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ほうれん草のおひたし

Journal 03.11,2022

今日は祝日。昨晩帰りが遅かったので朝はゆっくりと起きた。昨日はレストランで、帰りの電車で、お風呂の中で周ちゃんと沢山の話をした。まるで数週間の色々を取り戻すみたいに互いに互いの傷を癒やし合った。

私はいつからか必死になっていた。穏やかな湖畔でぽちゃぽちゃと水遊びをしてるつもりが、鋭利な言葉で周ちゃんを傷つけることを覚えていた。理由は沢山あるけど、こんな自分は嫌い。私には私の苦しみがあったけど、周ちゃんの心の声を聞いてから、やっぱり虚しかった。どんな理由があるにせよ、人を傷つけることは辛い。

昨晩に周ちゃんに新しい歳の抱負を聞かれたけど、みっつめは言わなかった。ひとつめ、車の運転が上手になること。ふたつめ、穏やかな心でいること。みっつめ、大切な人を傷つけないこと。口に出したら私への約束の効力がなくなってしまいそうで言いたくなかった。

一昨日に出した大学の心理学科の履修科目生の願書。人生二度目の大学生。授業は来月と再来月。楽しみだな。この1年はきっと新しい1年になる。結婚を機に色々がガラリと変わったけど、今年はもっと変わりたい。前のように色々はもう要らないし、急いだり焦ったりも必要ない。遠くへ行きたいとか、多くを望みたいとも思わない。今持っているものを十分に大切にしたい。私が出来ることを丁寧にしくしくとやりたい。


ワタナベマキさんのお浸し
カボス
ほうれん草
麺つゆ

お浸しにカボスを薄くスライスして液に浸し冷やす。

モモ

Journal 01.11,2022

明日は誕生日。離婚した時、これから、誕生日は一人でいようと決めた。私は私を大切にしよう。誰かに幸せにしてもらうのではなく、私のために自分で買ったケーキのローソクには自ら火を灯し、自ら消したい。幸せは与えて貰うものじゃない。あれだけ固く誓った筈なのに、夜は周ちゃんとご飯を食べることになった。一人でいたい、とは言えなかった。それに、やっぱり周ちゃんといたかった。なんだかそれは情けないような、嬉しくもあるような。

昨年の明後日に周ちゃんに出会った。まさかその人の子供を妊娠するなんて思わなかったし、その人の姓を名乗るとも全く想像してなかった。人生って可笑しいくらいに、自由気まま。身勝手すぎる。もっと落ちついてくれないものか。松陰神社駅から歩いて30秒の56平米の一人には広すぎるマンションで、テントを3つくらい立てられるようなベランダで悠々自適に今日も過ごしているはずだった。予定では、時々デートしてセックスしてバイバイするくらいの丁度いい距離感の男と付き合っていて、その人の未来なんて私には関係ない。勿論、明日の誕生日だって一人で過ごすつもりだった。

あの部屋が大好きだったのに、どうしてこんな田舎に引っ越してしまったのか、時々、ふと考えることがある。今日の帰り道だってそう。バスに揺られながら、私は一体何やってんだろうと思った。田舎暮らしは夢だったけど、本当にこれで良かったのかわからない。田舎での暮らしは想像以上に素敵ではあったけど、想像もしていないような不便さや大変さもあった。知らなかった世界を体験出来て、楽しい想いも十分にして、何を今更とも思うけれど、冷静にぼんやりと窓の外の景色が変わっていくのを見ながら思う。今、私は本当に幸せなんだろうか。離婚の時もだけど、結婚もそう。なんだかそんなに頑張ってない。もちろん、上手くいくようにと小さく努めた事は山程あるけど、もう決まってるレシピのようだった。そうしないと美味しくならないような。だけど、今日は美味しくない。周ちゃんとの生活がなんだかやっぱり上手くいってない。

新宿のギャップでクリスマスらしいパジャマを買って、周ちゃんに似合いそうなチェックのパジャマも一緒に買った。昼に久しぶりに瞳ちゃんと表参道でランチして、少し落ち着いた気がする。

幸せって一体なんなんだろう。周ちゃんとはずっと一緒にいたい。だけど、私が十分に今幸せかと言ったら、そうじゃない。思い通りにいかないのが人生だとか言うけど、じゃあ、人生は苦しむ為にあるんだろうか。ベッドに入ってから周ちゃんと話をした。ここ最近のこと、なんだか上手くいってないこと。小さいことは沢山あるけど、きっと妊娠から始まった。周ちゃんは怒ることも、怒られることも苦手。人の怒りに弱い。そして、それを避ける。私は気持ちが溢れてくるのを止められない。わかってるのに止められないし、それが私の生きる衝動にもなったりする。優しい気持ちも悲しい気持ちも、周ちゃんが世界で一番恐れてる、怒りという感情も全部綺麗に吐き出してしまう。

「その、妊娠の時のいつのことを言うんだろう。治したいと思うから具体的に教えてくれないかな。」「周ちゃん、何日の何時何秒みたいな話は無理だよ。感情の話なんだから。私が伝えたいのは、根本的な心の話。行動はその先にあるもの。私の目的は怒ることじゃないし、怒りたくて怒ってるわけでもない。だけど、周ちゃんが怒りが苦手だからと周ちゃんの感情から逃れることは、私からも避ける事を意味するんだよ。」

私達は突然に出会って突然に結婚した。歩んできた人生が全く異なる二人が生活を始めて、上手くいかない方が普通だと思う。価値観は別に合わせなくていいし、それぞれが持っているものを否定したり、強要したりする必要もない。このままでいい。合わないままでいい。だけど、今、私達が一緒にここにいるなら、向き合わないと苦しくなる。塩辛い味噌汁を、「大丈夫だよ、美味しいよ。」と言うくらいなら別にいいけど、とても悲しいのに大丈夫とか、とても苦しいのに気にしないでとか、とても怒ってるのに笑顔でいるとか、そんな事しないでいい。嬉しかったり、優しい気持ちになったりするのと同様、感情は私達の身体と同じ、大切なもの。

どれくらいかわからないけど、しばらくベッドで話した。じゃあ、別々に暮らそう。そんな話は出なかった。自分の努力が間違ってたとか、俺のエゴだったんだとか、周ちゃんから放たれる言葉は悲しみを帯びていたけど、私が苦しかった事を伝えた現実にショックだったんだろう。だけど、そうじゃないよと何度も伝えた。私達は互いに新しい生活の為にそれぞれが出来る事を努めたけど、価値観が合わなかった事も決して悪いことではなくて、問題は今苦しい感情がここにあること。それを解決する為に、過去を悪く言ったり、自分を責める必要なんてない。幸せになる為にやってきたことで、失敗だってある。そんな事よりも、今、気持ちが互いに苦しい事を、今までとは違うやり方で変えていく必要がある。私達は別々の身体を持った生き物なのだから、家族だからといって無理矢理一つにならなくていい。このまま別々であることを楽しみたい。そして、ちゃんと笑っていたい。直ぐに色々を変えるのは難しいけど、生活を少し変えてみようと約束した。

夕飯はモモ。周ちゃんが作った。私の苦手な肉たっぷりのシュウマイみたいなモモで、味の濃いミントのアチャールをたっぷり乗せて3つだけ食べた。

10月31日

Journal 31.10,2022

北海道から帰ってから、バタバタと撮影が続いてる。今日は編集の柿本さんと。柿本さん、本当に好きだな。RiCEの時もそうだけど、一緒に仕事をしていて楽しいと胸がほくほくとしてくる。話してる事がすぅーっと美味しいジュースみたいに自然に馴染んで、どうかしたらもっとほしいと思うくらいに身体の中へと入ってくる。勿論、それは、編集のキャリアがあるからなんだろうけど、それだけじゃない。人柄だったり、他愛もない小さなお喋り一つにしても楽しい。歳は私よりもずっと年上。高校生の娘がいるのだとか。来年に留学するみたいで、その話をしている柿本さんはすっごく可愛かった。私も早くに娘を産んで、こんな風に仕事場で娘の話をしてみたかったなんて羨ましくも思ったりもした。

最近少し疲れてる。周ちゃんとは上手くいってるようないってないような。一緒にいると疲れる。好きとかきらいとかは関係ない、ただ生活がうまく回ってない。

10月23日

Journal 23.10,2022

朝から頭が3つあるみたいに忙しかった。仕事、月末の請求書の作成、来週の撮影の機材の準備、旅に持っていく機材の手配、モニターのキャリブレーション、機材の掃除、返信していないメール、週末にやろうと溜めていた色々。うんざりする。それに併せて連日の撮影でほどよく疲労も溜まっていたし、周ちゃんとは忙しくて話す時間を作ってない。色々を早朝から同時進行で進めてみるも、時間ばかりが過ぎてゆく。夕飯は近所に住んでるキュレーターの高橋くん家でご飯の約束をしてるのに。

周ちゃんに高橋くん家に持っていくお土産を駅前で買ってねと頼み、後から自転車で向かった。頭がすっぽり抜けて何処かへ行ってしまいそう。まだ、あれもこれも終わってない。

周ちゃんと高橋くんはキュレーションのなんたらをまるで科学みたいな言葉を使って話していた。洒落たキッチンで泡まみれになった手でそれを事細かく論ずる高橋くんと、高橋くんに頼まれてニンニクを切りながら、さらに解いていこうとする周ちゃん。キッチンではなく、実験室に見えた。流し場にあるパスタはすっかり茹で上がってる。こうゆう場面に出会うと、私達は違う場所で生きてきたんだなと改めて実感するし、周ちゃんがずっと遠いい人かのようにも感じる。

誰だったかに、学芸員と何処で出会うの?と聞かれた事があったけど、確かに本屋で同じ本を手にすることもなければ、私がハンカチを落とすような街を学芸員が歩くことはきっとない。きっと彼等は、ミュージアムや、アートに纏わる場所で静かに鑑賞してる。勝手な想像だけれど。周ちゃんに限っては、全く異なる土地で生きてきたし、趣味も遊びも違う。ただ、生き方みたいな、大きく言って根本的なところだけが似てる。

周ちゃんがトイレに言ってる間に「実は喧嘩してるんだよ〜」と、こそっと高橋くんに言った。そこから、結婚ってなんだろうね、みたいな話になったけど、疲れ切ってる私にはただ、もう脱ぎたいとしか思えなかった。

