2月9日

Journal 09.2,2024


撮影が終わったのは午後だけど、家に着いたのは18時過ぎ。しっかりと渋滞に巻こまれた。周ちゃんは隣でずっとPCを広げて仕事をしてる。私はひとり、夜になりかけた街を走り続けた。

撮影が終わってから話してたことが面白かった。今回の撮影で同じ時期にスタッフの全員が、ある作家さんの手がけた複数の作品に向き合う時間みたいなものがあった。すごくいいなと思う作品もあれば、正直、過去のトラウマみたいなものを揺さぶられたり、誰の声も届かない場所に落ちた人を見せしめにしてるかのように見えて、怒りを覚えるような作品もあった。だけど、これは私個人の話。テーブルに座って、それぞれの角度や物差しで解釈された作品についての話を聞いて、あ、そうかって腑に落ちる感じがした。

私ひとりの視点の話をすれば、世界はこう見えたりああ見えたりするし、それが世界だ。当たり前の話だけど、そんなことはわかってるけれど、私とゆう器官は1つしかないから仕方ない。だけど、今、それぞれの身体中を巡りここに吐き出されたものはそうじゃない。

作品には、勿論メッセージがあると思うけど、受け手には関係ない。人生と同じで勝手に自由にそれを感じてゆく。ただ、どんな想いだって、強く感じれば感じるほどに、また、その人の別の部分も刺激され、それはまた

曖昧に緩やかにハマっていくような感触があった。どこまで続く車、対向車のヘッドライトが眩しい。車を走らせながらどんどんと定着していく感じがした。

帰宅するとりょうこちゃんからメールが入ってた。こないだのこと、もうちょっとちゃんと説明したいって、文面から丁寧に丁寧に文章を書いてくれたことがわかる。やっぱり、りょうこちゃんは私みたいなのだと思う。写真を撮ったり文章を書いたり、生きるためにどうにかこうにかあらゆる手段を使って、今に向き合おうとする。その真っすぐと向き合いたいと文を綴る姿勢に、その力強さに、胸がすごく熱くなった。

写真で悩んでいること、具体的にこうしたらいいんじゃないかって、沢山たくさん、考えてくれたのだと思う。りょうこちゃんに触れてるだけで、きっと、たぶん、私にはその全てが解決出来る気がした。これが私にとって祈りのようなものだったとしても、りょうこちゃんには、そうゆう力がある。なんとなくいい感じみたいなことじゃなくて、明日いきなり映画を作ってそれが大ヒットになったとしても、私は驚かない。そういう力がある。誰にも真似できないような何か。

今日の昼に見たことを話した。夜も遅くて、昼間の疲れからか、目はかすんで字がぼんやりとした。長時間運転したからか頭はズキズキしてる。きちんと返せたかわからないけど、一生懸命に書いた。

だけど、結局、なにが伝えたかったのか上手く言えなかったと思う。だって自分でも整理できてないのだから。だけど、整理なんてできていなくてもいいから返したかった。

06.2,2024


母の病院が終わったのは10時過ぎ。駅前のエクシオールカフェでミルクレープをふたりでつついた。母はコーヒーを、私は冷めた紅茶をすする。結局、1時間くらいここで待っていたらしい。都内は雪が降ったって結局、普通の朝なんだよな、なんて窓からの景色を眺めたり、勉強する学生らしき人や仕事するサラリーマンを横にケータイをいじっていたらあっと言う間に時間が過ぎた。

「夜の取材はリモートになりました」と、リリさんからLINEが入る。母を千葉へ送り、用事を済ませて帰宅したのは15時前。周ちゃんが駅に車で迎えに来てくれたけど、池袋で牛タンを食べたことは言わなかった。立川の病院で色々あって辛かった時に、いいものを食べようと入ったのが牛タンのねぎし。ランチにしては高い。だけど、今日は、あの日みたいに私にいいものを食べさせてあげたかった。別に哀しいことがあったわけじゃなくて、なんとなくそうしたかっただけ。

夕飯は鍋にして、取材はその後に始まった。終わったのは23時半。やっぱり、東京に戻るかもしれない。リリさんと初めてお会いしたライターさんと、まるで初めてじゃないみたいに話しながらそう思った。

リリさんが、私の若かりし頃のことを、よしみさんは「逃げ回っていたんですね。」みたいなことを言ってたけど、確かに、ああ、そうだなって。ライターさんは、世代が一緒だし、東京出身だし、テクノ作ってたし、おばあちゃん家と同じ石神井が実家だし、それだけじゃなくてなんとなく、10代20代と世界が怖くてダサくて嫌いだと逃げ回っていた私と少しだけ似てる気がした。

東京出身の友達と前に似たようなことを話したことがあった。東京はダサい。高校生の時、20歳を迎える時、ずっと東京にいる自分たちは冷めた目で大人を見てたよねって。

むかしの自分は馬鹿すぎて可愛。

八宝菜

夕飯 04.2,2024

午前に試験が終って、泡が弾けたように、わたしの色々は散らばった感。今日なにをした?って、ネットサーフィン。やることが山程あるのに、なんで?と私に聞きたくなる。

けど、そのくだらな過ぎることをしてしまうのも、悔しいけど自分。

夕方、親戚の葬儀から帰った周ちゃんに言った。「今日は空気吸って吐いてただけ。」「なにそれ。かっこいいじゃん」あ〜と悶えながら、お土産のひよこの顔が乗った、子供だましみたいなプリンを頬張った。

夕飯

夕飯 03.2,2024


今夜は恵方巻き。明日は試験。今年は東北東だそうで、東北東に向かって食べた。なんかお願いとかしなくてよかったんだろうか。まぁいっか。料理をすると気分がいい。

うどん

夕飯 02.2,2024


” 自由になりたい。”

今朝、わたしが喫茶店でパソコンにタイプしたメモ。あたまがイカれちゃったか、いや、本当にそう思った。今朝は昨晩と同じ喫茶店にいる。私は1番めのお客さんで、次に入ってきたのは常連のおじいちゃんだった。今日は風が冷たいねって、慣れた感じで店員さんと話していた。

りょうこちゃんにLINEを送る。昨年からずっとモヤモヤと考えていたこと。書いては消してを繰り返していたメッセージ。最後に消したのはいつだろう。2023年だったことは確かだ。だって、今年になってはじめてメールしたから。

私の書いた言葉はLINEの中で行ったり来たりしながらとりあえず纏まっていそうで、全くちぐはぐに、とにかく苦しそうにしていたと思う。りょうこちゃんは、わかるよ。って何度も言い、そして、自分の話をしてくれた。

