パンケーキ

Journal 04.7,2022

朝はゆっくりと過ごした。周ちゃんは珍しく二度寝をして、私は読みかけの本を読んだ。寝起きの周ちゃんとぽつぽつと話し始めたアドラー心理学の話で盛り上がって、もっと詳しく話そうと散歩に出た。お題は結婚コンプレックスについて。

結婚2回、離婚1回。もう結婚にはコンプレックスも何も無い。だけど、確かに一度目の結婚では、しっかりとコンプレックスの渦にしっかりとぐるぐる巻にされていた。今思い出すとゾッとするような会話を既婚者の友人と当たり前のように話していた。「独身の友人って、どうして独身なのか理由がわかるよね。」「わかる。わかる。」たまたま結婚しただけなのに、そこには何故か断絶された大きな境目がしっかりと見えていた。あれって一体何だったんだろう。「それってさ、中学とか高校の時に男が童貞か童貞じゃないかみたいな話に似てるよ。どんなに勉強ができても、運動ができても、童貞捨ててるやつの方がすごいみたいになっててさ、今となっては本当に意味の無い話なんだけど。」「その例えすごいね。」幻想がいつしか現実になる。それは未婚者も既婚者も一緒になって作り上げた世界のように見えた。敢えて口には出さないけど、そこに漂う空気みたいに誰しもが感じてたんじゃないか。そうやって結婚コンプレックスは双方の想いの中で勝手に堂々とひとり歩きしてる。

離婚して良かったなと思うのは、結婚からドロップアウトしたと思っていた私が、結婚は私の意思で捨てたのだと理解した時。離婚した私にバツがつくのではなくて、私が駄目だから離婚したわけでもなくて、私達の関係性は生きていく上で私も彼も幸福になれないと判断したから。私は幸せになる為に結婚をやめた。彼が病気だったりとか、お酒で暴れるからじゃない。愛が失くなったわけでもない。最期までしっかりと愛していたし、だから憎んだ。それに、離婚してしばらくすると、独身の友人が私の食卓を賑わすようになったのはとても面白いなと思った。彼女達は私が知っていた以上に自立していて、器用に自分の為に幸福を作りあげる事が上手な事にも驚いた。中には彼氏がいない女も沢山いる。そして、時々、気になったのはシングルである彼女達がシングルである事に引け目を感じているように見えたこと。私からしたら何ひとつだって欠けてない。男と幸せを交換なんてしなくたっていい。

結婚を決められない彼氏ともう長いこと同棲してる友人は別れるタイミングを失って、次の人を探すこともいつしか諦めて家を出れない全てを飼い猫の所為にしてる。美人で可愛らしい女だったけれど、最近はもうあまり会ってないし、誕生日にメールしたら、もう祝う歳でもないからとさっと返信がきた。既婚者の友人は夫が子供を欲しがらないそうで、仕事もあるし、子供は別にいいかなって言ってたけど、彼女が夫と旅行やデートをしないのは猫が3匹いるからだと言ってた。最近結婚した友人は長い事セックスをしてない。結婚願望が強い子で結婚しないのならもう先は無いくらいに半ば脅しかけた状態で結婚を決めたけど、よしみちゃんははまだ付き合いたてだからセックスしているだろうけど、うちはもう4年くらい付き合ってるからさ、私も別にしなくていいしと言ってた。離婚して気づいたのは、男イコール幸福みたいな幻想も結婚コンプレックスの延長線上にあったこと。いつでもどこでもひとりでも誰といても幸せになっていいのだし、どうして結婚したり男がいたら我慢しなきゃいけないんだろう。それに、別に結婚状態は自然自発的に幸福を生むものじゃないし。夫や彼氏っていう人間は湧き出る泉のように私に幸福を与え続けてくれるものでもない。上から目線で語らう幸福に蓋をする既婚者と、どこか引け目を感じながらも自ら幸福を積み上げてく未婚者。もちろん全ての女がそうじゃないけれど、私の知ってる東京では珍しくない光景。いい悪いじゃなくて、そこはただ、一方通行で冷たい場所に見えた。そっと腕を掴もうとしたら、さっと引き払われるみたいに。

「結婚コンプレックスってなんなんだろうね。」「男でも会社員だとあるかもしれないけどね。」「ただの幻想に過ぎないのにね。」結婚なんてというか、結婚はいいものもでもないし、すごいことでもない。ただの制度。そこに幸福を肉付けしていくのは互いの努力であって、結婚自体には何の価値だってない気がする。それに、個人的には独身の女たちが羨ましい。周ちゃんのことは世界で一番愛しているけれど、いつ誰と恋に堕ちてもいいなんて、あまりにロマンティックすぎる。それを世の中は自由気ままというかもしれないけれど、どうして一度きりの人生を好きに生きちゃいけないんだろうか。

夕飯

夕飯 02.7,2022

久しぶりにのんびりと過ごした休日だった。自転車でちょっと先にあるアウトレットへ買い物に行って、ナイキで夏に履くサンダルを買った。国道沿にあるスタバで家族会議。夏休みは沖縄と東北へ、クリスマスはNYに、年末年始はL.Aで過ごそうかと話した。後は結婚した記念にいつ写真を撮るとか、家計簿についてとか。あと、旅行貯金をしようとか。それから、庭に向日葵を植えようとも話した。ありふれたような暮らしがずっとしたかった。ただ、一緒に夏を走っているだけなのに、嬉しくて楽しくて仕方がない。

山形のだし

おかず 30.6,2022

梃子の散歩から帰ると、いつものように周ちゃんが庭の水やりをして、ぷりぷりに太った胡瓜と少し小ぶりの茄子をとってきた。キッチンに立ち、早速なにやら料理を始めた。聞くと山形のだしを作ってるのだとか。夏と言えば、やまがたのだし。暑い日に最高のだし。

だしは野菜が細かいのも美味しいけど、私は少し大きく切ったものが好き。周ちゃんのも少し大きかった。「私、野菜は大きいのが好きなんだよ。」「食感が楽しめていいよね。」「私達、気が合うね。」昼食も夕食もだしを食べた。明日から7月。なんだかすごく気分がいい。

山形のだし
胡瓜
茄子
紫蘇
ミョウガ
生姜
醤油 大さじ4
みりん 大さじ1
酢 小さじ1
砂糖 小さじ2

ベーグル

パン 29.6,2022

佐藤くんに頂いた新作だというベーグルにサワークリームに蜂蜜を混ぜたものを塗って朝食に食べた。昨晩は話に夢中になった周ちゃんがガスコンロに火をかけているのを忘れてあっという間に表面を真っ黒に焦がしてしまったけれど、今日はいい感じの焼き加減。今日は家族でヘレナの誕生日会の約束をしてる。12時に浅草の月見草で待ち合わせ。母が好きなレストラン。

午後から取材撮影があるから早めにレストランを後にした。姉と一緒に駅まで歩く。駅前のロッカーに兄から預かったらっきょう漬と手作り味噌、カボス胡椒があるから渡したいのだそう。これからオフィスに行くのに、らっきょうの匂いが紙袋からプンプンしてる。どうしよう。「兄の愛だから仕方ないね。」と姉と笑った。駅の改札で何度もハグして少しだけ泣いて笑った。そんなに話はしなかった。お互いにもう十分だという感じだったと思う。だって苦しみを言葉にするのだって面倒。幸せになりたいから。そんなものに費やしてる時間が勿体無い。私達が強いんじゃなくて、あまりに過去が酷かっただけ。ここまでの道のりが長かった分、戻りたくないという気持ちが大きい。もう笑うしかしたくない。今週の土曜日の便でL.Aへ帰る姉。あっという間の1ヶ月だった。「次は年末ね!」と言って地下鉄へ降りた。

夕方、家に帰ってから姉にLINEした。
“気をつけてね。”
“安心してL.Aに帰れるよ。”
“なんで食事会の時に泣き出したの?”
“色々を思い出したらさ、よくここまで来れたなって。よっちゃんが色々と頑張った先にあったのが結婚だったんだって。周三さんの「結婚させて頂きました。」ってみんなの前で言った言葉で色々と溢れてきちゃってさ。”

一年前の夏。7月か8月の暑い日に春から迷っていたカウンセリングに行き始めて、それがきっかけで心理学のワークショップにも通い始めた。前に進んでいる筈なのに、なかなか終わらないトラウマにもう飽き飽きしてた。いい加減にして欲しかった。それに、心理学は15歳くらいの頃から興味を持っていたものだったから、夢のひとつが叶ったような気持ちにもなった。その辺りから、私はまた一つ加速して変わった。同じ頃に見つかった梃子の癌を乗り越えられたのは、梃子は大丈夫。って信じることが出来たからだったし、信じようと決めたら後はもうとにかく乗り越えるだけ。勇気は一緒についてきた。そしてあれだけ私を脅かしていた街を走るグレーのバンも、マンションの前でバタンと閉まる夜中のタクシーもいつしか姿を消した。毎日が平和の続きだった事を思い出した頃に、誰かが忘れたハンカチみたいに周ちゃんが私の前に現れた。