ウェットスーツみたいに重くなったものを脱ぎ捨て、すっぽんぽんで抱き合いたい。今は結婚の意味なんかどうでもいい。

10月13日

Journal 13.10,2022

のむらさんからメールがあった。シェフインレジデンスの件と、流産のこと。僕らは男だからよしみさんの気持ちがわからないけどって書いてあったけれど、男も女も同じだよとも思った。私だって、のむらさん側に数ヶ月前までいたのだもの。だって、私という女の身体はどうやら妊娠するらしいという事を頭では知ってはいたけど、それは知っていただけで、実際に本当にそうなんだか知らなかったから。妊娠して、妊娠が想像しているものと全く違うものであり、それが妊娠だという事らしくて、そこに命があるんだと知り、私も母という女の身体から産まれたんだと具体的に想像することが出来た。これは女の特権かもしれないけれど、男がいないと妊娠は出来ない。だからって、同性愛者なのむらさんがそれを経験出来ないわけでも無い気もした。だって私達自身がそうやって産まれたんだもの。もう記憶にはないけど、現実であり事実。だからというか、産まれてくることが、簡単そうですごく難しい事を妊娠という経験を経て知った事をメールで書いた。ここに生きているだけでどうやら奇跡らしいという事も。

“もう自分の中で整理できてるなら、やるだけですよ。” 夕方、渋谷だとか銀座を歩きながら映像の大場さんとLINEした。ここ数日、大場さんとLINEしてる。大場さんのパソコンが壊れたらしく、仕事を手伝うの手伝わないのって話の流れで私の仕事の話を相談した。なかなか厄介な仕事の話なのに、丁寧に長い時間をかけて聞いてくれた。そして、大場さんはクリエイティブに期待してないと言った。そこまで言い切れるなんて、とも思ったけれど、だけど、そうだよなとも思った。裏切られたと想う度に色々が疲れてしまうし、誰かを嫌いになることはすごく傷つく。大場さんの発する言葉は私と真逆だったけれど、まるで同じだ。そして、やっぱり大場さんという人が好きだなと思った。信じたい、そして傷つくのが嫌だからこそ、期待しないようにしてるんだろう。

仕事がすごく好きだし、一緒に仕事をしている人も好きになりたい。誰かだけが喜ぶことじゃなくて、きちんと強度のあるものを作り、作っているチームもしっかりと楽しむ。大場さんとの話で私が望むことがよくわかった。これから始まる新しい案件がある。自分の人生にとってきっと大きな経験のひとつになると思う。大切に丁寧にきちんと、想いを込めてしたいと改めて思った。今回の仕事を経て、大場さんと話して心からそうしようと誓った。

大場さんに相談できて良かったな。「だから、そんな仕事を請けるのが悪い。」と最後まで冷たい言葉をかけてくる大場さんの全てが大場さんの愛に聞こえる。

夕飯

Journal 11.10,2022

二週間ぶりの病院。あっという間だった。嘘みたいに時間が経った。休み明けだからか1時間待っても全く呼ばれる気配が無い。広い待合室でRiCEの最新号を読んだ。いつものように成田さんからのお手紙付き献本。届く度に少しワクワクする。もうずっと前にクリスマスは終えたのだけど、子供の頃みたいな感じ。自分宛てに届いたとっておきのギフトみたいに嬉しくなる。

よしもとばななさんのコラム。全身を撫でられる猫みたいな気分だった。つい2年前まで本を全く読まない私だったけど、ばななさんのうたかた/サンクチュアリだけは気に入って何度も読んだ。いつだったか年上のADの方に「もっとガツガツとレストランに出入りしてシェフと仲良くなったり、もっと流行りの食をチェックしたりした方がいいよ。」と説教された事があった。自分の不甲斐なさに心を少し痛めたりもしたけど、一番引っかかっていたのは、そういう事を望んでいなかったこと。料理を撮るのは好きだけど、自分の塩梅以上は要らない。求められたら仕事だから撮るけど、それで終わりでいい。頂点がいつも誰にとっても素晴らしいとは限らないし、私がそう言ってる。全然望んでない。それよりも、私の望む食卓やキッチンや料理がちゃんとある。ばななさんもコラムの中で、なんだか食に人並みに関心がなくて自分が情けなくなってしまう、だけど、自分には自分がいいと思う食べ方や食の好みがあるから仕方ない。それは変えられないものだからと書いてあった。そこまでいいレストランを予約もしないし、自分の食欲が満たされる程度の美味しさがあれば十分。寧ろそれでいいと。

本当のところ、みんなと同じ様に話題のレストランをチェックできない自分のことを今だって残念に思ってる。料理写真を撮ってるのに、全く世の食の流行りを知らない。普通ならば、料理写真家はグルメだったり、色々な美味しいレストランを知ってる。あそこのレストランが、あそこのシェフがみたいな話に仕事中になっても、見栄を張っても仕方がないし、堂々とちんぷんかんぷんだという顔をしてる。だから、なんだかすごく嬉しかった。それに今回のRiCEも、家での食卓。成田さんが考えてオファーしてくれた仕事。

術後の経過も良かった。口の悪い怖い先生じゃなくて、一番好きな優しい先生だった。「もし、赤ちゃん急ぐならば、次の生理から妊活初めて大丈夫ですよ。」先生は私の年齢に気を使って言ってくれてるようだった。だけど、きっと身体も順調って事なんだろうなと思った。とにかく再手術だとか、何か問題があるとか、そういう知らせじゃなくて良かった。ようやく呪縛が解けたような気分。もしくは、雪どけのような。

夕飯はなんだか男飯って感じだった。もう作るのも疲れていたから、周ちゃんがホルモンを買ってきてくれて、おひたしを作ってくれた。

夕飯
ご飯
大根と玉ねぎ、ニラの味噌汁
ホルモン炒め
撮影で作った失敗した春巻
小松菜のおひたし
納豆

晩酌

Journal 10.10,2022

今日は祝日。周ちゃんにお願いした。「また日曜日を始めたいの。」結婚する前からお願いしてる。日曜日。どうかお互いにとって自由な日でありたい。コーヒーは飲む?洗濯するね。庭の掃除しなきゃ。トイレットペーパーがもうすぐ切れるよ。夕飯はどうする?
結婚も家事も仕事も全部。私だってしない日。約束も勿論しない。空気みたいに揺られるだけ。お腹が空いたら食べて、疲れたら休む。森が見たければ森に行き、空を見たければ空だけを見る。本当は昨日が日曜日だけど、昨日は出来なかったから今日からまた始めようとなった。これは、二年前のカウンセリングで学んだことで、自分で自分をコントロールしない練習。私だけじゃなくて結婚も周ちゃんも、出来るだけ私達の何かを紡がないようにしたい。

周ちゃんは午後から福生に出かけて、私は自転車に乗って駅に行き、帰宅してお風呂に入りワインを飲みながら日記を書いた。カルディーのワイン、500円ちょっと。驚く程安い。夕飯は海老と白菜、卵白の餃子の餡が余っていたので、old nepalで買ったネパールの山椒を入れてお粥にした。こないだ食事をした後に奥さまがご飯と炊いたり、スープに入れても美味しいですよと教えてくれたのを思い出した。ネパールの山椒、ティムルは中国の花山椒とは違い、とても優しい。なんだかその優しい理由が少しわかる気がする。旦那さんのりょうさんが、ヒマラヤの景色の話をしてて、窓から見るヒマラヤの事を思い出した。どうして窓から見るとあんなに綺麗なんだろう。りょうさんの話はとても素敵な話だった。ぼんやりとあの日々の事を思い出す。空気が薄くて苦しかったな。だけど、空があんなに近いのは生きてて初めての体験だった。身体的にはかなりハードな旅だったし、もう二度と行くことはないかもしれないと思ったけれど、周ちゃんとならまた行ってみたい。結婚ノートにネパールでヒマラヤを見たいと書いた。

ひとり晩酌
白ワイン
海老と白菜、ティムルのお粥

夏に作った豆板醤と、那須のぴりっとちゃん(青唐辛子)の醤油漬け

水餃子

Journal 09.10,2022

昨晩帰りが遅かったから、今日は気持ちよく寝坊して、夕方からスーパーに買い出し。駅前がお祭で人がごった返す中、私は案の定、不機嫌となり、周ちゃんは祭りを興味深く動画で撮ってた。夕飯は周ちゃんが水餃子を作ってくれた。休日らしい休日。体調もずっといい。姉に話してからというもの、毎日が浮いてしまいそうなくらい楽になった。そして、周ちゃんにも話した。いつかの夜に、ベッドで。伝えたいことの3割くらいしか理解されていないようだったけれど、話したという現実は私を安心させてくれた。別にいい。だって痛みなんてものは共有できないのだから。肩を並べて聞いてくれただけでいい。生理ひとつにしたって説明出来ないのだし、子宮が痛いもPMSもだけど、その何十倍も辛いものだと伝えても、周ちゃんにとっては入り口も出口もさっぱりわからない場所の話だ。

水餃子を上げるタイミングを教えてという周ちゃんに「ぷっくりとなって、上がってくるからわかるよ。」と伝えた。ふたりでじっと鍋を覗き込んで、私は「いいね。いいねぇ〜。」と横から悶た声を出した。なんだか、ここ数日の私もふわっと茹で上がってきてる。身体の調子がいいのもそうだけど、心が脳が休んでいいと決めたお陰なのか、逆にどんどん元気になってる。楽しくて少し忙しいとさえ感じる。だから、「ゆっくり、ゆっくりね。」と声をかけてる。結局のところ、私を苦しめるのはいつだって私だ。どんなに最低な人や事に出会ってしまっても、私が大丈夫なら乗り切れたりする。

苦しいのは嫌だけど、苦しい事があると世界は変わる。躓いたり、何処かを痛めたりすると、生きようと必死になるからなのか、今が嫌だともがいて悲しんだりするからなのか、気づくと全然違う場所に落とされてたりする。小さい頃にオズの魔法使いのミュージカルを帝国劇場で見た。あの時代の母はミュージカルが流行っていたのか、よく子供向けの劇を見に行った。私のお気に入りはアニーだったけれど、季節が変わる度に綺麗なワンピースを着て色々な劇を見に行った。家がハリケーンで飛ばされてぽとりと何処かに落とされる。そこから色々がトリップしていくドロシー。西の魔女に東の魔女、そして北の魔女。銀色の靴をかかとで三回打つ度に世界が変わっていく。むちゃくちゃな話だなとも思うけれど、誰かの人生にも似たような事が起きているのかもしれないとも思う。毎日が毎日のままに続く人生の人なんてない。誰だって想像しないような人生を生きてる。驚くような出会いを重ねて今日がある。

