのものだ。
土曜日の午前。駅前の病院でレントゲンをとった。レントゲン室が暗室のような懐かしい薬剤の匂いがした。かれこれ勤続年数30年みたいな看護師さんに「もしかして、、。フィルムですか?」と聞くと、「そう。」とのこと。「写真撮ってもいいですか?」と再び聞くと、「記念に好きなだけどうぞって。」
先生に肘を強打した経緯を話した。「お家で走ったの?」「はい。」「お家では走らないでね。これ、ヒビがね、いってるのわかる?まさか、、とは思ったけど、相当痛かったでしょ。」って。
それから、看護師さんを呼んでギブスをつけてくれた。看護婦さんはまた直ぐにどこかへ行ってしまい、脱いだパーカーが上手く着ることができない私をみかねて、一緒に着せてくれた。ギブスを支えるサポーターをして欲しいと頼むと、しばらく奥でごそごそとやってから、昭和の香りがするパッケージの台湾製のサポーターを「これこれ」という感じで開封し、つけてくれた。何度も、「うーん。わからないな。」と言ってた。
このお爺ちゃん先生は、周ちゃんが出張中に負傷して、中国の病院でMRIだとか散々精密検査してもわからなかったアキレス腱断裂を、周ちゃんの話とそっと触れただけで診断し、その直後に「今から紹介状書くから、この足で直ぐに行って。」と、漫画に出てきそうな名医の如く周ちゃんを救ってくれた先生だ。手術した先生曰く、あとちょっと遅かったらまずかったとのことだった。
周ちゃんからはいい先生だと聞いてたけど、待合室で楽しそうに話す老人だとか、診察室から中々出てこない年配の患者さんたちを見ても思った。googleのコメントで病院選ぶのはもうやめよう。
病院は、勿論病気を治すところだけど、私の骨が繋がるのは3週間後だけど、心身ともに痛かったのは最初の2時間だけで、特に私のドジっぷりを悔やみもしていないし、最悪だなんていう風にも思ってない。結局、ロキソニンも家に沢山あるから要らないと断ったから、先生と話して、レントゲン写真を撮って、ギブスして貰っただけだ。ほんの数時間前と、そんなに変わってない。
なのに、すっかりと元気になっていた。毎日はこういう続きできっといんだ。
ここ数日梃子の下痢が続いて、朝に血便をだした。周ちゃんは先週ノロだった。そして私の骨のヒビ。周ちゃんは不穏だと怖がってたけれど、私はなんだかすごくスッキリしてる。リビングですっ転んでヒビ。笑っちゃうよね。可笑しいよ。
いい先生に出会ったな。たぶん、写真やってるのと、心理学勉強してる共通点もここなんだろうとも思った。臨床は個人に対するアプローチだけど、写真も同じで、一つの被写体に向かう。
先生は私がクッキーを独り占めしたから走ったことを知らない。最後に「急がないでいいんだよ。」って、言われて、ちょっと後ろめたさもあったけれど、嬉しかった。人生は楽しい方がいい。急いで一生懸命になることもいいけど、楽しくなかったら意味が無い。きっと私はそっちタイプだ。
大学に入ってからは、卒業しなきゃ!と急いでばかりいたけれど、もう急ぐのはやめだ。
粥

あいからず粥を炊いてる。周ちゃんのノロは大分よくなったけど、粥への愛はいまだ続いてる。久しぶりにりょーこちゃんとメールした。すっかり忘れてたけれど、何度か贈り物がしたことがあって、その時の住所をふと思い出した。あれ、もしかして。
やっぱり、だった。私が新しく引っ越してきた街と、りょーこちゃんが住む街は川を挟んではいるけど、車を走らせたら30分くらい。なんだ、同じ川を見てたんだね!って。会いたいな、会おうよ。そんな言葉を交わした。
わたしが、大好きな友人の一人だ。本当に好きなこ。
粥

周ちゃんが牡蠣にあたった。くたっと生気が失ったように寝込んだのが一昨日の夜。それから一気に熱が上がり、昨日は朝一番で病院へ連れて行った。周ちゃんは1.5日ぶりの食事。昨晩は辛そうだったけど、峠を超えたんだろう。起きてきて、げっそりとした青白い顔で「お腹が空いてきた。」と言った。
お粥を作って、甘めの厚焼き卵を焼いて、あとは母が送ってくれた赤蕪の酢漬けと、梅干し、大根おろしのゆずぽんがけを用意して、お茶は周ちゃんのお母さんが作ってる健康茶。
健康が一番だよなと思う。平凡すぎる今日はいい日だったよ。
能登の牡蠣

