
最近、周ちゃんとこれからのことを色々と話してる。あと、家族ノートをまた始めた。今年は、受験が終わるまでは、仕事と学業の両立で死ぬほどまた忙しくなるから、夕飯は待たない。っていうルールを作った。
こうして、少し遅い夜に準備する食事は好きだ。母もパパによく同じようにやってたから。

最近、周ちゃんとこれからのことを色々と話してる。あと、家族ノートをまた始めた。今年は、受験が終わるまでは、仕事と学業の両立で死ぬほどまた忙しくなるから、夕飯は待たない。っていうルールを作った。
こうして、少し遅い夜に準備する食事は好きだ。母もパパによく同じようにやってたから。

朝一番で実家から帰宅して、そのまま書初めをした。周ちゃんとは、やっぱりなんとなく、ギクシャクしてる。新年が始まったというのに、なにをやってるんだかと思うけれど、お互いに譲れないところがある。
ちょっと前に友達が「私は、新しいことをするのは怖くないけどな。」って言ってたけど、それは、私の言葉みたいにも聞こえた。彼女は同じ街に10年住んでるし、レゴの頭を取り付けたみたいに、ここ10年は同じ髪型でいる。
人って、変わりたいとか変わったと思う反面、実際には多分そんなに変わらない。同じ場所で足踏みしてることが、ほとんどかもしれないし、微々たる一歩かもしれない。
結局のところ、私だってそうだ。新しいことをするたびに、痛い目にあって、もう嫌だと塞ぎ込む。そんなに簡単に全てが自分の思い通りにいかないことぐらいわかってるのに。
だけど、やっぱり変わりたい。今じゃない明日がやりたい。ここにある気持ちを捨てて、別の気持ちになりたい。そんなことばかりを考えて、準備もそこそこに走りだして、また失敗する。
今年もどんだけ失敗するんだろうか。想像すると嫌になるからこれ以上は考えない。だけど、やっぱり、また今の自分に戻ろうとしたとしても、それが大変そうでも苦しそうでも、今じゃないことをやってみたい。

今日は友人らと新年会。今むちゃんは病欠。新年会だっていうのに、喉だか鼻だかが、調子悪くて、たらちゃんいるし、やめておくって。みんなで手巻きを頬張って、日本酒飲んで、なんなら夜まで呑んでも、、なんて思ったけど、大晦日からの睡眠不足を考えると、今日はそこそこでよかったのかもしれない。なんだかすごく疲れてる。昨晩は私の歯軋りと食いしばりがすごかったって周ちゃんが言ってた。
けど、そりゃそうだよ。ずっと周ちゃんとの仲も微妙だし、年末年始の集まりでバタバタとしたせいで、悲しくも年内の終わらせる予定のToDoをしっかりと一緒に持ち越したのだから。頭の中でリフレインしてる “やばい、、” は、悲しくも、ずっとなり続けてる。
駅までみんなを送って、急いで帰ろう。とも思ったけれど、駅前のモスで周ちゃんとコーヒーを飲むことにした。別に何ってわけじゃないけど、ただ、一緒に座って珈琲が飲みたい気分だったし、周ちゃんも同じことを考えてるようだった。
それに、なんだか嬉しかった。友達も結婚して子どもを産んだが、私もまた新しい家族を持った。それぞれにそれぞれの生き方ではあるけれど、別々の異なる家族が顔を合わせて食事をするっていうのは、面白い。うちの家族がどんな家族なのか、普段では見えないことが見えるようで嬉しかった。周ちゃんもたぶん、同じことを感じていたのかもしれない。
むすっとしてたここ数日の顔は、穏やかだったし、今が好きだって顔をしてた。私も同じくして。二人で話したことはどうでもいいこと。心理学の院試について、東北大学の人が書いてるブログを見かけたのだけど、所謂、超頭いい人たちも平気で落とされる位に狭き門なんだって!それで、そもそも、臨床心理の院のカリキュラムがやばくて、、みたいな、いつも通りの話をした。
だからってなんだって話だ。夕飯はまた少しだけお酒を飲んだ。少しだけ、デスクに向かってから寝た。今年は時間がないって言わない。だって、物理的に考えても足りないんだもの。だから言わない。それよりも上手くやる方法を考えよう。
全てが手にいれられないことはわかってる。だけど、失いたくないものや大切にしたいもの、諦めきれないことがある。わからない、どうしようばかり続けてたって仕方がないし、誰かのせいにしたって仕方がない。