私たちはそれぞれ別々の場所にいるのに、いたのに、まるで同じ話をしてるかのよう。りょうこちゃんのメッセージを読んでいると、一緒に写真を撮ってた日々のことを思い出した。周ちゃんには何度か相談していたし、いつも周ちゃんらしく励ましてくれてた。だから、別に隠していたわけでも、カッコつけていたわけでもなかった。りょうこちゃんに「写真が撮れなくなるのが怖いのかもしれない」って、言う自分に驚いた。ああ、そうか。怖いんだ。そうなんだね。怖かったんだ。だから、きっと、自由になりたい。なんて書いたんだろう。

そして、りょうこちゃんが言ったのは、世の中に送り出すようなもの、みんなが喜んでくれるようなもの、そういうのを必死に作っていたときよりも、今の日常の小さなことの方がずっと感覚に触れてるかもって話をしてくれた。たぶん、りょうこちゃんが早くから注目されて、多くの仕事に関わってきたのには、りょうこちゃん自身がつくる人でもあったからだと思う。あんなに写真を好きな編集者に出会ったことがない。編集の仕事につくずっと前から、書くことも撮ることも、生活の一部にあって、好きの延長線上に仕事があった。だから、苦しかったって。ああ、そうね。だから、私たちって一緒にいると、じんわりするし、スーってなるし、私は伸び伸びと、彼女の前では写真が撮れた。

私、何が苦しかったんだっけ。メッセージを送っているうちにわからなくなって、そのままコンビニにビールを買いに走った。そして、今むちゃんにメールして、遅くなった新年会のことを伝えた。今は次の個展のために絵を描いてるんだそう。仕事は二ヶ月してないって言ってた。ずっと前に「仕事なんてしてないでちゃんと描きなよ。」って私が言ったからだろうか、それとも、それは私の思い込みだろうか。

それから、りょうこちゃんは、写真を一回やめてもいいんじゃないかとも話してくれた。正直、そんなこと、。とも思ったけれど、違うと思うならば逆に、それもありなのかなとも思うし、そうじゃない気もした。わたしが苦しかったのは、写真が撮りたいけど撮れないこと。撮れなくなったわけじゃなくて、今の写真じゃ満足できなくなった。それは写真を初めた時の感覚に近い。ファインダーをのぞいてもシャッターがきれない。撮ったプリントを見てもぜんぜんしっくりこない。こうじゃない。もっともっとある筈なのって感覚。

パンケーキ

朝食 28.1,2024


あっという間に今週も終わった。何をしてたのか覚えてないくらいに一瞬だった。昨日は久しぶりにプールの後に居酒屋へ。周ちゃんはノンアル、結局、私は4杯飲んだ。そして、今日は寝坊。何やってんだか。だけど、なんだかデートみたいで楽しかったな。

1日しごとして、少しだけ勉強して、あとは次のワークショップのことをまとめたり、写真のプリントして。走っても走っても前に進まないような毎日。底なし沼みたいな日々を過ごすことは、慣れてるとまではいかないけれど、淡々とやるしかないことは体が憶えてる。昔話なんてしたって仕方が無いけど、身体は過去をきちんと憶えてるし、人の痛みには耐性という力だってあるくらいだ。

最近、作業中にj-waveを聞いて、そこで流れるjpopなんかに耳を傾けるたびに、元夫のことを思い出すようにもなった。もし、流れたらどうしよう。昔はそんな恐怖があったのに、今じゃ流れるはずないとさえ思ってる。流れても別にいい。

昼に母から電話があって、「あっちゃんがね、よしみは弱いって言ってた。」と話してたけれど、もうそういうのはどうでもいい。弱くても弱くなくても日々はやってくるし、私は生きるし、他の人も生きてるし、人の何かがどうこうとかどうでもいい。それに、みんな弱いのだから。心理学を勉強してより思う。みんな同じでみんな違う。だから、強くなる必要なんて多分ない。弱いなんて、敢えて言うこともない。ただ、生きたらいいだけだと思う。

「ママ、あっちゃんがカウンセリング行こうか迷ってるって話、止めないで。本人は行きたいからママに相談してるんだよ。いいんじゃないって言って欲しいんだよ。弱い人がいくとか、そういうことは言わないでいいから。」母は「わかってる。」と言ってた。

1月23日

Journal 23.1,2024


頭がぐちゃぐちゃな1日だった。色々が同時進行で頭が爆発しそう。胸の内としては、ワクワクしているのだけど、どうにもこうにも何が絡まっているのかでさえわからない。

昨日のワークショップの興奮がまだ冷めてないのかもしれないとも思う。写真と心理学、こんなにも早く現実になるなんて思わなかった。長いこと撮ってきた写真が、するすると言葉や形として説明できるようになってきてる。写真作家を諦めて商業カメラマンになったのは、次のステップがもうどうしていいのかわからなかったから。悔しいけど、私の写真には未来がない、、。そんな風にお金のために撮り始めた写真は想像以上に楽しくて、それなりに稼げた。それにあの時はやっぱり元夫のことが一番にあったから。だけど、これってほんと?ってなったのは、いつからだろう。

やっぱり諦めがつかなかったんだとも思う。探し物が見つからないと、いつでもどこかを探し続けてた気がする。あわよくば、いや、きっとそれはどこかに。いつでもどこでも、やっぱり不意にでもいいから落ちてないかと隙あれば捕まえてやろうとさがしてた。

ふだん使ってないメーラーに、いつだったかに届いていた展示のメールを開いた。あ、そうね。最初に思ったこと。誰かに自分を重ねるのは失礼な気もするし、意地悪みたいにも聞こえる。だけど、わかるよ、。って心が大きく頷いた。偶然にも、たまたまそれが今日だったのがわるい。あまりに綺麗に答えがわかった。案内にある美しい画。それだけで、作者の全てが一読できる。綺麗な景色の先に、健やかな人間たちが戯れるだろう。最後のオチまでよめてくる。そして、そこには感性がポツンとちいさく座って見えた。写真についての説明は殆どなくて、トークショーだとか、パーティの食事の話だとか、オプションの情報だけが綺麗に並べられていた。

夕飯の時「ちょっと、聞いて。」と話しかけると、周ちゃんは箸を止めて真剣に聞き、そして、まるで全部を知ってるかのように喋りはじめた。

「あのね、立派な作品を作ってる芸術家といわれるような人たちと今まで沢山仕事をしてきたけど、芸術家は研究家とすごく似てるんだよ。それは何かっていうと、芸術家はただ作ってるだけではダメなんだよ。逆に言えば、感性だけを追いかけてる人は、そこまでしか行けないし、その先には行けない。素人みたいなもの。」