唐揚げ

1月26日
今日は勉強会をサボった。来週は塾がないし、完全にまた糸が切れてる。正直、不安しかない。けど、なんだかモヤモヤしながらも、勉強をしはじめると案外悪くなかった。
別になんだろう。いつか受かればいいやぐらいでもいいんじゃないか。とか、そもそも、本当に行きたいんだっけ?とか、特別に、深く考えるのがもう面倒で仕方がなくなってきてる。
周ちゃんが仕事で元木くんにあったらしい。最近よく、DDAAさん、DDAAさんって言ってる。DDAAさんになった元木くんは、そんなに有名人になったのか。「ただの飲み友達だよ。」と言った。よく、飲んでたと思う。中目黒とか中目黒で。本当によく遊んでた。
あの時は前の夫と結婚する前だったような気がするけど、池尻に引っ越して、私も仕事が忙しくなったり、家庭で色々とあったからか、会わなくなった。あの頃のように、何も考えずにというか、写真のことだけを考えて生きていてもきっといいのかもしれないよね。
いや、どうなんだろう。もっと楽に生きたいなと思う。また、みんなで遊びたい。夜な夜な集まって、特になにをするでもなく遊びたい。そういえば、元木くんはきっと忘れてると思うけれど、IDEE仲間のひろちゃんの背中をどこかの店で酔っ払ってずっと撫でていた夜があった。いつの夜かわからないけど、深い夜のいつか。あの時は、なんであんなにひろちゃんの背中を撫でてたんだろうか。いつものように嬉しそうに笑ってた。
考えてみると、昔はよくわからないことが多かった。次の日になったらわすれてしまうぐらいにどうでもいいこと。そうやってただ笑って生きてた気がする。戻りたいなんて言ったらだめだけど、ああいう日々はいいなと思う。いや、いつでも今でも戻れると思う。
今年はやっぱり遊ぼう。勉強も大切だけど、遊ばないとだめだ。
檸檬スパゲッティ

コロッケ

なんか上手くいったコロッケ。
朝食

先週から、金曜日は家族で夕飯を食べる時間っていうのにした。それから、私の月曜日は日曜日から始まって、週休0.5日制というルールも決めた。院試が終わったら、また普通の生活に戻る。だからって、昨年みたいに、週休0日だと心がやられる。
というわけで、今年は0.5日の休日と+家族の時間っていうのを作ることにした。
あと、今年は日記もちゃんと書こうと思う。2016年から始めた日記は、昨年、忙しさのあまり、月1回みたいになり、日記危機が訪れたけれど、やっぱりダメだ。日記は原点だと思い立ったのが昨年末。
大学でも記憶は忘れるものだということを学んだ。なんか寂しい気がしたけど、別にそれでもいい気もした。けど、やっぱり書きたい。特に意味はないけど、書くと気持ちがいい。
カレー

今年からちょっと生活スタイルを変えてる。思いの外、上手に回り出している気がしてる。今日はカレーを作った。本当はもっと料理がしたいのに、とモヤモヤしながら2年間も過ごしてしまった。そうやって、欲しいものと大事なものをトレードしてしまうのは、私の癖だ。
けど、生活は大事なことも知ってる。だって、生活の上に生きてるし、やっぱり美味しいものが食べたい。心も身体もいつもそれを欲してる。それに、ずっと憧れてきた大きな出窓のあるキッチン。こんなの絶対にないよ、、ってピンタレストでピンを打ちながらも、結局どこかで諦めていたのに、どういうわけか、いや、ようやく出会えた。
だから、というか、、。自ら色々を選んでいるのだから、ちゃんと好きなことをしようと思う。今年は、太陽の光の中で料理が作ろう。
おでん

今日はおでんにした。昨日、あまり寝てなくて午後に昼寝をしたらすっかり夕方まで寝てしまった。けど、なんだかよかった。だって、疲れてたんだもの。こういう風に考えられるようになったのは、大学での実習のおかげだ。
頑張るのもいいけど、感じることやものはサインだから。それを見つけるのは、できれば、自分でありたい。
水菜鍋