「周ちゃんは、どうして私だったの?」いつものように梃子の散歩で聞いた。私の友人を紹介する度に聞いてる気がする。「ミサちゃんとかユウチャンみたいな子に出会ってたら、結婚した?」周ちゃんが私を選ぶ理由が全くわからない。どうして学芸員するような人が写真家としても有名でも無いような私と、たしかに面倒臭いくらいに拘りはあるけど、それだって完全に独自な何かだし、性格だって正直いい方じゃない。寧ろ、ワガママで直ぐに怒るし、大人な振る舞いだって出来なければ、いい友人達のお陰でなんとか人生を楽しめたり、色々を上手に出来るような気持ちになったりしてるくらい。仕事だってわかってるのに上手に出来ない。真剣になりすぎて誰かを傷つける事も沢山あるし、怖がりすぎて失敗ばかりする。周ちゃんの事にしたって、何度も何度も傷つけてしまうし、傷つけてしまった事をいつも後悔してる。

「よしみさ、もうこの話、1万回くらいしてるよ。」「今日の件について云うならば3回だよ。」ねえ、私の事を好きと言って。私のいいところを聞かせて。そんな事は全く聞いてない。本当に周ちゃんが私と一緒にいる意味がわからなくないから聞いてる。だって、私の友達はすごく素敵だし、私の友達以外だって世の中には、きっと周ちゃんの周りには素敵な人が沢山いるはずだ。「どんな事があっても、自分で考えていこうとするところがいいってもう何度も伝えてるよね。」いつもと同じ答えを周ちゃんは言ったけど、そんなものは誰だってそうだと思った。どんな人でも、今日より明日。明日よりその次が幸せでありたいと思うから生きてる。私は周ちゃんの返答に未来みたいなものを求めてるんだろうか。周ちゃんの答えを聞く度にがっかりしてる。

今日はいい日だった。久しぶりに少しお酒を飲んだし、少し酔っ払って気持ちよく寝た。そして、結局のところ、周ちゃんは誰だって良かったんじゃないかとも思う。私もそうだったから。ただ、安全に安心して暮らしたかった。

9月8日

Journal 08.9,2022

朝に少し吐き気がして、昼になれば治る。そんな数日が続いてる。今朝も朝食はあまり食べられなかった。朝から雨の予報だけど、東京に来れば来るほどに空が明るくなっていった。なんだか、今日はいい日になりそう。今日の編集は成田さん。映像は大場さん。大好きな二人と、ライターは柿本さんとういう女性だった。柿本さんの事は事前に成田さんからとても素敵な年上の女性の方ですと聞いていたけど、あっという間に好きになった。話し方も仕事の進め方も、とても心地がいい大人の女性。

「読者さんは、これ、出来ますか?」料理家のワタルさんが料理する手を止めて言った。ワタルさんがそう言う度に嬉しくなった。少し前のレシピ撮影の現場で配合がおかしい料理があった。そこそこ大きなプロジェクトだったから、とにかく現場はかつかつ。料理家も編集者も望んでしたわけじゃない事はわかってるけど、撮影は中断されなかった。レタッチでどうにかごまかされる料理、この料理は誰に届くんだろうか。あの日の事を思い出した。とても虚しかった日のこと。

ワタルさんの質問に対して丁寧に答えるライターの柿本さんや共に意見を重ねる編集の成田さん。側にいる大場さんも映像を撮りながら輪の中で話してる。平和や安全と同じで色々は当たり前なようで当たり前じゃない。小さくて見過ごしてしまいそうな優しさを、皆で拾い上げていくみたいだった。そして、それは綺麗に前へ前へと有機的に回転していくように見えた。それぞれがそれぞれの役割を全うしていくみたいに。撮影を始めて数時間で今日の現場がとても好きになって、当たり前の大切な事をきちんと伝えようとするワタルさんの料理をしっかりと私も撮りたいと思った。そして沢山の人に広まってほしい。この料理を作った人もそれを食べた人にも。

「自分の所に来た野菜がどう作られてるのか知りたかったんです。それを知れば知るほどに農家さんがどんなに大変な思いをして作っているのか。草むしりを手伝うだけでも色々な事を考えさせられるんですよ。」ワタルさんの素材への知識と圧倒的な愛情の深さ。撮影中の読者へのこともそうだけど、全て同じ。いつだって私達はひとりじゃない。料理を届ける相手もいれば、料理を提供する為に素材を作ってくれる生産者もいる。沢山の人の中に料理人としての自分が存在している事。日本各地、様々な場所を訪ねて、実際に畑に出て、農家さんの仕事を手伝う。そういう事を繰り返していくうちに自分の料理がようやく見えてきたとも言ってた。キッチンで立ってるだけじゃ見えない。きっとそんな感じだったのかな。少しわかる気がした。ベランダでハーブを取ってきては絵に書いたような料理が出来上がっていく。なんて綺麗なんだろう。シャッターを切りながら、皆の歓声を何度も聞いた。作られたばかりのとても美しい料理。そして、それは食べればなくなり、胃袋を満たし全身をじんわりと温めてゆく。やっぱり料理って楽しい。本当に最高なこと。

挨拶を交わすのを忘れちゃうくらい軽快に話し始めるカナちゃん。彼女も若きエース、料理家。今日の被写体のもうひとり。事前に頂いてた今日の献立を見る限り、大体、こんな感じかなと想像が出来てたけど、その中身は初体験のものばかり。料理が好きだけど、料理ってやっぱり楽しい。美味しいのもっともっと根源。生きた食材を自分の手で調理する時のわくわくした気持ちや、それがどんどん料理として一つの形になっていく時の胸の高まりだとか、側で見ていて色々な感情が沸々と湧き上がるようだった。それに、彼女がお金を稼ぐことよりも、何処まで生活水準を下げて自分の好きなことが出来るかという事に挑戦した時期があるという話も面白かった。それは貧しくなることを意味してるわけじゃなくて、美味しいものが食べられなくなることでもなくて、とても楽しかったと話していた。郊外に引っ越した理由もその一つだとか。美味しいごはんとワイン、そして仲間がいればお金がなくても楽しめるし、自分が望むものをきちんと得れたのだそう。笑顔で話すカナちゃん。ワタルさんよりもさらに若い。

一日があっという間に終わり、十分過ぎるほどに今日が満たされているのに、成田さんとも全然話していないし、大場さんや、柿本さんとも色々話したかったし、若きエースの二人とも話したい。まだ食べたい。美味しい食後の別腹のデザートみたいに、あの場所でずっと満たされていたかった。

9月4日

Journal 04.9,2022

今日は昼からしみるさんといまむが遊びに来てくれた。なんだか世田谷の時みたいで懐かしい。みんなで集まって、食卓を囲んだり、お喋りしたり、楽しかったな。いつしかいまむは彼女と別れて、しみるさんは結婚して、もうすぐ子供が産まれる。埼玉の暮らしで失ったものと言えば、友人達との時間だけど、みんなにそれぞれの時間が流れてもまたこうして他愛も無いお喋りが出来るだけで幸せな気もした。

いまむは結婚のお祝いにとバーミュキュラのフライパンをくれた。私と周ちゃんからは、誕生日プレゼントに先日の那須出張で見つけた周ちゃん曰く超レアらしいお面をあげた。那須で見つけた時に、Googleで検索してもその実態が明確にわからない事に「やっぱりGoogleには皆が知ってる事しかないよね。」と言い、学芸員としての血が騒いだのか子供みたいに興奮していた周ちゃん。お面はニンマリととした顔で笑っていて、なんだかいい顔だった。それは、春の個展が終わってから元気が出ないと嘆いていたいまむにぴったりな気がしたし、超レアなら尚更、周ちゃんも酷く興奮しているし、広い民芸店の一角で見つけた事も、なんだか宝探しみたいで良かった。しみるさんには犬の張り子を先日の御礼と、安産を願って渡した。犬には昔から安産祈願や家庭円満の意味があるらしい。

それから、4人で食卓に座って私の新しい名刺のペインティングをした。前回の名刺のテーマは地味。誰にも気づかれないような、誰だかわからなくなってしまような名刺。さらっとした名刺にして欲しいとお願いして作って貰った。フォントはAesopのロゴデザインでも使われているもの。色は何色かわからない暖色にしてもらった。あの時は離婚して直ぐの頃で、元夫の名字をもう使いたくないと改名に迫られて、友人達の公募により結局一番シンプルだったyoshimiに決めた。好み的に言えば平仮名、そして明朝が良かったけれど、少しでも地味にしたかったから、英語の方にした。とにかく1ミリだって傷つきたくなかった頃のこと。フリーランスで働いているのに、どうか、私の事を構わないで下さい。そんな想いが込められていた。今となっては、過去の私らしい名刺。

新しい名刺は、東京の住所の記載を抜いたものを作らなければならなかった理由があって作ったけど、最近の色々も手伝って、もっと私らしい感じの名刺にしようと思った。明るくて楽しい感じの。少し前の苦い仕事の経験を考えても、ああいう写真は出来れば撮りたくない。誰かみたいになる必要もないし、有名とか偉くならなくてもいい。髪の毛を派手な色にしたり、フォトグラファーですからみたいな感じも、もう見るのだって疲れた。きっとそういうのが大事な時代があったんだと思う。だけど、もう変わってきてるのだから、東京を抜け出したように、さっさとドロップアウトしようと思った。

郊外の田舎暮らしを始めて、驚く事ばかりだったけれど、なにより胸に響いたのは野菜のこと。私が今まで食べていたのは、一体なんだったんだろう?採れたての野菜は同じ物とは思えないくらいに美味しかったし、全部が100円。東京で買っていた野菜と殆ど値段は変わらないのに味は格別に違う。世田谷で時々買っていた有機野菜はカレーも作れないような量で千円くらい。そして、本当に美味しいかどうかはよくわからなかった。ただ、安全だよっていう言葉だけを信じて買っていたように思う。地産地消やフードマイレージ。今までだって出来るだけそうしようと心がけていたけど、ようやくその意味がわかった。だって、美味しくて、楽しい。日に日に赤くなるトマトも、早朝に梃子の散歩に出かけて畑仕事をしてるおじちゃんと挨拶を交わすのも楽しい。畑を覗いては次にやってくる野菜を待ち遠しく思うのも楽しい。地産地消でもフードマイレージでも、試みっていうのは、自分にも還元されることを意味していたんだなって。誰かの為、何かの為にやることは素晴らしいことだけれど、その支点には自分がいないと楽しくない。だって、私が生きている世界なのだから。