最近になって周ちゃんは出会った頃の話をしてくれる。私は私が知っている以上にやっぱり男に怯えていて、周ちゃんはもしかしたら私を救いたかったんじゃないか。そんな気さえした。周ちゃんに聞いたら違うって言いそうだけど、あの頃の私はきっとすごく怯えていた。初めて恋をして、初めて男に触れた時のことは何となく覚えているけれど、あの時のそれじゃない。男を知っているのに男が見えないのは、オセロの片面しか見えなくなってしまったみたいな世界だったと思う。とにかく今日を生きるのに必死で今と比べると全てがとても生きずらい毎日。最近は腹を広げて寝る犬みたいに安心しきってるけれど、周ちゃんがいきなり怒ったりしないか、周ちゃんがいきなり私の首を絞めてきたりしないか、周ちゃんがいきなり声を荒げて私に。どれもこれも狂った過去の世界が周ちゃんの仮面をしてまで私の日常をしばらく戻してくれなかったのに、いつしかあっという間に綺麗さっぱりとそれはいなくなった。

“周三さんとよっちゃん、すごくいい関係だったよ。
またパートナーが欲しいと思うかはわからないけど、少し羨ましいなと思ったよ。”
“ほんと?私は未だに結婚が全てじゃないって思ってるよ。周ちゃんは問題はないけど、私が私と戦ってるよ。”
“頑張りすぎないでね。”
“わかってる。”

私達の結婚は、私と周ちゃんだけのものじゃない。私達には、姉や兄も含まれているし、父や母も。梃子だってそう。私は私の身をひとつしか持ってないけれど、その私を支えているのは私の家族だ。いや、私の家族だけじゃない。東京にいる友人だってそうだし、世田谷に住んでいた時の近所の友人たちとは一番大変な時期に伊勢神宮へ旅行した。遠く離れたパリのまゆみちゃんだってそう。一通の手紙を通して私を毎月のように支えてくれた。結婚は幸せのゴールではないし、結婚は全てじゃないけど、安心で安全で平和な生活は周ちゃんがくれたものだ。だからとゆうか、私がこれから出来ることは、もっと世界に優しくなったりだとか、もっともっと勇気を持って生きたり、美味しいご飯を作るとか、写真を撮るとか、なんだろう。私にできることを沢山の人に返したり、あげたりしたい。

黒酢のチキンカレー

カレー 28.6,2022

午前は近所にある病院で健康診断を受けた。待合室でやっぱりと思って周ちゃんにLINE。私がもやもやしてたこと。なんだかここ数日厭だったことを少しだけ書いて送った。メールで伝えるのはよくないから今夜周ちゃんの友人が来る前に少しだけ。多分、PMSのせいもある。変なことまで色々と考えた。この人と結婚する意味ってなんだったのだろう?心がひっくり返したみたいにパタンと私は違う色になって、二日間、周ちゃんには触れなかった。触れて欲しくなかった。

朝に梃子の散歩にでると、周ちゃんから手を繋いできたけど、私はそっと手を離した。周ちゃんは昨晩から気づいてる。「俺が悪いんだよね。ごめん。」って寝る前に言ったけど、どうして嫌なのか整理のつかない気持ちを閉じて、「今日は暑いね。」と言って背中を向けて寝た。周ちゃんは私のどこに惚れたんだろう。現代美術を学んでる彼にとって、文化人類学と共に生きてきた彼にとって、数々の作品や偉業を成した沢山のアーティストと肩を並べて仕事をして、そんな恋人がいた彼は私のどこに魅力を感じたんだろう。女や人生に疲れちゃったんだろうか。

私みたいな中途半端な女が周ちゃんを満たすには半日で十分な気がする。写真作家になるのはいつかに諦めたし、だからって商業にどっぷり浸かるのも拒んで、どれもこれも私なりの塩梅で世界から見てきた答えがこれだ。

中途半端。そして、それは私らしい。偉くも凄くもならなくていいけど、強くなりたいとも思わないけど、私は私の声を聞きたい。こんな私のどこが周ちゃんの心を動かしたのかさっぱりわからない。そして、最近の周ちゃんは以前よりももっともっと私を好いてる。庭に置いた朝顔の鉢を毎朝覗きにくる子供みたいに、私を見てる。その眼差しがくすぐったくもあり、嬉しくもあるけど、本当に全くわらない。それに、今日だってまた私は怒ってる。けどそれは周ちゃんが私の怒りについて褒めてくれたからだ。「よしみの良いところは怒ること。誰かを貶める為のものじゃなくて、何かを変えるきっかけになるから。すごいと思ったんだよ。」何がどうなってるのかやっぱりわからない。ただ、私が私を思いっきりに生きようとすると周ちゃんは気に入っていくように感じる。

夜にキュレーターの高橋くんと、佐藤くんが家に遊びに来てくれた。佐藤くんはベーグル作りにはまって、先月に岡山までパン屋の修行に行ってたのだそう。美術館と食というテーマで新しい事業を立ち上げようと考えてるのだとか。3人で仕事の話をしてる。私の知らない周ちゃんを見るのが私は好きだ。緩やかな曲線が私と混じり合ってる時も好きだけど、メガネひとつとっても、その際立った輪郭に胸が少し赤くなる。周ちゃんじゃなくて、夫とか、男みたいに見える。

高橋くんは東北の美術館へ4年間いくのだと聞いた。新しい仕事、新しい暮らしが始まる。あちらでの生活がどんな風になるのか想像しただけでも楽しそう。仕事、芸術、雪。そこはどんな世界なんだろう。素直にすごく羨ましい。最近、私は変わりたいと強く望むようになった。東京にいる時はこのままでいる事を常に考えてたのに、真逆だ。なんなら、もっと田舎へ、海外で暮らしてみたいとも思う。私が知らない私を世界の事を知ってみたい。東京の仕事や東京の友達も大切だし大好きだけど、味をしめちゃったみたいだ。有名レストランで食べる有機野菜がのったお皿の上はインスタで見たとおりに華やかで美しいけれど、田舎で食べる地場野菜は舌の中であまりに刺激的で私の記憶を掴んで離してくれない。人生があと何年かわからないけど、ちゃくちゃくとビンゴカードを潰していくよりも、ビンゴしてみんなに凄いねと褒められるよりも、ビンゴしないって決めちゃうのも野蛮で私らしくて素敵かもしれない。どうせ死んだら消えちゃうのだから。

夕飯

Journal 26.6,2022

午後に編集のリリさんが、その後に入れ替えで夜から編集の成田さんが遊びにきてくれた。それぞれの朗報は心温まる話でとにかく嬉しかった。今日の周ちゃんは緊張していたのか、まるでインタビュアーみたいに喋ってた。

周ちゃんは私との出会いについて、直感で結婚を決めたとプロポーズのときに言っていたけど、若くして結婚を決めたリリさんの決断はすごいし、その気持ちが僕にはわからないって話をしていて、変なのと思った。周ちゃんは用意周到だ。何でもよく考えて物事を決めるし、そのお陰で私は安心で安全な生活が送れてる。私は直感的な男をよく知っているし、それは周ちゃんとは真逆に生きてる男だった。じゃあ、周ちゃんの言う通りでいいはず。だけど、どこか胸にひっかかる。だって、じゃあそれなら私は周ちゃんのどこに何に魅力を感じたんだろう。夜は一言も喋らずに背を向けて寝た。

メロントースト

Journal 25.6,2022

上野に着いたのは11時過ぎ。上野公園口で降りると、真夏のど真ん中に放り出されたみたい。熱々に混ぜられたそれはあっちこっちに弾けて飛んで行ってしまいそう。人混みを見ているだけで目がクラクラした。周ちゃんの後を追いかけてレストランへと急いだ。「なんでこんなに混んでるの?」私がイラついて言うと周ちゃんはいつもみたいに笑ってた。途中で何枚か写真を撮って到着。しばらくして父、母、姉とマルコとヘレナ、兄とりーちゃんが到着。それから10分くらいして、周ちゃんのお母さん、弟、先週コロラドから帰った妹のみつきさんと子供達が部屋へ入ってきた。周ちゃんは朝から落ち着かない。話を半分聞いているようで聞いてない。席について慌ただしいままに頼んだドリンクを手にして乾杯をすると姉が計らったみたいに泣き出した。「ちょっとー!」「ごめんごめん。だってさ。」つられて妹のみつきさん、周ちゃんのお母さん、私の母まで目に溢れる涙を拭い始めた。