ポストに赤い封筒が見える。12月25日。今日はクリスマス。あれから、気持ちは少しリセットし始めてる。この年越しのタイミングは、きっと色々の節目となるのだろう。私がわからなくなったのは、大学に没頭し過ぎてたこともあるし、仕事でも胸に引っかかることがあったからだとも言える。
クリスマスカードを準備してたのに、結局、渡したのは家族である周ちゃんだけだ。書いたまま、引き出しにしまっていたのを慌てて鞄に入れて駅前の郵便局へ走った。
パリのまゆみちゃんからの手紙には、赤ちゃんのこと、大学での勉強のことが書いてあった。どういうわけか、40歳もすぎて、仲の良い友達も学へ行き、そんなことを手紙で書き合ってる。面白い。だけど、だから私たちって友達なんだろうとも思う。決めたわけでもないのに、人生の途中で互いにまた大学に入った。趣味も違えば、好きなことも違う。勿論、生活も日々の色々や食べているものだって今は違うのに。
それに、こないだフランス出張の時に、朝から電話したのは、会えなかったからだけじゃない。心細かったからだ。写真が撮れなくて苦しくて、元気がほしくて話したかった。だけど、あの朝のことについて、ポストから開いた手紙には「全然、よしみちゃん変わってないね。」って。書いてあった。それから、同じメガネかけてて、全く違う場所で生活して生きているのに、実際には長い時間会えていないのに、時空を超えて同じな気がしたって。変わってない。その言葉は嬉しかった。私は自分が変わってしまったような気がして寂しい気がしていたから。
まゆみちゃんの手紙を読んでると時々泣きそうになる。郵便局へ行く前にマックへ入って、もう一通だけ書くことにした。年寄りの多い朝のマック。ドトールでソイラテが飲みたかったけど、あっちは人気なのか忙しない。こちらはといえば、人々は決められたように、席を一つ置きで座ってて静かだ。有機的に作られたパーソナルスペースは美しいドミノみたいで心地がいい。
持ってきたカードに早速書き綴ってみたけど、、全然書ききれない。”つづく”と書いて、レシートの裏に書き続けた。それでもやっぱり全然足りない。2時間ぐらいずっと書ける。そんな気がした。冷たくなったコーヒーを流し込んで郵便局へ急いだ。
来年はちゃんと日記を書こうと決めてる。まゆみちゃんの手紙に綴られている日常に泣きそうになるのは、あまりに美しいからだと思う。人間の記憶は忘れるようにできてる。それを知ったのは大学に入ってからだけど、最近の私の日常はあまりに酷すぎる。こんなに時間を酷使したら、絶対にバチがあたる。
未来じゃなくて、今をしっかりと見たい。

15時に経堂駅でねぎと待ち合わせ。大学の時、好きなことをして生きたいと就職もせずにカフェでバイトしてた仲間のひとりだ。同じぐらいの歳の女は今、どんなことを考え、どんな風に未来を見ているんだろう。もがいてばかりいる私の日々は間違ってるんじゃないか。私の正解じゃなくて、誰かの正解も聞いてみたいと思った。
話したいことは山ほどあるし、聞きたいことも、聞いて欲しいことだって。だけど、話も途中で石井ちゃんの名前がでてから、目が合った瞬間に私たちの顔がみるみるとぐちゃぐちゃになって、気づいたら泣いていた。「ごめん。」喉を詰まらせ、言葉にならずに謝りながらも話し続けた。
私たち、きっと、ずっとこの話をしたかったんだろう。3年ぐらい経った気がする。石井ちゃんがこの世からいなくなって、時々、よく遊んだ中目の交差点で、新宿の街角でも、私のずっと前をあの細い肩が、大きなイヤリングを揺らして歩いているような気がした。「病気のこと、言わないでって言われてたから、ずっと言えなくて。」ねぎは早くから知っていたんだそうだ。
それに、ねぎは石井ちゃんの最期の時間も会いに行ったと聞いた。ぎゅっと喉の奥が抑えられるようで苦しかった。これから死ぬことが決まった人を目の前で看取ること。実際のその光景を見ることと、出来事を想像することは180度違う。世界は、美しいことも見せてくれるけれど、時に、そうじゃないことを私たちに強いることもある。それは、忘れたくても強く掴んで離してくれない。
今日は色々な話がしたかった。写真の仕事のことや大学のこと、今がその間で苦しいことも。だけど、石井ちゃんの話をしたら、なんだかどうでもいいような気がした。だって、人は死ぬんだもの。死ぬために生きてるわけじゃない。いつか死んで全部消えちゃうから、その前に楽しみたい。だから、生きてるんじゃないか。
経堂のカフェで向かい合って、空のコーヒーカップを目の前にして座る私たちは今、無力だ。だって、人は存在するかしないかで、今、この物理主義な世界の中で、会えない友人に私たちができることは一つだってない。
泣いても悲しんでも後悔しても、願っても、友人に触れることは一生できない。これは美しい思い出じゃない。いい子だった。みんなに愛されてた。それだけでもない。早すぎるとか、後悔したって仕方がない。この死は、死ぬことを教えてくれたんだった。
今日は、大事なことを思い出した。