「食卓みたいな感じが良くて。」私の意図を汲んでデザインしてくれたのは今回もしみるさん。表面は箔押しで色なしで名前を入れて貰った。庭の茄子や近所で採れた玉ねぎ、それからスーパーで買ったビーツなどでベジタブルダイを作って、箔押し部分にペイント。ペイントで名前が表現できるようになってる。ペインティングも食卓を囲むようにわいわいとやりたかったから、しみるさん、いまむ、周ちゃんの四人で描いた。それぞれが好きなように自由に。いまむは「俺は描かないよ。」と言ってたけど、みんなが楽しんで描いている様子を見てやり始めた。「楽しいでしょ。」と聞くと、「だって、よしみちゃんに失敗したら怒られると思ったんだもん。」と言い、何枚も何枚も描いていた。確かに私はいまむに直ぐに怒るけれど、絵くらいで怒るだろうか。いや、怒るかもしれない。いまむは絵描きだからか、なんだかすごく情緒的な感じのものを描いてて、これは人に渡してもよいものかと思う程だったけど、まぁいいかとなった。

みんなで楽しみたい。誰か一人が、誰かが失敗して、誰かだけが。そういうのは好きじゃないし、やりたくない。食卓と同じ。楽しくお喋りしながら、お腹を一緒に満たそう。そういう仕事がしたいなと思う。昼からしくしくとお腹が痛んだけど、いい日だった。やっぱり友達は大切だし、彼らとは何だかんだと10年くらい仲良くやってる。いつもありがとう。周ちゃんもありがとう。

マンゴーと海老のサラダ

Journal 29.7,2022

出張中に母から送られてきた果物や野菜が冷蔵庫を占領してる。野菜室の奥に熟れてるマンゴーを見つけた。周ちゃん食べたら良かったのに。どうしよう。私はときどき、素晴らしいアイデアレシピを思いつくことがある。夕飯に作ったマンゴーと海老のサラダ。目をつぶって唸る周ちゃん。私もここはタイだと思った。あまりに美味しくって、ふたりともいつまでも上機嫌だった。

人生で一度しか行ったことがないけど、タイを数日放浪したことがある。覚えてないくらい、小さな街や、小さな島みたいなところに行った気がする。鍵の壊れた宿に泊って、適当にバスに乗って、適当に降りて、適当に船に乗った。一緒にいた友人のお陰だと思う。いい加減な若者だった私達のいい加減すぎる旅。友人は朝ごはんに野ざらしの街の食堂でレッドカレーを食べて辛すぎると怒ってたけど、トイレットペーパーのないタイ式のトイレについては何も言わなかった。ものすごく甘くてものすごく辛いタイのごはん。不思議なのだけど、それがどうにもこうにも合う。

マンゴーと海老のサラダ
よく熟れた甘いマンゴー
ボイルした海老
パクチー
干しエビのみじん切り
ナンプラー
トムヤムペースト
レモンを絞ったもの

7月27日

Journal 27.7,2022

今朝も3時半に起きた。結局、ホテルから現場に向かっても、自宅から向かっても変わらない時間に目が覚める。ベッドでしばらく本を読んでると、部屋がどんどんオレンジ色で一杯になってゆく。最近気に入ってる青山のホテル。窓が大きくて、夜は東京の街を、朝は太陽を独り占め出来る。撮影が終わったのは夕方の18時過ぎ。ホテルに戻って機材を置いてから瞳ちゃん家に猫を見に行った。数ヶ月前に瞳ちゃんは念願の保護猫を飼うことに決めた。

何だか今日はすごく清々としてる。心に溜まっていたものが、吹っ切れたようにも思う。仕事の事で人間不信になった自分を、馬鹿じゃん、だとか、ズルく生きたらいいよ、とか、心にもないような言葉をぽいぽいとかけてみたりして。かと思えば、頑張ってる友人を思い出して何とか前へ進めと背中を押してみたり。ここ数日は、よく編集の成田さんの事を思い出した。仕事での愚痴を季節が変わるみたいに私に溢してゆく成田さん。彼の事を心から尊敬しているし、彼のそれは私に勇気さえ与えてくれる。

だけど、そう思えば思う程に、なんだコレって思いながらシャッターをきる事に心が苦しくなる。写真が好きで膨大な写真を、料理本や雑誌、写真集を数え切れないくらいに子供の頃から見てきたのに、そうして沢山を私なりに勉強してこの職についたのに、私よりもずっと写真を知らない人がとんちんかんな写真を、表現としておかしな写真をこれが写真だと言う。これは一体何を誰に語るの?私の心が苦しくなるのは私が撮りたいものを撮れないからじゃなくて、インド人はカレーを手で食べるけど、日本人はラーメンを手で食べないよ。「だって数字が伸びるから、だってクライアントがそう言ってるから。」そんな事を言われたって、火傷しちゃうよ。痛いよ。可愛そうだよ。愛がないじゃん。って、心がぎゅうっと小さく潰されそうになる。やっぱり思い出しちゃう。「よしみちゃん。それって愛があるんかな。」絵描きの健太郎さんとお仕事をする時に言われた言葉。ここに愛がないのに、どうやったら愛を届けられるんだろうか。健太郎さん、本当にそう。愛ってのは交換するものだよね。片一方だけが満足するものは愛じゃない。だから、やっぱり何度も成田さんを思い出した。だって、面白い本を作りたい。そういう過程で彼に出会ったから。それはただ、やみくもに仕事をするとか、頑張るってことも意味してない。

今日は仕事の事で、写真を撮ることで沢山を考えた。熱い夏の日。太陽の光で写真が撮れることが、とにかく嬉しかったし気持ちが良かった。仕事で出会う人は色々な人がいて、好きになる人もいれば、そう思えない人もいる。けど、きっとそれでいい。無理してみんなを好きになる必要なんてない。だから、精進して前へ進もうと思う。嫌なことがあったとしても、悲しんだとしても、傷ついたりしても、それは昨日までの事。写真が撮りたいのは明日の話。だから、まったくもって大丈夫。すっごく楽しみながら、すっごく頑張ろうと思う。

夜は久しぶりに広尾を歩いた。アシスタントの時によく通った場所。西麻布の交差点にクロマートというプロラボがあって、撮影が終わるとフィルムを出しに行った。11年前のこと。よく師匠と蕎麦を食べたし、よく師匠の車で通った道。ロケが多い撮影では、夏は死ぬほど熱くて、冬は死ぬほど寒かった。色々と大変なこともあったけど殆どもう覚えてないし、いい記憶ばかりが残ってる。そういえば、師匠はとても温厚な人だったけれど、写真のことで雑誌の編集者と言い合いになった事があると聞いたことがあった。やっぱり、写真のことでは譲らなくていいんだ。

7月22日

Journal 22.7,2022

2泊3日の出張。キックオフミーティングと土地のリサーチを兼ねて。周ちゃんと梃子、家族を連れての仕事旅行。結局、私は免許が予定通り取れなくて、周ちゃんが運転をしてくれた。なんだかすごく穏やかな3日間で、穏やかすぎて私は何かを勘違いしてしまいそうなくらいだった。そうして、私はまた一気に怖がりに戻った。ひとりの時は強くなれるのに、誰かがいると思うと気を抜いてしまうらしい。怖いことを怖いと声にだしたら怖くなるし、嫌なことを嫌だと言ったらもうしたくなくなる。周ちゃんは私のことを自立してると言うけど、全くだ。十分過ぎるくらいに周ちゃんに甘えているし、甘えてばかりいる私にもういい加減にしてよと思う。

打ち合わせに5分くらい遅れて会議室に入ると、丁度なっちゃんが自己紹介をしている時だった。2年ぶりのなっちゃん。最後に会ったときは私はきくちよしみという名前で、そういう人をやってた。だけど、なっちゃんはやっぱりなっちゃんで、大勢の前で話すなっちゃんはなっちゃんだった。ゆっくりと探るように声を出す話し方や、すらっとして背が高くて線が細い感じとか、柔らかそうだけど芯のある感じや、一気になっちゃんの輪郭がしっかりと見えてくるようだった。打ち合わせが終わり、なっちゃんはそのまま次の打ち合わせに入って、私は周ちゃんと近くの店でランチをしながら待って合流。それから、新しく出来たGood newsとか、タミゼに行った。「よしみちゃん〜。元気そうで良かったよ。」「なっちゃんのお陰だよ。あの時、私の周りには離婚した人がいなかったから。すごく勇気を貰ったんだよ。」周ちゃんとなっちゃんはアート関連の仕事で共通の色々があるみたいで話が盛り上がってた。それから、あの時はそんな話を聞かなかったけど、なっちゃんが東京と田舎の2拠点暮らしをしていたことや、超東京のど真ん中に住んでるのに、自然が無いと生きていけないとか、車が好きだから時々一人でドライブしてるとか、知らないなっちゃんの話を沢山聞いた。

「よしみとなっちゃんて中学の同級生だったみたいだね。昔からの友達みたいって思ったよ。」「え。違うよ。大人になってからだし、なっちゃんは友達の紹介で出会ってさ。そもそも、その友達も、しみるさんの同僚だし。だけど、なっちゃんって素敵だよね。所謂、東京の綺麗なお姉さんなのに、仕事も立派だし。なのにというか、あの独特な空気感。」「そうだね。バランス感が絶妙だよね。」「そう。色々な意味ですごくフラットなんだよね。」

新しい仕事のメンバーで偶然また再開したなっちゃん。次の打ち合わせの時は、車で温泉を巡ろうねって話をした。思い出の中にいたなっちゃんも好きだったけれど、ずっとずっとまたなっちゃんが好きになった。

7月12日

Journal 12.7,2022

21時09分。周ちゃんはまだ帰ってこない。今夜を密かに楽しみにしてた。夕方に駅前に買い物へ出かけた。コスキチでアムリターラのバスソルトとエコストアの歯磨き粉を買って、西武の地下でパッケージが可愛いクラフトビールを買って、西友でポテチとバナナを買った。今夜の準備は万端。外は雨が降ってるし、夏なのに肌寒い。周ちゃん、大丈夫かな。今日も自転車で出かけてる。