ああ、と思った。「うん。わかる。」何度もそう言った。周ちゃんは一言も、その展示については触れなかったけれど、何を言いたいのかよくわかった。心理学を勉強して知ったことは、感性は共有できないってこと。私の作品を見てわかってよ。では、残念ながら伝わらない。なぜなら、私達はあまりに別々の生き物でそれぞれにしかない感性を持っているから。見てくれる人の感受性に委ねるならば、たぶん、放り出されたままのものは、綺麗なものはより綺麗に、暗いものはより暗く、作品は丸くするりと磨かれていく行為を勝手にかさねて、心にひっかかる棘のないものとなっていく。

「あの草間彌生さんでさえ、ただ描いてるだけじゃないんだよ。」結局のところ、感性は知性と共に作品を超えていく。頭の中にわたしが思う感性を超えていった写真家たちが浮かんだ。部屋にある数冊の写真集。いつ開いても胸を鷲掴みにされる写真。アラーキーが撮る料理。鈴木理作さんの撮る熊野。

写真は面白い。施設でのワークショップで思ったのは、生徒が写真を通して世界の前に立ってる姿。怖い、よくわかんない、やってみたい。そこにはカメラを構えて様々な感情を目の当たりにした。なんだかその姿が美しいというか、とても清々しくて、誇らしくて、カッコよくて写真らしかった。

どうせ撮るなら、もうオチがわかるようなトレース作業を続けたって仕方ない。仕事で出会う綺麗な写真を否定するわけじゃないけれど、仕事でも、写真集でも写真展でも、写真が写真に出会ってるようなものが見たい。

わたし、何やってんだろう。

餃子

中華 16.1,2024


今夜は冷凍餃子。周ちゃんは早く帰宅し、夕飯の支度をしてくれた。ご飯、味噌汁、ブロッコリー、冷凍餃子にキムチと納豆。それから母の作った赤蕪の漬物。撮影の話をしたり、少しだけいつもよりビールを飲んだ。

口尾さんの料理は想像していたよりもずっとずっと美味しかったし、何よりも、とても素敵な人だった。料理を好きな人はいい人。勝手にそう思っているけれど、大体は当たっていると信じてる。世界さまざまな国で学んだとはいえ、自己流で身につけた料理を人に振る舞うまでにどれだけの時間がかかったのだろうか。右から見ても左から見ても、たぶん、いや120%、私と同じ内向型だろうと話を聞きながら、料理を食べながら勝手に色々を考えた。ここまでの道のりについても勝手に想像する。

料理の写真を撮りながら、心理学のことを考えて、また料理を食べる。別にどこかの何かと答え合わせをしたいわけではなくて、その人がその人らしく魅力的に見える様子が気になる。それについて、もっと知りたいとか、どうしてだろうとか、調味料だけじゃなくて、選ぶ皿のことだけじゃなくて、使う言葉や仕草や、周りに漂ってる空気みたいなものまで知りたいし、そこまで知ると、ああ、そうかって腑に落ちて、ようやく落ち着いて味わえるように思う。

1月12日

Journal 12.1,2024


恐ろしく遅刻した。1時間。こんなに遅刻したことは初めてだと思う。最悪すぎて「どうしたの?」と聞かれても上手く説明ができなかった。ただただ、最悪だ。と心の中で呟きながら、新大久保の駅から店までダッシュした。汗だくで店に入ると、焦げた鉄板と「もうお腹いっぱいだー」というワタルさんと村上さん。一番乗りでくる予定で家を出たのに、。

その直後に西丸さんが到着。昔は居酒屋のテーブルを3つくっつけてやるくらいに、大人数だったけれど、今年は4人。CINRAの仕事で出会ったのは、もう10年も前のことで、それから、いわゆる仕事仲間ではなくて、同業の友人としてなんだかんだと続いている関係。同年代ということもあるからなのか、商業カメラマンになって駆け出しの頃からの関係だからか、とにかく安心する。写真大学へもスタジオへも出入りのなかった自分に、こういう場所があること自体が不思議な感じもするけれど、もう長いこと仲良くさせてもらってる。

二軒目へ移動して軽く飲み直して、写真の話をしてバイバイした。持つ物はやっぱり友達だなと思う。むちゃくちゃ楽しかった。

それに、本当は村上さんと西丸さんは仕事のことで年末に揉めたらしいけれど、ちゃんと今日の会にやってくる村上さんも、そのことについて、喧嘩しないで仲良くやろうと努める西丸さんも、そのことについて、二人それぞれに話を聞いてあげるワタルさんも、なんだか全てがひっくるめて丸っと愛おしすぎた。みんなあれから、ずっと立派になったであろうに、何一つ変わってない。

夕飯

Journal, 夕飯 10.1,2024

1月も1/3がすぎた。なんだか、やっぱり、地震が起きてからすこし塞いでる。インスタで、氷見にあるHOUSEHOLDのナッチャンが支援で頑張ってる姿を見かけてから、今は応援しか出来ないんだと、ただ祈るようにじっとしている。出張から帰った周ちゃんといつもの夕飯。

即席生柚子のポン酢は、柚子を絞って、美味しい醤油とすきな塩梅の分量で合わせる。それだけで驚くほどに美味しい湯豆腐になる。

今夜の献立
おいしい豆腐で湯豆腐と生柚子のポン酢
菜花の醤油麹炒め
焼き椎茸
鯵のひもの
イワシの刺身
お土産のキムチ
納豆
ご飯

お正月

お祝い 05.1,2024


年越し蕎麦を食べよう。お節料理を食べたいね。アメリカから帰国して、周ちゃんとご飯の話ばかりしている気がする。成田からの帰り道に母がわたしてくれた蕎麦があった。病院の帰りに海老天とマグロ、貝の刺身を買ってきて、おせちとまでは行かなくとも、少々華やかな食卓となった。

今日は大腸の内視鏡の検査。再検査の手紙が来た時は心臓が止まるかと思ったけれど、1週間も経つと、癌なら癌で仕方ない、と思うようになった。癌宣告を受け入れるまでに、人は大体数週間でその恐怖を受け入れらるようになる。という文献を読んでいたからか、諦めが早い性格だからか、すんなりと飲み込んだ。

「癌の再検査いくから。」周ちゃんには言ってなかったらしい。言葉を放った瞬間から、どんどん顔面蒼白になる。「大丈夫だよ。たぶんポリープだし、癌でも早期だよ。症状ないし。」結局、病院まで周ちゃんに送り迎えしてもらった。