ばかみたい、だけど気分は最高だった。周ちゃんが久しぶりの出張で、わたしはわたしを取り戻せた気がした。
昨晩、缶ビールを開けたのは夜の9時過ぎ。早朝から勉強や仕事を続けて、15時間以上座っていた。疲れた?いや、そうでもない。いつもの通りで、肩がバキバキなぐらい。ビールを飲みながら英語の続きでもやる筈だったのに、結局、英語は一文も読まずに夜中まで酒を飲み続けた。飲みかけのウィスキーだとか、少し余っていた日本酒だとか、もう捨てようと思っていたワインだとか。家中の酒を掻き集めて。
昼に映像の制作をすると、夜は目が酷く霞む。英語の論文を勉強したくても、ゲシュタルトが崩壊するみたいに、サイケデリックに世界に飛び出し溶けてゆく。それでも、いつもならデスクに向かってどうにかこうにか、あちこちに散らばった単語を拾ってまとめていくのだけど、昨日は全然だめだった。心が電池切れみたいに止まってるみたいで、なんだか、多分、。心と身体の接続が切れてるみたいだった。
酔っぱらいながら日記を書いて、インスタに写真を投稿したり、友達にLINEしたり、いつもしないことを沢山した。そして、思いの外、飲みすぎたらしく二日酔い。何やってるんだろう。溜まった仕事も、まだ読めてない英文も、請求書だって、。
けど、今日はいつもの通りにエンジンはかからない。いや、いったん、サボったのだから簡単には日常に戻りたくない気がしたし、何ならもうこのまま遠くへ行ってしまってもいいんじゃないか。そんな気さえした。
この感触は知ってる。人生に数回ぐらいの頻度でやってくるやつだ。婚約者を捨ててみたり、夢を捨ててみたり、夫を捨ててみたりしたり時と同じ。財布も持たずに、身一つでそこから思い切りに逃げ出してしまう感じの、後先考えずに、今を脱ぐように消えたくなるやつだ。
気分が悪いんじゃない。二日酔いで気持ち悪いし、身体はだるい。そうじゃない。気分は最高に近い。

すっごくつかれた。
遅すぎる短すぎる夏休みを12月も半が過ぎようとしている師走の真っ只中にとったのだけど、夫もわたしも結局半日以上は休んでなかった。悲しいことに写真なんて70枚くらいしか撮ってない。こんな日常で本当にいいのだろうか。
山の上のバンガローを借りて、温泉に入って、暖炉でひたすら火を見ながら、ずっと話してた。
仕事と勉強をするために田舎暮らしを諦めて東京に戻ってきたのに、この生活は本当にしあわせなんだろうか。私の人生は家族や友人と食卓を囲んでいれば幸せな気がしていたんだけど、最近は料理はかろうじてしてるが、満足のいく料理はできてない。
仕事だって写真だって満足にできてない。本当にこれでいいのだろうか。
梃子はどんどん歳をとっていくし、日々はどんどん勝手にすぎていく。忙しすぎる。こんな1年があってもいいと思ってたけれど、もう2.5年目だ。友達と会った回数?今年は何回だろう。片手でおさまるぐらいかもしれない。サマーバケーションは一泊二日。狂ってる。わたし、なにやってんだろう。
大学に入って、驚くほど知識が増えて、今までなら絶対に会えない人や世界にいけるようになった気がしてる。だけど、失ったものも大きい。
同じ場所にいたいと思うのに、今じゃない場所へも行きたいとおもったりもする。
なんか、すごく嫌だ。