姉の涙や鼻水が私のピンク色のハンカチを濡らしていく中で、私にも色々が溢れていった。兄は代理人となり、連絡が取れなくなった元夫と離婚の交渉人役として色々を進めた。その間、姉は毎日、多い時で日に2度か3度、電話をくれた。元夫からの何かがある時だけじゃなくて、私の心が冷えてゆこうとする度に電話を鳴らしてくれたんだと思う。私の離婚は最後は一人で終えたけれど、私が一人で終えられるようになるまで兄弟が必死に終わらせようと助けてくれて、支えてくれた。「これは裁判するしかないよ。」冷静だった筈の兄が言いだした時、「裁判はやめよう。」一番裁判を望んでいた姉が裁判はすべきじゃないと言った。「これ以上苦しむことはないんだよ。裁判をしたらもっと傷つく。それに、長い時間もかかる。彼を法的に罰したとしても苦しまなきゃいけない。あの男がした事は許されないことだけど、私たち家族が望むことはよしみが1日も早く幸せになることだから。」それから姉はもう裁判って言葉を言わなくなった。いつも、「うん。」「うん。」って私が話す言葉をただただ全てを受け入れるように聞いてくれた。私が笑う日を一番に望んでくれた家族は、過去の色々を白状な程に忘れて笑ってる私を見て、笑って泣いた。

料亭から見える上野の不忍池は緑緑しくて力強い夏だった。あの日々の事をこれからもどんどん忘れていったとしても、今日のことは忘れたくない。周ちゃんは色々を頑張りすぎて疲れたのか20時過ぎには布団に子供みたいに転がってた。今、私も私達家族もすごく幸せだと思う。みんなが笑ってる。とにかくそれだけでいいと思った。家族が好きだ。大好きだ。先週に姉には言ってある。「また昔みたいにL.Aに通おうと思って。もちろん一人で。」「え?なんで。」「前の結婚の時は、奥さんとしてそういうのダメかなって思ったんだけど。私の人生だから。」「いいんじゃない。」



6月24日

Journal 24.6,2022

“お祝いを渡したいのだけど。” 夕方過ぎにいまむからメールが入った。春の個展が終わってからずっと元気がでないと聞いてたから、メールを貰って少しほっとした。”ちょっと意見が聞きたいの少し時間ある?” “いいよ。” 電話をかけると外にいるようで、遠くに子供の声が聞こえた。「仕事のことだよね。それで。」メールで書いた内容の続きを手短に話した。「よしみちゃんが言いたいこと、それが全部?」「端折ってしか話してないけど、だけど大丈夫。もう解決してるし、私が聞きたいことは別のことだから。」「そうだよね。端折ってるよね。とりあえずわかった。じゃあ話していいかな。まずなんだけど、それ、とても酷い話だよ。俺が仕事をする上で話すと、。」いまむはいつもよりもずっと早い口調で話はじめた。私に起こったことが仕事としてどれだけ被害を被っているのかとか、仕事をする上でのクライアントとの関係性として不当であること、それから、私がそれを庇う必要がないことを強く指摘した。そしてどうすべきかも3つくらいに提案してくれた。私は相手を悪者にしたくなかったから、もっとしっかりと出来事の詳細を話した。

いまむは代理店仕事が多い。いわゆる誰もが聞いた事のあるようなビッグクライアントのディレクションやプロデューサーをしてる。今までにきっと大変な現場や、どうにもならない事だとか、とにかく色々を乗り越えてきたんだろうと思った。いまむが話している言葉には重みがあって、ずしりとなにかを感じた。だから、こんなにも怒ってるんだと思った。こんないまむを見たのは初めて。だからか、いまむの言っていることは正しいようにも聞こえた。どんな立場であろうと対等に仕事をすべきであること、フリーランスだからって立場が低くなる必要はないし、きちんと尊重すべきなんだよ。じゃあ悪いのは誰か。そこまで話は進んだ。

電話を切ると部屋の中も外も夜がすっかり始まっていた。窓から周ちゃんの自転車が駐車場に停まる音が聞こえる。だいぶ長い時間話し込んでたみたいだった。部屋で着替える周ちゃんに電話のことを話すと、目を赤くして涙を拭うのをみた。気づかないようにしたけど、そんな周ちゃんの姿を見て私も泣きたくなったし、話し続けた声は少し震えていた。「いい友達を持ったね。僕もディレクションの仕事をしてきたけど、本当にその通りだと思う。」それから、私に起きた事だけじゃなくて、周ちゃんが過去に経験した仕事の話を聞いた。信頼関係が崩れること、そういう人がいること、そして、やっぱり信じたいと思う気持ちがあるのは悪くないってこと。そうやっていい仕事を築いていきたいってことを熱く語りあった。

なんだかとにかく驚いてる。いつもふにゃふにゃしてるいまむが酷く怒ったことも、私が知らないうちに自分を責めていたことも、良好な関係を築きたいが為に相手を庇っていた事も、そしていつしか被害を被っていたんだということも。いつもよりもずっとやりずらかったその仕事にはきちんと理由があちこちにあって、その理由が答え合わせみたいに見えた。いまむが最後に言った言葉が胸にずっと響いてる。「よしみちゃん。信頼していいんだよ。」私が一番に恐れていたこと。信頼関係は築かない方がいいの?一線を引いて仕事はした方がいいの?独立してから信じてやってきた仕事のやり方が崩れて、なんだかもうこの仕事をやめたいとも思ったけれど、そうじゃなかった。いまむがそうじゃなくしてくれた。「どんなに大変なクライアントだろうと、どんなに大変な仕事であろうと、仕事はうまく回せるんだよ。それが僕らの仕事だから。」

変な話だけど、私はやっぱり愛を信じてる。温かい人や温かい場所が好きだ。自分さえ良ければいいなんて思いたくないし、誰かが悲しんでいたり、誰かが大変な想いをするのもいやだ。一緒に笑いたいし、泣くときも一緒でいい。いつかいまむと仕事がしたい。そして、私はこれからもしっかりと信頼して行こうと決めた。それから、車を買ったらいまむを海へ連れて行ってあげよう。私達は海が好きだから。何もなくても夏じゃなくても秋も冬も春だって海を見に行くのが好きだから。

6月23日

Journal 23.6,2022

朝食は瞳ちゃんと外苑前のベルコモンズ跡地にできた青山グランドホテルにあるBELCOMOでモーニング。青山が好きだけど、青山は子供の時から知ってるけれど、変わったんだろうか。変わっていなそうな気もする。レストランの朝は東京にしか生息していなそうな男や女がちらほらといた。まるで紙面みたい。綺麗に全てがパズルのように整理されてる。

席について瞳ちゃんはアボガドトーストを、私はサラダパンケーキを頼んだ。お互いの近況や、瞳ちゃんが最近少し困っていることや、仕事の話をした。最近ずっと考えてることがあった。田舎暮らしを初めて気づいたことがある。新しい未知の生活と共に私の中にやってきたイライラは私が東京をコントロールする女だったからだということ。離婚して一人暮らしを始めると、とにかく楽だった。好きな時に寝て好きな時に起きて、好きな時に食べて好きな時に酒を飲む。誰にも何も言われない部屋で。1日中パジャマを脱がなくてもいいし、洗いざらした下着が捨てられなくてもいい、日記はいつまでもテーブルに開いたままで、一昨日に食べる予定だった食べかけのケーキだって冷蔵庫に眠ったままでもいい。だって1人じゃ食べきれないもの。いつかきっと食べるもの。

やっぱりあの服が欲しいと思って電車に飛び乗れば、あっというまに新宿伊勢丹に着くし、PMSが始まれば固く家の扉を閉じて携帯はカバンの中に入れっぱなしにすればいい。誰かがいないだけで、私だけの世界はこんなにも早く上手にくるくると、手を上げれば直ぐに止まるタクシーみたいに、スムーズに世界へ向かって走っていく。私がひとりになって手にしたのはコントロール出来る世界。簡単にそれが手に入る東京だった。瞳ちゃんの話を聞いていて、そんな私の事を思い出した。「積み重ねていないことが好きじゃないの。」瞳ちゃんの言葉に深く同意した。私もそう。だけど、東京は空っぽの紙の家を簡単に建てられる。あたかも、本物かのように。

周ちゃんがこないだ言ってた。「東京はなんでも買える場所だよ。」それは、東京はなんでもが手に入らない場所だっていう意味らしい。日本のあちこちに行き、その土地の研究を重ねていく中で知ったことは、その場所でしか見えないこと、手に入らないものがあるってことだそう。流通には乗らないもの。それはどんなにお金をだしても東京では出会えない。物だけじゃなくて人も事も同じくして。

数ヶ月前にミオちゃんに「どうしてあんなに結婚で苦しんだのにまた結婚を選んだの?」って聞かれた。すごくいい質問だと思った。もし私達が動物だというならば、きっと私はこのままだと危ないと思ったのかもしれない。どんどんと世界をコントロールすればするほどに私の世界は狭くなっていく。色々が見えなくなっていく。中年にさしかかって生きやすさを手に入れた分、きちんと失うものもあった。そして、東京を出たからこそ私がそういう女だったんだって気づいた。ひとりで生きていくのは楽しい。今思い出してもうっとりする日々ばかりだった。久しぶりに友人と沢山の話をして、沢山のことを考えた。