結果は癌でもないし、ポリープもなかった。安堵というよりも、そっかという感じで、あっさりとしていた私とは反対に周ちゃんは、全身の力が抜けるかのような顔をして喜んでいた。結婚してもうすぐ2年。私達はどんどん家族になっていく。自分の命について、こんなにも真剣に考えてくれるなんて、なんだかすごく嬉しかった。

寄せ鍋

和食 04.1,2024


年末年始と日本にいなかったからか、余計に日本が恋しくなった数日、ようやく我が家に帰ってきた。アメリカが悪いって意味じゃない。食事ひとつにしたって、日本は繊細で楽しいし、それでいて身体にいいだなんて、最高な国だって思っただけだ。LAは土地柄、メキシコの風土が色濃くある。美味しいメキシカンはそこらじゅうに溢れているし、どんと盛られたタコスに何度心が躍ったことか。けど、大味とはまさにこのこと。アメリカにある景色も人も味もすべてが大味。

リトル東京で伸びたラーメンをすすりながら、泡のないアサヒビールを飲みながら、もう完全に自分の構成要素は日本で出来上がってるんだと感じた。アメリカに住んでみたい。何度も考えてみたけど、アメリカの家族から呼ばれる度に本気で考えてみたりも したけど、それは永遠に叶わない夢。

私はここが好き。鍋がじんわりと全身を温めていく。「最高だね。」周ちゃんと何度も言い合った。そして、帰国早々でまゆみちゃんと火鍋にいく約束はキャンセルとなった。どうやら体調を壊したらしく会えないとのことだった。日本へ帰ってきた私とPARISへ帰るまゆみちゃん。入れ違いになる私たちだけど、別にこれが最後ってわけじゃない。今年のいつかに会えたらいい。

帰ってきて地震のことや、飛行機の事故、秋葉原の殺傷事件。SNSではお悔やみ申し上げますが飛び交っていた。胸が痛い。時差ボケの身体がより一層に重くなるように感じる。けれど、誰よりも今、押し潰されてしまいそうなのは、当事者たちだ。ぬくぬくと温かい部屋から、かける言葉は見つからなかった。石油ストーブの前でニュースをずっとみていた。

12月29日

Journal 29.12,2023


この数日は殆ど寝てない。神経がどうにかなりそうだった。朝はいつも通り散歩へ出かけて、10過ぎにタクシーでダウンタウンへ向かった。「こんなことなら、別府へ行けばよかったとも思ったけど、多分、よかったんだよね。」少し、苦笑いしながら周ちゃんと話をした。

心理学を勉強する前は、苦しいことは全て悪だと信じきって、まるで悪魔のお訪れかのようにそれを災難したり、運がないとか、曖昧な言葉で片付けて、くるっとまとめて、ゴミの日がやってくるのをひたすらじっと待っていた。だけど、最近は、それだけじゃないんだということを知った。感情は自分を苦しめるけれど、そこでは沢山のことが見える。

ずっと見てきた景色をまるで図解を収集するかのように写真に収め、感情と記憶とで、起きた出来事を照合しながら、一つ一つ丁寧に整理した。そして、夜になると勝手に落ちてくる涙を拭った。

だけど、人は思っている以上に、幸せになろうとする生き物なんだとも思った。真実というのは、あまりに多すぎる。角度や視野が違えば全く異なってくるものになる。夜中に電話した母とも沢山の話をした。母には殆どを話さない、いいことだけを伝えて、何もなかったように笑うのが私の役目だと信じきっていたからだ。だって、悲しみを撒き散らして、何の意味がある?だけど、今日は一つだけ、どうにもできない問題について相談をした。母は大きくため息をついて言った。「なにやってんのよ。よしみは、よしみが楽しいと思うことをしなさい。」

誰かのために、家族のために、何かのために、いつもそうやって頑張らなきゃって思ってきたけど、そうやって前の離婚も私は自分を犠牲にし続けたけど、わかってる。誰も悪くない、私のすることが間違ってるだけ。悲しいとか苦しいと全身が叫んでも、全部を受け止めなきゃって。空から降ってくる棘を茫然と受け続けることが愛情みたいなものだったり、役目みたいなものだと信じきっていた。

ダウンタウンへ着いて、ホテルをチェックインした。数日前にこっちへ来た周ちゃんはどういうわけか、寝てばかりだ。日本でも疲れがどっと出てきたのか、気疲れなのか、よくわからないけどよく寝てる。タクシーの中でもずっと寝ていた。

これだけ何度も何度もLAには来ているのに、ダウンタウンの街を歩いたことは始めて。ビルの間から太陽の光が通りが強く照らしていた。当たり前のことだけど、やっぱり自分の人生を生きなきゃいけない。子供のように何日も泣いた数日は、まるで子供の頃の私そのものだった。誰が何が悪いとかじゃなくて、歩き方だとか食べ方の問題みたいなものだと思う。子供の頃に学んだものは、生きるために必要だったものだ。それが、もう、必要じゃないってこと。今の私は、もっと違う方法で生きていけることや、誰かのために何かのために優しくなれることも知ってる。

こんなにいい歳になって、年の瀬にこんなことを考えるのもなんだと思うけれど、もういい加減に私は変わった方がいい。母の言葉は、長い間、誰にもいわずに私を苦しめてきたものから、静かに解き放ってくれるようだった。

12月19日

Journal 19.12,2023


今日は久しぶりにライターの石塚さんに会った。石塚さんの大学の同級生が代表を務める支援施設への見学と来月に行う予定の写真のワークショップの打ち合わせのためだ。石塚さんは家族のことで今年は大変だったと聞いていたけど、駅の改札で会った時はいつもの明るい表情だった。何かが吹っ切れたような感じにも見えた。とにかく元気で良かった。

施設への見学を済ませてから、駅前で代表の中村さんを交えて打ち合わせ。ワークショップのことだけではなく、この施設で取り組みたい事や、その概念となる心理学の話まで丁寧にお話ししてくれた。まだまだ、初学者でわからないこともあるけど、沢山の専門用語がするすると聞こえてくる。

この1年、がむしゃらに勉強して、これって一体なんのため?って、何度も何度も自問して、たくさん苦しんだりもしたけど、ようやく腑に落ちた感じだった。私は、こういう方に出逢って、話がしたかったんだって。

中村さんのお話が具体的に私の心を突き動かしてる。水を得た魚が水をごくごくと飲むみたい。身体中に中村さんの話がどんどん浸透していく。心理学を通して、今までなら、出会えなかったような世界の方と肩を並べて話をしてる。専門家と専門的なことについて、相手の考えを聞いたり、自分の意見を質問できる。勉強して、カウンセラーになるでも、勉強して、研究員になるでも、私の行き先はまだどこにも存在してない。だけど、こういう機会があることだけで、十分過ぎるほどに満たされたように思う。