バタバタと毎日が過ぎていく。ご飯、ちゃんと作ってない。慌ただしく日々を追いかけるように何かをとりあえず口にしている気がする。そういえば、料理家の清水さんからバスソルトをいただいた。今年の御礼にって。明日レモンのケーキでも買いにいこうと思う。
なんかよくわからないけど、気分がいい。むちゃくちゃ忙しいし、背中はバキバキだけど、勉強がぎゅうぎゅうでヤバいけど、写真が楽しくなってきた。今さらじゃなくて、きっと、今だから楽しいんだと思う。小難しい英語だとか心理学の色々ばっかりやってる中で、写真に触れる度に目が喜んでるのがわかる。辛いけど、全然きっと来年も遊べないけど、もうちょっと頑張ってみよう。それから、もうこれ以上、写真の時間は削りたくない。
実習が今日でようやく終わった。長かった2ヶ月間。今朝ずっと電車の中で考えてたけど、結局答えはでなかった。先生が「時間になったら帰っていいよ」って言ってくれたけど、帰らずに最後のカウンセリングが終わるのを待って先生と話すことにした。
私が嬉しかったのは多分、自分が必要とされたことかもしれない。少しでもどこかで自分が誰かの役に立てるんじゃないかって感じたことが素直に嬉しかった。だけど、多分、それは私の答えにはならない。だから、ここで働くのはやめた。ずっとずっと悩んでいたけど、そう決めた。先のことを考えたら、ここで働くことはメリットがあると思う。先生もそう言ってた。
だけど、別に未来のメリットのために生きてるわけじゃない。いい大学を選んどけとか、いい就職先を選んどけとか、今までだって、全部を無視してきたのは、自分じゃない誰かが言ってることが正しいかどうかよりも、どうしたって、私自身がそうしたいと思えないことをやるのは、なんだか辛かった。そういうのはどういうわけかしたくない。自分に嘘をついているみたいで嫌だ。
帰りにミオちゃんと下北の茄子おやじでカレーを食べた。それから猿田彦へ行って、コーヒーマティーニを飲んだ。ミオちゃんはノンアルのコーヒーカクテルだった。金曜日の夜にいつもの友人と街で過ごすのはいつぶりだろう。ミオちゃんは、浦島太郎な私に会うのは1年半ぶりだと言ってたけど、麻布でタコスを食べたのは、つい数ヶ月前のことのような気もした。大学に入ってからの日々の記憶がほとんどない。
最近流行ってるプリクラがあるんだと教えてくれて、途中でプリクラを撮った。どうでもいいことで過呼吸になるぐらいに笑うのは最高だった。それに、私の近況について「死にそうだ」と伝えたら、私らしいというか、どうしていつもよしみちゃんは苦しい方ばっかりを選ぶんだって笑ってた。ミオちゃんはずっと推しの話をしてた。明日は推しの祭典らしく、着ていく服がないんだそうだ。
なんだろう。あっという間に時間は過ぎて、今日は殆ど勉強も仕事もしてないんだけど、なんだろう。何もしてない、朝からクリニックで実習しかしてないんだけど、夜に友達と昔のいつもみたいな夜を過ごしただけなんだけど、なんだろう。ずっと、ここしばらくの間、失いかけてた、いや忘れかけてた自分に会えたような気がした。
多分、もう私はぐちゃぐちゃじゃない。病院では働かないと決めた。心理学はもっと勉強したいことがあるからやめないし、院試も挑戦する。それから、もう、違うと思う写真はやらなくていいし、そうだと思う写真をやろう。


昨晩、夕飯を食べながら周ちゃんに「もう12月だってよ!」と言うと、「今年1年どうだった?」と、返ってきた。「不安ばっかりだよ。」と言ったのに、周ちゃんは嬉しそうな顔をしてる。
大学はもうすぐ卒業する。実習も今週で最後だ。先々週、心理士の先生が「うちで働いていいって、院長先生が言ってたよ。」と言ってくれたけど、正直、自分の気持ちがよくわからない。先生は、臨床を経験してみたらいいんじゃないかって勧めてくれて、その通りかもしれないとも思った。けど、本当にいいんだろうか。不安でしかない。
それに、。写真だって、全然、まだまだ今のままじゃダメだと思う。ワガママが言いたいわけじゃないけど、仕事には仕事の写真があることもわかってるけれど、そうじゃなくて、いい写真が見たいとか、いい写真に出会えると信じてる自分がいる。どうしていいかわからないけれど、諦めきれない。
ただ、ひとつ。最近になって思うことがある。今がぐちゃぐちゃであろうとも、それとは別に、ここは平和だ。限りなくどこまで行ってもきっと、今日と同じ明日が、また明後日も、そしてその次もと続いてくれそうな気がしてる。世界はいつだって連続の続きではない筈なのに。
周ちゃんと家族になってもうすぐ3年。1年目、2年目と、それなりに色々なことがあったし、新しい結婚の形みたいなものをずっと模索してきた。というか、愛みたいなものに飽き飽きしてる私にとって、この結婚がなんの為のものなのか、正直わからないまま籍をいれたから、どこかにいつかは着地したいと願っていた。だけど、結局、その新しい形は見つからないままに、3年目に突入し、新しい家に引っ越して今年も終わる。
ダイニングテーブルは、左側が周ちゃんで中央が私の席。ベッドは左が周ちゃんで右が私の枕。風呂は私が先で時々周ちゃんが先に入る。料理は私が作って周ちゃんが洗う。パズルみたいに、綺麗に日々の中に私たちは収まり、大学のレポートに苦しんだ日も、思うように写真が撮れなくて泣いた日も、年始に姉と大喧嘩した日だって、いつもと変わらない今日のように寝床へついた。周ちゃんは左で私が右の枕で。
最近の私は弱いと思う。人に強く言われることが増えた気がする。ほんの数年前は無かったことだ。けど、言い返さないし、言われっぱなしでいいと思ってる。憎みもしない。心理学を勉強するようになってからそうしたくなった。それから、弱くなった自分に加えて出来ないことも増えた。数年前までは、写真さえ撮っていれば、それで食べていられるのならば、何も怖くないと信じていた。だけど、今は、写真も全然撮れないと思うようになったし、世界は写真だけじゃないことの方がずっと多くて、その中で自分が生きてるんだということを知った。そしたら、出来ないことが増えた。だけど、だから、私には曖昧という選択肢が残されたこともわかってる。
今は、頑張れば頑張るほどに、色々な世界を知らされるし、私はどんどんぐちゃぐちゃになってゆく。だけど、私が混色雑多で混ざりに混ぜられてしまっても、今日も横には梃子と周ちゃんがいる。ここが私の家で、「家族」というもの、みたいだった。
そして、どんな日でも、それが最悪でも、最低でも、最高だったとしても、「家族」は隣にいる。そして私は、ただただ、今日も、いつもと同じように前に進めるようになった。
弱くてもぜんぜん駄目でも世界が広がってゆく一方でも、心は不安でいっぱいでも、前に知らない場所へ、先へ。