6月22日

Journal 22.6,2022

3時半に起床。歳をとるたびに心の棘が私の眠りを妨げるようになっていくように思う。大したことじゃないのになと頭ではわかってるけど、今日もそう。白湯を入れてもう一度ベッドへ横たわった。目をつぶってるだけでもきっといい。それに、今夜は世田谷の家の近所の友人とご飯の約束をしてる。夜は私をしっかりと癒してくれることはもうわかってる。

撮影が終わったのは早い夕方。予定よりもずっと早く終わった。外苑前のホテルに戻ってバスタブに湯を張っている間、ポテトチップスの封を開けてビールを一気に飲んだ。待ち合わせよりも少し早くホテルを出てZARAへ寄ってからレストランへ向かった。表参道。この道を歩くのに何かを感じたことなんて一度も無かったのに、子供の頃も、大人になる途中も、大人になってからも、ただの通りだったのに、ここは表参道なんだって。2日目の東京の夜、いつか東京へ帰りたいと心のどこかで感じていた気持ちはもう殆どないみたいだった。ここは、東京は、これ以上は私を満たしてくれなそう。楽だけど、稼いで買って、稼いで食べてのサイクルをぐるぐると回るだけの東京にはずっと昔に飽き飽きしてたんだった。東京が気に食わないのはいつだって浮ついてるから。どうしてそんなにみんなが騒いでるのか全くわからなかったから。私の心は全然弾んでなくて寂しかったから。東京は寂しくないけど、寂しかった気もする。

店の少し前でいまむと合流。いつもの通りでいまむは全身真っ黒の服。店に入るとしみるさんはビールを、たまちゃんは何味がわからないというビビッドなピンク色の酵素ジュースを飲んでいた。私といまむはワインをオーダー。この4人で囲む食卓は久しぶり。正月以来かな。お皿に盛られた美しい料理は少し塩気が多くて、話す度にワインで流し込んだ。薄暗い店内をローソクが灯す夜はそこにある全てが綺麗に輪郭をなしていくみたい。たまちゃんは来月で妊娠8ヶ月になる。ずっと気持ち悪いと笑ってたけど、たまちゃんの笑顔を久しぶりに見た気がする。時間はあっという間だ。春はいつしか終わってもう夏がくるんだった。そして秋が来る頃にふたりの赤ちゃんが産まれる。いまむはみどり荘でやった個展のあとからずっと元気がないと言ってた。もう4ヶ月も経つのに、私が引っ越してからも4ヶ月。それぞれの時間がそれぞれでそれぞれだ。帰り道の表参道。コロナの前みたいに沢山の人がいて、通りにあるブランドのショップでパーティをしているのか、アップテンポの大きな音がいつかの東京のようだった。

佐藤錦

Journal 21.6,2022

昨日は朝にパリのマユミちゃんから手紙が、夕方に福島の教習所から山形の佐藤錦が届いた。仕事から帰った周ちゃんにさくらんぼの包みを冷蔵庫から見せると嬉しそうな顔。周ちゃんは山形で8年の間、大学と大学院に通い、そして大地震が起きて中国への留学を諦めて震災復興に2年。そして、3年前に別れた婚約者と出逢った。周ちゃんにとって山形は思い出が沢山詰まったところだ。その頃の私と言えば、やっぱり東京で恋しかしてなかった。世田谷で一緒に生活してたグラフィックデザイナーである寺の坊主と別れて恵比寿でデペロッパーの男の家に転がり込んだ頃。スチャダラパーのボーズさんに可愛がってもらってた彼に夏に野音でやってたスチャとTOKYO No.1SOUL SETのライブへ連れて行ってもらったのがきっかけで恋が始まった。それから、かせきさんのミックスを貰ったりして、私の中には東京がまた色濃く流れて行った。周ちゃんとは年が一つしか変わらないのに、当時の私はとにかく東京でうだつの上がらない生活をしてた。夜ともすっかり仲良しで、名前の知らない友達は数え切れないくらいにいて、私もその中の一人みたいで恋でもしてないと息が切れそうだった。けど今日も明日も明後日も昨日も同じだったから、哀しいこともなければ、お財布はいつも空っぽだし、何も失うものもなければ何でも手に入るような気分だった。そんな頃にまゆみちゃんと出会った。まゆみちゃんと出逢ったのは当時バッハで働いてた山口くん家で今は奥さんになった坂本美雨ちゃんと付き合いたての頃に開いた華やかな家飲み。私は前日に大西さんとカエルさんせいかちゃんと祐天寺のばんで呑みすぎて泥酔してどこかでこけたからお湯割りのお酒を飲んでた。まゆみちゃんはそんな私を気に入ってくれたのか、どうしてかわからないけどあっという間に私達はなかよしになり、パリにも2度ほどお邪魔して、1度は作品撮りを手伝ってくれた。

さくらんぼを食べながらまゆみちゃんの話を周ちゃんにした。まゆみちゃんがパリに行った経緯とか、グラフィックデザイナーをしてたとか、センスが抜群にいいとか、なかなかいない友達だとか、両腕に入ってるサークルのグリーンとブルーのタトゥーの話とか、そして、過去のまゆみちゃんが大好きだけど、最近のまゆみちゃんは昔を脱ぎ捨てたように変わって今まで以上に素敵になったという話をした。それから手紙の中に私の過去の色々、離婚したり結婚したりの色々な行動が今のまゆみちゃんに勇気をくれたよって書いてあったのが嬉しかったことも話した。私はさくらんぼを動物みたいに貪って食べながら話し続けて、周ちゃんはただただ笑顔で聞いてくれた。

食卓で光るさくらんぼ。私が知っているさくらんぼよりもずっと大きくて、ずっと赤くて綺麗。私はまゆみちゃんが大好きだし、私の方こそまゆみちゃんに沢山の勇気を貰ってる。それに、こうして話を聞いてくれる周ちゃんといるようになって、昨年よりも一昨年よりもずっとずっと人生が鮮やかに色づいてきてる。幸せは作るものだとよくいうけど、私はいつだって幸せになりたかったし、そのことについては努力を惜しまずやってきたつもりだけど、頑張ったからと言って手に入るものじゃなかった。それは私の中に内包されているものではなくて、私が愛してる人たちの愛情のそれぞれが世界を色鮮やかに照らしてくれてるように見える。温かい色で光って見える。

昼食

Journal 20.6,2022

お昼を過ぎる頃に料理の下ごしらえが終わって庭のバジルをたっぷりと収穫した。今日は久しぶりに朝から夏日。梅雨の合間の晴れだからか、すごく気持ちがいい。顔を真っ赤にして家に到着した後藤さんとマサくんに冷えたビールグラスを出して4人で乾杯。周ちゃんはいつものノンアル。食卓から見える部屋中にある不思議なものに興味津々のふたり。いつの間にかそれは日常になってしまったけれど、確かに周ちゃんの不思議なものたちは奇妙だ。やたらと大きな木のスプーンとか、何に使うのか検討がつかない形をした網だとか、初めて見るようなものばかり。周ちゃんはひとつひとつの品を嬉しそうに紹介していた。周ちゃん曰く、リビングのテーマは食だそうで、食にまつわる世界の色々な道具が置いてある。それは古いものから新しいものまで。今日だけじゃ終わらなそうな長くておかしな説明に後藤さんは終始笑い、マサくんはふむふむって感じで頷いていた。

日が暮れても食卓にライトをつけて話は続いた。麦酒からワインへ、そして珈琲に切り替えて、次にお茶を入れてと話は尽きること無く続いた。運命のようなものは信じたくないと常日頃から口酸っぱく私には言い聞かせているけど、後藤さんに池尻の居酒屋で15年ぶりに会ってから数年。私達は結婚を捨て、それぞれの新しいパートナーと食卓を囲んでる。あの夜に会えたのに理由があるとしたら、今言えることはありがとうしか思いつかない。元夫が日に日に手に負えなくなっていき、私の沈み切った顔が友人達をどんどん遠ざけてゆく中で後藤さんは躊躇うことなく家に駆けつけてくれた。今日他愛もない話が出来ることが、一緒に熱々のジェノベーゼパスタを頬張り、持ってきてくれたメロンが喉をするりと通ってゆく時間がただとにかく優しい。優しすぎて危うく気づかないくらいだった。こんな日が私達の間をあたりまえのように流れていくなんて。

お祝いにくれたやちむんの水差し。私も周ちゃんも水差しが好き。だから出掛け先で美しい水差しに出逢っても簡単には買わない。ミントを活けた水差し、なんて素敵なんだろう。

今日の献立ー
スパイス煮卵
わさび菜のサラダ
胡瓜とひき肉の酢大蒜の炒め物
青柚子と白味魚のセビーチェ
黒酢とナンプラーの照り焼きチキン
ポテトフライとサワークリーム
家と近所の野菜でカポナータ
家のバジルでジェノベーゼ