それに、石塚さんも、この10年間、ケアワークをしてきたことについて、沢山のお話をしてくださった。私の全く知らないライターじゃない石塚さんのお話し。一年前に、石塚さんの取材で、少しだけケアワークについて、お話を聞いたけれど、あの時はやっぱり知らない人にもわかりやすいようなお話にしてくださったんだろう。書く仕事をしながら、こんなことをしてたんだと思うと、尊敬の気持ちで一杯だ。

なんだろう。今日一日で、背中がぞくぞくとしてしまうくらいに世界が広がった。中村さんとお話できたこと、石塚さんの初めての側面に出会えたこと。今のところ、手に負えていない。

もっともっと勉強しよう。それに、やっぱり、心理学は写真に返っていくと思った。今日も沢山写真の話もした。

商業カメラマンは楽しい。だけど、もう一度、また写真とちゃんと向き合いたいとか、写真の事をもっと知りたいとか、写真は一体全体なんなんだとか、たくさんの問が空から降ってくるようだった。

12月18日

Journal 18.12,2023


昨晩に今年最後の授業と試験が終わり、夜は久しぶりにゆっくりと過ごした。周ちゃんが夕飯を作ってくれたけど、味なしの鍋。周ちゃんって、なんでこうなんだろう。仕事もできるし、なんでも知ってるけど、なんて言ったらいいんだろう。生活の色々だとか、空気を読むとか、そういう人の営み、みたいなものが下手くそすぎる。ひとりで暮らしている方がずっと楽だよな、なんて思うことが多々ある。いや、準備してくれるだけありがたいよ。何度も自分に言い聞かせてビールを飲んだ。けど、これが家族のいる生活ってもの。目にうつる世界が自分の思い通りにならなくて、鬱陶しい。ひとりの時は自由で気ままだったけれど、不意に寂しくなる日があったのは、きっと、こういう鬱陶しさがないからだろう。人は全てを手にいれられない。だから、寂しく恋しくなるのかもしれない。

起きたのは5時。寝たのは22時半くらい。SEXは何曜日にしようなんて約束はしてない。だけど、してない約束をしているようにするようになった最近はなんだかいい。恋人のように何も考えずに自由気ままにするし、ホルモンのバランスのせいで気分が乗らない時はしない。前に、セックスレスな友人に「よしみちゃんのとこは新婚だからSEXしてるだろうけど。」と、言われたけど、たぶん、SEXは新婚でも新婚じゃなくても関係ない。私の経験上では、する人はするし、しない人はしない。別にそれは愛の指標でもない。どちらかと言えば、性格や、それこそ相性みたいなもので、どっちだっていい。ただ、私はしたい派だと思う。だって、せっかく女に産まれたのだし、楽しんだほうがいいじゃんって。女が女の身体であることは、面倒も多いけど、楽しい事も多い。丸みを帯びた身体の曲線、柔らかい皮膚、華奢な骨格。太っている痩せている関係なく全ての女が持ち備えてる。男のような勇ましさを得られなかった女の身体は、その心に反して柔く脆く儚い。そんな面白いものを手に入れておいて楽しまないなんて、勿体ない。

「だから、もうそれ、考えるのやめよう。考えてる時間が勿体ないよ。」姉に言った。日曜日のLAは15時。こっちは月曜日が始まったばかり。「わかってるよ。」姉から返ってきた言葉には溜息がたっぷりと含まれていた。

そう、人生なんて面倒なことが多すぎるんだ。けれど、面倒な友人だとか、面倒な人だとか、面倒に勝手に巻き込まれていることが多々ある。「別の話をしてもいい?」姉に聞くと「え。いいよ。お伺いなんて立てずに話して!」と即座に返ってきた。

姉の気持はよくわかる。人のことは大切にしたいなって思うし、それが友人だとか、近い存在の人だと、つい、助けになろうと頑張っちゃったりもする。けど、思っている以上に頑張りすぎちゃったのか、結局、自分が苦しくなることがある。なんだか、そんなことばっかりだ、なんて思う日が積み重なったりして、自分で自分の首を閉めておいて苦しいだなんて、わかってる。結局、わたしが考えすぎてるだけだ。けれど、首を絞めている自分の手をどうにもこうにも解けない日だってある。

最近思うのは、前置きはさておき、もう自分が疲れたのなら、頑張らないで、楽な方を選んでいいんだってこと。苦しみを引き受けたからって、最後まで責任負わなくていい。もっとラフにまるで道具みたいに優しさを使いこなせばいい。

だからとゆうか、やっぱりSEXだとか、今しかできないことは自由にやった方がいいと思う。ラフに自由に女を今を楽しまなきゃ。

写真だってそう。男にしか撮れないものもあるように、女だから撮れるものがある。女が面倒なのは、男のように力強くないのは、複雑で難解だから。だって、脚を通しただけのトランクスなんて履いてない。華奢で美しいランジェリーを纏うことが出来るのが、女だから。

冷凍餃子

中華 13.12,2023


朝は神保町の三省堂で、料理本を2冊、認知心理学の参考書とカウンセリングに関する新書を一冊買った。料理本は料理家の角田さんと先輩カメラマンの松村さんの新書。もう一冊は若名さんが少し前に作った栗の本。amazonでボタン一つで買うのが嫌で、本屋に寄る機会を見つけてはあちこちと書店をまわった甲斐があった。やっぱり本は本屋で買いたい。本を開いた時の感動や興奮はここで本を開くのが一番いい。

昼前から編集者の若名さんと清水さんに会った。二人に会うのは久しぶりだ。若名さんはよくケタケタ笑う。あの笑顔を見ているとこっちまで楽しくなって、ついつい笑ってしまう。清水さんは時間が止まったかのように全く変わってなかった。むしろもっと美人になってる。美人で聡明。そんな言葉がやっぱりぴったりだなと横からみていた。そして、二人とも子供がいる、母の顔も持っている。

大人の女っていい。最近、またさらに思うようになった。結婚してから、会う友達が少し変わって、大人の方に会うことが増えた。中でも働く女性に会うことが多い。うちの母は、少し自由奔放ではあったけれど、やっぱり昭和の妻で大変そうだった。だからか、好きな仕事をやるのに、誰にも文句を言わせないために家事を頑張ったとも聞いたことがある。夜遅くまで仕事して、朝も誰よりも早く起きる。祖母のようにいつも高いヒールを履いて車に乗り込む。