「明日はディナーミーティングだから。」「何それ?飲み会でしょ?」「夕飯を食べるだけだよ。」「え、それ、ただの飲み会じゃん!」「知らないよ。だって上司がディナーミーティングって言ったし。」「へぇ。楽しそうだなぁ。いいなぁ。何食べるんだろうね。朝帰りにならないといいなぁ。タクシーが朝の5時に家の前できゅっと止まってさ、そっと玄関が開いて、寝室に入ってきた周ちゃんから石鹸のいい香りがしてさ、小さな声で遅くなってごめんねって。朝帰りはきついなぁ。」「もう、やめてよ!」周ちゃんは少し本気で怒ってた。「冗談じゃん!ごめんね。全然いいんだよ。飲み会だっていいんだから。」幾らだって最悪な事態は想像出来るよ。だけど、周ちゃんがそうじゃないことは最初から知ってる。いつもみたいに一人ドラマを作って楽しんでいただけ。それに、もし本当にそんな事があったとしても大丈夫。私達はそんな事じゃ死なないし、ただ、最低って思って嫌いになるだけ。好きとか嫌いで片付くことは簡単なんだよ。

こないだ友達が浮気されたことを許せないって言ってた。「いいんじゃない。」って伝えた。いいと思う。許さなくていいよ。許してもいいとも思う。どっちでもいいよ。ただ、許したくないって自分が言ってるなら、許したくない自分と一緒にいたらいいんじゃないかな。お気にいりの皿を割ったとしても、しばらくは落ち込むけど、そんなに時間をかけずにわかる。もう戻らないって。だから、忘れたくないんだと思う。相手の問題じゃなくて、答えはきっと自分で、愛したかったとか、愛されなかった自分についてとか。愛の話がすればするほどにそれは愛じゃない。愛っていうのは、信じることも出来るし、望むことも与えて受け取れることも、なんでもどうやら出来る。だから、愛っていうのは嘘も簡単につける。尊くもあれるし、ぽいっと捨てられるものにもなる。愛っていうシールをつけると、どこでも通行許可が通るみたいになっちゃうけど、実際にはどこも通れない。愛だけじゃ、結婚もできない時代だし。愛だけじゃお金持ちにもなれない。だから、許せないのなら許さなくてよしだと思う。大切なのはたぶん、そんな自分と向き合っていくことで、いつか答えがでる日を信じて戦い続けるしかないんだと思う。友達に話すのもそうだし、どんどん世界に馴染ませていくうちに、苦しんだり悲しんだりを繰り返していくうちに、何かが見えてくるんじゃないかなって。

7月9日

Journal 09.7,2022

朝一番で三茶へ向かった。「Do you like this town?」駅を出ると周ちゃんがふざけて聞いてきた。「So so…」好きかと聞かれると、Yesとは言えないし、嫌いでもない。だけど、思い出は詰まってる。沢山の人と、沢山の時間と。二十歳を超えたあたりからの思い出があまりに多すぎる。長くいすぎた。ここで別れを告げた男もいたし、ここから好きになった男も、昔のようにここで再会した男もいる。街は変わったと言えば変わったし、変わってないと言えば変わってない。汚くてごちゃごちゃしていて若い人や生活をしている人がぎゅっと小さな街に収まってる。笑って過ごしているうちに夜中が勝手に過ぎて、「あ、朝だ。」隣にすとんと腰を下ろす朝に誰も驚いたりしない。ただ居座れる場所。ここに長居しすぎて出れなくなってしまう人は多いんじゃないか。呑気なふりして浸かってられるから。

駅から歩いて2分くらいのところにある区民集会所で期日前投票をして、三茶を直ぐに出た。それから幾つか立ち寄りをして、鈴木理作さんのARTZONでの展示へ。周ちゃんとは途中ではぐれて、結局出口で出てくるのを待った。だけど、これでいい。これがいい。展示中にお喋りだとか、展示中に目で合図をしあうなんて疲れちゃう。互いの時間に没頭するのがいい。駅まで向かう間、今さっきまで目の前で起きていたこと、そこで見ていた全てが上手に街とシンクロできなくて、「良かったね。」「すごく良かった。」を何度か繰り返した。話したいような話たくないような、複雑な想い。展示だけのことじゃなくて、その背景には自分も紐づいてくる。だから感想を言うというのは、少し躊躇う。西武線に乗り継ぎをする頃にはあの写真が、あのキャプションの言葉がと細かいディティールについて話し始めた。私が写真を撮ってることが恥ずかしくなった事も伝えてみると驚いてた。「あんなもの見せられて、恥ずかしいよ。写真撮ってる自分が恥ずかしいよ。」私が最近疑問に思っていたこと、写真の仕事や写真を撮る人、撮ること、撮るの周りにある環境に嫌気がさしていたこと。その答えを見せつけられたように思ったし、ショックだった。仕事を始めて悲しいことは、褒められることは増えていくのに、いい写真が見えなくなっていくこと。それは私だけじゃなくて私の周りでも平然な顔で起こっていく。見たのはアートだけど、写真のことでもある。とにかく恥じらいを感じた展示で私の色々が火照った。悔しい?虚しい?情けない?悲しい?その感情の矛先はどこへ行きたいのかわからないけど、いい出会いだったと思う。

駅前で串カツ田中を食べて家に帰った。

朝食

Journal 05.7,2022

朝食はトーストを焼いて、アイスコーヒーとメロンと一緒に食べた。

パンケーキ

Journal 04.7,2022

朝はゆっくりと過ごした。周ちゃんは珍しく二度寝をして、私は読みかけの本を読んだ。寝起きの周ちゃんとぽつぽつと話し始めたアドラー心理学の話で盛り上がって、もっと詳しく話そうと散歩に出た。お題は結婚コンプレックスについて。

結婚2回、離婚1回。もう結婚にはコンプレックスも何も無い。だけど、確かに一度目の結婚では、しっかりとコンプレックスの渦にしっかりとぐるぐる巻にされていた。今思い出すとゾッとするような会話を既婚者の友人と当たり前のように話していた。「独身の友人って、どうして独身なのか理由がわかるよね。」「わかる。わかる。」たまたま結婚しただけなのに、そこには何故か断絶された大きな境目がしっかりと見えていた。あれって一体何だったんだろう。「それってさ、中学とか高校の時に男が童貞か童貞じゃないかみたいな話に似てるよ。どんなに勉強ができても、運動ができても、童貞捨ててるやつの方がすごいみたいになっててさ、今となっては本当に意味の無い話なんだけど。」「その例えすごいね。」幻想がいつしか現実になる。それは未婚者も既婚者も一緒になって作り上げた世界のように見えた。敢えて口には出さないけど、そこに漂う空気みたいに誰しもが感じてたんじゃないか。そうやって結婚コンプレックスは双方の想いの中で勝手に堂々とひとり歩きしてる。

離婚して良かったなと思うのは、結婚からドロップアウトしたと思っていた私が、結婚は私の意思で捨てたのだと理解した時。離婚した私にバツがつくのではなくて、私が駄目だから離婚したわけでもなくて、私達の関係性は生きていく上で私も彼も幸福になれないと判断したから。私は幸せになる為に結婚をやめた。彼が病気だったりとか、お酒で暴れるからじゃない。愛が失くなったわけでもない。最期までしっかりと愛していたし、だから憎んだ。それに、離婚してしばらくすると、独身の友人が私の食卓を賑わすようになったのはとても面白いなと思った。彼女達は私が知っていた以上に自立していて、器用に自分の為に幸福を作りあげる事が上手な事にも驚いた。中には彼氏がいない女も沢山いる。そして、時々、気になったのはシングルである彼女達がシングルである事に引け目を感じているように見えたこと。私からしたら何ひとつだって欠けてない。男と幸せを交換なんてしなくたっていい。

結婚を決められない彼氏ともう長いこと同棲してる友人は別れるタイミングを失って、次の人を探すこともいつしか諦めて家を出れない全てを飼い猫の所為にしてる。美人で可愛らしい女だったけれど、最近はもうあまり会ってないし、誕生日にメールしたら、もう祝う歳でもないからとさっと返信がきた。既婚者の友人は夫が子供を欲しがらないそうで、仕事もあるし、子供は別にいいかなって言ってたけど、彼女が夫と旅行やデートをしないのは猫が3匹いるからだと言ってた。最近結婚した友人は長い事セックスをしてない。結婚願望が強い子で結婚しないのならもう先は無いくらいに半ば脅しかけた状態で結婚を決めたけど、よしみちゃんははまだ付き合いたてだからセックスしているだろうけど、うちはもう4年くらい付き合ってるからさ、私も別にしなくていいしと言ってた。離婚して気づいたのは、男イコール幸福みたいな幻想も結婚コンプレックスの延長線上にあったこと。いつでもどこでもひとりでも誰といても幸せになっていいのだし、どうして結婚したり男がいたら我慢しなきゃいけないんだろう。それに、別に結婚状態は自然自発的に幸福を生むものじゃないし。夫や彼氏っていう人間は湧き出る泉のように私に幸福を与え続けてくれるものでもない。上から目線で語らう幸福に蓋をする既婚者と、どこか引け目を感じながらも自ら幸福を積み上げてく未婚者。もちろん全ての女がそうじゃないけれど、私の知ってる東京では珍しくない光景。いい悪いじゃなくて、そこはただ、一方通行で冷たい場所に見えた。そっと腕を掴もうとしたら、さっと引き払われるみたいに。

「結婚コンプレックスってなんなんだろうね。」「男でも会社員だとあるかもしれないけどね。」「ただの幻想に過ぎないのにね。」結婚なんてというか、結婚はいいものもでもないし、すごいことでもない。ただの制度。そこに幸福を肉付けしていくのは互いの努力であって、結婚自体には何の価値だってない気がする。それに、個人的には独身の女たちが羨ましい。周ちゃんのことは世界で一番愛しているけれど、いつ誰と恋に堕ちてもいいなんて、あまりにロマンティックすぎる。それを世の中は自由気ままというかもしれないけれど、どうして一度きりの人生を好きに生きちゃいけないんだろうか。

夕飯

Journal 26.6,2022

午後に編集のリリさんが、その後に入れ替えで夜から編集の成田さんが遊びにきてくれた。それぞれの朗報は心温まる話でとにかく嬉しかった。今日の周ちゃんは緊張していたのか、まるでインタビュアーみたいに喋ってた。

周ちゃんは私との出会いについて、直感で結婚を決めたとプロポーズのときに言っていたけど、若くして結婚を決めたリリさんの決断はすごいし、その気持ちが僕にはわからないって話をしていて、変なのと思った。周ちゃんは用意周到だ。何でもよく考えて物事を決めるし、そのお陰で私は安心で安全な生活が送れてる。私は直感的な男をよく知っているし、それは周ちゃんとは真逆に生きてる男だった。じゃあ、周ちゃんの言う通りでいいはず。だけど、どこか胸にひっかかる。だって、じゃあそれなら私は周ちゃんのどこに何に魅力を感じたんだろう。夜は一言も喋らずに背を向けて寝た。