麻婆春雨

中華 15.6,2022

朝からどんよりしてる雲。早く夏がきたらいいのに。午後過ぎまでデスクワーク。今日も仕事の話を友人達とした。愚痴になるのは嫌だから、彼女なら彼ならどうしたかな。友人達の声に心を癒しながら、クリエイティブの仕事だとか、仕事における信頼関係ってなんだろうと模索した。今までが恵まれすぎていたと言えば、そうだったのかもしれない。いつも恋の話しかしない編集の加藤さんとは今度ゆっくり話そう!と約束した。なんだかこういう流れも面白い。色々を考えるきっかけになったし、もしかしたら良かったのかもしれないとも思った。この1週間で確実に私の中で新しい何かがむくむくと芽生えてる。それに、その仕事から離れることでずっと後回しにしていたことに力を注げるようになったことも手伝って、私のなにかはどんどん加速し始めた。そして昨日お会いした編集者さんとの出会い。背筋がしゃんとしてる。

なんだかこの感覚ってアシスタント時代みたい。早朝の待ち合わせに遅刻しないようにとアラームは3つくらいセットして、今日の師匠の機材はどんなで、また海に入るのか、また山の中へ入るのか、どうにもロケバスの空気感が馴染めなくて、いつもロケバスじゃありませんようにとベッドの中で祈り、前夜は緊張で軽く氷ついていた。師匠は大好きだったけれど、毎回が最期みたいな気持ちだったと思う。そこには何一つ委ねてなかった。

何が好きで写真を撮ってきたのか、それが段々と師匠の時とは変わるのは自然なことだと思う。だけど、すごく今、わくわくしてる。あの頃の緊張を思い出したら、私の行き先が少し間違っていたような気もした。これから撮る予定のふみえさんとの新しい映像の話も、自分の作品についても、展示もしたいし、やってみたい仕事もある。

今夜は麻婆春雨。周ちゃんのリクエスト。食卓ってやっぱり面白い。一緒に生活を始めて3ヶ月ちょっと。しっかりと私達の食卓になってきてる。麻婆春雨は私達の定番メニューになって、そこにはピーマンが入るようになった。レシピは栗原はるみさんのものがベース。春雨は細いのもいいけど、OKストアで売ってる安くて太い春雨がいい。それから、「春雨が食べたいな。」って言われると嬉しい。

麻婆春雨
ひき肉 200g
春雨 100g、茹でておく
にんにく・生姜 大さじ1、みじん切り
ピーマン 2つ、ニラ1束くらい、荒く小さく
ねぎ 1/2本、みじん切り
紹興酒、豆板醤 大さじ1〜2
醤油・甜菜糖 大さじ1くらい
鶏ガラスープ カップ1[鶏がらスープの素小さじ1を湯でといたもの]
ごま油
花椒

フライパンににんにく、生姜とニンニク、ひき肉、ねぎを順々に炒めて、豆板醤を入れる。豆板醤に火が通ったら紹興酒をいれる。鶏ガラスープ、春雨、醤油と甜菜糖を入れる。火が通ってきたら、ピーマンとニラを入れて、さらに水分をとばしていく。

6月13日

Journal 13.6,2022

朝からバタバタとポートフォリオのプリントをまとめて、急いでバスに乗った。打ち合わせは昼過ぎから。ふみえさんとの待ち合わせに10分遅れて現地に到着。ギリギリセーフだった。これだから田舎は嫌だ。2時間も早く家を出たのにな。

前に書籍の色校で来たことがあったビルだった。今っぽいオフィスからは東京がよく見える。当たり前のように住んでた街なのに、東京にいる方が今でも安心するのに、私の家はもうここじゃない。心が東京にシールみたいに張り付こうとしてるのがわかる。話は意図せぬ感じでトントンと進んだ。ふみえさんは背筋を伸ばして話を続けてる。やっぱりふみえさんって人が好きだし憧れる女性だなと思った。たくましくてかっこいい。ふみえさんがNYや東京でバリバリとテレビの仕事をしていたのがわかる。

担当の編集者の女性は偶然というか夢みたいというか、憧れの写真家の方とチームを組んで撮影されてる編集者さんだった。こんな事ってあるんだろうか。例えるならビヨンセと一緒にツアーを回ってるプロデューサーとテーブルを囲んでるみたいなもの。こんなにどきどきしてるのは久しぶり。心臓が飛び出そう。夢の夢の夢みたいな出会い。地球の裏側の砂漠に寝そべって星の数を数えるとか、アラスカでエキスモーと一緒にアザラシーの血を飲む方がずっと簡単。望んでも会えないような方に会ってしまった。もう今日があるだけで十分だなとも思った。心が弾んでる裏側でこないだの仕事の事がずっともやもやとした。写真が好きだけど、写真を撮ることに自信を失くしてる。最高と最悪が私の心の中を半分ずついるみたい。

パンケーキ

パン 12.6,2022

帰ってからずっと体が重くて、胃の調子が悪くてご飯もろくに食べられない。それに、ちょっと嫌なことがあって元気がない。離婚をしてから、あんなに最悪なことがあったから、これから先の人生はそんなに傷つかないだろうと思ったけれど、わりと簡単に傷ついたりするみたいだった。痛みでいったら100分の1くらいでも胸は少しキリキリしてる。瞳ちゃんに聞いてもらって少し楽になった。「よしみちゃん、気にしないでいいよ。」友人の言葉は想像よりずっとずっと効き目がある。再来週は前の家の近所友達と青山のeatripで夕飯をしようと約束をした。こういう時は無性に友達に会いたい。周ちゃんもずっと心配してくれてる。

夕方、池袋でNYに住んでる周ちゃんのお兄さんに挨拶の為に会った。これから仕事でハワイに行くのだそう。周ちゃんとは真逆というか、うちの姉みたいにどっぷりアメリカ人な感じだった。急いで家に帰ってふみえさんと本の打ち合わせ。今日は周ちゃんに企画書の添削をしてもらった。胃がずんと痛くて打ち合わせ中も座ってるのが辛いくらいだったけど、前へ進むことは私の糧になる。やっぱりふみえさんの写真を撮ってきて本当に良かったと思ったし、周ちゃんは思っている以上にこのプロジェクトに魅力を感じてくれてるようだった。もっともっと優しい人になりたい。少し前に仕事の事で困って電話してきてくれた編集の成田さんのことを思い出した。あの時私は彼を慰めてたけど、周りで頑張ってる人の姿は私の勇気になる。

ラーメン

Journal 31.5,2022

朝から雨。昨日より10度も気温が低い。多分、周ちゃんは低気圧でダウンしちゃうんだろうな。低気圧であんなに辛そうな人、今まで見たことがない。日中、授業の合間に美容ライターの長田さんのラジオで低気圧のダウンはまるでPMSだという話を聞いた。そりゃ辛い訳だよ。頭痛だけじゃなくて、気持ちのダウン。軽い鬱状態を示してるってこと。PMSは酷い人だと死にたくなる症状も出るほどだし、それはPMDDという鬱病の一種でもある。大丈夫かな。雨が強くなる度に気になった。

技能練習の授業を2回連続で受けて旅館に帰宅。今日の無線講習。車内がクーラーでガンガンだった。どう消していいのかわからないし、先生からは一方的にコースの指示がくるだけ。冷えきった身体、首も肩も慣れない運転でガチガチ。お風呂に入ろう。背筋がゾクゾクする。部屋に戻って横になったらいつの間にか寝ていた。

夕方過ぎに目を覚ました。すごくスッキリしてる。ノートパソコンで納品作業をし始めると旅館のおばちゃんから内線。「熊谷さん、夕飯まだ来ないの?」「今行きます!」慌てて食事場へ行った。「今日はラーメンだから。」おばちゃんはカセットコンロでグツグツと鍋に入ったスープを温めてる。おばちゃん、スープは煮詰めちゃ駄目だよと思った。今日もやっぱり旅館のご飯はしょっぱくて中々な味。昼の弁当も。準備して貰うのはとても有り難いけど、驚くほどに不味い。なんてことのないお浸しでも絶妙な味がするし、ご飯は毎回粒が見えないくらいぐちゃぐちゃ。うちのご飯が食べたい。そして、お腹一杯になってご機嫌で寝たい。

「私にどきどきしないでしょ。」今夜の周ちゃんは想像よりずっと低気圧のダメージを受けてなかった。「え?なにそれ。だって、ほうれい線伸ばしながら電話してる人にどきどきしないでしょ〜。」「そうじゃなくて、私達はどきどきが始まる前に付き合って結婚したでしょ。どきどきしたかったなと思って。」「え〜難しい質問だよ。」周ちゃんと離れて1週間。今更になって私は恋をしてると思う。テレビ電話に映る端正な目や鼻、綺麗な眉。綺麗に灼けた肌。周ちゃんを見る度に顔が少しゆるむ。授業中、何度も周ちゃんを思い出しては、先生が周ちゃんだったらどうしようと妄想しては小さく胸を高鳴らせてる。それから、周ちゃんの前の婚約者が大学の先生だった事も一緒に思い出して少しだけ嫌な気分になってやめる。なんて下らない考えだろうと思うけれど、好きな男の好きだった女は嫌い。わたしよりもずっと素敵な気がしてしまう。立派なアーティストだったと聞いてるけど、絶対に美人で賢くて私のように騒がしくない。きっと周ちゃんはその才能にも惚れ込んでいたんじゃないか。大学でその人を見かける度に、数え切れないくらいどきどきしたんだろう。