午前は、てこの術後の経過を見に荻窪の動物病院へ。少しずつ、都内の運転も慣れてきた。けど、東京はきっと電車とかチャリの方がずっと楽だなとも思う。パーキングは高いし少ないし、狭いしね。
煮麺

塾の先生と講義が終わってから、研究計画書について話をしてたら、あと1年で頑張れるって。いやいや、。猛烈に頑張ったって、2年が限界だと思ってる。だって、やることがありすぎて無理だよ。って思ってたけど、、先生の口調からなんかやれそうな気もしてきた。写真だってやりたいのに、どうしたらいいんだろうか。というか、何も考えずに走ってみようか。
そうやって、大学も入って卒業間近なんだし、写真の仕事だってそうだ。何も考えずにがむしゃらに走れば、いつも、どこかには着いてる。行きたい場所を決めない。それもありな気がした。
よくわからないけど、ちょっと楽しくなってきた。無理なら無理でいいから、当たって砕けたら粉々になってしまうぐらいに走りたい。
夜食のポトフ

最近、周ちゃんとこれからのことを色々と話してる。あと、家族ノートをまた始めた。今年は、受験が終わるまでは、仕事と学業の両立で死ぬほどまた忙しくなるから、夕飯は待たない。っていうルールを作った。
こうして、少し遅い夜に準備する食事は好きだ。母もパパによく同じようにやってたから。
1月1日

朝一番で実家から帰宅して、そのまま書初めをした。周ちゃんとは、やっぱりなんとなく、ギクシャクしてる。新年が始まったというのに、なにをやってるんだかと思うけれど、お互いに譲れないところがある。
ちょっと前に友達が「私は、新しいことをするのは怖くないけどな。」って言ってたけど、それは、私の言葉みたいにも聞こえた。彼女は同じ街に10年住んでるし、レゴの頭を取り付けたみたいに、ここ10年は同じ髪型でいる。
人って、変わりたいとか変わったと思う反面、実際には多分そんなに変わらない。同じ場所で足踏みしてることが、ほとんどかもしれないし、微々たる一歩かもしれない。
結局のところ、私だってそうだ。新しいことをするたびに、痛い目にあって、もう嫌だと塞ぎ込む。そんなに簡単に全てが自分の思い通りにいかないことぐらいわかってるのに。
だけど、やっぱり変わりたい。今じゃない明日がやりたい。ここにある気持ちを捨てて、別の気持ちになりたい。そんなことばかりを考えて、準備もそこそこに走りだして、また失敗する。
今年もどんだけ失敗するんだろうか。想像すると嫌になるからこれ以上は考えない。だけど、やっぱり、また今の自分に戻ろうとしたとしても、それが大変そうでも苦しそうでも、今じゃないことをやってみたい。
新年会

今日は友人らと新年会。今むちゃんは病欠。新年会だっていうのに、喉だか鼻だかが、調子悪くて、たらちゃんいるし、やめておくって。みんなで手巻きを頬張って、日本酒飲んで、なんなら夜まで呑んでも、、なんて思ったけど、大晦日からの睡眠不足を考えると、今日はそこそこでよかったのかもしれない。なんだかすごく疲れてる。昨晩は私の歯軋りと食いしばりがすごかったって周ちゃんが言ってた。
けど、そりゃそうだよ。ずっと周ちゃんとの仲も微妙だし、年末年始の集まりでバタバタとしたせいで、悲しくも年内の終わらせる予定のToDoをしっかりと一緒に持ち越したのだから。頭の中でリフレインしてる “やばい、、” は、悲しくも、ずっとなり続けてる。
駅までみんなを送って、急いで帰ろう。とも思ったけれど、駅前のモスで周ちゃんとコーヒーを飲むことにした。別に何ってわけじゃないけど、ただ、一緒に座って珈琲が飲みたい気分だったし、周ちゃんも同じことを考えてるようだった。
それに、なんだか嬉しかった。友達も結婚して子どもを産んだが、私もまた新しい家族を持った。それぞれにそれぞれの生き方ではあるけれど、別々の異なる家族が顔を合わせて食事をするっていうのは、面白い。うちの家族がどんな家族なのか、普段では見えないことが見えるようで嬉しかった。周ちゃんもたぶん、同じことを感じていたのかもしれない。
むすっとしてたここ数日の顔は、穏やかだったし、今が好きだって顔をしてた。私も同じくして。二人で話したことはどうでもいいこと。心理学の院試について、東北大学の人が書いてるブログを見かけたのだけど、所謂、超頭いい人たちも平気で落とされる位に狭き門なんだって!それで、そもそも、臨床心理の院のカリキュラムがやばくて、、みたいな、いつも通りの話をした。
だからってなんだって話だ。夕飯はまた少しだけお酒を飲んだ。少しだけ、デスクに向かってから寝た。今年は時間がないって言わない。だって、物理的に考えても足りないんだもの。だから言わない。それよりも上手くやる方法を考えよう。
全てが手にいれられないことはわかってる。だけど、失いたくないものや大切にしたいもの、諦めきれないことがある。わからない、どうしようばかり続けてたって仕方がないし、誰かのせいにしたって仕方がない。
12月25日