メロントースト

Journal 25.6,2022

上野に着いたのは11時過ぎ。上野公園口で降りると、真夏のど真ん中に放り出されたみたい。熱々に混ぜられたそれはあっちこっちに弾けて飛んで行ってしまいそう。人混みを見ているだけで目がクラクラした。周ちゃんの後を追いかけてレストランへと急いだ。「なんでこんなに混んでるの?」私がイラついて言うと周ちゃんはいつもみたいに笑ってた。途中で何枚か写真を撮って到着。しばらくして父、母、姉とマルコとヘレナ、兄とりーちゃんが到着。それから10分くらいして、周ちゃんのお母さん、弟、先週コロラドから帰った妹のみつきさんと子供達が部屋へ入ってきた。周ちゃんは朝から落ち着かない。話を半分聞いているようで聞いてない。席について慌ただしいままに頼んだドリンクを手にして乾杯をすると姉が計らったみたいに泣き出した。「ちょっとー!」「ごめんごめん。だってさ。」つられて妹のみつきさん、周ちゃんのお母さん、私の母まで目に溢れる涙を拭い始めた。

姉の涙や鼻水が私のピンク色のハンカチを濡らしていく中で、私にも色々が溢れていった。兄は代理人となり、連絡が取れなくなった元夫と離婚の交渉人役として色々を進めた。その間、姉は毎日、多い時で日に2度か3度、電話をくれた。元夫からの何かがある時だけじゃなくて、私の心が冷えてゆこうとする度に電話を鳴らしてくれたんだと思う。私の離婚は最後は一人で終えたけれど、私が一人で終えられるようになるまで兄弟が必死に終わらせようと助けてくれて、支えてくれた。「これは裁判するしかないよ。」冷静だった筈の兄が言いだした時、「裁判はやめよう。」一番裁判を望んでいた姉が裁判はすべきじゃないと言った。「これ以上苦しむことはないんだよ。裁判をしたらもっと傷つく。それに、長い時間もかかる。彼を法的に罰したとしても苦しまなきゃいけない。あの男がした事は許されないことだけど、私たち家族が望むことはよしみが1日も早く幸せになることだから。」それから姉はもう裁判って言葉を言わなくなった。いつも、「うん。」「うん。」って私が話す言葉をただただ全てを受け入れるように聞いてくれた。私が笑う日を一番に望んでくれた家族は、過去の色々を白状な程に忘れて笑ってる私を見て、笑って泣いた。

料亭から見える上野の不忍池は緑緑しくて力強い夏だった。あの日々の事をこれからもどんどん忘れていったとしても、今日のことは忘れたくない。周ちゃんは色々を頑張りすぎて疲れたのか20時過ぎには布団に子供みたいに転がってた。今、私も私達家族もすごく幸せだと思う。みんなが笑ってる。とにかくそれだけでいいと思った。家族が好きだ。大好きだ。先週に姉には言ってある。「また昔みたいにL.Aに通おうと思って。もちろん一人で。」「え?なんで。」「前の結婚の時は、奥さんとしてそういうのダメかなって思ったんだけど。私の人生だから。」「いいんじゃない。」



6月24日

Journal 24.6,2022

“お祝いを渡したいのだけど。” 夕方過ぎにいまむからメールが入った。春の個展が終わってからずっと元気がでないと聞いてたから、メールを貰って少しほっとした。”ちょっと意見が聞きたいの少し時間ある?” “いいよ。” 電話をかけると外にいるようで、遠くに子供の声が聞こえた。「仕事のことだよね。それで。」メールで書いた内容の続きを手短に話した。「よしみちゃんが言いたいこと、それが全部?」「端折ってしか話してないけど、だけど大丈夫。もう解決してるし、私が聞きたいことは別のことだから。」「そうだよね。端折ってるよね。とりあえずわかった。じゃあ話していいかな。まずなんだけど、それ、とても酷い話だよ。俺が仕事をする上で話すと、。」いまむはいつもよりもずっと早い口調で話はじめた。私に起こったことが仕事としてどれだけ被害を被っているのかとか、仕事をする上でのクライアントとの関係性として不当であること、それから、私がそれを庇う必要がないことを強く指摘した。そしてどうすべきかも3つくらいに提案してくれた。私は相手を悪者にしたくなかったから、もっとしっかりと出来事の詳細を話した。

いまむは代理店仕事が多い。いわゆる誰もが聞いた事のあるようなビッグクライアントのディレクションやプロデューサーをしてる。今までにきっと大変な現場や、どうにもならない事だとか、とにかく色々を乗り越えてきたんだろうと思った。いまむが話している言葉には重みがあって、ずしりとなにかを感じた。だから、こんなにも怒ってるんだと思った。こんないまむを見たのは初めて。だからか、いまむの言っていることは正しいようにも聞こえた。どんな立場であろうと対等に仕事をすべきであること、フリーランスだからって立場が低くなる必要はないし、きちんと尊重すべきなんだよ。じゃあ悪いのは誰か。そこまで話は進んだ。

電話を切ると部屋の中も外も夜がすっかり始まっていた。窓から周ちゃんの自転車が駐車場に停まる音が聞こえる。だいぶ長い時間話し込んでたみたいだった。部屋で着替える周ちゃんに電話のことを話すと、目を赤くして涙を拭うのをみた。気づかないようにしたけど、そんな周ちゃんの姿を見て私も泣きたくなったし、話し続けた声は少し震えていた。「いい友達を持ったね。僕もディレクションの仕事をしてきたけど、本当にその通りだと思う。」それから、私に起きた事だけじゃなくて、周ちゃんが過去に経験した仕事の話を聞いた。信頼関係が崩れること、そういう人がいること、そして、やっぱり信じたいと思う気持ちがあるのは悪くないってこと。そうやっていい仕事を築いていきたいってことを熱く語りあった。

なんだかとにかく驚いてる。いつもふにゃふにゃしてるいまむが酷く怒ったことも、私が知らないうちに自分を責めていたことも、良好な関係を築きたいが為に相手を庇っていた事も、そしていつしか被害を被っていたんだということも。いつもよりもずっとやりずらかったその仕事にはきちんと理由があちこちにあって、その理由が答え合わせみたいに見えた。いまむが最後に言った言葉が胸にずっと響いてる。「よしみちゃん。信頼していいんだよ。」私が一番に恐れていたこと。信頼関係は築かない方がいいの?一線を引いて仕事はした方がいいの?独立してから信じてやってきた仕事のやり方が崩れて、なんだかもうこの仕事をやめたいとも思ったけれど、そうじゃなかった。いまむがそうじゃなくしてくれた。「どんなに大変なクライアントだろうと、どんなに大変な仕事であろうと、仕事はうまく回せるんだよ。それが僕らの仕事だから。」

変な話だけど、私はやっぱり愛を信じてる。温かい人や温かい場所が好きだ。自分さえ良ければいいなんて思いたくないし、誰かが悲しんでいたり、誰かが大変な想いをするのもいやだ。一緒に笑いたいし、泣くときも一緒でいい。いつかいまむと仕事がしたい。そして、私はこれからもしっかりと信頼して行こうと決めた。それから、車を買ったらいまむを海へ連れて行ってあげよう。私達は海が好きだから。何もなくても夏じゃなくても秋も冬も春だって海を見に行くのが好きだから。

6月23日

Journal 23.6,2022

朝食は瞳ちゃんと外苑前のベルコモンズ跡地にできた青山グランドホテルにあるBELCOMOでモーニング。青山が好きだけど、青山は子供の時から知ってるけれど、変わったんだろうか。変わっていなそうな気もする。レストランの朝は東京にしか生息していなそうな男や女がちらほらといた。まるで紙面みたい。綺麗に全てがパズルのように整理されてる。

席について瞳ちゃんはアボガドトーストを、私はサラダパンケーキを頼んだ。お互いの近況や、瞳ちゃんが最近少し困っていることや、仕事の話をした。最近ずっと考えてることがあった。田舎暮らしを初めて気づいたことがある。新しい未知の生活と共に私の中にやってきたイライラは私が東京をコントロールする女だったからだということ。離婚して一人暮らしを始めると、とにかく楽だった。好きな時に寝て好きな時に起きて、好きな時に食べて好きな時に酒を飲む。誰にも何も言われない部屋で。1日中パジャマを脱がなくてもいいし、洗いざらした下着が捨てられなくてもいい、日記はいつまでもテーブルに開いたままで、一昨日に食べる予定だった食べかけのケーキだって冷蔵庫に眠ったままでもいい。だって1人じゃ食べきれないもの。いつかきっと食べるもの。

やっぱりあの服が欲しいと思って電車に飛び乗れば、あっというまに新宿伊勢丹に着くし、PMSが始まれば固く家の扉を閉じて携帯はカバンの中に入れっぱなしにすればいい。誰かがいないだけで、私だけの世界はこんなにも早く上手にくるくると、手を上げれば直ぐに止まるタクシーみたいに、スムーズに世界へ向かって走っていく。私がひとりになって手にしたのはコントロール出来る世界。簡単にそれが手に入る東京だった。瞳ちゃんの話を聞いていて、そんな私の事を思い出した。「積み重ねていないことが好きじゃないの。」瞳ちゃんの言葉に深く同意した。私もそう。だけど、東京は空っぽの紙の家を簡単に建てられる。あたかも、本物かのように。

周ちゃんがこないだ言ってた。「東京はなんでも買える場所だよ。」それは、東京はなんでもが手に入らない場所だっていう意味らしい。日本のあちこちに行き、その土地の研究を重ねていく中で知ったことは、その場所でしか見えないこと、手に入らないものがあるってことだそう。流通には乗らないもの。それはどんなにお金をだしても東京では出会えない。物だけじゃなくて人も事も同じくして。

数ヶ月前にミオちゃんに「どうしてあんなに結婚で苦しんだのにまた結婚を選んだの?」って聞かれた。すごくいい質問だと思った。もし私達が動物だというならば、きっと私はこのままだと危ないと思ったのかもしれない。どんどんと世界をコントロールすればするほどに私の世界は狭くなっていく。色々が見えなくなっていく。中年にさしかかって生きやすさを手に入れた分、きちんと失うものもあった。そして、東京を出たからこそ私がそういう女だったんだって気づいた。ひとりで生きていくのは楽しい。今思い出してもうっとりする日々ばかりだった。久しぶりに友人と沢山の話をして、沢山のことを考えた。