今日は朝からドライブ。仕事も勉強も手につかなかった。なんだかよくわからないけど、急にいろいろが不安になった。昨日は昨日で、死んだように寝ちゃったし、わたし、どうなってるんだろうか。
とりあえず、やっとけばいいのに。気持ちに蓋をして、何食わぬ顔をして、目の前のことに手をつけることができないのは、性分だってことぐらいわかってる。どうしたって、いつまで経っても大人になれない。いや、馬鹿なんだろう。ほんとうに大馬鹿だと思う。そんなことをやって、誰が困るって、わたしが困るんだから。仕事も勉強も1時間だって無駄にできないはずなのに。だけど、できないものはできない。頭がぐちゃぐちゃだった。
逃げるように家から飛び出して、マックのドライブスルーで朝食を買い大きな公園まで車を走らせた。隣には周ちゃん、そして膝の上に梃子がいる。最近少し思うことがある。今の生活になってからもうすぐ3年も経とうとしてるのに、未だに時々、どこが今なのかわからなくなる時がある。けど、鏡をみて法令線を見て、そうかって気づく。時間はちゃんと進んでるんだったって。どこかでずっと一人でいたかったと思うわたしがいる。周ちゃんがどうとか、結婚がどうとかじゃなくて、世田谷の部屋で一人で静かにずっとずっと。それから、たぶん、寂しいのが好きだった。
日曜日の朝の公園は清々しい。犬を連れて散歩が来てる人が沢山いた。周ちゃんに話を聞いて貰ったけど、正直答えはわからなかった。何がやりたいとか、どこかへ行きたいとか、本当にそうなんだろうかって考えたら、実際のところ、本当の答えなんてないんじゃないかって。
それに、実習に行き始めて思うことや、写真の仕事の中で思うことが、ぐちゃぐちゃだ。もつれたコードみたいに完全に混線してる。先生がカウンセリングの中で患者に言った言葉が遠くでループしつづけてる。それって私のこと?私は病気じゃないけど、まるで私のことだった。
だけど、、いや、みんな同じってことかもしれない。もしかしたら、楽して生きれる人は一握りで、生きづらさを抱えながら生きてる人の方が多い。そんな風にも聞こえた。大きな音に敏感になってしまうとか、人の強い言動が耳から離れないとか、電話に出れない、綺麗に片付けなきゃ気が済まないとか、人混みが苦手、満員電車がイヤだとかもそう。小さな小さな生きづらさが毎日には結構たくさんある。それを避けてきたら、今に辿り着いた。それだけのこと。
周ちゃんは遠回りでもいいんじゃないって言ってくれた。だけど、もしかしたら、もうおばさんだし、真っ直ぐと歩く方、避けてきた道を怖かった方を選んでみてもいいのかなとも話した。
疲れた。頭の中にあたらしい何かがどんどん入ってくる感じだ。今日は早く寝よう。