ポストに赤い封筒が見える。12月25日。今日はクリスマス。あれから、気持ちは少しリセットし始めてる。この年越しのタイミングは、きっと色々の節目となるのだろう。私がわからなくなったのは、大学に没頭し過ぎてたこともあるし、仕事でも胸に引っかかることがあったからだとも言える。
クリスマスカードを準備してたのに、結局、渡したのは家族である周ちゃんだけだ。書いたまま、引き出しにしまっていたのを慌てて鞄に入れて駅前の郵便局へ走った。
パリのまゆみちゃんからの手紙には、赤ちゃんのこと、大学での勉強のことが書いてあった。どういうわけか、40歳もすぎて、仲の良い友達も学へ行き、そんなことを手紙で書き合ってる。面白い。だけど、だから私たちって友達なんだろうとも思う。決めたわけでもないのに、人生の途中で互いにまた大学に入った。趣味も違えば、好きなことも違う。勿論、生活も日々の色々や食べているものだって今は違うのに。
それに、こないだフランス出張の時に、朝から電話したのは、会えなかったからだけじゃない。心細かったからだ。写真が撮れなくて苦しくて、元気がほしくて話したかった。だけど、あの朝のことについて、ポストから開いた手紙には「全然、よしみちゃん変わってないね。」って。書いてあった。それから、同じメガネかけてて、全く違う場所で生活して生きているのに、実際には長い時間会えていないのに、時空を超えて同じな気がしたって。変わってない。その言葉は嬉しかった。私は自分が変わってしまったような気がして寂しい気がしていたから。
まゆみちゃんの手紙を読んでると時々泣きそうになる。郵便局へ行く前にマックへ入って、もう一通だけ書くことにした。年寄りの多い朝のマック。ドトールでソイラテが飲みたかったけど、あっちは人気なのか忙しない。こちらはといえば、人々は決められたように、席を一つ置きで座ってて静かだ。有機的に作られたパーソナルスペースは美しいドミノみたいで心地がいい。
持ってきたカードに早速書き綴ってみたけど、、全然書ききれない。”つづく”と書いて、レシートの裏に書き続けた。それでもやっぱり全然足りない。2時間ぐらいずっと書ける。そんな気がした。冷たくなったコーヒーを流し込んで郵便局へ急いだ。
来年はちゃんと日記を書こうと決めてる。まゆみちゃんの手紙に綴られている日常に泣きそうになるのは、あまりに美しいからだと思う。人間の記憶は忘れるようにできてる。それを知ったのは大学に入ってからだけど、最近の私の日常はあまりに酷すぎる。こんなに時間を酷使したら、絶対にバチがあたる。
未来じゃなくて、今をしっかりと見たい。
丼丸丼