周ちゃんに出会って7ヶ月。結婚して3ヶ月ちょっと。今さらだけど、福島に来てから私は周ちゃんに恋をし始めた。順序がばらばらだけどこれは恋。周ちゃんに会いたい。

Journal 28.5,2022

合宿2日目。変な夜だった。話したいような話したくないような。周ちゃんは私を嫌いになってしまったんじゃないか。そんな気がしてならない。「低気圧の影響でまだ少し体調が良くないよ。だけど、今日は結構勉強できたよ。」顔がおかしい。調子が悪い時の周ちゃんの顔は糊で貼りつけたみたいな顔になる。そこには温度が一切消えていて、紙ぺら一枚みたい。真ん中をびりっと破いたら、うずくまった周ちゃんが隠れている気がする。だから、それ以上は触れられない。

電波が悪いみたいで話が途切れ途切れになった。何度も周ちゃんから「ちょっと聞こえなかったよ。」と言われて、同じ話を何度もした。「途中少し聞こえなかったかも。」しばらく黙った。別に聞こえても聞こえなくてもいい。ただ、生活が上手くいってないことや、梃子のことで不安になった気持ちだとか、丁度色々が重なったタイミングの状況について、それは私達の問題じゃないからと伝えたかっただけ。田舎暮らしを始めたのは私達の問題だけど、私が不具合を起こしているのは私達の問題じゃない。そこは私が解決するところだ。周ちゃんは十分に助けてくれてる。こうして、家を空ける度に梃子の面倒を見てくれたり、仕事で帰りが遅い時はご飯を作ってくれたり。十二分な程に頑張ってくれてる。私の問題。

1時間半くらい、よく繋がらない電話を続けた。会って話したい。私の感情が溢れる度に周ちゃんは私を嫌いになっていく気がしてならない。周ちゃんの笑顔が失くなったのは、本当に低気圧のせいなのか、私のせいなのかわからない。私は気持ちを素手で掴んでしまう。周ちゃんはそれを壊れ物かのようにそっと扱う。私達は似ているようで全然違かった。

チーズ卵サンド

パン 26.5,2022

昨晩、撮影から帰宅すると日中に梃子が吐いたと周ちゃんに聞いた。夜ご飯もほとんど口にしない。まるで枯れかけた花みたいにくたっとして、夜中もずっと調子が悪そうだった。朝の6時半過ぎ。リビングにいると二階から寝起きの周ちゃんの声。「梃子が吐いたよ!」急いで二階へ上がると血の吐いたあとがあちこちに散らばってる。嘘でしょ。梃子は表情を変えずにただ座ってる。「これ、血だよ。」「え?」急いでシーツを洗って、動物保険の24時間対応の連絡先に電話。「朝一番で病院へ行ってください。」レントゲンをとったり、エコーをしたり、吐き気どめの注射をして帰宅。帰ったのは昼前だった。梃子の顔色は朝よりもどんどん良くなってる。

福島に着いたのは18時半。東京へ行くよりもずっと近く感じた。とにかく、埼玉の今の家は不便で不快な気分になる。昼にgoogleで田舎暮らしについて調べてみると一つのブログを見つけた。代々木上原に住んでいた男性がコンビニまで一時間という田舎へ移り住んだ生活の話。田舎という場所は不便、だけどそれを不快にするかどうかは生活次第とのこと。面白い話だった。目的は不便かどうかじゃなくて、暮らしにとって不快か快適か。確かに東京に住んでいたって、不快な場所はあった。中目黒に住んでいたマンションなんて史上最悪の不快な暮らしだった。山手通りの影響で空気は汚いし、家と家の間は狭くてぎゅっと詰まったような感じで窓を開けると直ぐに誰かの家。家の直ぐ裏は通り魔が出る場所があったり、雨が降る度に目黒川は鼻をつまみたくなる臭さ。駅前にはキャバクラのキャッチのお兄さんがいつも立っていて、夜遅くまでやってる飲み屋も多い。お洒落な街だという側面よりも、息苦しさの方が勝ってた。

周ちゃんにここ数日、不満をたっぷりと吐き出してる。タクシーで東京を走る度に世田谷の家に帰りたいと悲しくなった。田舎暮らしはどうしてこんなに不便で不快なのか、朝のラッシュだって最悪だし、駅のホームで人は無言でぶつかってきて、無言で去って行く。GOでタクシーを呼んでも全然捕まらないし、バスが行ってしまえば次のバスは20分後。東京から家まで2時間とちょっと。重い機材を持って、8時間以上の撮影で消耗した身体を運ぶにはあまりに辛すぎる。全く楽しくない。”こんな生活続けられないよ。” 昨日の帰り道で周ちゃんに酷いメールを送ってしまった。そして、梃子の吐血。なんだか、最悪とは言わないけど、全てはこの田舎のせいだと勝手に決めつけてる自分がいる。

まだ帰らない周ちゃん。梃子が倒れていたらどうするんだろう。怒りをぶつけたい気持ちを抑えて8時半になった頃に周ちゃんが帰宅。テコの映像が送られてきた。ほっとした。私、何やってるんだろう。平然を装って、”ありがとう。”とメールしたけど、モヤモヤは止まらない。なんだか、もう嫌だ。こんな事なら一人で生きていた方がずっとマシ。私のワガママや甘えは壊れた蛇口から出続ける水みたいになってる。

変えなきゃ。生活を暮らしを変えなきゃ。前の暮らしが大好きだったとしても、あの暮らしを終えたのは私だ。大好きな世田谷の家。あんなに素敵な家にはもう二度と出会えないと思う。だけど、今度は違う形の素敵な暮らしにしなきゃ。始まったばかりのトライアンドエラーエラーエラーな田舎暮らし。あのまま東京にいたら、私はきっと東京しか知らずに東京で死んでいっただろう。それも悪くないかもしれないけど、重い腰をあげてようやく東京を出たのだから、もっともっと遠くへ、知らない場所へ、知らない生活を知らない暮らしを体験してみるのはそう悪くないはず。L.Aの姉にいつも言われてた。「よしみ、東京好きだよね。日本人っぽくてダサい。」

姉の言葉には一切反論は無かった。私の視野が狭い事はアメリカに行く度に感じていたし、東京へ帰ればそれが一層に狭まることも知ってた。せっかく周ちゃんのお陰で東京を出たのだから、私が変わらなきゃ。東京は好きな街だった。

海鮮丼

和食 23.5,2022

今夜は海鮮丼。帰宅した周ちゃんは機嫌がいい。「かわいい子にでも会った?」って聞いたら嫌な顔をしてた。今週に立教大学で講義する資料をまとめてるらしいのだけど、いい感じに出来たから機嫌が良いのだそう。

ブルーベリートーストと、納豆トースト

パン 21.5,2022

朝から雨。午後はスノーショベリングの中村さんにちょっとタトゥーの取材したい子がいるんだけど、よしみちゃんいい?って紹介を受けた子に会う筈だったけれど、中村さんが午後から地方へ行くらしくてリスケとなった。夕方からはナナと渋谷で待ち合わせしてる。2年ぶりのナナ。午後過ぎまで仕事をして電車で向かった。途中、池袋の花屋で紫陽花の花束を買った。ナナみたいな色の花。

お店には少しだけ遅れて着いて、ナナはやっぱり先に着いてた。生ビールと鯛の刺身とホタルイカの沖漬けを頼んで、まず離婚をした事を簡単に話した。「うん。別れた方がいいって思ってたし、言おうと思ってたよ。」「え?そうなの?!」「うん。だって暴力とか良くないじゃん。」「え?私そんな事言ってた??」「うん。少しだけど言ってた。」「へぇー。」なんか他人事みたいに聞こえたけど、心配してくれてた事がすごく嬉しかった。それから、ナナが彼女と養子縁組で結婚する話を詳しくきいた。あとは犬の話とか、ナナの作品の話とか。ナナはナナだったけれど、ナナじゃないみたいに、犬の真似をして戯けたり、彼女の話を嬉しそうにしたり、左手薬指にあるシルバーの指輪がなんだかすごく、なんだかとても幸せな気分にしてくれた。こんなに笑う子だったっけ。

それから、ナナの彼女は壮絶な過去の出来事があって、心の病があることも聞いた。「そういうとこ、行った?」「うん。」ナナは私の足らない言葉を汲み取るが上手くて、周ちゃんに似てる。人が何を言おうとしているのか、言葉だけじゃなくて感覚的に直ぐに相手の言葉を見つけてくる。「コントロールできてるうちは大丈夫だと思う。ナナの問題ではないのだけど、傷ついちゃうよね。少しずつ、少しずつだよ。」「うん。後から彼女は謝ってくるよ。」「うん。えらいね。二人で話し合う時間を毎月大事にしてるなら、少しずつ。」「うん。だけど、毎月が怖いよ。」「うん。そうだよね。だけど、そんなに苦しい事過去があったのに、少しずつ前に進んでいるのはすごいことだよ。」PMSや低気圧でホルモンバランスが崩れると病気が発症するらしい。だけど、いつ、どんな状況で悪魔がやってくるのかがわかってれば、それは悪魔だってわかる。彼女の全てじゃない。本人が前を向いているならば、隣で一緒に前を見れるのならば、辛抱してみるのもいいと思う。今のナナならきっと、あの子と別れたナナなら大丈夫。もう全てを背負うのをやめて、彼女に出会って結婚を決めたナナだから。