毎日らしい日々がやってきた。出張から帰って何日経っただろうか。とりあえず、きちんと実習も行けたし、試験も3つ終えた。壊れた三脚の修理だとか、積み重なった書類を整理したり、ダウンロードの期限が切れてしまったことを謝罪したりなんかした。
今回の出張は本当に辛かった。こんなに辛いことある?ってくらいに忙しくて、体調は最悪だったし、精神的にも追い詰められたし、写真が思うように撮れなかったことや、もっともっと撮りたいと思ったことも辛かった。こんなことならもう写真の仕事はやめた方がいいんじゃないか。そんなことまで考えたりもしたけど、結局のところ、3日目あたりにようやく携帯をwifiに繋げて周ちゃんとLINE電話できて、5日目の夜にパリのまゆみちゃんに連絡して翌朝も電話してって、家族や友人に吐き出すように沢山の気持ちを聞いてもらったら、今度は逆に、最悪な状況なのに最高だな、なんて気持ちにもなった。
そして、彼等のおかげで「大丈夫。」って、よくわからないけど、強く、何度も「大丈夫。」って思えた。最悪だからこそ、何が大事で何が好きで何がしたくて、どう生きていきたいとか、優しくありたいとか、これから勉強したいことも、撮りたいものも、誰に会いたいとか、何処へ行きたいとか、くっきりと見えてきたようだった。
帰国する数時間前に、初めてのフリータイムを貰って、一台だけカメラをバックパックに入れて歩きはじめたけど、目はかすむし、頭はガンガンするし、疲労で自律神経がヤられてるから吐き気も止まらない。だけど、ほんの1時間だけでも、何も考えずに撮った写真は写真らしい写真で嬉しかった。
そういえば、出張に出る前、もう仕事も大学もだめかもって周ちゃんに愚痴をこぼして車を当てもなく走らせた午後があった。あの日と1ミリだって私は変わってないけど、今の私はなんだかいい。
だから、沢山を見つられたこの旅は、きっとよかったんだと思う。

今日も朝からだるい。昨日よりはずっと良くなったのだけど、少しずつだなって感じだ。周ちゃんの病院の送り迎えはタクシーで行ってもらうことにした。朝から少し仕事を片付けて、午後は出張の準備と足らないものを買いに行ったり、出張中の食材を買いに行ったりした。
何をするにもスローペースなものだから、気づいたら夕方になっていた。だけど、これでいいのかなって気もした。今までがあまりに急ぎすぎていたんだと思う。レジに並ぶ1分1秒でさえ勿体無かったし、3分待たされるようなことがあれば、勉強だとか仕事をし始めた。ただ歩くのだって勿体無いからと、英語学習や勉強系のyoutubeを聞いたり。
夕飯も作るのが億劫になって、考えるのも辛かったけれど、今日は久しぶりに何も考えずに作れた。そして、まゆみちゃんへの手紙を書いて、また少しだけ仕事をして寝ることにした。もう、夜な夜な仕事をするのはやめたいから少しだけ。
手紙には、明日から出張なのに、こんなんで大丈夫だろうか。と、何度も書いていた。だけど、きっと大丈夫。そう信じてる。心身ともに、少しずつ回復してる。
たぶん、きっとぷつりと糸が切れた。
「今日は1日やすみにしよう。」
朝にベッドで周ちゃんが言ってくれた言葉は正解だったとおもう。適当に着替えて代官山まで車を走らせた。帰りはサミットでパンや食材を買って車の中で食べながら帰宅した。
「まるで中二だよね」「そうだね。」って、周ちゃんが言った。本当にその通りだ。いまだに色々が悔しかったり、いまだに色々が悲しかったり、いまだにまだまだ見つかってないと思ってる自分がいる。もう40歳もすぎたら、だいぶを悟ってもいい気がするのに。自分に期待してる?とは少し違う。ただ、腹の虫が収まらないというか、。いや、喉につっかえた小骨のように、いや、あの時にシャッターを押しておけばよかったのにと後悔する感じと同じだ。
なんだかわからない。周ちゃんは、疲れてるからだと言うけど、それすらもわからない。来週からの出張はちょうど良かった、きっと。沢山の今から離れて、いろいろと考えてみようと思う。


昨年に体調を崩してホルモンの薬を飲み始めてから、この身体は男になった気がしてる。どれが本当の生理でどれが本当の生理じゃないか、今はもうわからない。だって、女の波瀾万丈な毎月の色々がない。イライラもしなければ不安になったりもしないし、やけに高揚感が溢れたりも、無性にセックスがしたいとも思わなくなった。それは、ちょっと不気味な気もするけれど、なんだかまるで、この体が別の何か、たとえば人形を羽織ってるかのよう。
だけど、今日は久しぶりに違かった。朝から無性に不安になって、肩をぶつけた鏡に泣きそうになった。痛いんじゃない。肩ぐらいぶつけることなんて幾らだってある。なんだか、悲しくて悲しい、ぐちゃぐちゃなんだ。とりあえずと思ってコンビニに濃いめのコーヒーを買いにいく。いや、違うよ、全然美味しくないもの。今日はやっぱり不安で仕方がない。車で海でも行く?いや、違う。髪を切ろう。なんか、私だめだ。
けど、今日は周ちゃんの病院の見舞いの約束もしてるし、大学へ本を返さなきゃいけない。あ、瞳ちゃん。時間はまだ7am。何も考えずに瞳ちゃんにLINEした。昨年のアメリカのお土産をまだ渡せてないし、こないだオイルを送ってもらって、その瓶もお返ししたい。直ぐに返事があって、青山でランチをすることになった。美容院はその前に原宿で切ることにした。今日はいつもと違う髪型にしよう。
何を話したんだか、いっぱい話したいことはあるけれど、色々を話した。大体は最近のことで、あとは勉強のこととか。私は、やっぱりなんだかどうして進学するのか理由が見つけられなくて不安だった。未来のことを考えて行動したことなんて今まで一度だってなかったのに、今もそれほど考えてはないけど、急に昨日から不安になった。周ちゃんの手術を執刀した先生からの電話が予定よりも遅くにきたからだろうか。全部が一緒にごった混ぜになって不安だった。
大事な日の前日は、たまたまかもしれないけど、瞳ちゃんに会うことが多い。別に、特にその事について話したり、応援してと頼むわけでもないけれど、そんなことを考えながらお茶なんかを飲んでる。青山あたりで。そして、じゃあね。と言って笑顔で別れる。今日もなみなみと注いだワインみたいに、たっぷりになって電車に乗りこんだ。
やっぱりやろう。落ちることが怖いんじゃなくて、頑張った先に何かを見つけようとしてるから怖いだけだ。別に私は今のままで十分に幸せだし、欲しいものといえば、書斎にVernerPantonの7万の照明を買いたいぐらい。とってもお安い人生である。
さ、頑張ろう。いいとか悪いはやってみないとわからないし、嫌ならいつだって好きにやめたらいいこと。だって、私の人生だもの。それに、やる前から不安だなんて、妄想も過ぎてる。