15時に経堂駅でねぎと待ち合わせ。大学の時、好きなことをして生きたいと就職もせずにカフェでバイトしてた仲間のひとりだ。同じぐらいの歳の女は今、どんなことを考え、どんな風に未来を見ているんだろう。もがいてばかりいる私の日々は間違ってるんじゃないか。私の正解じゃなくて、誰かの正解も聞いてみたいと思った。
話したいことは山ほどあるし、聞きたいことも、聞いて欲しいことだって。だけど、話も途中で石井ちゃんの名前がでてから、目が合った瞬間に私たちの顔がみるみるとぐちゃぐちゃになって、気づいたら泣いていた。「ごめん。」喉を詰まらせ、言葉にならずに謝りながらも話し続けた。
私たち、きっと、ずっとこの話をしたかったんだろう。3年ぐらい経った気がする。石井ちゃんがこの世からいなくなって、時々、よく遊んだ中目の交差点で、新宿の街角でも、私のずっと前をあの細い肩が、大きなイヤリングを揺らして歩いているような気がした。「病気のこと、言わないでって言われてたから、ずっと言えなくて。」ねぎは早くから知っていたんだそうだ。
それに、ねぎは石井ちゃんの最期の時間も会いに行ったと聞いた。ぎゅっと喉の奥が抑えられるようで苦しかった。これから死ぬことが決まった人を目の前で看取ること。実際のその光景を見ることと、出来事を想像することは180度違う。世界は、美しいことも見せてくれるけれど、時に、そうじゃないことを私たちに強いることもある。それは、忘れたくても強く掴んで離してくれない。
今日は色々な話がしたかった。写真の仕事のことや大学のこと、今がその間で苦しいことも。だけど、石井ちゃんの話をしたら、なんだかどうでもいいような気がした。だって、人は死ぬんだもの。死ぬために生きてるわけじゃない。いつか死んで全部消えちゃうから、その前に楽しみたい。だから、生きてるんじゃないか。
経堂のカフェで向かい合って、空のコーヒーカップを目の前にして座る私たちは今、無力だ。だって、人は存在するかしないかで、今、この物理主義な世界の中で、会えない友人に私たちができることは一つだってない。
泣いても悲しんでも後悔しても、願っても、友人に触れることは一生できない。これは美しい思い出じゃない。いい子だった。みんなに愛されてた。それだけでもない。早すぎるとか、後悔したって仕方がない。この死は、死ぬことを教えてくれたんだった。
今日は、大事なことを思い出した。
12月20日

ばかみたい、だけど気分は最高だった。周ちゃんが久しぶりの出張で、わたしはわたしを取り戻せた気がした。
昨晩、缶ビールを開けたのは夜の9時過ぎ。早朝から勉強や仕事を続けて、15時間以上座っていた。疲れた?いや、そうでもない。いつもの通りで、肩がバキバキなぐらい。ビールを飲みながら英語の続きでもやる筈だったのに、結局、英語は一文も読まずに夜中まで酒を飲み続けた。飲みかけのウィスキーだとか、少し余っていた日本酒だとか、もう捨てようと思っていたワインだとか。家中の酒を掻き集めて。
昼に映像の制作をすると、夜は目が酷く霞む。英語の論文を勉強したくても、ゲシュタルトが崩壊するみたいに、サイケデリックに世界に飛び出し溶けてゆく。それでも、いつもならデスクに向かってどうにかこうにか、あちこちに散らばった単語を拾ってまとめていくのだけど、昨日は全然だめだった。心が電池切れみたいに止まってるみたいで、なんだか、多分、。心と身体の接続が切れてるみたいだった。
酔っぱらいながら日記を書いて、インスタに写真を投稿したり、友達にLINEしたり、いつもしないことを沢山した。そして、思いの外、飲みすぎたらしく二日酔い。何やってるんだろう。溜まった仕事も、まだ読めてない英文も、請求書だって、。
けど、今日はいつもの通りにエンジンはかからない。いや、いったん、サボったのだから簡単には日常に戻りたくない気がしたし、何ならもうこのまま遠くへ行ってしまってもいいんじゃないか。そんな気さえした。
この感触は知ってる。人生に数回ぐらいの頻度でやってくるやつだ。婚約者を捨ててみたり、夢を捨ててみたり、夫を捨ててみたりしたり時と同じ。財布も持たずに、身一つでそこから思い切りに逃げ出してしまう感じの、後先考えずに、今を脱ぐように消えたくなるやつだ。
気分が悪いんじゃない。二日酔いで気持ち悪いし、身体はだるい。そうじゃない。気分は最高に近い。