6月22日

Journal 22.6,2022

3時半に起床。歳をとるたびに心の棘が私の眠りを妨げるようになっていくように思う。大したことじゃないのになと頭ではわかってるけど、今日もそう。白湯を入れてもう一度ベッドへ横たわった。目をつぶってるだけでもきっといい。それに、今夜は世田谷の家の近所の友人とご飯の約束をしてる。夜は私をしっかりと癒してくれることはもうわかってる。

撮影が終わったのは早い夕方。予定よりもずっと早く終わった。外苑前のホテルに戻ってバスタブに湯を張っている間、ポテトチップスの封を開けてビールを一気に飲んだ。待ち合わせよりも少し早くホテルを出てZARAへ寄ってからレストランへ向かった。表参道。この道を歩くのに何かを感じたことなんて一度も無かったのに、子供の頃も、大人になる途中も、大人になってからも、ただの通りだったのに、ここは表参道なんだって。2日目の東京の夜、いつか東京へ帰りたいと心のどこかで感じていた気持ちはもう殆どないみたいだった。ここは、東京は、これ以上は私を満たしてくれなそう。楽だけど、稼いで買って、稼いで食べてのサイクルをぐるぐると回るだけの東京にはずっと昔に飽き飽きしてたんだった。東京が気に食わないのはいつだって浮ついてるから。どうしてそんなにみんなが騒いでるのか全くわからなかったから。私の心は全然弾んでなくて寂しかったから。東京は寂しくないけど、寂しかった気もする。

店の少し前でいまむと合流。いつもの通りでいまむは全身真っ黒の服。店に入るとしみるさんはビールを、たまちゃんは何味がわからないというビビッドなピンク色の酵素ジュースを飲んでいた。私といまむはワインをオーダー。この4人で囲む食卓は久しぶり。正月以来かな。お皿に盛られた美しい料理は少し塩気が多くて、話す度にワインで流し込んだ。薄暗い店内をローソクが灯す夜はそこにある全てが綺麗に輪郭をなしていくみたい。たまちゃんは来月で妊娠8ヶ月になる。ずっと気持ち悪いと笑ってたけど、たまちゃんの笑顔を久しぶりに見た気がする。時間はあっという間だ。春はいつしか終わってもう夏がくるんだった。そして秋が来る頃にふたりの赤ちゃんが産まれる。いまむはみどり荘でやった個展のあとからずっと元気がないと言ってた。もう4ヶ月も経つのに、私が引っ越してからも4ヶ月。それぞれの時間がそれぞれでそれぞれだ。帰り道の表参道。コロナの前みたいに沢山の人がいて、通りにあるブランドのショップでパーティをしているのか、アップテンポの大きな音がいつかの東京のようだった。

佐藤錦

Journal 21.6,2022

昨日は朝にパリのマユミちゃんから手紙が、夕方に福島の教習所から山形の佐藤錦が届いた。仕事から帰った周ちゃんにさくらんぼの包みを冷蔵庫から見せると嬉しそうな顔。周ちゃんは山形で8年の間、大学と大学院に通い、そして大地震が起きて中国への留学を諦めて震災復興に2年。そして、3年前に別れた婚約者と出逢った。周ちゃんにとって山形は思い出が沢山詰まったところだ。その頃の私と言えば、やっぱり東京で恋しかしてなかった。世田谷で一緒に生活してたグラフィックデザイナーである寺の坊主と別れて恵比寿でデペロッパーの男の家に転がり込んだ頃。スチャダラパーのボーズさんに可愛がってもらってた彼に夏に野音でやってたスチャとTOKYO No.1SOUL SETのライブへ連れて行ってもらったのがきっかけで恋が始まった。それから、かせきさんのミックスを貰ったりして、私の中には東京がまた色濃く流れて行った。周ちゃんとは年が一つしか変わらないのに、当時の私はとにかく東京でうだつの上がらない生活をしてた。夜ともすっかり仲良しで、名前の知らない友達は数え切れないくらいにいて、私もその中の一人みたいで恋でもしてないと息が切れそうだった。けど今日も明日も明後日も昨日も同じだったから、哀しいこともなければ、お財布はいつも空っぽだし、何も失うものもなければ何でも手に入るような気分だった。そんな頃にまゆみちゃんと出会った。まゆみちゃんと出逢ったのは当時バッハで働いてた山口くん家で今は奥さんになった坂本美雨ちゃんと付き合いたての頃に開いた華やかな家飲み。私は前日に大西さんとカエルさんせいかちゃんと祐天寺のばんで呑みすぎて泥酔してどこかでこけたからお湯割りのお酒を飲んでた。まゆみちゃんはそんな私を気に入ってくれたのか、どうしてかわからないけどあっという間に私達はなかよしになり、パリにも2度ほどお邪魔して、1度は作品撮りを手伝ってくれた。

さくらんぼを食べながらまゆみちゃんの話を周ちゃんにした。まゆみちゃんがパリに行った経緯とか、グラフィックデザイナーをしてたとか、センスが抜群にいいとか、なかなかいない友達だとか、両腕に入ってるサークルのグリーンとブルーのタトゥーの話とか、そして、過去のまゆみちゃんが大好きだけど、最近のまゆみちゃんは昔を脱ぎ捨てたように変わって今まで以上に素敵になったという話をした。それから手紙の中に私の過去の色々、離婚したり結婚したりの色々な行動が今のまゆみちゃんに勇気をくれたよって書いてあったのが嬉しかったことも話した。私はさくらんぼを動物みたいに貪って食べながら話し続けて、周ちゃんはただただ笑顔で聞いてくれた。

食卓で光るさくらんぼ。私が知っているさくらんぼよりもずっと大きくて、ずっと赤くて綺麗。私はまゆみちゃんが大好きだし、私の方こそまゆみちゃんに沢山の勇気を貰ってる。それに、こうして話を聞いてくれる周ちゃんといるようになって、昨年よりも一昨年よりもずっとずっと人生が鮮やかに色づいてきてる。幸せは作るものだとよくいうけど、私はいつだって幸せになりたかったし、そのことについては努力を惜しまずやってきたつもりだけど、頑張ったからと言って手に入るものじゃなかった。それは私の中に内包されているものではなくて、私が愛してる人たちの愛情のそれぞれが世界を色鮮やかに照らしてくれてるように見える。温かい色で光って見える。

昼食

Journal 20.6,2022

お昼を過ぎる頃に料理の下ごしらえが終わって庭のバジルをたっぷりと収穫した。今日は久しぶりに朝から夏日。梅雨の合間の晴れだからか、すごく気持ちがいい。顔を真っ赤にして家に到着した後藤さんとマサくんに冷えたビールグラスを出して4人で乾杯。周ちゃんはいつものノンアル。食卓から見える部屋中にある不思議なものに興味津々のふたり。いつの間にかそれは日常になってしまったけれど、確かに周ちゃんの不思議なものたちは奇妙だ。やたらと大きな木のスプーンとか、何に使うのか検討がつかない形をした網だとか、初めて見るようなものばかり。周ちゃんはひとつひとつの品を嬉しそうに紹介していた。周ちゃん曰く、リビングのテーマは食だそうで、食にまつわる世界の色々な道具が置いてある。それは古いものから新しいものまで。今日だけじゃ終わらなそうな長くておかしな説明に後藤さんは終始笑い、マサくんはふむふむって感じで頷いていた。

日が暮れても食卓にライトをつけて話は続いた。麦酒からワインへ、そして珈琲に切り替えて、次にお茶を入れてと話は尽きること無く続いた。運命のようなものは信じたくないと常日頃から口酸っぱく私には言い聞かせているけど、後藤さんに池尻の居酒屋で15年ぶりに会ってから数年。私達は結婚を捨て、それぞれの新しいパートナーと食卓を囲んでる。あの夜に会えたのに理由があるとしたら、今言えることはありがとうしか思いつかない。元夫が日に日に手に負えなくなっていき、私の沈み切った顔が友人達をどんどん遠ざけてゆく中で後藤さんは躊躇うことなく家に駆けつけてくれた。今日他愛もない話が出来ることが、一緒に熱々のジェノベーゼパスタを頬張り、持ってきてくれたメロンが喉をするりと通ってゆく時間がただとにかく優しい。優しすぎて危うく気づかないくらいだった。こんな日が私達の間をあたりまえのように流れていくなんて。

お祝いにくれたやちむんの水差し。私も周ちゃんも水差しが好き。だから出掛け先で美しい水差しに出逢っても簡単には買わない。ミントを活けた水差し、なんて素敵なんだろう。

今日の献立ー
スパイス煮卵
わさび菜のサラダ
胡瓜とひき肉の酢大蒜の炒め物
青柚子と白味魚のセビーチェ
黒酢とナンプラーの照り焼きチキン
ポテトフライとサワークリーム
家と近所の野菜でカポナータ
家のバジルでジェノベーゼ

6月13日

Journal 13.6,2022

朝からバタバタとポートフォリオのプリントをまとめて、急いでバスに乗った。打ち合わせは昼過ぎから。ふみえさんとの待ち合わせに10分遅れて現地に到着。ギリギリセーフだった。これだから田舎は嫌だ。2時間も早く家を出たのにな。

前に書籍の色校で来たことがあったビルだった。今っぽいオフィスからは東京がよく見える。当たり前のように住んでた街なのに、東京にいる方が今でも安心するのに、私の家はもうここじゃない。心が東京にシールみたいに張り付こうとしてるのがわかる。話は意図せぬ感じでトントンと進んだ。ふみえさんは背筋を伸ばして話を続けてる。やっぱりふみえさんって人が好きだし憧れる女性だなと思った。たくましくてかっこいい。ふみえさんがNYや東京でバリバリとテレビの仕事をしていたのがわかる。

担当の編集者の女性は偶然というか夢みたいというか、憧れの写真家の方とチームを組んで撮影されてる編集者さんだった。こんな事ってあるんだろうか。例えるならビヨンセと一緒にツアーを回ってるプロデューサーとテーブルを囲んでるみたいなもの。こんなにどきどきしてるのは久しぶり。心臓が飛び出そう。夢の夢の夢みたいな出会い。地球の裏側の砂漠に寝そべって星の数を数えるとか、アラスカでエキスモーと一緒にアザラシーの血を飲む方がずっと簡単。望んでも会えないような方に会ってしまった。もう今日があるだけで十分だなとも思った。心が弾んでる裏側でこないだの仕事の事がずっともやもやとした。写真が好きだけど、写真を撮ることに自信を失くしてる。最高と最悪が私の心の中を半分ずついるみたい。