今日のナナはすごく無邪気だった。年下なのに大人みたいなナナじゃない。今度、家へ遊びに行くねって約束して渋谷駅で別れたと思う。ナナの彼女に会いたいし、周ちゃんの事も紹介したい。酷く飲みすぎて、帰宅したのは夜中。どうやって帰ったのか覚えてないけど、酷い吐き気だけが今も残ってる。周ちゃんは夜中の間ずっと「大丈夫?」を繰り返して、リビングで蹲る私は「大丈夫だから、ごめんね。」を何度も何度も返した。私もナナと同じだ。背負うのをやめたら、頑張るのをやめたら、周ちゃんに出逢った。多分呑みすぎたのは、新しいナナの笑顔をずっと見てたかったから。周ちゃんごめんね。

ピンクの薔薇

Journal 20.5,2022

あ、打ち合わせ!気づいたのは9時50分。呑気にソファーでインスタ見ながら紅茶を飲んでいた。急いで支度をして書斎に向かう。今日は新しい仕事の打ち合わせ。コロナ前にあった連載は気持ちいいくらいきれいサッパリ全てが打ち切りとなった。なんだか今年から新しい風が吹いてる気がしてる。春に始まったキリンの仕事もそう。年単位のプロジェクトが始まる。またこうしてチームでの仕事が出来ることがすごく嬉しい。会社勤めは私には難しかったけれど、チームでの仕事は性に合ってる。久しぶりに会う現場にもスタッフにもどんどん愛着が湧いていくし、その楽しみはどんどんと膨らんでゆく。

今回の仕事は今までとはちょっと違うお仕事だった。コロナが始まってから、撮るだけじゃない仕事も増えた。考えたり、提案したり。撮影以外の仕事。今回もそんな感じのお仕事の依頼。食に纏わるプロが集まったメンバー。「ワカナさん、私で大丈夫?」打ち合わせの途中に何度も聞いた。メンバーの中には何人か知ってる顔もあった。

2年前、まだ離婚なんて選べなかった時に、まだ元夫が病気だなんて認められなかった時に、私達夫婦がやっぱり普通じゃない事やモラハラという言葉をナッチャンの話で知った。ナッチャンはデザイナーのちあきちゃんが連れてきてくれた子。一緒にうちでご飯を食べて、シングルだと聞いて勝手に作本さんを紹介したりして。背が高くてすらっと伸びた手足。街角で通り過ぎた時に、あ、綺麗なお姉さんって、辺りの空気がさらっとするような感じの子。離婚する頃、過度なストレスと目まぐるしく変わってゆく元夫が起こす色々な酷い現実が受け止められなくて夏が終わる頃には鬱が発症。わりと早い段階でストレスの軽減と共に病は治っていったけれど一部の友人を除いて殆ど誰とも連絡を取らなくなった。ナッチャンに最後に連絡したのは離婚の報告。それがきっと最後。「よしみちゃん、離婚して、今がすっごく楽しいよ!」初めて会ったときにナッチャンが言った言葉を何度も思い出した。いつか私にもそんな日が本当に来るんだろうか。朝から晩まで苦しくて、次の日が来ても朝から晩まで苦しい。そんな日がずっとずっと続いているのに、本当に?私はこの地獄から夫の色々から本当に抜け出せる?本当に終わる?何も酷いことがない今日が、ただお喋りしたり、ただ食べたり、ただ普通の、何も考えないで、目から涙がこぼれないで、歯の奥を食いしばらないで、胸が潰れるような事が起こらない今日が私にも本当に戻ってくるの?

人生っておかしい。世界で一番愛している人生を捨てたら私は死んじゃったけれど、命があればいつでも生き返ってこれるし、過去にいた友人にも会える。離婚を機に沢山の人と縁を切った。元夫と関係する人は全員と会わないことに決めて、元夫の影が見える場所には近づかない。「私たちのことを助けて」とお願いした人もいたけど、もう会いたくないから会うのはやめた。愛の為にと信じて我慢して嫌な人に会うのはやめた。きっと私は必要以上に色々を失ったと思うけれど、あの時間にあった元夫と関係のない色々までまとめて捨ててしまったけれど、こうやってまた会える友人だっている。

ナッチャンに打ち合わせで会ったら結婚を報告しよう。

手巻き寿司

夕飯 19.5,2022

今日は周ちゃんの誕生日。朝は久しぶりに山へ行った。ここ数日の晴れでぬかっていた足場も良くなって、緑もまたぐんと伸びた。午前は青山の美容院へ行って、そのあとに渋谷に新しく出来たショータさんのお店、麻婆豆腐のかかんでみんなでランチ。久しぶりのフジモン、瞳ちゃん、じゅりえちゃん。フジモンにはなんだかんだとずっと会えてなくて、年賀状に “話したいことがあるよ!”と書いたけれど、ようやく報告出来た。「よしみさんどうやって結婚したんですか?」じゅりえちゃんが言った。「2回目のデートで付き合って、それから3日後に結婚して欲しいとなって、それで、まだまだ離婚へのトラウマがあったし、結婚とかよくわからなかったんだけど、2週間後くらいにたまたま大好きなNYのジュエリーデザイナーのポップアップをしてて、それでマリッジリングをオーダーしたの。それから親にあったりして3ヶ月くらいで籍を入れたよ。」「えー?!」「けど、色々な話、二人の話だけじゃなくて、人生とか結婚とか、結婚制度とか、本当に色々な話をしたのだけど、私はこう生きたいとか。色々な話を沢山したんだよ。」簡単に端折って話したけど、あの時のスピードはどうにもこうにも誰にも上手く話せない。想いとか願いだけが毎日を勝手に突き動かして行った。もう傷つきたくない、だから幸せになろう。それだけ。結婚したいとか、この人を手に入れたいみたいな気持ちは一切無かった。

新しいお店はヨーロッパにあるオシャレなチャイニーズレストランを連想させるお店で、東京にはあまりない感じのセンスがいい内装だった。フジモンもショータさんも独特のセンスがある。二人が夫婦になった理由は、二人と別々にいてもわかる。人はたまたまに出会うんじゃなくて、選んで出会ってる。それは惹かれ合う理由の一つと言っても過言じゃないと思う。だって、同じ世界を見るために似たレンズを持っていた方が楽しいから。人間って楽しいことが楽しむことが好きな生き物だから。二人が似ているのは独特のセンスと誰にでもオープンなマインド。それはとても広域にわたるものだから、他の友人を探しても二人にとても共通してるもの。フジモンが結婚のお祝いにスープカップをくれて、ショータさんは帰りに麻婆豆腐をくれた。二人らしい軽やかな愛情。ショータさんと仕事の話をするといつも周りがちゃんと楽しめてるかっていう話になるし、フジモンは何てことのない日に小さなプレゼントをくれる。二人は夫婦だけど、私にとっては別々の人で、だけど似てる。同じ家から来たんじゃなくて、同じ家に帰ることがわかる。

「誕生日は何が食べたい?」付き合った当初に周ちゃんに聞いたのは昨年の11月。半年後の今日が本当に訪れるのかも知らなかったのに、当たり前のように手巻き寿司を食べてる。帰りに新宿の高野フルーツパーラーで買った苺のケーキの上に綺麗に5本のローソクを並べて、当たり前のように、まるでシナリオをなぞるようにふっと一息で周ちゃんが消した。41歳の抱負を聞くと感慨深く答えていたけれど、殆どがあまり聞こえてこなかった。古市で買った赤い花瓶にピンク色の薔薇が煌々と光に照らされてる。ただただ、やっぱり当たり前のような顔して照らされてる。夕方帰宅すると玄関に大きな花束。宛名は周ちゃんのお母さん。「今日は周ちゃんが活けたら。」「大丈夫?変になるかもよ。」「いいよ。好きなように活けて。」大きな花束は大小さまざまな形の花瓶に少しずつ活けられていく。帰宅したばかりで白いシャツにパンツ一丁の周ちゃんが一生懸命に活けてる。どれも少し長すぎる背丈で花瓶からニョキっと突き出していて、それはすごく不格好で愛らしくて可笑しかった。家のあちこちに置かれた花は明日からまた当たり前のように咲き続けて、そして終わるんだと思うとすごく何だか幸せだなと思った。