すっごくつかれた。
遅すぎる短すぎる夏休みを12月も半が過ぎようとしている師走の真っ只中にとったのだけど、夫もわたしも結局半日以上は休んでなかった。悲しいことに写真なんて70枚くらいしか撮ってない。こんな日常で本当にいいのだろうか。
山の上のバンガローを借りて、温泉に入って、暖炉でひたすら火を見ながら、ずっと話してた。
仕事と勉強をするために田舎暮らしを諦めて東京に戻ってきたのに、この生活は本当にしあわせなんだろうか。私の人生は家族や友人と食卓を囲んでいれば幸せな気がしていたんだけど、最近は料理はかろうじてしてるが、満足のいく料理はできてない。
仕事だって写真だって満足にできてない。本当にこれでいいのだろうか。
梃子はどんどん歳をとっていくし、日々はどんどん勝手にすぎていく。忙しすぎる。こんな1年があってもいいと思ってたけれど、もう2.5年目だ。友達と会った回数?今年は何回だろう。片手でおさまるぐらいかもしれない。サマーバケーションは一泊二日。狂ってる。わたし、なにやってんだろう。
大学に入って、驚くほど知識が増えて、今までなら絶対に会えない人や世界にいけるようになった気がしてる。だけど、失ったものも大きい。
同じ場所にいたいと思うのに、今じゃない場所へも行きたいとおもったりもする。
なんか、すごく嫌だ。
豚汁

バタバタと毎日が過ぎていく。ご飯、ちゃんと作ってない。慌ただしく日々を追いかけるように何かをとりあえず口にしている気がする。そういえば、料理家の清水さんからバスソルトをいただいた。今年の御礼にって。明日レモンのケーキでも買いにいこうと思う。
なんかよくわからないけど、気分がいい。むちゃくちゃ忙しいし、背中はバキバキだけど、勉強がぎゅうぎゅうでヤバいけど、写真が楽しくなってきた。今さらじゃなくて、きっと、今だから楽しいんだと思う。小難しい英語だとか心理学の色々ばっかりやってる中で、写真に触れる度に目が喜んでるのがわかる。辛いけど、全然きっと来年も遊べないけど、もうちょっと頑張ってみよう。それから、もうこれ以上、写真の時間は削りたくない。
12月6日
実習が今日でようやく終わった。長かった2ヶ月間。今朝ずっと電車の中で考えてたけど、結局答えはでなかった。先生が「時間になったら帰っていいよ」って言ってくれたけど、帰らずに最後のカウンセリングが終わるのを待って先生と話すことにした。
私が嬉しかったのは多分、自分が必要とされたことかもしれない。少しでもどこかで自分が誰かの役に立てるんじゃないかって感じたことが素直に嬉しかった。だけど、多分、それは私の答えにはならない。だから、ここで働くのはやめた。ずっとずっと悩んでいたけど、そう決めた。先のことを考えたら、ここで働くことはメリットがあると思う。先生もそう言ってた。
だけど、別に未来のメリットのために生きてるわけじゃない。いい大学を選んどけとか、いい就職先を選んどけとか、今までだって、全部を無視してきたのは、自分じゃない誰かが言ってることが正しいかどうかよりも、どうしたって、私自身がそうしたいと思えないことをやるのは、なんだか辛かった。そういうのはどういうわけかしたくない。自分に嘘をついているみたいで嫌だ。
帰りにミオちゃんと下北の茄子おやじでカレーを食べた。それから猿田彦へ行って、コーヒーマティーニを飲んだ。ミオちゃんはノンアルのコーヒーカクテルだった。金曜日の夜にいつもの友人と街で過ごすのはいつぶりだろう。ミオちゃんは、浦島太郎な私に会うのは1年半ぶりだと言ってたけど、麻布でタコスを食べたのは、つい数ヶ月前のことのような気もした。大学に入ってからの日々の記憶がほとんどない。
最近流行ってるプリクラがあるんだと教えてくれて、途中でプリクラを撮った。どうでもいいことで過呼吸になるぐらいに笑うのは最高だった。それに、私の近況について「死にそうだ」と伝えたら、私らしいというか、どうしていつもよしみちゃんは苦しい方ばっかりを選ぶんだって笑ってた。ミオちゃんはずっと推しの話をしてた。明日は推しの祭典らしく、着ていく服がないんだそうだ。
なんだろう。あっという間に時間は過ぎて、今日は殆ど勉強も仕事もしてないんだけど、なんだろう。何もしてない、朝からクリニックで実習しかしてないんだけど、夜に友達と昔のいつもみたいな夜を過ごしただけなんだけど、なんだろう。ずっと、ここしばらくの間、失いかけてた、いや忘れかけてた自分に会えたような気がした。
多分、もう私はぐちゃぐちゃじゃない。病院では働かないと決めた。心理学はもっと勉強したいことがあるからやめないし、院試も挑戦する。それから、もう、違うと思う写真はやらなくていいし、そうだと思う写真をやろう。
12月5日