特別なことじゃなくて、普通の毎日でいいと思う。今は、どういうわけか、40にもなって大学に入って、これから院試まで目指そうと決めたけれど、正直、なんでもいいなとも思う。今月は頭の中がぐちゃぐちゃだ。大学の卒業が見えてきたと思ったら、写真のことも仕事のことも色々が棚からバサバサと音とたてて落ちてくる本みたいで、私は今、その中に埋もれてる。
ちょっと前に周ちゃんに話したら、嫌そうな顔をしてたけど、母数の多い場所にいたいと思う日がある。東京にいる人々のことを、帰国した姉だとかはみんな瓜二つだと言うけれど、確かに田舎者の集まりの東京は同じものを求めてる人が集まる場所だ。だから、同じになるのは自然なこと。何かが流行ればみんなその場所に行きそれを食べそれを着る。けど、それが私は案外好きだ。出来るだけ多くの母数の中で共に安全に暮らしたい。奇抜なものは全部、ピンで抜き去って丸くつるつるになればいい。
周ちゃんは今日から入院。周ちゃんは家にいないともっと好きになる。

土曜日らしい土曜日というか、久しぶりに午後はデスクを離れて、砧にあるペットのコジマと、そのちょっと先にある無印に、母に送ると約束してたアロマデュフューザーを買いに、周ちゃんと車で出かけた。
運転しながら何度、わたしは怖いと言ったんだろう。周ちゃんは、「全然、十分に普通にできてるよ。」と何度も言ってくれた。免許をとってから2年が経つのに、いまだに車の運転が怖い。運転は好きだけど怖い。
こないだ大学の授業中に「色々が気になって仕方がない。」と、ロールプレイング中にぽろっとこぼすと、施設で働いているとゆう少し歳上の女性が不憫そうな顔をした。
怖いことは昔よりもずっと減ったのに、あれ以来、敏感になってしまった。本当に些細なことでも気になったり気づいたりしてしまう。電車で隣に座った男の挙動や言動で、あ、この人はもしかしたら。と病名まで探る始末だ。
それがいいのか悪いのかわからないけれど、とにかく怖いことが増えると心が忙しない。だけど、気づくという行為は、写真の仕事にはとてもいいと思うし、心理の仕事についてもとても役立つとおもう。だけど、過剰に感知するセンサーは日常には必要ない。まったく、要らない。
帰りは、祖師ヶ谷大蔵にあるシスマへ茜ちゃんに会いに行った。最後に会ったのは、やっちゃんと店へ遊びに行ったときで、サーモンピンクのコーデュロイのパンツを買った。あの時は確か離婚した直後の秋だった。あの服は気に入って買ったのだけど、当時の私はとにかく、なんだかずっと足らない気がして、よく買い物をしていた。
茜ちゃんは確か長野へ移り住むと言ってたけど、家庭の事情で東京に残ることになって、新店舗も計画してると、数週間前にやっちゃんに聞いていた。そういえば、私の離婚もやっちゃんの口から茜ちゃんに話してるようだった。だからか、敢えてその話はしなかった。私のことは私の口から話したいし、相手のことも相手の口から聞きたいと思ったから。
帰宅してから、”スノーショベリングの中村さんとタコスたべよ!”ってLINEした。あかねちゃんと話したい。相変わらず笑顔が素敵だった。中村さんはここ数年の私のさまざまな珍道中のことは1mmも知らない。ただ、いつだったか、夢に3年前に他界した石井ちゃんがでてきて、そのことだけ伝えた。元気だったよって。
夕飯のバクテーは料理家の野村さんのスパイスで作ったもの。バクテーには白バクと黒バクがあるらしく、これは黒バクだった。