カリフラワーのアンチョビバジルソース和え

つまみ 18.5,2022

久しぶりに朝から天気がいい。山へひとりで朝の散歩。帰って直ぐに起きてきた周ちゃんと梃子と散歩へ。無人販売所へ向かった。太陽が背中を触ってるみたいで気持ちがいい。後ろから朝陽が同じ方向へ向かって朝や私達をを照らしてる。「おはようございます〜。」今日は販売所のおばちゃんと軽トラから野菜を下ろしてるおじちゃん。「カリフラワー二百円だよ。」今日は大豊作。簡易で作られた棚の殆どが沢山の様々な野菜に埋め尽くされてる。「あ!空豆。あ、春菊。」ここの春菊を食べてから春菊へのイメージがガラリと変わった。春菊はただ苦いだけじゃなかった。みずみずしくて甘くてほんのりと苦い。例えるなら、サンドイッチみたいに色々な味が一つになった野菜だった。今日はほうれん草、赤いサラダ大根、カリフラワー、空豆、新玉の赤玉葱を買った。とにかく心が弾んでる。「今夜は空豆を焼いて、カリフラワーは生のまま食べようよ!」昼を過ぎる頃に遅れた生理がきた。なんだ、やっぱりPMSだったのかもしれない。久しぶりのPMS。気持ちの落ち込みはあったけれどトラウマは全くなかった。

夜に後藤さんに電話をした。来週末うちに遊びに来る約束をしていたけど、急遽合宿で免許を取ることになって日程を変更して欲しかったのと、急な変更のお願いを謝りたかったから。なんだかんだと一時間くらい話した。後藤さんはマサくんとうまくいってることや、人って想い合わないと駄目なんだねって話をしてた。過去にいた愛していた人と、今隣にいる人を比べてしまう。離婚して1年以上経ったのに、まだ元夫の事を思い出してしまう自分が嫌だったけれど、後藤さんも同じように過去と現実を行ったり来たりしてるんだって知ったらなんだか安心した。別に比べたいわけじゃないのに、比べてしまう。

カリフラワーのアンチョビバジルソース和え
生のカリフラワーを一口サイズにカット
アンチョビソース [アンチョビ、オリーブオイル、バジル、ニンニクをミキサーにかけたもの]
生クリーム 大さじ1
ホワイトビネガー 大さじ1
材料をボールで混ぜ合わせ混ぜ合わせる。

パンケーキ

Journal 17.5,2022

4時くらいにパッと目が覚めて部屋で作業を始めた。なんだかもやもやする。気持ちが落ち着かなくて時間ばかりが追いかけてくるみたい。それに今日はいつもよりもずっと身体がどんどん冷えていく。6時過ぎ、梃子が周ちゃんを起こした。「ごめんね。周ちゃん。」「大丈夫だよ。」「お腹が好きすぎて気持ちが悪いよ。パンケーキが食べたい。」「うん。じゃあ、俺が焼くよ。」最近ハマってるパンケーキ。今日はちょっとスペシャルだった。チョコレートシロップと蜂蜜を交互にかけて、パンケーキを切る手とパンケーキを食べる口は忙しく一緒に動いて、あっという間に完食。「ああ、お腹一杯。」お腹は一旦満たされたけれど不安がまだ続いてる。直ぐに部屋に戻って納品作業をした。周ちゃんは仕事へ出かけて、コーヒーを入れ直してまた仕事。不安は未だ続いてる。spotifyでいつもなら聞かない感じのアユルベーダーのラジオを流しながら作業を淡々と終わらせた。不安はやっぱり続いてる。

午後は茅ヶ崎で一本取材。うちから茅ヶ崎だなんて小旅行じゃなくて、ちょっとした旅行だ。電車で2時間半。殆どが居眠りしたり、目を閉じたりした。不安はまだ電車と一緒に移動した。昔もよくあった。不安になってしまう日。気づいたら無くなってた。不安な日は話したくない。だけど、1度目の結婚をしてから無くなったような気もする。だけど、それはそれで、また別の、私のじゃない大きな不安がやってきた。やっぱりPMSなのだろうか。それとも更年期?30代から始まる人もいるって言われてる。どちらにせよ、ホルモンバランスが原因な気はしてる。

現場で久しぶりになおきさんに会った。あまりに突然でビックリして、ビックリしすぎて不安がそのまま飛んでいった。撮影はさっと終わって、さっと帰った。帰りに少しお喋りをしてなんだかすごく楽しかった。料理家さんの取材だったからか、フミエさんとの料理本の事だとか、フミエさんって素敵だよなとか、なんだか頭の中に色々がぐるぐると回った。フミエさんとお喋りがしたい。

麻婆春雨

お気に入り, 中華 16.5,2022

最近、毎日が毎日の連続みたいで調子が出ない。あっという間に夜がやってきて、あっという間にまた今日がくる。どうしたんだろうか。まるでPMSみたい。先月は2回生理が来て、今月はまだ来ない。先週は糠漬けの古漬けのせいで1週間くらいお腹の調子が悪かった。それ以外は良好。なはずなのに、やっぱり何だかしっくりとこない。

麻婆春雨
春雨 湯がいておく
ひき肉 200gほど
ニンニク・生姜 大さじ1くらいの量をみじん切り
ピーマン 2個 ざく切り
ネギ 1/2本 みじん切り
[ 調味料 ]
ごま油
豆板醤 お好み
鶏ガラスープの素 小さじ1をカップ1の湯で溶いておく
醤油 大さじ1〜2
砂糖 小さじ1〜2
ホワジャオ 包丁で細かく刻む

フライパンに油をひいて、ニンニク、生姜を入れて香りをだしたら、肉を入れて放置。肉汁が出て火が通ったら、ネギ、ピーマンを入れて火を通す。端で豆板醤を炒めて全体を絡める。鶏がらスープ、醤油、砂糖を入れて煮立たせる。春雨を入れて火を通す。ごま油をひとまわし。皿に盛ってからホワジャオをかける。

しらすトースト

朝食 13.5,2022

今朝はしらすトーストと、こないだの残りのカレースープ。撮影の日は周ちゃんが朝食を作ってくれるのがルーティンとなってる。周ちゃんのしらすトーストは丁寧で美味しい。しらすの置き方は均一だし、チーズやマヨネーズも丁寧に隅まできれいに塗られてる。私のとは大違い。だけど、実は私はいびつを好んでる。成り行きのある自然な感じ、例えば出過ぎてしまったマヨネーズとか、塗り忘れてるのか面倒だから塗らなかったのか、余白を残されたようなトーストの端っこなんかに愛を感じたりする。ロボットにお願いしたら上手にやってくれそうなものはタイプじゃない。だけど、周ちゃんのは特別。トーストの隅まできちっとしているのは周ちゃんらしい。

青山のスタジオで撮影を終えて急いでタクシーに乗って駅に向かった。池袋で行きたい眼鏡屋がある。どうゆうわけか疲れていても買い物はしたいし出来る。お店を二往復くらいしてから店員さんと色々と話をした。幾つか気になっていたブランドがあったけれど、結局またayameにした。4本目のayame。そして、今回こそ黒いフレームにしようと決めていたのにブラウン。でもとっても気に入ってる。眼鏡を新調するって、美容院へ行くみたいな気分。まるで新しい人生が始まるような気持ちになる。

パンケーキ

朝食 12.5,2022

朝食に周ちゃんがパンケーキを焼いてくれた。黒磯で一緒に仕事をしたワカナさんから連絡があって先日の映像の仕事が決まったとのこと。嬉しい!それから、久しぶりに高木さんから料理の仕事が入った。引っ越す間際にギャランティーの事で断った仕事がある。交通費や移動費が東京で暮らしていた時のようにはいかない事を心配してしまったことが理由だけど、なんだか胸に引っかかってたから嬉しかった。

引っ越してから、より一層に心理学を勉強したいと思ったり、もう作品は作らなくてもいいんじゃないかと、今は新しい生活や家庭の中で生きていく事だけで十分なのかもしれないっていう気持ちになったり、だけどやっぱり、すごく料理が撮りたかった。フミエさんとの本づくりのリサーチで本屋に通ってはいるけど、前のように左上から右下まで片っ端まで舐めるように本を漁らなくなった。闇雲に頑張るのはもういいんじゃ無い?って気持ちとか、いい歳だし今更やってもさとか、もう十分かもよ?っていうよくわからない自分への言い訳がましい諦めとか、なんだろう。毎日や新しい生活に甘えていく自分がいた。そうじゃなくて、きっとこの生活はこれから私を支えてくれるはず。もう、夜中のタクシーに怯えなくていいし、ベッドサイドにあるデジタル時計の数字だけがどんどん増えていくのを数えなくていい。朝は綺麗にやってきて、行ってきますを聞いてくれる人がいて、今にも泣き出してしまいそうな気持ちを押し殺しながらシャッターをきらなくていい。もう、私は自由なんだった。急いで家に帰らなくてもいい。急いでスーパーに寄って帰ってご飯を作らなくてもいい。ポッケの中で鳴り続ける電話を無視しなくてもいい。右を向いても左を向いても何処にいても自由なんだ。

夜は自転車でスーパー銭湯へ行って、帰りに山田うどんに寄って帰った。早く車が欲しい。