時代は変わったもんだと思う。目の前の二人を見ていると思う。女は社会的にだけじゃなく、生物的にも男に比べて大変なことが多い。だけど、だからか、柔軟に柔らかく、明るい生き物に変化していったのだろうか。ずっと前に編集の浅井さんに「40代はめちゃくちゃ楽しいよ。」と言ってたことを思い出す。この一年の体調不良で、「40代、辛いことばっかり。」なんて、ぐちぐち言ってたけれど、人生とは乗り越えれば乗り越えるほどに豊かになるのか、ふたりを見ていると、そう思えて仕方がなかった。

さ、勉強しよう。私も、大人のいい女になりたい。今年もあと一踏ん張りだ。

12月10日

Journal 10.12,2023


夜からマガハの乾さんと湯気へ行った。むちゃくちゃ楽しかった。ずっと聞きたかった中国の話を聞いたり、あとは、他愛もない話をした。

なんだろう、そうそう。これこれって。私は他愛もない話がしたかったんだ。歳も近いせいか、明日になったら忘れてしまうような話も沢山した。学校の帰り道に話をしてるみたいに、時間があっという間に過ぎていく。

りょーこちゃんの話になって、無性に会いたくなった。りょーこちゃんは、むちゃくちゃ素敵な編集者で、私も憧れの人だった。可愛くてカメラをたくさん持ってて、話す言葉も笑い声も全部いい。乾さんも、りょーこちゃんのこと、すごい編集者だって言ってた。

昔、りょーこちゃんの仕事で俳優を撮ったときに、よしみちゃんの人物は綺麗だって褒めてくれたことを思い出した。すごく嬉しかったあの言葉、そうだ、御守りにしよう。

ああ、楽しかった。帰りに師匠の新しいアルバムを見つけて、聞きながら帰った。いつか、乾さんとりょーこちゃんと三人でご飯食べたい。

ダルバート

カレー, Journal 09.12,2023


リリさんに相談を受けたのは1年くらい前だったと思う。「よしみさんに撮ってもらいたいんです。」リリさんがインターンでRiCEの編集部に入ったのは、何年まえだろう。私は確か、あの頃は “きくちよしみ” で活動してて、「きくちさーん」って呼んでくれるリリさんを思い出す。

リリさんは、私の知ってる限りでは、二度目の恋で結婚をした。一度目の恋が始まり、そして終わったとき、そして、りくさんと恋が始まり結婚を決めたとき、そして、妻になった今。リリさんが新しいリリさんの顔になるのを何度見たのだろう。女の子が女性になっていく時間の一つ一つは断片的な記憶とともに今も私の中にある。

ヘアメイクはみっちゃんにお願いして、スタジオは新宿にある小さな白ホリのスタジオ。アンティークのドレスに包まれたリリさんとリクさんが目の前に立ち、笑ってる。

帰りの電車で、なんだ、そうかって。最近になって急に人を撮りたくなったのは、もう色々が恐いと目を背けたりする必要がなくなったからだ。子犬みたいに無邪気に戯れる二人を見て、ああ、なんて素敵なんだろうってわたしの全部で感じてた。

とても、いい日だった。

鮭のサルサがけ

洋食 07.12,2023


SNSで繋がってる同学年の学生とメッセージでやりとりをした。来年から実習が始まる。実際に、病院や心療内科で10日ほど研修を行う。と、学校から送られてきた書類に書かれているけど、実際には、何をしたらいいのかよくわからなくて、相談させて貰った。カリキュラムで決められてるからとはいえ、そもそも、何で、私、実習に行くんだろう。素朴な疑問があった。

聞くところによると、彼女は高校教師をしていたらしく、その経験を活かして青少年の支援をしたい。とのことだった。超成績優秀。3年時編入して1年でほとんどの単位を取得してしまったのだそう。さらには、実習先も決め、明日に最終面接らしかった。志があるというのは、ここまで人の原動力となるのか。話を聞いているだけで、とても勇気づけられた。そもそも、ただでさえ単位を取るのが難しい通信大学で、留年する方が珍しくない。彼女のしていることは、まさにスーパー大学生。尊敬しかない。そんなことを考えていたら、目がギンギンになって、夜は寝れなくなった。

そして3時。幾分かは寝たみたいだけど、目が冴えさえだ。ベッドからもぞもぞとでてきて、自分の進路について、宛のない便りをやみくもに探すようにネットで調べてみたけど、何やってんだろう、と我にかえる。せっかく起きたのだし、こんなにゆったりできる時間も早々ない。心理学者のロバートエリスの論駁法の本を読みながら、やっぱりエリスさんの心理療法は痛快だよなぁなんて考えてみたり、哲学者の永井玲衣さんや、コピーライターの佐々木桂一さんの本をペラペラと読んで、そうかそうか、と納得したり真夜中を堪能した。けど、結局、勉強を始めた。

若い友人と話してると話がいつも違う。それって、すごくいいなと思う。逆に同世代の友人や年上の方と話しているといつも同じ話が繰り返される。それも悪くない。けど、どこでどう今を生きようが、いまは消えていく。昨晩に周ちゃんが食卓で言ってた。一昨日に認知症や脳はどう衰えていくかっていう話の続きだった。「記憶がどんどんなくなっていくって、悲しすぎない?今までやってきたことがなくなるんでしょ?」答えはYES。人のエピソード記憶というもの、いわゆる思い出というものは、歳と共に山の上から滑るスキーの斜面くらいに、その記憶力の推移を表した統計グラフは、教科書の上で美しい直線が気持ちよく降下していた。記憶には医学でいうものと、心理学でいう心的作業としての記憶がある。どちらも脳の機能の話をしているけれど、説明の仕方が少し異なっている。

記憶がなくなると聞いても、ピンとこないけれど、心理学的に言うなら、失っていくのは心なんだと知ると、どうしようもない気持ちになる。けど、あれだけ好きだった過去の男たちのことを、どう好きだったのかですら覚えてない、なんて事実が今ここにある。デートした場所だとか初めてキスをした日だとか背伸びして入ったレストランのことも覚えているけれど、熱い気持ちが冷めたところで心のいろいろは終えてる。ぷつりと切れた糸みたいに。

12月6日

Journal 06.12,2023


夜からプールへ出かけた。段々と体調も戻ってきたからか、日に日に泳げるようになってる。やっぱり水の中はいい。がむしゃらに泳ぐ。頭の隅で、誰だったか脳科学者のような人が、「運動は同じ動きを繰り返す単純作業だから、脳を使いすぎている現代人にとってとてもいい。」みたいな話をしていたのを思い出した。