予備校からのメール。一気に気持ちが落ち込んだ。何食わぬ顔をして今日を過ごしてるけど、やっぱり落ち込んでる。
山若くんなにやってんだろう。今日は新宿のスタジオ。山若くん家の近くだ。窓の外の青い空とぼこぼこと立ち並ぶビルを見ながら思った。
“今日は外で打ち合わせあるから、夕方なら。” と、LINEからの返答。私が田舎に移り住んでから、全然友達に会わなくなった。一度、山若くんとふみえさんが写真合宿とそうして、泊まりにきてくれた。あれは、もう2年前の夏のこと。
寂しいな。寂しいときは友達に会いたくなる。あ、広瀬さんなにやってるかな。写真の話がしたい。
写真家の広瀬さんは、最近何を撮ってるのかしらない。こないだ川内倫子さんが、広瀬さんには家を教えてくれないって話をしてた。広瀬さん、川内さんと友達なのか。今や世界的なアーティストだけど、二子玉に住んでたと、昔、何かで読んでから、親近感がある。
広瀬さんもやっぱり忙しいとのことで、今度、夜にしようって。
夜に余ったワインに炭酸を入れて呑んだ。周ちゃんと、結構長いこと話した。不安だと、受験はやっぱりやめようか、と、泣き言を並べた。だけど、大学に入れたことだけでも奇跡だとも伝えた。それに、卒業だって、絶対にわたしの学力じゃ無理だと思っていたけど、このまま行けば春には卒業できることも。
私は今のままで十分に幸せで満足してる。だから、別に落ちたっていいんだった。研究してみたいことがある。大学院へ行ってみたい。私の頭で入れなかったら、それはそれでもいい。だって、今のままでも満足してるんだもの。じゃあ、やってみよう。院試、やっぱり止めないって伝えた。

「アキレス腱断裂してたみたいで、手術するか、保存療法だって。たいしたことないらしいのだけど、、保存療法でも治るみたいだから、保存療法にしようかなと思う。」
病院に出かけた周ちゃんからの電話。労災でるなら手術がいいよ。ちゃちゃっと治したら?と伝えると、
「う、うん」って。
北京で断裂したアキレス腱の手術は来週の火曜日。「過信するな」と、帰国する前日に送ったわたしのLINEが哀しいことに予告となった。
もちろん今週と再来週の出張もとんだ。冬のNY出張の話も、新しいプロジェクトもきっと全部とんじゃうのだろう。さぞ、悔しかろう。
身体と心は繋がってると言うけれど、それは、まったく平等な関係じゃない。どちらかと言えば、身体の方が素直で正しい。大学で心理を勉強しはじめてよくよくわかった。身体には限界があるのに、人の心は強い。時に、驚くほどに強くなったりもする。
けど、だから、一番近くにいる者が、見ていてあげる必要があるんだとおもう。例えば、自分とか。
わたしを幸せにしてくれるのはわたしだと、わたしは思う。逆に言えば、わたしを不幸にするのもわたしだ。
「過信するな」ってのは、身体のことというより、こころの話だった。そんなことは敢えて伝えないけれど、本人が一番きっとわかってるはず。わたしたちは、悲しいかな、どこまで強くなれてしまう生き物。だけど、べつに強くならなくたって、十分幸せになれる生き物だなとわたしはおもう。


周ちゃんが出張から帰宅。今日は手巻き寿司。


昼はゆうや君と三宿のスタジオで撮影して、帰りに渋谷駅で偶然ミオちゃんに会った。友達が生活の中にいるのは、東京らしくて懐かしい感じがした。けど、田舎暮らしが恋しい。引っ越して1ヶ月。ここは、とにかく便利だけど、やっぱり田舎暮らしに比べると味気なくて、平坦だ。簡単に何かに迷ったり、簡単に挫けたり、簡単に萎れてしまったり、そうやって、色々を誰かや何かのせいにできちゃうのが東京だったよなと思い出した。
今日のスタジオは前住んでいた家のすぐ近く。渋谷からも歩いて帰れる場所で、中目黒や三茶へもよく歩いた。梃子と毎朝散歩した道や、いつも行くスーパー、図書館、ジョギングしていた公園に、今とは違う家族との生活の沢山がある街。だから何ってわけじゃないけど、特別に何かを想うわけでもなく、怯えるわけでもない。散々なこともあったけれど、ここで幸せに暮らしていた時期も会った。誰も知らないような小さな店も知ってるし、住んでる人しか通らないような道も知ってる。
久しぶりのゆうや君もミオちゃんも元気だった。会えて嬉しかった。