チキンカレー

昨晩、夕飯を食べながら周ちゃんに「もう12月だってよ!」と言うと、「今年1年どうだった?」と、返ってきた。「不安ばっかりだよ。」と言ったのに、周ちゃんは嬉しそうな顔をしてる。
大学はもうすぐ卒業する。実習も今週で最後だ。先々週、心理士の先生が「うちで働いていいって、院長先生が言ってたよ。」と言ってくれたけど、正直、自分の気持ちがよくわからない。先生は、臨床を経験してみたらいいんじゃないかって勧めてくれて、その通りかもしれないとも思った。けど、本当にいいんだろうか。不安でしかない。
それに、。写真だって、全然、まだまだ今のままじゃダメだと思う。ワガママが言いたいわけじゃないけど、仕事には仕事の写真があることもわかってるけれど、そうじゃなくて、いい写真が見たいとか、いい写真に出会えると信じてる自分がいる。どうしていいかわからないけれど、諦めきれない。
ただ、ひとつ。最近になって思うことがある。今がぐちゃぐちゃであろうとも、それとは別に、ここは平和だ。限りなくどこまで行ってもきっと、今日と同じ明日が、また明後日も、そしてその次もと続いてくれそうな気がしてる。世界はいつだって連続の続きではない筈なのに。
周ちゃんと家族になってもうすぐ3年。1年目、2年目と、それなりに色々なことがあったし、新しい結婚の形みたいなものをずっと模索してきた。というか、愛みたいなものに飽き飽きしてる私にとって、この結婚がなんの為のものなのか、正直わからないまま籍をいれたから、どこかにいつかは着地したいと願っていた。だけど、結局、その新しい形は見つからないままに、3年目に突入し、新しい家に引っ越して今年も終わる。
ダイニングテーブルは、左側が周ちゃんで中央が私の席。ベッドは左が周ちゃんで右が私の枕。風呂は私が先で時々周ちゃんが先に入る。料理は私が作って周ちゃんが洗う。パズルみたいに、綺麗に日々の中に私たちは収まり、大学のレポートに苦しんだ日も、思うように写真が撮れなくて泣いた日も、年始に姉と大喧嘩した日だって、いつもと変わらない今日のように寝床へついた。周ちゃんは左で私が右の枕で。
最近の私は弱いと思う。人に強く言われることが増えた気がする。ほんの数年前は無かったことだ。けど、言い返さないし、言われっぱなしでいいと思ってる。憎みもしない。心理学を勉強するようになってからそうしたくなった。それから、弱くなった自分に加えて出来ないことも増えた。数年前までは、写真さえ撮っていれば、それで食べていられるのならば、何も怖くないと信じていた。だけど、今は、写真も全然撮れないと思うようになったし、世界は写真だけじゃないことの方がずっと多くて、その中で自分が生きてるんだということを知った。そしたら、出来ないことが増えた。だけど、だから、私には曖昧という選択肢が残されたこともわかってる。
今は、頑張れば頑張るほどに、色々な世界を知らされるし、私はどんどんぐちゃぐちゃになってゆく。だけど、私が混色雑多で混ざりに混ぜられてしまっても、今日も横には梃子と周ちゃんがいる。ここが私の家で、「家族」というもの、みたいだった。
そして、どんな日でも、それが最悪でも、最低でも、最高だったとしても、「家族」は隣にいる。そして私は、ただただ、今日も、いつもと同じように前に進めるようになった。
弱くてもぜんぜん駄目でも世界が広がってゆく一方でも、心は不安でいっぱいでも、前に知らない場所へ、先へ。
麻婆豆腐