いつからか、色々を考えすぎるようになった。例えば、水の中に入り、泳ぎだしてしまえば、身体中の殆どはそこに注視されるように、日々の中で止めどなくやってくる思考は案外役に立たない。他人といたってそれは同じで、お皿の中のことよりも、そこで味わう空気の方が記憶に残ったりする。美味しかったのは、たぶん、全身がそこで感じた光景だ。きっと私たちの日々はそんなことの延長にあって、そしていつか終わるんだろう。

なんだか、もやもやしてたことがどうでもよく感じた。夕飯はちゃんぽん。周ちゃんが作ってくれたけど、写真は撮り忘れた。

せり鍋

06.12,2023


私が食卓で周ちゃんに聞く事はふたつ。「今日は楽しかった?」「昼は何食べた?」今日も同じように聞いた。話し終えると「よしみはどうだった?」と返ってくる。「ちょっと、調子悪い。」本当のことを言った。調子悪いのは身体じゃなくて、心の方。最近は意気揚々とやってたのに、急にスランプみたいなのがやってきた。とは言っても、大学に入ってからずっとこの悩みは付きまとってる。「勉強が好きなんだけど、それには何の問題ないし、難しくても、とにかくやればいいだけ。そうじゃなくて、なんか、私、本当に勉強してていいのかなって。勉強をすればするほど、どんどん写真から離れていくような気がして。」

通信大学はとにかく孤独との戦いだと聞いていたけど、その通りだ。SNSで同じ学部の方とはやんわりと繋がれたお陰で名前もどんな人なのかもわからない人達と、時々、試験や勉強の情報を交換してる。その人達は大体は転職目的で、心理の世界に骨を埋める気でいる人が大半だ。だから、私とはちょっと違う。将来に向けた清々しい感じのツィートなんかが飛んでるのを見ては羨ましく思う反面、私はどうしたいんだろうと一人勝手に孤独を感じたりもする。

「東京離れて、友達もそうだけど、色々が変わって、勉強は楽しいけど、本当にいいのかな。」この言葉、この1年で何回、周ちゃんに言ったんだろう。「よしみみたいに写真やってて、心理学勉強してる人、他にいる?」「いない。」このやりとりも何回もやった。周ちゃんは沢山の大きな仕事をしてきたからだろう、私みたいにこの一枚の写真がどれだけよく撮れるか、みたいにミクロな事は考えてない。その才能がどう社会で活かせるのか、その特質がどう面白くて、どう人の役に立ち、それがまた自分に還元されるのか、みたいなことを話そうとしてくれる。ユニークであるかどうかが大事で、今の私はその場所へ向かおうとしているのだからと、問題を転換してマクロな視点で答える。

最初はそうか、そうか。なんて安易に面白くおかしく聞いてたけど、正直、当の本人からしてみれば、そんな簡単な話じゃないよ、と怒りたくなる。前例がないことをやるっていうのは、真似できるひともいないし、誰に聞いていいのかもわからないし、いつも視界はぼんやりどころか、暗闇に包まれてる。元気な時はいいけど、つまずくと私は弱い。そこで深く考えてしまうから。

「その先に、何が見えるかわからないんだよ。」今日は少し怒った口調で言うと、「ごめん。大変だよね。わかる。俺も今の仕事に就くまで模索してきたから。だけど、俺はすごくいいと思う。」と返してくれた。「私は周ちゃんじゃないんだよ。」と、意地悪に言い、食器を重ねた。

悔しかった。写真だって、まだまだやりたいことがあるのに、心理学にまで手をだして、それでいて不安になって、全部自分が馬鹿なだけだ。ただ写真だけ頑張ってたらよかったのに。何も考えずに仕事をしてたらよかったのに。周りの人が活躍しているのを見ると、私、何やってんだろうと情けなくなったりする。本当は何度か泣きそうになったけどこらえた。

身体の隅々が気持ち悪いままベッドに入った。

12月4日

Journal 04.12,2023


特に飲みたかったわけじゃないけど、風呂上がりに缶ビールを開けた。昨晩、周ちゃんに「もう、疲れた。」と愚痴ったからなのか、気持ちがむしゃくしゃしてる。周ちゃんの新しい仕事が始まり、どんどん仕事は忙しくなっていく。それはそれで、楽しそうだし嬉しいことだけど、一方で私の時間はどんどん失くなっていった。私は専業主婦じゃない。働かなきゃ食べていけないし、勉強しなきゃ大学は卒業できない。私たちは夫婦だけど、だからって私の時間ばかりが犠牲になるのはおかしい。

12月だって気づいたらもう4日も経っていた。始まったばかりなのに、すでに息が切れそうだ。休みたい。私だって、仕事で調べ物があると言って、家事を放棄したい。カフェなんかでゆっくりとお茶しながら、仕事の本などを弄りたい。どうでもいい事を友達とメールしあいたい。特に買うものがなくても、伊勢丹を歩き回りたい。ああ、今年の夢だった一人で温泉だって叶えられないまま終わるのかと思うと、やっぱり腹がたつ。

だけど、小さな悩みじゃんとも思う。小さすぎて笑えてくるぐらいにちっぽけすぎる愚痴だ。私なんかよりもずっとずっと大変な人が沢山いる。みつきさんからメールが入っていたことを思い出して返信した。トラウマのこと、カウンセラーと新しい療法を始めたと書いてあった。日本にはまだない療法なのか、初めて聞いたものだった。

最近、心理学を勉強し始めたこともあるのか、心のことで相談を受けることが増えた。私はまだ学生だし、支援について沢山を知っているわけじゃないけど、多分、悩んでいる当人よりは、どう解決したらいいのかを知っているかもしれない。それに、実際に相談を受ける度に心は疼く。あの場所にいるんだと思うと、手を差し伸べずにはいられなくなる。

暗くてじとっとした場所。性質的に、そういうところから早く抜け出せる人もいれば、抜け出す方法を知らない人もいる。努めようと頑張れる人もいれば、無理だと諦める人もいる。「心の病気にかかる人は弱いからだ。」なんて、すっかり元気になった最近の姉が言ってたけど、そうじゃない。鬱はただの病気であって、その人の性質みたいなものだ。

こないだ撮ったHanakoの献本が届いてた。なんだか旅に出たくなった。やっぱり雑誌はいい。小さく毎日を幸せにしてくれる。それに、料理写真というのは、見ているだけで楽しくなる。何も考えずに見れるのがいい。