ラーメン

Journal 31.5,2022

朝から雨。昨日より10度も気温が低い。多分、周ちゃんは低気圧でダウンしちゃうんだろうな。低気圧であんなに辛そうな人、今まで見たことがない。日中、授業の合間に美容ライターの長田さんのラジオで低気圧のダウンはまるでPMSだという話を聞いた。そりゃ辛い訳だよ。頭痛だけじゃなくて、気持ちのダウン。軽い鬱状態を示してるってこと。PMSは酷い人だと死にたくなる症状も出るほどだし、それはPMDDという鬱病の一種でもある。大丈夫かな。雨が強くなる度に気になった。

技能練習の授業を2回連続で受けて旅館に帰宅。今日の無線講習。車内がクーラーでガンガンだった。どう消していいのかわからないし、先生からは一方的にコースの指示がくるだけ。冷えきった身体、首も肩も慣れない運転でガチガチ。お風呂に入ろう。背筋がゾクゾクする。部屋に戻って横になったらいつの間にか寝ていた。

夕方過ぎに目を覚ました。すごくスッキリしてる。ノートパソコンで納品作業をし始めると旅館のおばちゃんから内線。「熊谷さん、夕飯まだ来ないの?」「今行きます!」慌てて食事場へ行った。「今日はラーメンだから。」おばちゃんはカセットコンロでグツグツと鍋に入ったスープを温めてる。おばちゃん、スープは煮詰めちゃ駄目だよと思った。今日もやっぱり旅館のご飯はしょっぱくて中々な味。昼の弁当も。準備して貰うのはとても有り難いけど、驚くほどに不味い。なんてことのないお浸しでも絶妙な味がするし、ご飯は毎回粒が見えないくらいぐちゃぐちゃ。うちのご飯が食べたい。そして、お腹一杯になってご機嫌で寝たい。

「私にどきどきしないでしょ。」今夜の周ちゃんは想像よりずっと低気圧のダメージを受けてなかった。「え?なにそれ。だって、ほうれい線伸ばしながら電話してる人にどきどきしないでしょ〜。」「そうじゃなくて、私達はどきどきが始まる前に付き合って結婚したでしょ。どきどきしたかったなと思って。」「え〜難しい質問だよ。」周ちゃんと離れて1週間。今更になって私は恋をしてると思う。テレビ電話に映る端正な目や鼻、綺麗な眉。綺麗に灼けた肌。周ちゃんを見る度に顔が少しゆるむ。授業中、何度も周ちゃんを思い出しては、先生が周ちゃんだったらどうしようと妄想しては小さく胸を高鳴らせてる。それから、周ちゃんの前の婚約者が大学の先生だった事も一緒に思い出して少しだけ嫌な気分になってやめる。なんて下らない考えだろうと思うけれど、好きな男の好きだった女は嫌い。わたしよりもずっと素敵な気がしてしまう。立派なアーティストだったと聞いてるけど、絶対に美人で賢くて私のように騒がしくない。きっと周ちゃんはその才能にも惚れ込んでいたんじゃないか。大学でその人を見かける度に、数え切れないくらいどきどきしたんだろう。

周ちゃんに出会って7ヶ月。結婚して3ヶ月ちょっと。今さらだけど、福島に来てから私は周ちゃんに恋をし始めた。順序がばらばらだけどこれは恋。周ちゃんに会いたい。

Journal 28.5,2022

合宿2日目。変な夜だった。話したいような話したくないような。周ちゃんは私を嫌いになってしまったんじゃないか。そんな気がしてならない。「低気圧の影響でまだ少し体調が良くないよ。だけど、今日は結構勉強できたよ。」顔がおかしい。調子が悪い時の周ちゃんの顔は糊で貼りつけたみたいな顔になる。そこには温度が一切消えていて、紙ぺら一枚みたい。真ん中をびりっと破いたら、うずくまった周ちゃんが隠れている気がする。だから、それ以上は触れられない。

電波が悪いみたいで話が途切れ途切れになった。何度も周ちゃんから「ちょっと聞こえなかったよ。」と言われて、同じ話を何度もした。「途中少し聞こえなかったかも。」しばらく黙った。別に聞こえても聞こえなくてもいい。ただ、生活が上手くいってないことや、梃子のことで不安になった気持ちだとか、丁度色々が重なったタイミングの状況について、それは私達の問題じゃないからと伝えたかっただけ。田舎暮らしを始めたのは私達の問題だけど、私が不具合を起こしているのは私達の問題じゃない。そこは私が解決するところだ。周ちゃんは十分に助けてくれてる。こうして、家を空ける度に梃子の面倒を見てくれたり、仕事で帰りが遅い時はご飯を作ってくれたり。十二分な程に頑張ってくれてる。私の問題。

1時間半くらい、よく繋がらない電話を続けた。会って話したい。私の感情が溢れる度に周ちゃんは私を嫌いになっていく気がしてならない。周ちゃんの笑顔が失くなったのは、本当に低気圧のせいなのか、私のせいなのかわからない。私は気持ちを素手で掴んでしまう。周ちゃんはそれを壊れ物かのようにそっと扱う。私達は似ているようで全然違かった。

ピンクの薔薇

Journal 20.5,2022

あ、打ち合わせ!気づいたのは9時50分。呑気にソファーでインスタ見ながら紅茶を飲んでいた。急いで支度をして書斎に向かう。今日は新しい仕事の打ち合わせ。コロナ前にあった連載は気持ちいいくらいきれいサッパリ全てが打ち切りとなった。なんだか今年から新しい風が吹いてる気がしてる。春に始まったキリンの仕事もそう。年単位のプロジェクトが始まる。またこうしてチームでの仕事が出来ることがすごく嬉しい。会社勤めは私には難しかったけれど、チームでの仕事は性に合ってる。久しぶりに会う現場にもスタッフにもどんどん愛着が湧いていくし、その楽しみはどんどんと膨らんでゆく。

今回の仕事は今までとはちょっと違うお仕事だった。コロナが始まってから、撮るだけじゃない仕事も増えた。考えたり、提案したり。撮影以外の仕事。今回もそんな感じのお仕事の依頼。食に纏わるプロが集まったメンバー。「ワカナさん、私で大丈夫?」打ち合わせの途中に何度も聞いた。メンバーの中には何人か知ってる顔もあった。

2年前、まだ離婚なんて選べなかった時に、まだ元夫が病気だなんて認められなかった時に、私達夫婦がやっぱり普通じゃない事やモラハラという言葉をナッチャンの話で知った。ナッチャンはデザイナーのちあきちゃんが連れてきてくれた子。一緒にうちでご飯を食べて、シングルだと聞いて勝手に作本さんを紹介したりして。背が高くてすらっと伸びた手足。街角で通り過ぎた時に、あ、綺麗なお姉さんって、辺りの空気がさらっとするような感じの子。離婚する頃、過度なストレスと目まぐるしく変わってゆく元夫が起こす色々な酷い現実が受け止められなくて夏が終わる頃には鬱が発症。わりと早い段階でストレスの軽減と共に病は治っていったけれど一部の友人を除いて殆ど誰とも連絡を取らなくなった。ナッチャンに最後に連絡したのは離婚の報告。それがきっと最後。「よしみちゃん、離婚して、今がすっごく楽しいよ!」初めて会ったときにナッチャンが言った言葉を何度も思い出した。いつか私にもそんな日が本当に来るんだろうか。朝から晩まで苦しくて、次の日が来ても朝から晩まで苦しい。そんな日がずっとずっと続いているのに、本当に?私はこの地獄から夫の色々から本当に抜け出せる?本当に終わる?何も酷いことがない今日が、ただお喋りしたり、ただ食べたり、ただ普通の、何も考えないで、目から涙がこぼれないで、歯の奥を食いしばらないで、胸が潰れるような事が起こらない今日が私にも本当に戻ってくるの?

人生っておかしい。世界で一番愛している人生を捨てたら私は死んじゃったけれど、命があればいつでも生き返ってこれるし、過去にいた友人にも会える。離婚を機に沢山の人と縁を切った。元夫と関係する人は全員と会わないことに決めて、元夫の影が見える場所には近づかない。「私たちのことを助けて」とお願いした人もいたけど、もう会いたくないから会うのはやめた。愛の為にと信じて我慢して嫌な人に会うのはやめた。きっと私は必要以上に色々を失ったと思うけれど、あの時間にあった元夫と関係のない色々までまとめて捨ててしまったけれど、こうやってまた会える友人だっている。

ナッチャンに打ち合わせで会ったら結婚を報告しよう。

パンケーキ

Journal 17.5,2022

4時くらいにパッと目が覚めて部屋で作業を始めた。なんだかもやもやする。気持ちが落ち着かなくて時間ばかりが追いかけてくるみたい。それに今日はいつもよりもずっと身体がどんどん冷えていく。6時過ぎ、梃子が周ちゃんを起こした。「ごめんね。周ちゃん。」「大丈夫だよ。」「お腹が好きすぎて気持ちが悪いよ。パンケーキが食べたい。」「うん。じゃあ、俺が焼くよ。」最近ハマってるパンケーキ。今日はちょっとスペシャルだった。チョコレートシロップと蜂蜜を交互にかけて、パンケーキを切る手とパンケーキを食べる口は忙しく一緒に動いて、あっという間に完食。「ああ、お腹一杯。」お腹は一旦満たされたけれど不安がまだ続いてる。直ぐに部屋に戻って納品作業をした。周ちゃんは仕事へ出かけて、コーヒーを入れ直してまた仕事。不安は未だ続いてる。spotifyでいつもなら聞かない感じのアユルベーダーのラジオを流しながら作業を淡々と終わらせた。不安はやっぱり続いてる。

午後は茅ヶ崎で一本取材。うちから茅ヶ崎だなんて小旅行じゃなくて、ちょっとした旅行だ。電車で2時間半。殆どが居眠りしたり、目を閉じたりした。不安はまだ電車と一緒に移動した。昔もよくあった。不安になってしまう日。気づいたら無くなってた。不安な日は話したくない。だけど、1度目の結婚をしてから無くなったような気もする。だけど、それはそれで、また別の、私のじゃない大きな不安がやってきた。やっぱりPMSなのだろうか。それとも更年期?30代から始まる人もいるって言われてる。どちらにせよ、ホルモンバランスが原因な気はしてる。

現場で久しぶりになおきさんに会った。あまりに突然でビックリして、ビックリしすぎて不安がそのまま飛んでいった。撮影はさっと終わって、さっと帰った。帰りに少しお喋りをしてなんだかすごく楽しかった。料理家さんの取材だったからか、フミエさんとの料理本の事だとか、フミエさんって素敵だよなとか、なんだか頭の中に色々がぐるぐると回った。フミエさんとお喋りがしたい。