だけどというか、最近人が撮りたいと思うようになってきた。心理学を勉強してから、人が人を撮るっていうことが、実はすごく面白いことなんだって気づいた。

料理写真は撮る側の意思が殆ど。相手はモノであって、一方的にこちらも撮るし、料理の方も一方的に佇んでるだけだ。けど、人は違う。被写体が舵をきる場合もあれば、撮る側が舵を握る場合もある。どちらにせよ、どちらか一方の意思が尊重されたり、その間を取ったりしながら画になっていく。だから、そんなパワーバランスが写ってくることも、また人間味があって面白い。けれど、もし、両者がそれぞれにそれを手放したら。そこには、想像しないものが写ってくる。

ポートレートは心の有り様の話みたいだ。スピリチュアルっていうことじゃなくて、出会ったその人が、そこにいる私が、どう世界に対して考えたり付き合ったりしてるかってこと。だから、面白いし、それは心理学を通して人を見るのと限りなく似てるな、なんて思った。けど、料理写真もやっぱり好きだ。図書館で久しぶりに手に取った暮らしの手帖を見ながらつくづく思った。

11月29日

Journal 29.11,2023

午前は請求書の作成。午後は勉強を進めた。久しぶりにmetaphorの永嶋さんから連絡があって嬉しかった。来月、会えたらいいな。私がアシスタント時代から世話になっている。今とは全然違う昔ながらの小さな商店街だった松陰神社だった頃のこと。通りを曲がったところにあるデザイナーズマンションの一室に事務所があった。デザイナーの高原さんは元気だろうか。わんちゃん友達だった。時々、寿司を食べに行ったりして遊んだ。伊勢の撮影をさせて頂いた時に元夫に機材運びを手伝ってもらい、そのままスタジオの角でぐーぐーと大きないびきをかいて寝ているのを見て、「すごいね。彼氏。」と、笑ってた。永嶋さんとは前にプログラミングと写真で作品を作ろうかみたいな話にもなったけれど、いつしか流れた。だけど、今度は私が今興味があること、感性認知の心理学はコンピューターが元になっている。だから、プログラミングと写真でやっぱり何か出来るんじゃないかと考えてる。けど、実現できるのは、もっともっと私が研究とか重ねていかないと駄目だ。けど、最近、頭のすみでじんわり考えていた時に連絡が取れて嬉しかった。

夜は午後過ぎに帰ってきた周ちゃんと数週間ぶりにプールへ行った。免疫が下がるとすぐに体調不良を起こすから中々行けなかったけど、もう殆ど回復したし、久しぶりに泳ぐことにした。やっぱり水の中はいい。気持ちがいいだけじゃない。どれだけ日常の中で力んでいるのかがわかる。身体に点を打つようにわかる。

それから、周ちゃんにHOUSEHOLDのナッチャンと連絡したことを伝えると嬉しそうに聞いていた。仕事のことでナッチャンと話したいなとも言ってた。ナッチャンに会いたいな。ナッチャンは最高に可愛くて賢い人。

餃子

夕飯 28.11,2023


午前はマガハで一本撮影。久しぶりの朝の満員電車に揺られた。結局、田舎へ引っ越すからと買った車も休日のお出かけ用となってる。渋滞に巻き込まれて遅刻したら嫌だなとか、何かあったら嫌だなとか考えてるうちに、車で行くという選択肢が必然的になくなった。駅前で姉へのクリスマスプレゼントと、パリのまゆみちゃんへのクリスマスカードを購入してバスに乗って帰った。あと数日で12月。今月も早かった。

夕飯は久しぶりに餃子。やっぱりタネには味噌と砂糖を入れると美味しい。表面を焦がしちゃったけど美味しかった。ビールは二缶飲んだ。

誕生日ケーキ

お祝い 27.11,2023


周ちゃんが駅前でケーキを買ってきてくれた。誕生日は鰻屋だったからと、テコの誕生日と私の2回目の誕生日を祝ってくれた。ありがたい。

前に野村さんの誕生日にケーキが倒れたところを写真に撮った。野村さんが誕生日だからと大家さんがケーキを買ってきてくれて、みんなで食卓を囲んだあの日から、ケーキが倒れるのを目にする度に胸がじわっとする。

ときどき思う。いや、ある時から思うようになった。今が幸せなのかもしれない、と感じると、不意にそうじゃないと訂正する自分がいる。幸せになるのは、少し怖い。

11月26日

Journal 26.11,2023


朝からどんより雲。9時からオンラインで試験が始まり終わったのは12時すぎ。出来栄えは、まぁまぁ。午後は色々と片付けをして、来年のスケジュールを立てた。逆算して色々と考えてみると、もう来年の今日ぐらいまでがパソコンのモニターにずらりと並んだ。前の結婚の時は未来のことは一切考えなかったことを思い出す。たぶん、考えたくなかったんだろうな。未来のことなんて。考えたら不安になるだけだし、考えることが、できなかった。怖いから。それは元夫のせいじゃなくて、私達がきっとそういう人間だったんだと思う。明日から逃げてばかりで、だから、結婚したのだろう。

今回の試験は反省ばかりだ。もっと出来たはずだった。お昼ご飯を食べながら周ちゃんにブーブー文句を言った。「この教科、なめくさっとる。」「マジむり。」幼稚な言葉ばかりが食卓に放り投げられた。周ちゃんは饂飩をすすりながら笑ってる。

正直、勉強は苦手だ。下手したら学習障害があるのではないかと思うほどにできない。絵とか図形ならすぐに記憶してられるけど、長い文章を読んで物事を組み立てて理解していくような、短期記憶という所を使う能力が恐ろしく弱い。えっと、それで何だっけ?の繰り返しだ。だから、ノートや教科書に絵や写真を貼り付けて勉強をしてる。最高に効率の悪い勉強方法。わかってるけど、感情や描写の伴わない言葉を扱うことが難しい。

ああ、くやしい。沸々と煮えたぎる腹の虫。周ちゃんには私の気持ちはわかるまい。「勉強って、試験だと範囲があるし、物足りないというか、もっとその先が知りたいってなるよね。」、もぐもぐ、とうどんを頬張りながら言った。心の中で “辞書やろーめ” とだけ返して、より一層にまた腹がたった。

まぁいい。だけど、やるしかない。来年は4年生になる。勉強が順調に進めば春には卒業。もし、秋までに単位が取れたら、冬はPARISのまゆみちゃんのところへ行きたい。そもそも、本が読めなかった私が本を読めるようになったことでも奇跡だ。2年で単位が取れたら奇跡すぎる。明日からまた仕切り直しで行こう。

勉強できなくたって、できないなりの方略がきっとある。負けない。